2009年12月30日水曜日

掃除につきた一日

本日からようやく年末年始休暇開始
いわゆる冬休みのスタートである

休みというものはいいものだね
何歳になってもうれしい

ということは人間は基本的には
サボりたがりな習性なのかもしれませんな

まあ仕事があって
その合間の休息があって

本当にいい状態というのは
絶妙なバランスが必要である

ということで
うれしい冬休みのスタート

7時起床
何時もは見ない朝のTVにしばし

新聞にさっと目を通し
忘れていた年賀状にも着手しようか

10時くらいから
無言のうちに掃除がスタート

黙々と
わが部屋のいらぬものを選択し
雑巾とマイペットで
しっかりと拭き掃除

しばし無言で掃除に集中するという作業は
いい
改めて感じた

静かに掃除は続く

向こうの部屋では
嫁はんによる大規模な掃除がスタートしているらしい

軽くのぞくと
足の踏み場もなさそうだ
大規模に家具の配置が変更されている

しっかりとワックスがけをする

昔学校でもあったなあ
冬休み前
大規模な掃除があり
最後は教室のワックスがけ

乾くまでのひと時は
これからの休みのうれしさも相まって
決して悪い時間ではなかった


昼飯はインスタントの
つけ麺とメシ

体を動かした後の昼食は
何よりもうまい

終日掃除が続いた

眺めまわしてみるとすがすがしい

もうすぐ今年も終わる
明日は大みそかだ

2009年12月27日日曜日

今年最後の週末

年の瀬もオオヅメになってくると
やはり疲れも出るらしい

先週の金曜日に
久々の風邪をひき

金曜日 土曜日と
本年度の最後の
そして最も内容の濃くなるべき
週末にほとんど床に伏せっていた

前からなんとなくは感じていたが
やはり本番に弱いようだ

幾重にもたゆたう
時間の波を眠りまくり
腰は痛いは
もやもやと自分は臭いわで
何かしらわかりやすく払しょくしたくて
いつもの理髪店に赴いた

今年一番のカッコイイ男に仕上げてくれ

という何とも分かりずらいオーダーをして
しっかりと切りそろえてもらった

カッコいいかどうか
最後に確認すると
元がいいのでカッコいいに決まっているよ
ときた

こちらもそうですな
ありがとうと答え
よいお年を!と別れた

何とも体が万全ではないだけに
しっくりと来づらい年の瀬であるが
どちらにしても
本年最後の週末は
しっかり寝て過ごした

明日からの週は
2010年に直結しているのだ

2009年12月20日日曜日

人生はペルシャ絨毯

人生の彩りは文字通り千差万別で
どのデザインが模範解答というような人生画はないはずである

荒波にほんろうされて
ふらふらと放浪している主人公が
いつの間にか市場にさしかかった

露天商が商いしている
ペルシャ絨毯の美しさを
見るともなく眺めていた

そんな彼を見て
その露天商がニコニコと商売を始める

このペルシャ絨毯の美しさはどうです
こんなのは当代一で
今後なかなか手に入りませんぜお客さん


そんな言葉も彼にはうつろに響く

それほど彼は打ちひしがれて
疲れきっているのだ

そんな彼に商売の可能性が少ないと感じたのか
露天商はそれ以上勧めはしない

立ち去りゆく彼の背中に対して
その露天商は声をかける

【元気を出しなお客さん】
【人生はこのペルシャ絨毯のようなものですよ!】


ボーとしている彼にその言葉が
どの程度浸透したのか・・・
静かに静かに彼の心のなかに流れていった

人生はペルシャ絨毯・・・・

その模様に模範解答なぞはない

右に行っていた線画がいつの間にか
大きく弧を描き
上方向に方向転換

かと思いきや
カーッと左に旋回し
そのまま下に流れ込んでゆく

そんな一見何の脈絡もない
その動作も
一歩下がって
そのデザインを遠目に見たら
えもいわれぬ美しさであったりする


右ばかりの直線のデザインだったり
円ばかりのデザインなんどは
なんとも味気ない

絨毯の価値をその対価の金銭で図るとすれば
そんな単調なデザインの絨毯なんぞ
二束三文にもなりはしない

とすればやはり
紆余曲折
思いがけない荒波も
それもまた美しい人生の構成画の
重要なファクターなのである


先日人生のコースを
自分の意思で急旋回した男に逢った

その決断の前には
想像を絶する苦悶があったようで
私を含め彼以外の人間には
わかりたくともわかることのできない煩悶のようであった

そんな彼もよしッと自分なりの
決断をして
そのあと再会を果たした

そんな彼の表情は
これから始まる新しい船出に
大きな不安を抱えながらも
それでいて
今までの幾重にもこんがらがった
苦悩や関係性を
一先ず自分なりに整理しえたような
達成感の片鱗らしきものも感じられた


人生はペルシャ絨毯

自分も含め
これからの人生は何が起こるか
まったくわかりまテン


それでも元気に生きていくことだけである

坂を踏ん張って昇ってゆくのである
その苦行を和らげるために
家族があり
友があり
酒があり
笑いがある

何とも言いようもないが
ともかく頑張ってもらいたい

師走も師走ですな

昨日も
一週間のドロドロになった疲れを
すっかり洗い流すべく
近所のスーパー銭湯に赴いた

露天風呂でくつろいでいると
俳優のヌクミズ某に似たおっさんがいた

ヌクミズ氏特有の
スダレのような
コシのなさそうな
うらじろいまだらな特徴的な前髪が
彼を彷彿とさせた

今となれば
かのご仁が
ヌクミズ氏であったか
それとも
単にヌクミズ氏に似た普通のおっさんだったか
定かではない

といえど
どちらでもいい

たとえ
彼が正真正銘のヌクミズだったとしても
私自身になにがしかの変化は訪れそうにもないし
しまった!というような
なにがしかの後悔らしきものもないはずである

人生の途上においては
個人的に重要なものと
そうでないものは
確かに存在するという
ささやかな証左といえようか


風呂にて身も心もさっぱりした後
夫婦で
バレーボールの天皇杯を
東京体育館に応援にいった

今のVリーグにおいて
パナソニックは他のどのチームに比較しても
異彩を放っているように思われる

清水 福澤という
若さあふれる全日本メンバーの
二枚看板を筆頭に
セッター宇佐美の存在感

それにあまり知らなかったが
ジョンという若き異国人の
打点の高いスパイク

石島をもつ堺ブレイザーズに
気付いてみればストレート勝ちだった

それを受けて
本日は
TJとパナソニックとの天皇杯を目指しての決勝戦
わが嫁は本日も東京体育館で
熱き応援をしている真っ最中のはずである

といえど
日本バレーボール教会なのかどこなのか
詳しくは知らないが
何とも大会の運営の稚拙さが少なからず感じられた

こんな
いやしくも天皇杯を標榜し
バレーボールの
全日本の頂点のチームを決めんとする大会にしては
認知度はあまりにも低いし
結果もしっかりマスコミに伝達していない

その証拠に
実質的な決勝戦ともいうべき昨夜の会場における
観客の少なさときたら・・お粗末極まりない

各チームが実業団のため
会社関係者の応援団でどうにか賑わいらしき騒然さを
保ってはいたが
何とも実質的な純粋なお客さんは
あまりにも少なかったし
そんなことでは
運営上もさぞかし経営的にはマイナスなのではなかろうか・・・・
なぞとあらぬ勘ぐりをしてしまったりした

まあ
こちらには何の義務も背負ってない
素人の気安さからの
思い出し程度の印象だけで
なんら提言なぞとかしこまった内容でもないが
運営当事者にしてみたら
おそらくまっとうなそれなりの弁明があるのであろう


今年最後のTOEICの試験を受けて
帰りは何時ものごとく
冬空晴れ渡る都心を散策して帰ってきた


クリスマス直前の休日のラジオはいい
そんなラジオを聴きながら
寒く楽しい街中を歩いた

季節感あふれるトークと
あとはずーっとクリスマスにちなんだ音楽が流れている

クリスチャンでも何でもないが
何ともこの雰囲気は嫌いではない

もしかしたら私の前世は
西洋人か欧米人なのだろうか
【そんなことはないに違いない・・】


寒さは気分をきりりと引き締めてくれる

埃一つない美しい街中を歩きながら
初詣の時期には人があふれる
深川不動尊の前にさしかかる

人がまだらながら
近く訪れるはずの新春を待ち備えているようで
何かこころよく感じられた

クリスマスがあって
年末があって
正月が来る

みんなが少しだけ楽しみを心に秘めて
日々忙しく乗り越えていく空気感に
同じ日本人としての連帯感のようなものを感じるし
一緒に頑張ろうなとこころひそかに
唱えたりしている


そんな師走の最後半を
明日から迎えるのである

2009年12月14日月曜日

坂の上の雲

青春はいつの時代もすがすがしいものらしい

坂の上の雲のドラマが始まった

今年は第一部で
主人公の青春時代が主な主題になっている

その中の一人の
正岡子規をこの平成の時代に
ここまで身近な存在として
よみがえらせたのは
ひとえに司馬遼太郎の功績である

今に残る彼の肖像写真は
どれもいかつく
まったく
今の平和ボケでたるんだ我々とは相いれない
対局の存在として
とらえられがちだった

柿食えば
鐘が鳴るなり
法隆寺

と詠ったかの名句に対して
今の時代の
どれだけの人が
共感を抱くことだろうか

そんな遠い存在としか
思われなかった彼を
なんとしたことか・・・

儚く
それでいて甚大に夢見がちで
朝令暮改で
人間らしく弱くも
明治人らしく強じんでもある
なんとも人間らしすぎる可憐な彼を
今の時代に
小説という形態を通じて
強力によみがえらせた

彼を映像で見ていると
いつしか胸熱くなり
涙がこぼれてくる

それは
人間としての
それとも
同じように経てきた
青春のほろ苦さに対する
懐かしさのようなものなのか

いろいろな共感が入り混じりながら
心熱く涙こぼれる

香川照之も何かしらに
憑依された如く
子規と何時しかクロスして
その真摯な姿が視聴者に対して
感動という共感で
伝播されてくる

そんな
坂の上の雲

今回は
NHKもいい動きである

何とも配役もいい

背景となる音楽もいい

ここしばらく
日曜日の夜はとても楽しみなのである

2009年12月7日月曜日

本日の記録

早いもので
12月に入ってもう7日である

うかうかしている間に
2009年という年も終幕まで間近に迫った

冬空のもと
いつもの通り
2つ手前の駅で降りて
ゆっくりと歩いて出勤

突発の事情で
急きょ 大阪へ出張

朝の新幹線は
出張族でいっぱいだ

これもあと少しすると
帰省客で多くなることだろう

仕事はみな立場がある

といえど
対局で見れば
大きな経済の潮流を流す各部のパーツである

大きな流れ自体が
動脈硬化を起こすと
ミクロの部分に従事している
自分を含めての
ほとんどの人々の仕事が
滞ってくる

願わくば
円滑に流れてほしいものだ

ひと仕事おえ
本日は日帰りで
東京へ戻る

帰りの新幹線で
ワンカップを飲んでいるオヤジがいる

まあそれぞれの嗜好である

それにしても
師走である

2009年12月5日土曜日

風呂のおっさんと哲学

やはりというべきか
環境というのは
絶対というものではあり得ず
どこまでも相対としか言いようがないようだ

鉛色の空気が漂う
どんよりとした冬の昼下がり
こんな何とも中途半端な時間帯は
スカッと風呂につかることに限る

寒さに震えながら
素っ裸になり
向う見ずに野外へと飛び出し
まずは大きな露天風呂へ向かう

その刹那
横に備え付けてある
簡易ベンチには
見ず知らずのおっさんが
体から湯気を立てながら
素っ裸で座っている
何とも涼しげな表情が癇に障る


こちらは寒さに震えているのに
おっさんは涼んでいる

自分とおっさんを取り囲む環境は
おそらく同じである

同じ気温で
同じ空間で
同じような醜いからだの持ち主でもある

しかしこちらは寒さに震え
まずは温かいお風呂に入りたい

それに比して
おっさんは熱いのはもう勘弁とばかりに
涼んでいるのだ

何とも
環境は同じでも
それを受け止める人間の側の状況によって
その同じである環境は
何ともま逆のごとくである

10分も熱い風呂につかる

そのあとは
私も先のおっさん同じく
裸のまんまに
ベンチに座り一息つくのである


自分がある環境に在る時
そのことはあたかも絶対の状況と感じてしまいがちである

といえど
一歩ひいて
懐疑的に感じてみるゆとりのようなものを
身につけたいものだ


おっさんの見苦しい肢体を
見るともなしに眺めながら
そんな事を考えた

風呂とは何とも
哲学的な空間でもある

たしか前もこんなことを感じた気がする

とすると
このことは
少なくとも自分にとっては
事実のようである

朝の対話

一週間という
社会生活上の
規則性のなかで
自分なりのリズムを形作ってゆく


不毛とまでは言わないまでも
賃金を得んがための活動は
何かと肩がこるものだ

そんな緊張を
週末の時間に弛緩させてゆく

土曜日の朝
静かな鳥のさえずりとともに
脳が起動し始める

体を横たえたまま
少しずつ覚醒してゆき
いろいろな記憶がよみがえってくる

昨夜までの
自分の言動などの比較的
近いものから

自分の今の所属や
自分のありようなどという
基盤になるような記憶がそのあとに続いてくる

自分の体が
正常か確認作業に入る

大丈夫のようである

そこから、
これから如何にすべきかということの
自分との対話が始まる

寒いようだ
しかし体をリフレッシュさせるためには
散歩してみたい

今の刹那のぬくもりと
散歩することによる
心身ともにリフレッシュできるという報酬を
自分にとっての損得の勘定のように
自分のなかで両てんびんにかける

ようし
動き始めようか


冬の朝
自分の散歩コースからは
東京タワーを望むことができる

東京タワーを囲むように
栄華の象徴のような
高層タワーの林立群がそびえている


一歩一歩足を進めながら
想念は四方に駆け巡ってゆく

自分の体と精神が
ずれていた位置から
顕微鏡でピントが徐々にあってゆくように
少しずつ重なり合わさり統一されてゆく

どこまでも広がる冬の朝の空を見上げる
どこまでも広がるそれに向かって
自分のあらん限りの力を振り絞り
口を大きく開けてみる

大きな空に比して
自分の渾身の力を込めて広げた大口は
何とも卑小に感じられ
そこから敷衍させて
自分を取り巻いているさまざまな関係性が
実はとてもちっぽけなことのようだと
体と心に実感として浸透してくる

大きく開いた口から
冬の新鮮な酸素が流れ込んでくる


空から降り注ぐ太陽の光に
照り返された東京の海は
間違うことなき海である

自分の身近な空間に
間違うことなき自然が凛として在る


さまざまな関係性が想起されてきて
自分のありようの方向性みたいなものが
自然のやさしい様態から示唆される感覚を感じる


自然の恩恵を受けつつ
同時に人間が過去から連綿と築いてきた
文化をも吸収し
同時に今の自分を取り巻く
ナマな人間群からも絶え間なく吸収する


歩は止まることなく
一歩ずつ見えない轍を作ってゆく


後ろを振り向く

元気よく歩く見ず知らずの人が見える




朝の光を体にしっかりと浴びながら
一週間の塵芥を
とかしてゆく


うまい飯を食べて
あつい風呂につかり
深い眠りに就こう

基本に横たわるのは
人間的というより
生物としての基本的な営みの停止することなき継続

それが心地よい幸せの定義なのかもしれない

2009年11月15日日曜日

沈まぬ太陽 映画

小説の余韻がまだ冷めないまま
沈まぬ太陽の映画を観た

久しぶりに映画を映画館で観たが
内容もさることながら
まずはその雰囲気が久しぶりで
とてもよかった

最近は何をするにも
とても便利になっているから
楽しむ前の何らかの障壁みたいなものが
どんどん取り去られている

映画を見るという楽しい一時にしても
DVDを借りてきて
家で楽しめる

内容は一緒だし
家という個人的に最高にくつろげる空間で
観賞できるということは
まさにいいことづくめのようである

といえど先日映画館に足を運んだ時
家で鑑賞するのとは違う
大いなる感動があった

シーンと静まり返って
劇場が始まる

3時間半ほどの長い映画であったが
その間は
すべての感覚が映画の内容と同化していた


内容は小説を忠実に再現しており
それを演じる俳優陣も
今の日本を代表する演技派が
心血こめて演じているのが伝わってきて
とてもよかった



非常に大切なことで
みな知っておかねばならぬことだが
人間の愚劣さみたいなものが
克明に表現されており
観終わった後は
何とも言えず下を向いてしまった


元気さを取り戻したいが
気分が陰に向かっており

間髪いれず
いまは
不毛地帯に没入している

2009年11月8日日曜日

ある程度の距離感

歩いている途中で耳にする
鳥のさえずりには心いやされる

何とも自然のなかに逍遥する自分を
しっかりとじかくできて気持ちがいい

しかし
そんな鳥のさえずりも
彼らの生の姿を間近で目の当たりにすると
それまでやさしく心地よかったさえずりが
何時しか心持おぞましくなり
恐ろしくさえ感じたりする

自然に生きるものはすべて
生の実態は恐ろしく生々しいものであり
美しいばかりではない

何事も
ある程度の距離感というものが必要なように感じた

必要というよりも
美しいままで接していたければ
それなりの距離感が必要であろうと
感じたということである

それはいろんな関係に通じるようだ

といえど
別に距離感を保たねばならないということではない
それはこちらの目的に応じて恣意的である

散歩散歩

いつもの通り
日曜日の英語のテストの後は
ゆっくりと散歩をして家へ向かう

新橋を通り抜け
銀座8丁目に出ると
日曜日恒例の歩行者天国である

大きな道の真ん中で
いろいろな人が楽しそうに歩いている

最近目につくのは
そんな日本の典型的な観光地での
中国人の集団である

何とも大きな声を出して
なんやかんやお互いに吠えあっている

金に任せて
いろいろな物品を買い散らかしているようで
何ともみっともない

おそらく彼らより
私なぞはお金は持っていないが
それでも彼らのことを
うらやましいとは
露とも思わない

そうとなれば
少し前
ヨーロッパのブランド店の
本家本元で
日本人の集団が
金に任せて一流品を買い散らかしていたのと
まったく一緒だろう

おそらくヨーロッパの現地の人々は
金をもつお客様故
表面上はぎこちない笑顔で対応したであろうが
心の底では
まったく軽蔑していただあろう

そんな不遜な態度に対して
金にまみれた黄色人群は
なんやあの態度は
なぞと毒つくという場面もあったであろう

まったく同じである
我々は中国人を軽蔑し
ヨーロッパ人は日本人を軽蔑する

何とも人間の底の底には
レイシズムが厳然として
避けがたくキャラクターのいちファクターとして
存在しているのであろう

平等が好きな社会主義でも
差別はするし
同じ黄色アジアのなかでも
差別はするし

区別は必要である
しかし
悲しいかな
差別も必要なのであろうか


そんなことを
ふと考えながら
この上なく美しい
人工的なきらびやかな銀座の街を歩き過ぎゆく


そんなこんなで
昨日今日でけっこう歩いた

歩くと前向きな思考が生まれ出る
そして健康にも良い

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2009年11月7日土曜日

朝の子供の笑顔

朝 散歩をしていると
私より若い女性が自転車でゆっくりと走ってくる

後ろには3歳ぐらいの女の子が
ちょこんと座っていた

何が嬉しいのか
しきりに笑っている

秋の朝、風にそよぐ
都度変わる街の風景が
その子にとって喜びの連続なのだろうか

お母さんという絶対安心の存在に
しっかりと守られているという
確信に似た安心感と
自転車の後部座席から見る
美しい風景に対する共感が
笑顔という形で発露していたのだろうか

もしかしたら
私には聴こえなかったが
お母さんが面白いことを
話していたのかもしれない

もしかしたら
発見した感動を
笑顔とともにお母さんの背中に
一生懸命に伝えていたのかもしれない

そんな光景をみて
脳裏に一葉の写真が思い出された

一番下の弟は
生まれて間もなくぜんそくを患い
それにアトピーという
皮膚の病気も重なっていた

それでも兄二人が所属していた
サッカークラブに
彼も自然に入団した

新品のユニフォームを着て
母親の前で
はにかんだ笑顔で写っている一枚の写真

その写真は少し色あせているが
その笑顔はまったく色あせてなんかいなかった

これから自分もサッカーをやるという
少年なりの覚悟と
自分がユニフォームという
初めての公的な衣服を身にまとった
何ともいえぬ感慨

そして信頼できる母親

そんなことを実感している弟の笑顔

散歩しながら
懐かしい感懐に柔らかく包まれ
秋の朝の肌寒い散歩の途中
ふと目頭が熱くなった

2009年11月5日木曜日

沈まぬ太陽の余韻

最近 沈まぬ太陽という何ともいえず
重苦しい小説にはまりこみ
個人的にすっきりとしない日々が続いている

御巣鷹山の日航事故というのは
一つの社会的な大惨事というニュースとして
なんとなく知ってはいた

昨年その出来事を取り上げた
テレビドラマを見て
山崎豊子の沈まぬ太陽という小説が
このことを詳しく取り上げている内容になっていると聞いていた

何の気なしに手に取り
何気なく入り込んだ世界は
何とも、人間、
というよりも
戦前戦後から続く
日本人のできそこないの典型を
強烈に突きつけられ
何ともひとしきり立ち上がることができなくなり
その感覚が今も少しく尾を引いている

時あたかも
日航の実質国有化までいってしまう
末期的な経営状態が
新聞に醜く露呈され
いくらJALが
この小説に対して事実無根と突き放したところで
何とも恥の上塗りのように感じられるし
日常の交通手段として
頻繁に使用するいちユーザーとして
何とも言葉にならない
恐怖感とも無力感とも言えず
複雑な感懐に包まれている

一企業の醜聞と
一蹴することもできなくもないが
事はそれほど単純でないように感じられ
実は戦後日本が
経済大国にのし上がる影の部分に
似たような事例があまたあるようだと
確信にちかい予感にさいなまれ
何とも気分の良くない日々が続いている

しかもタイミングよく
司馬遼太郎が
近代日本の愚劣極まりない行いに対し
何とも不思議な魔法にかけられたようだと
激しく怒りをぶつける
昭和初期の日本官僚群の
統帥権の呪縛的行為を
最近読み返していた

先の日航の醜分と
表裏一体のような気もするし
自分の日々務めている事業体のなかにも
もしやなぞと怖れに似た疑心にさいなまれる

むろん清濁併せ飲まねば
何事もなしえないということは
感覚としてはわかるつもりだが
さりとて
今の日本でもそのような陰な部分も
整然とこなし得られねば
社会的な上位者になれない社会であるとするならば
自ら喜んで辞退するしか
心のよりどころのようなものを
見つけられそうにない

そんな感じで
実は独り陰に入り込んでいる秋のひと時

まあそれも
平和な中での読書体験である

ということで
最近この稿への記載も少なくなっていた

2009年10月26日月曜日

秋の気分

毎日同じような行動をしていると
時にかってに虚無感に襲われることがある

毎日朝が来て
腹が減って、くそをして
それなりに与えられる仕事をこなす

ひとしきりやると疲れて
また腹が減って
くそをして
眠くなって眠る

自分の存在が
とても矮小な気がして
何かしらやるせなくなる時がある


どんなに落ち込んでいても
腹が減るし
腹が満たされると
落ち着いて
消化されて
そのカスみたいなものが
排泄されてからだのホメオスタシスが図られている

生きている意味など
神様などという大仰な存在に頼ることなく
生かされている各自が
自分自身で見出していくべきものであるのに
時にそれすらも見失うがごとく
気分が落ち込んでゆくことがある


といえど
地球という人間の存在のフィールドは
よくできたもので
暗い夜はどんなに長くても
いずれ新しい朝が訪れてくれる

朝のできたての地球の息吹に
今立っているこの場所で
しっかりと感じ入ることもできる

それなりに高い地点に
ジャンプするためには
一度膝を曲げて
グーっと体を低くする必要があるし

素晴らしい朝日の訪れる
直前が実は一番暗い瞬間だったりする

自分の心というものは
ときとして気まぐれである

そんな気まぐれにいちいち左右されることなく
腹が減りくそをしたくなり
眠くなってくれるわが体

そのようにして生きるための
恒常性を静かに保ってくれている

浮沈あり
無常なり
それが変わることなく連綿と続く
人間が感じ入ることのできる
それぞれの人生なのだろう

2009年10月25日日曜日

秋の一言

秋の肌寒い昼下がり
家路に向かう途中で銀座を歩いた

日曜日の銀座は歩行者天国になっている

普段我が物顔で走っている車に
どちらかというと肩身の狭い想いをさせられている
歩行者にとって
銀座の道の真ん中を
大手を振って歩けるということは
それだけのことだけれでも
何かしらとても解放された気持ちになった


銀座を過ぎゆき
そのまま京橋日本橋の方面に向かうと
何かしらイベントをしているようだ

いろいろな団体が
この日のために特別に拵えた
素敵な衣装に身をまとって
晴れ姿を披露している

参加している中学生のブラスバンドが
行列もしっかり一所懸命に演奏をしている

先頭に歩いている女の子は背筋をしっかりと伸ばし
恰好よくバトンを振って
それに連れて子供たちがそれぞれの楽器を
重そうに担ぎながら演奏をしている


何かしら30年ほど前の
自分の若き往時を思い出し
人知れず目頭が熱くなった

曇天のなか
雨が泣き出さずによかったね

この日の晴れ舞台に向けて
いろんなところで
いろんな人たちが
それなりに訓練をしてきたのだろう

その晴れ舞台の日が
今日だったのだろう


そんなことは露知らず
何気なく歩いていた私

そんな気まぐれな一期一会を
少し感じ入る秋の季節である


大いなる頂に至る時もあれば
谷底深い底辺に想いが至ることもある
それは人間だからですよ

と誰ぞの言葉に目がとまった

まさにその通りで
昨日あれだけ気持が高揚していたかと思うと
今日はどん底に気分が落ち込んで
何もかも破れかぶれで
自分には
できるものなぞ何にもないのかもしれない
と心が大きくぶれることがある

でもそんなこと
人間故の当然の起伏ですよというのだ

そうか
そうだよねと
何かしらその言葉に
自分なりに得心した

それなりに時節を過ごし
人生行路をあるていると
当然のことながら
いろいろなことがある

そういえば
こんなことも聞いた

ひとは誰でも
自分のオアシスを足元にもっているのだよ

そうかもしれない
ひとはオアシスという名の幸せを求めて
飽くことなくどこかに歩み続ける

ここではないどこかに
何かしらの自分にとっての
幸せがあらんと
根拠のない希望をもって
さまよい続ける

しかし実は幸せは自分の足元深くにあるのですよ

そう、あるにはあるが
それはそう簡単には見つからないくらい
深い深いところにあるという

今自分の人生は幸せだよといった
わけもわからずただやみくもに生活に追われて
始めた習字の教室
その教室を軸に動いている自分の人生は
確かに幸せだと最近確信できつつあるという

だけどそんなとても小さな小さな幸福感を
しかと感じるごとく見つけるには
30年以上の長い歳月がかかったね
と少し感慨深くつぶやいた


そんなことを 鹿児島の母から聞いた

2009年10月19日月曜日

読書あれこれ 最近の・・・

いつものことながら秋の夜長は読書と決まっている

中島らも
【ガダラの豚】
で怪しげな新興宗教や呪術 奇術のあらさがしの冒険をし

沢木耕太郎
【深夜特急シリーズ】
で誰しもの夢である放浪の一人旅を
著者と一緒にバックパックしてゆく

山崎豊子
【沈まぬ太陽】
で大企業の事なかれ主義や
顧客を客とも思わぬ傍若無人
ひとという社会向けの柔らかな仮面の後ろの
人間の限りなく醜く汚いものを垣間見て
ひとしきり立ち上がれなかった

ギャビンライアル
【深夜プラス1】
で久々に男どもの
何とも無鉄砲で
それでいてはらはらの逃亡劇にいつの間にか引き込まれ

クリスティー
【そして誰もいなくなった】
で久々の正統派推理小説を逍遥
現代の作家群は
何かしらの影響を受けているだろう

原宏一
【床下仙人】
【天下り酒場】
【かつ丼評議会】

何ともナンセンスでいて
それでいてとても頷ける納得の物語群


さてさて
いろいろあるが
そんな小説世界を歩きながら
世知辛い現実の生活は
自分なりに楽しく生きてゆくに如くはなし

よっこらしょ!よっこらしょ!

ゆっくり休む

今週は月曜日が会社の公休で
思いがけず三連休となった

嫁はんの計らいで
伊豆の宇佐美というところの
貸リゾートマンションにて
二泊三日ですごした

別荘地らしく
山の高台に別荘群があり
はるかに浜辺を望むことのできる
まさに都会のなかの森閑とした空間であった


夜は星明かり以外は
まったくの闇で
その闇のなかに
自然の音が重奏を奏でている

日ごろの疲れを取るべく
温泉に入り
久々に自分でカレーを作った


まったくもってゆっくりと過ごすことができた

日々忙しく働くことは
かけがえのない事なれど
その中でいろいろなことどもが
気づかぬうちに擦り切れていっている


都度都度自分自身で
意識して修復していかなければ
他人の誰も助けてはくれまい

そんな按配で
程よく自分たちに休息を与えつつ
日々是誠実に生きていくことである

2009年9月27日日曜日

週末の動き少々

金曜日

「海辺のカフカ」
「沈まぬ太陽 御巣鷹山編」
「脳がどんどん若返る生活習慣」
「断る力」

ウィスキー三杯
おつまみ少々

土曜日
引き続き読書
夜、嫁と扇屋へ出張る
焼鳥 ボンジリ
せせり うずら卵
ビール ホッピー
サラダ

日曜日
引き続き読書
横浜八景島のアウトレット
何も買わず

さんま塩焼き
しょうが混ぜご飯
具だくさん味噌汁
サラダ

ウォーキング2時間

酒は控える

明日から少々忙しい
上半期〆作業

まあ平和なものである

2009年9月26日土曜日

こまめに

人間の記憶というものは
非常に脆弱なものだと思うことがある

かくとしかりと自分では思い込んでいたことなども
何かのきっかけで
他人と確認し合ってみると
お互いの認識にけっこう大きな隔たりがあったりして
それとてお互いの記憶だけという
客観的に確かめる手立てがないだけに
それ以上進むこともできない


社会的には取り立てて重要でもない
市井の庶子でありながらも
さりとて自分自身にとっては
それこそかけがえのないこの人生行路

できるだけ記憶を形にとどめたいと
思っている

何時も思ってはいるがなかなかできない

といって
何も何時も眼もメモ目もめもと
血走る必要もない

気楽につづっていくにしくはなしと
いつものことながら自分に言い聞かせていることである

そんな意味で
ツイッターも手段としてはいい

時になんとはなしに呟いてみる

それがアーカイブされてゆくから
いつの間にか
自分の何気ないつぶやきが集積されてゆき
それはどのような感情の結果とはいえ
自分のつぶやきには違いない

写真であったり
俳句であったり
詩歌であったり
メロディーであったり
単なるメモであったり

共通するのは
形に残すということだろうか

何とも人間の記憶は
不確かで確認しがたいものだから



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伊豆の二日目

伊豆急ホテルで贅沢した翌日は
地元の民宿を選んだ

庶民はそうたやすく贅沢な時間を
過剰に過ごすことは
断じて許されない

贅沢の後は質実
そして贅沢とアクセントのある生活を送ることで
庶民の身であっても
人生を彩りあるものにできるのである

日向荘という民宿は
前日のお宿と違って
一泊6800円という安さである

それでいて夕朝二食付き
おまけに温泉は家族ぶろ2種
使い放題という
これまたピリリと辛いサービスぶりである

どのような夕食にありつけるのか
少し興味本位であったものの
これがまた過剰なサービス・!

握りずし
コイこくの味噌汁
赤魚の煮つけ
刺身
てんぷら
お浸し
ご飯
香のモノ

他に何かあったような

要はそれぐらい豊富であったということである

6800円で
しかも朝もついて!


民宿の窓を少しだけ開けて休んだ

一晩中潮騒の音がささやき続けた

秋の訪れを祝うような
幾多の虫たちの鳴き声も共鳴していた

そんななか
穏やかな夢を逍遥し
休みの2泊目もぐっすりと過ぎゆきた


朝は民宿らしく
炊きたてのご飯に
アジのひもの
海苔に卵焼き
明太子

何ともご飯が進むわい
すっかり食べすぎて
日向荘に感謝のあいさつとともに
お別れをした


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2009年9月23日水曜日

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伊豆半島

神奈川県の伊豆半島は
関東の人たちが観光にい
くうってつけのエリアである

今回のシルバーWもそりゃーべた混みであった

伊豆半島の最南端は下田である
江戸末期
外国の艦船が恐喝まがいに姿を現した場所の一つである

車で走ると
海べりに道が連なり
太平洋の広大な眺めを望むドライブは
まさに観光というにふさわしく
なんとも心なごませてくれる

そんな下田の一角に白浜という場所がある

名の通りそのあたりの浜辺の砂が
白浜なのである

サーフィンの名所でもあるらしく
わんさと日本人の波乗りさんたちが押し寄せてくる

みなの目当てはジェーンなのである

そんな白浜に今回一泊した

伊豆急ホテルという
マゴうことなきリゾートホテルである
オーシャンビューが
売りである
部屋から白浜海岸が一望でき
その波に日本人の波乗りが
わんさとたむろしている光景を一瞥できた

ホテルはシルバーWにもかかわらず
リーズナブルであった
価格に見合ったそれなりのサービスを
覚悟していたのであるが
それ以上のおもてなしに
半ば感動した

リゾートホテルの最大の売りは
食事である

それがよかった
夕食朝食ともに
こちらの意よりも上をいく内容で
胃も心も大満足であった

そんな休日はまだ始まったばかりだった

2009年9月21日月曜日

音には大別すると二つの音があるように思う

一つは自然の音で
もうひとつは人間の作製する音
つまり人工の音である

昨夜は自然の音にずーっとたゆたって眠った

海の波が浜辺に押し寄せる音を
一晩中耳にしながら眠った

思えば最近自然の音に囲まれることが少なかった

人間の作製した自動車を
人間が駆動させて走り抜ける人工の音を
まだんなく耳に入れながら
人間が作成したヘッドフォンで
人間が演奏した音楽を
デジタル録音された音を聴きながら
歩いていたりした

人間が話しているのに
テレビを通じてだったり
マイクを通じてだったり・・・

自然の音を生で感じる機会が
実は少なくなっているのでは・・・
と考えて少しぞーっとした

自分は人間であって
それと同時に自然の一部でもある

自然の音に囲まれて
生活が営まれて
しかるべきである

昨夜一晩中波の音を聞いて眠った

一生この音を聞きながら生を過ごす人と
自分のような
人工的な音にほぼ囲まれて
人生を追いかけているものと
どのような影響があって
どのように変わっていくのかと思うと
何かしら恐ろしくなった

末を何に目標を置くかで変わっていくが
それでもできれば
自然に囲まれていたいと単純に思った

ウィスキー2

毎夜とはいかないながら
ときには自分と向き合う時間が必要である

少し強いアルコールを
少しずつ楽しむ

独りの時間である

もちろんいろんな気の合う仲間と
ワイワイと
量に恃む飲み方もある
そんなときは銘柄に頼らずにおいしいひと時である

といえど
独り自分に向き合う時間が必要な時もある

そんなときは
柄にもなく最近は洋酒なのである

お気に入りのグラスに
氷を惜しげもなく入れる
そこに琥珀色のウィスキーを
少しずつ注ぎゆく

それがこれからのひと時の
大切なパートナーとなる

飲む仲間は?

自分自身である

いろんな自分自身と
会話をするのである
そこにウィスキーは大切な潤滑油の役割を
果たしてくれる

もちろん自分だけの時間である

話の内容は?

人さまにお伝えできるシロモノではない

あくまでも独りの時間である

そんな休みの夜の
ひと時なのである

ウィスキー

健康に気をつけているようで
それとこれとは別

最近ウィスキーを
夜にかるく飲るのにはまっている

一人静かにグラスを傾けるとき
日中のいろいろなもやもやが
少し強いアルコールの熱さとともに
スーッと流れ出る気がする

自分と対峙するときの
大切なアイテムの一つなのである

2009年9月15日火曜日

歩くことを繰り返す

意識して歩くようにしている

朝は会社の最寄り駅の2つ手前の
日比谷で降りる

駅を上がると日比谷公園である
秋の朝
地下から地上に上がる瞬間
何とも言えずクオリアを感じる

ふっとさわやかな風が体内を吹き抜ける

ベンチには思い思いの朝を過ごす人々がいる
そんな人を横目に
穏やかな音楽を聴きながら
ゆっくりと過ぎゆく



会社を出ると
夜の街に足を踏み出す

都会の夜は夜景が美しい

明るい時に聴いている音楽も
暗くなると様相を変化させる

きらきらと光る街並みを
ゆっくりと自分のペースで歩く

ただひたすら歩く
そこに二義的な効用なぞ
別段意識して求めるべくもない

新橋を過ぎゆき
銀座をこえる

いろいろなきらびやかな人たちがいる

この人たちが
日本で一番豊かな部類の人たちなのだろうか

そんなこともあるまい

と誰にとがめられることもなく
一人思いながら歩く

体がほのかに火照ってきたとき
日本橋に到着する

地下に降りて
自分の家のある方面へ
今度は地下鉄に乗る

そんな繰り返しの最近の日々である

2009年9月14日月曜日

脳のなかの理解しがたい衝動

調子よく食事制限をしながら
順調に体重を落としつつあるときでも
時に無性に無駄なものを摂取したい
衝動にかられる時がある

油の塊であるスナック菓子なぞ
体にいいものではないと
ある一面の自分は十分理解しているつもりでも
もう一人の自分自身が
どこからともなく忍び寄ってきて
おいしいから食べようよと
甘い誘惑を訴えてくる

そもそも人間は
脳によって統御されている

切断されてありもしない腕の先の
爪が痛いと訴えてみたり

存在しようもない幽霊のごときものが
見えたりしたり

利きもしない単なるメリケン粉の塊を
胃痛によく効く薬ですと
権威ある医者から言われて
すっかり治ったりするプラシーボ効果があったり
まさに人間は脳のなかの信号のやり取りで
何事もわけもなく
脳のいいなりになってしまう

スナック菓子が食べたい
それもたらふく食べて
おなかを満タンにしたい
なぞという
単なる低俗で理解しがたい欲求をすら
その脳は肉体に強要する

何とも人間というものは
小宇宙とはよく言ったもので
実は何にもわかっていない
未知数の塊であったりする

そうであるならば
翻って考えてみると
何があってもおかしくはないということでもあり
私自身がたとえば
今から20キロもやせてしまって
いわゆる別人のように
生まれ変わり
スターのごとく
おそろしくもてたりするなぞということも
あり得なくもない

そんな低俗なこととは比較しようもないが
マリナーズで頑張っている
イチロー選手のように
同時代に生きる日本人が
歴史的偉業を成し得たりもする
そんなことをし得るのも
同じ人間であったりする

スナック菓子を食べたい欲求と
闘いながら
何ともせん無いことを考えた

ちなみにスナック菓子のなかで
私のなかのトップ3は
1.えびせん
2.カール
3.ポテトチップ塩味

彼らは伝統に裏付けられていて

絶えず生まれる
チャラチャラしたどこぞの若造のごとき
新規の菓子群なぞは
彼ら三強には
及ぶべくもない

くだらないことである・・・

【脳のなかの幽霊】

http://www.amazon.co.jp/脳のなかの幽霊-角川21世紀叢書-V-S-ラマチャンドラン/

2009年9月13日日曜日

秋の散策

日曜日にもかかわらず朝から御成門へ出向く
久しぶりのTOEICテストである

日ごろ勉強らしいこともしていないが
受けることによって少しずつ昇ってゆこうと考えている

2時間のテストが終わって
街中に出るとすがすがしい

日ごろ人込みのオフィス街は
休日は穏やかにたたずんでいる

秋の空が高い

緑揺れる枝葉越しに望む
どこまでも高い青空を見ていると
いつしか心なごみ目頭が熱くなってきた

なんと美しい青色なのだろうか

何ともいえずやさしさあふれる柔らかな空色である

生きている緑の葉の緑色と
薄い雲の白色をまぶした柔らかな空の色を望みながら
人知れず生かされていることに
心から感謝した

生きていてよかった!

首を目いっぱい上に向けて
空を仰いだ時
心なしか体内の何物かが
大いに入れ替わったような感じで
大いなるエネルギーがみなぎってくる感覚にとらわれた

日比谷公園の深緑がそよいでいる

秋の心地よい風に揺られながら
木々が生の喜びを唄っているようだ


若い時分は秋という季節は
どちらかというとあまり好もしく思っていなかった

それがどうであろう
最近は秋の素晴らしさをことごとに感じる次第である

皇居には人がたくさん出向いている
人それぞれに柔らかい笑顔が印象的だ

日本人にとって天皇とはそんな存在なのだ

柔らかな象徴

秋の陽光を浴びて
みながそれぞれに皇居周辺を散策している

足はそのまま伸びゆき
駿河台の方面へ歩いた

ここは19歳の時に
初めて薩摩から出てきた場所である

ニコライ堂の鐘の音が
ひびいてきた
何とも言えず荘厳な響きだ

青春時代の甘酸っぱい空気感と相まって
心地よく街並みを歩いた

秋葉原から上野まで足をのばし
踏ん張り踏ん張りして
茅場町へ

秋の散策は
体調もさることながら
精神的な安定感をもたらすようだ
少なくとも自分にとっては
とても心地よい作業なのである

2009年9月12日土曜日

twitter

みなさん twitterをやってみよう

いまどきのコミュニケーションツールとして
適度なゆるさとそれでいてリアルタイムである点
ひょっとするととても大きな可能性を秘めたツールのような気がする

やってみもんそ

https://twitter.com/

涼しくなってきた

少しずつ涼しくなるねえ

暑い夏がいつの間にか過ぎ去り
すごしやすい秋が訪れる

昔から本棚にある本を久しぶりにひもとき
ゆっくりとした音楽を小さな音でかける

しばらくの時間
その本の世界に逍遥する

現実の世界に座りながら
想念は本のなかをさまよう

そんな時間を過ごしながら
生きていることのありがたさを
かみしめたりしている

2009年8月29日土曜日

少しずつわかる

昨夜の帰り道
バームを5本買った

何かしら
一週間のもわもわとまとわりついた
疲れのようなものを
一掃したい

そんな思いもあって
昨夜の食事は軽くすませた

そんな軽い夕食の翌朝は
やはり快適に起床できる
体は正直である

9時を目指して
近所のプールに出かけた
先週の日曜日
20年ぶりに水着を買った

その水着をデビューさせたくて
実は今週一週間は
ほのかにそのことが
頭の片隅に残っていた

そんな水着をもって
近所のプールを歩くのである
泳ぐことはしない
左肩が痛くて
上がらない
クロールができないのである・・・・


ただひたすら
前のオジサンの後頭部を直視しながら
無になって水中を歩行するのである


体を動かすと
思考の停滞がないように思う

40を迎えて
改めて感じた事実である


夕方は河原を散策した

いつもとは少し違うコースを
昨日買ったバームを飲みながら
ゆっくりと歩いた

考えてみると
日ごろ我々は
わかっていると思い込んでいることも含めて
実は何もわかっていないような気がしてきた

瞬時に自分なりに解釈をして
わかったような気になっている

今日のちがう散歩コースも
わかったつもりでいたところを
実際歩いてみるととても新鮮な驚きがあった

こんな気持ちのいい場所が
こんな近くにあったとは・・


すべてわかる必要はないし
わからなくても日常は滞りなく過ぎゆく

さりとてわかっておいたほうがいいようなことは
自分の足で実際に歩いたり
少し時間をかけて丁寧に眺めたりして
自分の実感として感じてみる

そんなことを
考えながら
体を動かす土曜日は過ぎた

夕暮れの電車

まだまだ暑い日中は静かにしていた

少し涼しくなった夕方
近所の河原に散歩に出かけた

何時も乗る電車が陸橋を通過してゆく

土曜日の夕方故もあって
乗客はまばらである

何時もあの列車に
すし詰めになって乗っている

自分を含めみなが
渋面を作って
それぞれの悩みを抱えて
電車に揺られて移動してゆく

そんな電車を
散歩をしながら
夕暮れの風に吹かれながら
眺めていた

電車が子供が遊ぶ模型の
プラレールのように見えた

なんか滑稽で
カッコ悪い電車がガタンゴトンと陸橋を渡って行った

あんなカッコ悪いおもちゃみたいな電車に乗って
何時も険しいカオをしているのか・・・
と考えてみると
なんか笑いがこみあげてきた

おもちゃじゃないか・・・・

何を悩むことがあるだろう
と思えてきた

電車はそれなりに大きい轟音をとどろかせて
陸橋を走っていった
夕陽を背にして
通過していった

その電車の前面の顔が
どう見てもかわいらしくコッケイに見えて
そんな電車にいつものっているのだから
そんなに物事を難しく考えることもなかろうと
なんかそんなことを想った


なんか
夕暮れのなかを一人歩きながら
笑いがこみあげてきた



2009年8月24日月曜日

福岡よかなあ

一期一会
人との出会いにはこの頃とみに感じ入る瞬間がある

九州の担当を離れて
かれこれ数年の歳月が過ぎている

そんななか幸運の引き寄せがかない
福岡での仕事が舞い込んだ

仕事は仕事として
久しぶりの懐かしい顔が
塩辛く迎えてくれた

夜は当然久しぶりの【久闊を叙す】である

そこに酒は欠かせないアイテムである

胡坐に芋焼酎で
6時間ほど痛飲した

一人のおばさんは
一人かたくなにビールだった
6時間ビール飲みっぱなしである
なんとも何杯入って行ったのやら
そんなおばさんは
私の福岡のおかあちゃんのようなものである

翌日は軽い二日酔いをおして
仕事を全う
久しぶりだからと福岡の名所を軽く案内いただいた
海の中道をはしり
あそこがムネリンのマンションだよと教えてもらった
いい景色やなあー

久しぶりの人たちの暖かい笑顔に
自分は何にもしていないのにという
軽い後ろめたさも後押しして
何とも仲間というものの
心強さをひしと感じた出張であった


夏休みから仕事へそろそろ
フェーズチェンジである

しっかりと過ぎゆく

まだまだ暑い日が続くが
さりとて
ときに一陣の風が涼やかに感じられる一瞬がある

そんな夜は
蝉の鳴き声の代わりに
いつしか鈴虫の音色が聞こえてきた

しっかりと秋に近づいているのだ

日々は確実に過ぎゆく

一日一生
万物は確実に過ぎゆくのである


2009年8月23日日曜日

休みの過ごし方

地下鉄の赤坂で降りる

普段通過したことはあるが
街に降り立つことは
これまでなかった

特段の要件はない

それでいて何かしなければならない
という切羽詰まった拘束もない

休みの日の醍醐味である
どのように過ごしてもいい
と改めて自分自身に言い聞かせると
それだけでなにかとてつもない
幸運をいただいたような気がして
自然に感謝の念が胸の内に湧き上がる
ありがとうございます
YES WE CAN!


土曜日の赤坂の街は
人が多い
どちらかといえばこの街は
オフィス街である

普段の堅苦しいおじさんの姿は
あまり見えず
そのかわり家族連れが目立つ
休日の行楽なのである

ここでは
TBSが幅を利かせている

駅を降りるとすぐに
赤坂サカスという商業施設がある

TBSの番組の番組宣伝ブースに
人だかりである

亀有公園の両さんにふんした信吾君の
等身大販促物のまえで
みな写真を撮っている

世界陸上のブースは大きく
場所をとっていた

うがった見方をすると
TBSの上からの目線らしきものが
気になる

顧客に
【はいあなたたちは
 こんな芸能人の夢の世界がうらやましいでしょう】
【はいはいたかってきて写真でも撮りなさい・・・】

なんて無言のうちにいっているようだ

やたら警備兵の数も目立つ

なんやねん・・・・・

何をかみついているだろう
貴重なお休みなのに・・・


そんな赤坂を通り抜け
乃木坂に差し掛かる

明治帝崩御に殉死した
あの乃木将軍の乃木坂である

乃木神社というのがあった

神になったのか

賛否両論あるものの
かつての日露戦争で
旅順攻略の折
愚劣な参謀を配下におさめていたとはいえ
無策の連続で
優秀な日本兵の膨大な命を死に追いやった
乃木希典将軍の神社である


乃木坂をこえ
青山に向かっていると
青山墓地に至る

夏の入道雲のさなか
蝉が最後の力を振り絞って泣いている
その中にほのかに線香の香して
道路の先に蜃気楼がみえる


そこから
ふらふらと歩いていると
青山学院大学が左手に見えてきた

学問の府の建物は
何かしら心なごませてくれる
暑いさなかおしゃれで美しい女の子が
正門から出てきた

かつて私の通ったの大学に
この手の女の子はいなかったなあ
などといらぬことを考えたりした

青山を抜けると
すぐに渋谷である

膨大な数の若者が繰り出している

さすがに渋谷である

人込みをかき分けて
昔かよった仕事場まで歩を進めた

まだあった・・・
なんとなく懐かしい

渋谷公会堂を横切り代々木に向かう


NHKの前の広い敷地で
昔一人でよく弁当を食べたものだ

代々木公園を横切り
神宮の森へ

改めて明治帝にご挨拶をして
夏の東京散歩はこの辺にしておこう

明治神宮前から
地下鉄に乗って帰った

歩かなくては通り過ぎて
見過ごしていることが
この人生のなかには
砂の数ほど膨大にある

さりとてそれも一つ一つである

2009年8月17日月曜日

メキシカン

広尾という街には初めて降り立った

ラフォイアというメキシコ料理店が目当てである

コロナビールと
ナチョス

時にこんな料理もいい

目的があって初めての街にふと出向く
そして新たな体験が積み重なる
そんな時間の使い方

いい時間が過ぎゆく
時間はとどめ置くことはできない
砂粒のごとく
手のひらからこぼれおちてゆく


今も息づく薩摩隼人

今回の夏は
身近な親族以外に
朴質な薩人との邂逅もあった

隼人に息づく彼は
私の数少ない偉友である

真実の友情は
その頻度にはあらず

などという自分勝手な理屈に甘えて
彼との久しぶりの邂逅は
実に八年の歳月をまたいでいた

いつの間にかお互い
家庭らしきものを取り合えず背負い込んでいて
人間なんてものは
当然のこととはいえ
何らかの形で
しっかりとおじさんになっていくものであることよと
妙なところで得心したりした

かれは隼人という地区で
学習塾の塾長を務めている

つまるところ自分ですべてを立ち上げて
それでいてそのことが
生活に直結しているだけに
規模の大小は別として
れっきとした経営者なのである

その土地の選定から
教室の立ち上げ
黒板から始まる一つ一つの備品の準備

それでいて
パートナーの面接

顧客の誘致
月謝の徴収
給料の支給

いわゆる
会社生活において
部門別に組織してある
すべてのことを
彼の場合は自分自身で
考え実行していかなければならないのである

独自と経営方針と
年次の事業計画

何とも頭の下がる思いであり

それでいてその携わる事業が
教育である

教育は国をしょってたつ若者を育成するという
事業からしても聖職である

何ともわが友ながら
自ら切所に切り込む
やることが男らしいわ!

なんとも薩摩隼人であることよっ!


その日は夕刻に突然おじゃまし
彼が18時半から21時半まで授業であったため
私ひとり
近所の霧島の天然温泉で汗を流させていただいた
すまんのう 仕事中に!

その後近くの焼鳥屋で
あらためて久闊を叙し
酒と焼鳥を潤滑油に
極上の時間はいつの間にか過ぎゆきた

何とも友情というものの
ありがたさが身にしみた夏の一日である

頑張れこぼくな薩摩隼人よ


2009年8月14日金曜日

肉のヨコムラ

久々に帰った鹿児島で
母親と弟と三人で久しぶりに外食にいこう
という話になった

何もできない私にとって
そんなことぐらいしかできない

しかし私にとってそんなことでも
弟と母親は心から喜んでくれる

外食なんてとても久しぶり・・・
なんていう


やせている
弟の口から
焼き肉でもいいかなという
遠慮がちな提案が出て驚いた

お母さんがどうかな
と話していると
いいよ!ときた

これで決まりである

弟の情報で
肉のヨコムラというところへいく

本業はお肉やさんだという


おやぶん自らオーダーを聞いてきた

お勧めは?

極上サーロインですよ!

いいね
いこう

ということで焼き肉で
弟の就職祝いということになった

少し照れて申し訳なさそうにする弟
それに対して
よかったねと心から祝福する兄と母

なんとも
肉の味もさることながら
その時間自体が極上だった




母親との墓参り

翌日は弟は仕事である

母親も16時から習字教室があるが
それまでは時間があるという

車があるので
お墓参りに行きたいという

昨日廻ったコースを
今度は母親と回ることにした


車中弟の話をする

ほんとによかったね
神様の計らいに感謝だよね


人間、未来に横たわる自分の運命なぞというものに
気をもんだところでどうにもならない

未来や運命という
人知を超えた領域は
神様の専権事項で
人間なぞが気をもめずとも
しっかりとつじつまを合わせてくれるようだね
とそんな話をしながら鹿児島の街を走る

母親と一緒に墓石に水をかける

子供の私は
花を包んでいた新聞紙を利用して
線香に火をつけるのが昔からの役回りである

その間母親は花瓶の水を変え
花をいける

静かに墓石に並んで
合掌する

静かな時間がめぐる


そのあと昨日行ったおばさんのところへ


また来もした・・・!
というと
うれしそうに迎えてくれた

そこでは母もまだまだ若い

娘に戻ったかのように元気に
近況を面白おかしくおばちゃんにつたえる

おばちゃんは柔らかな微笑を浮かべながら
うなずきながら聴いている

そんな時間が永遠に続けばいいと思う

もちろん有限なことなぞわかっている

お盆に郷里に帰ると
命のことを想わずにはいられない

80になる高齢の人の横には
これから人生を歩もうとするひ孫の女の子がはしゃいである

キッズダンスを習っているという

元気に飛び跳ねて
ほめられてとてもうれしそうに笑う

その光景を眺めて
おばちゃんはやさしく笑う

連綿と続く血脈と時間

そんなことを何とも言えず
感謝する夏休みはまだまだ続く・・・

弟との墓参り

久々に帰る鹿児島には
自分にとって
かけがえのない二人の弟たちが住んでいる

実家には次の弟が母親と二人で暮らしている

10年前、大きな事故をして
体に一生付き合わねばならぬハンデを負って
今は独り身である

妻と子供は
経済的な問題は
現実的に苛酷で
ときに愛情を超えがたく
静かに去っていった

そんな弟と久々に会った

落ち込みがちな彼の人生の中で
今年の夏は僥倖が舞い込んだ

入退院を繰り返したとはいえ
10年もの長い歳月の間
社会人としての
社会との交流を断絶した時間

そんな苦行ともいえる長い時間の末
今年の夏
新しい職場に通勤できることになった

もちろん障害者という告知は
事前に了解いただいたうえである

といえどいかなるトラブルが起こりうるか
わからない
会社の規則で
三か月は見習い期間のため
今はまだ正社員ではないのである

社会人として一日立ち仕事は
なれぬ体には大きな負担で
どこそこに痛みは貫く
といえど今までの仕事のないつらい時間と比べれば・・・
と弟は言う


何とも神様の温情に
胸の内がせりあがるような感きわまるものがあり
そのことも今回の帰省の大きな理由の一つである

そんな、ようやく社会人として忙しい身分となった弟が
これも何の運のめぐりあわせか
私が帰省した翌日が休日であった
もちろん会社に認められた正当な休日である


帰省した翌日にレンタカーを借りることにしていた

JRでレンタカーを借りに行き
それからは車のある快適な鹿児島の街になる

足の不自由な弟は
貴重な休日を私に合わせてくれた
二人で墓参りに行った

父方の墓と母方の墓を
もうすでにすっかりおじさんになった
兄弟二人で参った

夏の盛りの午後
夏ぞらには大きな入道雲が広がり
耳には夏の暑さを謳歌するがごとき
蝉の合唱が心地いい

汗が額から流れ落ちる
それも幸せの時間である

二人で墓石に水をささげ
新しい花をたむけ
線香に火をつけて
静かに合掌する

弟が何を祈ったかはわからぬが
私は弟の幸運をまずは報告し
そして今生きている母親始め
身近な親族が健康で幸せであることを感謝した


前向きになりつつある弟は
自分の街である鹿児島のことを学ぶ必要を
最近感じ始めたという

そんな彼と私のニーズがぴたりとはまり
墓参りの後は
これも墓参りのようなもので
南洲墓地に参った

西郷を取り囲むように林立した墓石群は
そのまま往時の薩摩隼人の絆を彷彿とさせる

手を合わせると往時の底抜けに明るい
薩摩隼人どもの笑顔群が脳裏に浮かんだ


弟と二人南洲神社を参りながら
往時の西南戦争のいきさつなぞを話した

碑にある勝海舟のことなども話した



そのあと親戚のおばさんの家にいった
お土産は理由の一つである
元気な顔がみたいのである

80歳をこえるおばさんは
相変わらずやさしい笑顔で僕らを迎えてくれた

いつものように差し出してくれる
冷たい麦茶が
心にしみる

元気でいてくれてよかった

それでいておばちゃんは
最近の私の血圧の上昇を
心から心配してくれる

【ほんとに気をつけてね・・・】

その言葉はそのままおばちゃんにお返ししたい

弟と私
そしておばちゃんとその息子たち

そんな何時も鹿児島に帰れば
迎えてくれる
皆の笑顔が元気だったこと
そのことがとても勇気を与えてくれる


夏の鹿児島が
夕暮れを迎えようとする時刻

おばちゃんの
夕飯を食べて行きなさいという
やさしい言葉を
背に、また来ますと辞去した

今度会えるときは
少しはやせておきますというと

あなたはそのままでいいのよ
と言ってくれた

我々二人は
母の待つ家へ車を走らせた



薩摩での夏

今年の夏は短いながら郷里に帰省した

いつものことながら
心洗われる時間がここそこにあった

一番の土産は
鹿児島の自分が大好きな人々がみな
心身ともに健康だったことである

人はある程度歳をとってくると
どうしても体に何らかの支障をきたすし
そのことは人間、というよりも
生きとし生けるものの宿命とはわかっているつもりである

といえどやはり自分の心から許しあえる
数少ない人々に
その宿命が襲いかかることは
何物にもかえがたい悲しいことであり

そんな悲しい予感を絶えず心の片隅に
持ち続けているがこその
帰省であったりもするのである

そんななか
皆の笑顔が元気であったこと

それが
涙が出るほどの
感謝すべき最大のお土産であった




2009年8月1日土曜日

移動する夏


先週は
月曜日は広島への日帰りである

それほど体は動かしてはいないが
やはり移動は幾分つかれる

そんななか水曜日はけっこうハードであった

東京から愛媛の伊予三島へは
片道6時間ほどかかる

それから金沢へ向かおうという強行軍である

ところが
運悪く高松から岡山への唯一の陸路が断たれた
最近の長引く雨で
線路が陥没したという

急きょ 松山へ変更
1時間40分ほどのローカル列車の旅である

それから
松山空港へバスで向かい
伊丹空港まで
ボンばるで移動

この段階でへとへとである

それから
伊丹から小松へのフライトがあると思いきや
なし なしっ

朦朧とした状態で
バスで新大阪まで移動

サンダーバードに乗り込もうとするも
そんな遅い時間に
接続のいい列車が
あるわけもない

振り子走法
3時間の
雷鳥に乗り込む

かなざわ~かなざわ~
のアナウンスを聞いたのは
23時も過ぎていた

何とも
夏休み満喫よのう~

薩摩への帰還

今月の8日からつかの間の夏休みに入る

今回の休みは久々に薩摩の地に向かいたいと考えている

9日から13日ぐらいまで
久々に生まれ育った故郷に戻り
自分の身の回りに着いた
いろいろな吸着物を洗い流そうと考えている

そんな感じで
可能であれば
あえる友人もいるだろう

2009年7月20日月曜日

四代目 だるま

大阪に住んでいた時
いろいろなものを食べたが
その幾多の食事の中で
思い出と残っているものが
少なからずある

天王寺の
くし揚げ だるま
がその一つである

当時地元のTV番組で
取り上げられていて
何気なく赴いた

うまい
ビールとあう
それでいて安い


また行きたいなと
なんとなく考えていた


そんなとき
幸運は音もなくやってくる

嫁が購入してきたグルメ雑誌が
たまたまくし揚げを特集していた

その小さな記事に
おおさかの
くし揚げ だるま から暖簾分けしたお店が東京に・・・


決断は早かった

いっど


葛西からバスに乗り
2駅の一の江というところへ

そこから都営新宿線に乗り換え
菊川という駅までは約15分くらいか

駅に降りた
歩いて5分ほどにその店はあった

四代目 だるま
とある

時刻は午後5時半

看板には営業午後5時からとある

暖簾をくぐる

予想に反して
先客は1組のみ

中は80年代のポップスが流れていた


もしかしたら大行列に
並ばねばなるまい・・・・


と軽く覚悟していただけに
少しひいた


まあいい

いさんで案内される席に着く


とりあえず生

暑いですからな


メニューをねめつけると
お得なコースがあるではないですか

7本+一品で1300円

そいじゃ!

うまい
味は大阪とたがうことなく同じである

安い
これも一緒

おまけにうれしいのは
ホッピーを取り扱っていたことである


うれしくて
ホッピーは3回もお代わりをした


気持ちよく酔い
おいしく食べた

やはり同じお金を払うなら
おいしいほうがいい


そんな休日である

うまし

神宮の森

葛西から高田馬場まで地下鉄で移動する

そこからJRに乗り換えて
若者の聖地原宿までは
高々10分程度である

原宿駅で降りる

若いのでむせかえっている

別に本日この地で
特別な祭りは予定されていないはずである

ゆっくりと行列して
ようやく改札出口

電車を降りてから
5分以上かかった

改札を降りても
若者ばかりである

日本人以外の人々もたくさんいた

この場に充満するエネルギーは
すごいですな・・・


私の目的は
駅を降りてすぐの明治神宮である

夏の盛り
神宮の森を散策したくて
ふらふらとやってきた

駅近くのコンビニで
ヘルシア うめを購入

脂肪燃焼のための
細かな気遣いは忘れない

鳥居を一歩入ると
神韻あらたかな厳粛な空気に包まれる

今まで聞いていた音楽のスイッチを切る

自然の音と一体になりたい


自分の足で
砂利を踏みしめる

その一定のリズムと
吹き抜ける風にそよぐ木々の涼しげな音が
耳に心地いい

砂利を踏みしめながら
森の木々の間から覗く夏空を望む

蝉の声が夏の季節を
力強く喚起する

静かに歩を進める

本殿についた

ここは当然のことながら
明治帝を祀った神社である

その森を散策しながら
往時に想いをしのばせる

鎖国状態の日本に列強が押し寄せ
かたくなに尊王を信じつつ
新しい時代を命がけで創造した
明治という時代。

その象徴であられた明治帝を祀った場所


森の中とはいえ
夏の暑気は
容赦なく汗を出させる

それでいて心地悪くはない


静かに心を静めて
神宮の森の散策は続く

むかし鹿児島であるいた
森の中を思い出す

自然の幾多の音がないまぜになり
その音と森の匂いが
自分の過去の記憶と渾然一体となり
何時しか想念は過去と現在を
まだんなく行き来し始め
何かしらスピリチュアルな感覚が
自分の周りを取り囲み始める


夏の森の中の散策は静かに続く

考えてみれば
ここは都会のただなかである
そこは原宿であり
となりは渋谷である


風にのって
都会の雑多な音が流れてくる

それでいてここは神韻な森の中である


砂利を踏みしめて
過去を散策する時間は
いつの間にか過ぎゆきた

神社の鳥居を後にし
原宿の表参道に出ると
人だかりの列が遠くまで続いている

何か祭りでもあるわけでもあるまいが
何故このように人が多いんじゃ

とはいえ
これはエネルギーでもある

無気力な若者などより
全然いいではないか

暑いさなか
何かを求めて人は都会に出てくる


私はそんな雑踏がいやで
即座に地下鉄に乗った

汗をかきすぎたTシャツに
電車の冷房が冷たい

いつしかヘルシア ウメ味も
飲み干していた

2009年7月12日日曜日

プール

血圧の上昇に伴う定期的な通院は
続いている

2~3週間に1度
それまでの血圧の推移と
その時の体重を測定する

何とも管理されている状態である

といえどそれほど悩ましいことでもない

というか自分なりには
少しく動機づけにもなっている

いままでやけ食い
大食いにて好き放題していたわが肉体

最近少しくストイックな状態になって
心なしか体のだるさが少なくなった気がしている

肉も好きだが
野菜もほしくなってきた

果物より
スナックだった従来の嗜好が
いまは果物もおいしく感じるようになった

といえどまだまだ道筋は長い

酒も好きだし
お菓子も好きである

しかしながらそこに
少しの自制を利かせる

そして少しずつ体重が減り
体質が改善されていく

基本的なことだけれど
とても大切なことだ

といいうことで
本日もプールをウォーキングした

爽快爽快

靖国神社

靖国神社で
みたままつりが始まる

そのためでもないが
なんとなくお参りがしたくなり
土曜の昼に一人赴いた

土曜ということもあるが
ここは人が多い

拝殿のなかの本殿に
今日もたくさんの人が手を合わせている

よく見るとみな親子だ

社務所をみると
親子参拝受付とある

親子でご先祖様に手を合わせる

何とも健全な光景で
心洗われる

拝殿で手を合わせた後
靖国の杜を散策した

月曜日からのみたままつりにむけて
無数の提灯がぶら下げられている

著名人の灯篭もいつものように
やさしく並んでいる


ここに来れば
自分の所属が日本であり
その所属員だからこその
認められる心地よさがあり
それが時間という縦軸と
空間という横軸を凌駕し
みな同胞という感覚が沸き起こる

この手狭な日本
幾多の試練を
精一杯健気に乗り越え培ってきた歴史

その歴史の守り手として
その命の灯をささげた方々の魂を鎮めるところ

靖国の心は
普通の感覚を持った人であれば
常識として理解できるはずだし
そんなことは世界共通のはずである

そんな人の心の奥底を
政治に利用する
一部の心ない群などは
天国へはいけるはずもない

人の心に土足で入る権利など
誰一人もってはいない


そんな靖国
みんなの笑顔が13日から始まる


よき友との再会

かれこれ14年ぶりかいなという
高校時代の後輩と久しぶりに再会

積もる話あれこれ

互いにアラフォー

それなりに自分の世界を構築しているが

再会すると
高校時分の身分関係は健在

たかが1年先に入学しただけで
厳然たる上下関係はぴしりと続く

これは体育会の良き風潮だと思う

その夜は
新橋でしたたかに酔う

楽しい時間はすぐに過ぎる

とまれ友情はよきものなり

やつはむかしと変わらず
それほど酒は強くなく
途中にて睡眠に突入

結局こちらが払う
【なんでやねん・・・】


まあこれも良し


今度は薩摩にて頼む

東京の散歩

靖国神社をでて
何時もならすぐに地下鉄に乗るところを
何気なく歩いた

しばらく歩き続けると
スポーツウェアを颯爽と着こなした
若い夫婦が楽しげに語らいながら
右わきを駆け抜けていった

何も考えず
ただ歩く

しばらくすると市ヶ谷についた

そこの角に
東郷記念公園とあった

若者が土曜の午後
キャッチボールをしていた

市ヶ谷を過ぎると四谷である
ここも若者が多いせいか
洒落たお店がたくさんある

新宿御苑に接した道路には
おしゃれなオープン形式の
カフェが点在し
若い人たちが思い思いの時間を過ごしていた

本を読んでいる
おっさんもいる

と思えば公園内で
山田錦とかいたビンをあけ
ベンチで杯をあげる若者もいた

四谷をこえると新宿である
進化し続ける大都会は
自分の知っていた10年前とは
その様相を激変させていた

新宿3丁目から
地下鉄に乗って神保町に移動

さすがに腹が減ってきたので
サブウェイでテイクアウト
近所のお茶の水公園というところで
一人休息

神保町からお茶の水にかけては
私の青春の街だ

昔かよった駿台の校舎は
近代的なまっさらなビルに変貌していた

ここで今も自分の夢に向かって
ストイックに学んでいる若者がいるのだろう

その横は明治大学

一つの夢を達成した若者たちは
その若さを謳歌する

怠惰で貧しいが
それでいて、なにをやっても楽しい
というこれまた普遍の青春の断片が
そこここに点在していた

お茶の水の湯島を一瞥し直進すると
秋葉原である

日々進化する日本のモノづくりの
展示場である

にぎわいはその景気を表す

底堅い力を感じた

秋葉原をぬけ神田へ

昔行った鶴亀は健在だった

まだ暗くもない時間に中をのぞくと
ほっピーをしている
おじさん群が何組か顔を赤らめていた

神田を過ぎ日本橋へ

最後の力を振り絞って
茅場町までいった


電車に乗って自分の街へ移動した


休日の東京散策は
いろいろなことを思い起こさせてくれる


2009年7月5日日曜日

TOEIC

本日久々にTOEICに試験を受ける


相変わらず歯ごたえがあるわい

といえど悪い気持でもない

最近体の変調を来して以降
けっこうストイックな生活を送っている

そのストイックさに
英語という要素もあり
いまだ道半ばではあるが
英語とダイエットとは
意外と共通する部分があるように感じている

どちらも真実をしっかりと反映するということである

つまるところ
どちらも嘘をつかない

逆に言うとやった分はしっかりと
数値で表れるということである

がらにもなく
そんな少しずつの
山登りにも似た
自分なりの目標にむけて
少しずつ達成してゆくという行為が
今の生活の中で
けっこう心地いいものになっている

といえど今はまだ
山頂ははるか彼方である

とはいえ
少しずつ少しずつ
笑いながら楽しみながらである

そうしながら人生を送ってゆくのである

2009年6月22日月曜日

歯の治療

1週間のうち
何日かは必ず出張に出ているため
会社の近所の歯科医には
だいたい1週間に一度のペースである

とても少しずつの
故障個所のメンテナンス作業が
緩やかに続いている

いままでほったらかしにしてきた
自分の歯が
少しずつ少しずつ
治療されてゆくことが
なんとなくうれしい

若いころは
歯科医はそれこそ寄り付きたくない場所の
上位を占めた

しかし最近は
ありがたい場所と思えるようになりつつある

そもそも
歯医者に行くという行為は
他の誰のためでもない
まさしく自分のためだけの行為である


よくよく考えてみると
歯科医だけでなく
ときどき行く町医者や
ときどき勉強する英語や
ときどきおもむくスポーツジムや
すべてがほかの誰のためでもない
自分だけのための
自分だけの選択肢としての
結果なのである

別に行かなくてもいい場所だし
だれも私に強要などしていない

それが大人ということなのだろう

すべて自分のための自分の選択なのである


少しずつ少しずつ歯を治療していきながら
自分の体が少しずつメンテナンスされてゆくことが
実感される

愚直に少しずつなのである


2009年6月21日日曜日

自分のすみかのこと

自分の家の近所に
古本屋が2~3軒点在し
それなりに大きな銭湯があって

それでいてリーズナブルに使用できる
区民体育館がある

体のためだけでなく
精神的にも開放感を得られる
川べりの散歩コースがあり

かるく2~3千円で
寿司をつまめる店があり
焼鳥屋もある

野菜が激安な地域のスーパーがあって
肉や魚が得意な店もある

そんなことを一つ一つ考えてゆくと
とても恵まれた環境に住まわせてもらっている


よかったよかった

かの国の横暴

北朝鮮の最近の言動は
なんとも言いようがない

はっきり言ってしまえば
ルールを守らない輩は
排除していただくより
仕方がない

そもそも核という
前時代的なシロモノで
自らの国際的な立場を
優位な位置へ
もっていこうなどという考え方が
古臭くてやりきれない

そんな核などというものを持ち出さなくても
我々の唯一のすみかである地球は
人間の文明社会の発展の弊害を受けて
悲鳴を上げている

そもそも土台である地球があっての
国際社会であるはずである

それを大切な大切な土台を
粉々に粉砕していまう破壊力を持った
核兵器などという愚劣な武器を
これから新規に作り
それを盾に自らの立場を守る
などという国は何とも言いようがない


即刻立ち退いていただくほかない


ただ国としての立場と
その国の個々の人々が
同一ではないということは
感覚的にわかっているつもりではある

そうとなれば
何の因果かそこに生まれてきてしまった人々は
それこそ大きな迷惑であるはずである


自分が大いなる被害者であったと
考えていたのが
いつの間にか
大いなる加害者の一員になっている

何とも
最近のニュースに踊る
かの国の横暴極まりない
挙動をみていると
怒りのやり場もない

今の地球は
健常ではない

そんな地球を大切にしていこうという
国際的な気運の中
時代錯誤も甚だしい

何ともやりきれない話である

会社の帰り道

会社を出て
すぐ最寄りの駅に向かわずに
軽い感じで歩き始める

一日の仕事を終えて
疲労感はあるものも
気分は柔らかい達成感に包まれる

ことにそれが週末の金曜日であったりすると
歩む足取りも
何かしら弾んだりする

東京駅の方面に向かう
左手に日比谷公園があり
その先に皇居がある

ぐんぐん通り過ぎる
車のテールランプの先に
緑がそよいでいる

風が通り過ぎる
夏の匂いがした
もうすぐ夏だなあ・・・


自分の足で歩くと
忘れかけていた季節感を思い出す

我々の日常を取り巻く社会は
自然の中にほんの僅かに
人間の作らせていただいた
人工的な空間である

その範囲はほんのささやかな空間に過ぎない

そのほとんどは自然である
そんな自然の中で
季節感を忘れるとは
何とも人間というものは
度外れて生命の義務のようなものを
履行していないような気がして
少しだけ後ろめたい気持ちにかられた


夕闇の中にほのかに人工の光が
美しい夜景を生み出す
駅までの間の日比谷公園を取り囲む
緑の木々は
都会にいながらにして
自然の息づかいを感じさせてくれる



大阪から来たお得意先と
昼食の時東京についての話がでた


「東京という場所は
 緑が多いよね
 イメージしていたより何かしら心がなごむ
 少なくとも大阪よりはね
 大阪にいると
 何かしら心がすさんでくるねん!【笑】」



なるほどそうかもしれない
公園はいたるところにあるし
そこには必ず緑がある


歩きながら自分のまわりに
黒いちょうちょうがひらひらとまとわりついてきた

あらっ!と少し気づいたが
そのままやり過ごした

しばらく歩いた後
また黒がひらひらしている

後ろを振り返る
けっこう歩いてきたはずなのに
別のちょうちょうかな

また歩く
しばらくあるく
そしてまた黒いひらひら

なにかしら


知覧基地の話を思い出した

片道切符の特別攻撃隊の
若い兵隊さんが
ホタルになって帰ってきます
といって出撃していった
悲しい話を思い出した


黒いちょうちょうは
何かしら私に伝えていたのだろうか

づっとついてきてくれたのか

それとも何匹もの同じちょうちょうに姿を変えて
私に何かを伝えていたのだろうか

鈍感な私は
そのままたどり着いた地下鉄の駅へ降りて行った・・・



そんな帰り道
気持ちは緩やかで穏やかだ

2009年6月20日土曜日

自分なりの関所

おじさんへのフェーズチェンジは
最近いたるところで感じている

自分が心地よく感じするような
いわゆる小恍惚体験が
人生にとってとてもいいスパイスになると
実感としてわかってきた

実はそんなことは若い時からもあった
自分にとって心地いいことを
人間は追い求める
それは生まれた時からの
本能みたいなものである


たとえば
マクドナルドを食べる
その行為は自分の食欲を満たすことによる
自分の心地よさを求める具体的な行為である

面白い映画を見る

気持ちよい風呂に入る

おいしいお菓子を食べる

挙げていけばきりがない

そんな小恍惚体験を
飽くなく追及するということは
従来通り変わらないながら
そこにおじさんとしての
塩コショウというか
ちょっとした味付けみたいなものが
おじさんへのフェーズチェンジなのである

それを言葉にあえて表現してみると

【事前に一つ関所を設ける】

というような感じだろうか


たとえば
銭湯の水風呂に入るという行為は
事前にサウナに入るという
関所を通過しなければ
自分にとって心地よい体験にはならない

そんな感じでいろいろな小恍惚体験を
半ば自覚しながら追い求められたらと
考え始めている

たとえば
【おいしいものを食べる】
ではなくて
【おいしく食べる】
を選択したい

おいしく食べるには
事前に適度な運動をして
空腹になるという関所が必要である

単に
【おいしいものを食べる】だと
従来の私である
そのいきつく先はデブである


英語の試験を受けた直後は何ともすがすがしい

それも事前に適度な
緊張と頭脳労働という関所を通過して初めて
感ずることのできる
じぶんなりの達成感と適度な疲労感が
心地いいのである


すっきりとお風呂に入る
前にしっかりと汗を流して
へとへとに疲れる
そのあとのお風呂は
たとえ有名な温泉ではなくとも
よか~という恍惚感をもたらしてくれる

恍惚体験は人生行路で
必要なことである
しかし
おじさんのやり方は
その前に自分なりの関所を設けるというやり方である

そんなことも
実は血圧が上がって考え始めた

今までは
おいしいものはたらふく食べる

気持ちよい風呂は
何時でもゆく

とかとか
自分への制約なしに
快感を追い求めていた

貪婪なデブといわれても
致し方なしである

まあ理想ではある

人間は愚かなアナログである

時に定期航路を外れることもある

しかしながら基本的な考え方は
事前に関所を通過して
心地よい体験をさせていただく


そんな人生で往きたい


愚直さの効用

体重が重いために
過度の運動は控えなければならない

膝への負担を避けるために
走ることはあまりお勧めできない

そんなことで
運動といえば
穏やかに散歩をすることにしている

何ともおじさんになったものだ

前を歩いているおばさんがいる
歩行姿勢は
いいとは言い難く
腰も曲がっていてぎこちない

自転車にたとえると
潤滑油が久しく注されていない
錆びついた自転車のようで
ギーコギーコと
あまり耳に心地よくもなさそうな音が聞こえてきそう


そんな歩き方で私の前を
ぎこちなく歩いている

といえど
そんな姿勢にも関わらず
私などより歩きなれているのか
なかなか抜き去ることができない

均一なペースで
一歩ずつ歩行しているのである

途中 私の靴ひもがほどけた
しゃがんでしっかりと結びなおす
それを契機に屈伸運動を始めたり
腰を曲げたりと柔軟運動を始めた


ほんの少しの時間歩行を中断した


よしまた歩こうかと
前を向いたら
さっきのおばさんが芥子粒のごとく小さい


はるか先のほうに行ってしまっているのである


【絶え間ざる歩みおそろしカタツムリ】

何ともあんなぎこちない歩行で
少しづつの歩幅だったのに
それなのに・・・・

結局そのおばさんには追い付くことができなかった

最近体調のことを
少しく考えるようになって

愚直さの必要性
みたいなものをひしひしと感じるようになった

効率化ばかりが目に行きがちで

愚直に一つのことを一歩ずつという作業が
最近ないような気がする

散歩をしていたり
プールを歩いていたり
はたまた久しぶりの英語を勉強していたりする時

何時も脳裏にかすめるのは

こんなことをして
意味あるのだろうか・・・・

というような否定的なことを
何時しか考えている

そして愚直な一歩ずつの作業が
何かしらとても非効率に感じられたりして
そんなことを勝手に自分の中での
言い訳にして
そんな単調な作業を
すぐ中断してしまう


【愚直に一歩ずつ】

こんなことが実は自分のマイブームに
なりつつある

愚直でもいいのではないかい

何をそんなに急いでいるの

あなたはそんなに忙しい身分では
ないのだよ・・・

そんな天の声が聞こえてきそうだ

愚直に一歩ずつ
愚直に一歩ずつ・・・


2009年6月7日日曜日

浅草をせめる

生きている中で
けっこう有るようで
そうそうないことを本日挙行した


真新しい靴をおろしたのである


その真っ白で真新しいスニーカーを履いて街に出かけた


久しぶりの陽気で
その真新しい靴の白さが目にまぶしい

なんとなくアスファルトを踏みしめる
自分の足取りも軽やかになる

皆がわたしの足元をうらやんでいるような気がする
当然気のせいであるが
自分としては悪い気でもない


嫁と浅草に出かけた

浅草には2~3カ月に一度は
出かけている

それほど込み入った要件もないし
決まった目的の場所もない

ただぶらりと散策をするのだ

江戸の時代から連綿と続く
庶民が生活に付随する深刻な気持ちを
そのときだけはどこか棚に預けて
笑顔を浮かべてそぞろ歩く場所を
自分たちも
ときどき歩きたくなるのだ

浅草は観光地だけあって
歩いている人間も国際色豊かである

若いのに刺青をしている
西洋の若者がいた
なにも恐れることはないといった目つきで
周りをねめ回している

おいおいここは観光地ですよ

K-1のリングではないんだから
もちっと柔らかい表情をしようよ

そんなかれの入れ墨は
あまりたくましくもない腕に刻まれていて

ネタのためか
完全にだまされたのか

【台所】
【山芋】

という二つも文字が
流麗な毛筆風の文字で
しっかりと入れ墨されていた

笑いとしては
浅すぎるし
さりとて威嚇する文字としては
意味が当てはまらない

まあそんな人もいる浅草である


浅草を散策すると
朝からほっピーをしている
ご機嫌なオヤジどもがたくさんいる

一瞥する間もなく
いつの間にか
嫁と二人気安げな店のシートに
ドカッと座っていた

ほっピー2つと
ボンジリ2本塩で
あと串カツ2本に
そこの煮物!


まだ昼前である

TVの画面はCMなしで競馬中継である

軽くほっピーをあしらって
そのあと店を変えて
ざるうどんにかき揚げ

さらっと臓腑に流し込む


まったくいい休日である


夕刻はいつもの川べりを
サウナスーツで散歩した

篤姫のサウンドトラックは
篤姫の激動の生きざまを音楽で表現している

そんな音色を耳にしながら
夕暮れの街を静かに歩く


体あってもモノだねである

仕事は大切である
当たり前である

それでも仕事は仕事を超えない

前提として
私どもは日々を生活する人間である


生老病死
にんげんというものは
昔から変わらず
うまれ老い病に倒れいつしか死が訪れる

そんな人間の生活である

だから限られた時間は
いつくしむように過ごさねばならない

だから
時間を過ごすのは
仕事だけではいけないのである


血圧が高いため
本日より健康的な食事にフェーズチェンジである

夕食は
サラダとレンコン
きのこのお吸い物

まあいつまで続くやら

それも生活
せいかつ せいかつ・・・・

機種変更できるものできないもの

自分の携帯電話

かれこれ10年以上つかっている

その間何回の機種変更をしたことだろう

その機種変更をした
理由はなんだったのだろうか

電池が切れやすくなった?
声が聞きづらくなった?

しかしその間その携帯電話に
本来備わっていた機能を
私は十分に使いこなせていただろうか?

携帯電話の機種を変更することは
案外たやすい
要は金を少し奮発しさえすれば
新機種が手に入る

それを人間の体にたとえてみたらどうだろう

すこし踏ん張りが利かなくなった

耳が聴こえづらくなった

外見が時代に合わなくなった

人気がない

そんな携帯にも当てはまる身体への不満は
日々募ってくる
だけど人間の体は当然のことながら
携帯電話のごとく
気に入らなくなったから新機種へなどと
器用なことはできはしない


そもそも人間の本来備わっている機能を
我々は十全に使いこなしているだろうか

私どもは日本人故日本語を話す

しかしお隣の韓国は韓国語を話す

欧米は欧米の言語を話す

その共通項は皆人間ということである

英語仕様の人間や
日本語仕様の人間などというものが
事前に色分けされていたわけではない

ということは
我々は日本語しか話せないと
勝手に自分の機能に限界を設けているにすぎない

そのくせ
一部の機能に対して
不満を募らせ
できれば機種変更したいなぞと
有らぬことを考える

言語だけでなく
人間はそものも無限の可能性を秘めて
生まれさせてもらっている

この世界中でこの歴史上で
人間がなしてきたこと

そのことはつまり
我々にもなし得る可能性は
与えられているということである

それは同じ人間だからだ

もちろん
その過程に努力は必要だ

しかし資質としてあり得ないのと
努力したらもしかしたらあり得ること
この差は大きい

おそらくカバには
どんな努力をしたところで
日本語を話すことはできないだろう

しかし我々が英語を話すようになる可能性は
限りなく大きい
少なくともカバの日本語と比べると
格段にその確率は上がる

自分の携帯電話を眺めながら
そんなことを考えた

携帯は人を喜ばせもし
不安のそこにたたきつけもする

しかし
そんなもの
機種変更も簡単にできる
モノにすぎない

こちらは
たやすく機種変更できないが
しかしその機能は限りなく無限大な人間なのである


もう少しおおらかな気持ちで
自分と対峙してみよう

すべてはここにある

そんなことに実感したい気持ちだ



けつあつ

生活習慣病という名称から
自分の生活を振り返ると
むべなるかなという気がする

最近体がボーっとだるいときがあり
自分でいま血圧が上昇中だなっと
わかるようになった

高血圧の状態がしばらく続いていたため
病院に行った

【血圧が高いんですが・・・】

【確かに少々高いですね】


原因はいろいろある

まずは体重の過重だ

つまるところ太りすぎなのである

有るべき本来の体重から
さらに重荷を常に背負わされている
わが肉体

その肉体のあらゆる領域に
血液を循環させるため
わが心臓は懸命に働いているのだという

大いに血液を送り出すために
通常のポンプの圧力を高域に増し
ビューンと血液を送り出すのだ

そのために予測可能として
血圧が上がるのだ

デブは高血圧に直結

このことを知った

そんな激しい送り込みに対して
そのパイプである血管の
通りが悪かったら・・・・

強引に送り込まれた
血液が滞留し
時に逆流し
心筋梗塞になったり
脳梗塞になったり


まったく厄介なことになるという

そんな高血圧が
日々の生活を如実に物語る
いわゆる生活習慣病なのである

人間40年も継続的に稼働していると
いろいろな所にちょっとした
不都合が生じてくる

それをメンテナンスする
アドバイスをくれるのが病院で
そしてその場合も主体者はあくまでも自分である

当たり前である

自分自身の自覚がなければ
治療も前進しない


そんな感じで
すこし体重を減らさねばならなくなった

さても少しさびしいものだ

2009年5月30日土曜日

キスケの湯

仕事での移動だから
当然ながらその土地の名所などに
赴く時間などはない

仕事で月に一度は
松山に行く

事務所の往復に
少しの彩りを与えてくれるのは
前泊による前の晩の数時間である

松山での私の行動は
ほぼ決まっている

松山駅近くのビジネスホテルに泊まる

ここの良さは
朝食の充実度である

ここしばらく全国的に
東横インが台頭してきて
地場のホテルは大打撃をうけた

ところが
ここにきて地場のホテルが
本気でリベンジを図り始めた

宿泊客が
ホテルに期待する
コンテンツはいろいろある

部屋の広さや
ウォシレットの設置未設置
ベットの快適さ
ネット環境、机

風呂のあるなし

そして朝食

最近朝食に本当に妥協していないホテルが
目につき始めた

朝食に力を入れているホテルは
前からあった

しかし朝食代別途1000円という
対応だった

ところがいまは6000円前後で
朝食付きなのである

最近私はそんなホテルにとまる

意識して東横インから
避けようと考えている

そのおかげで朝から
食いすぎである


そんなことはいい

松山の夜の楽しみは
なんといっても風呂である

松山の代表的な温泉は
道後温泉である

漱石の坊っちゃんでも
その名が出る道後温泉

入湯料は400円ぐらいである

外観に赴きがあり
湯温はたかい。

電車の駅をおりて
商店街を抜けてゆく
そのプロセス全体に
何とも言えず風情があり
一度は行くべきであるが
私のお気に入りは
そこからは卒業した

いまは
駅前の
キスケの湯がいいのである


長年いろいろなところの
大浴場には挨拶しているという自負心はある

そんな私をして
うならせる魅力が
そのキスケの湯にはあるのである



まずはその広さ

めっちゃひろい

そしてアトラクションの多さ

風呂場で言うアトラクションとは

ジェットぶろや
寝湯や
サウナなどである

そんなアトラクションが
とても豊富なのだ
半端なく豊富で
おじさん同士の順番待ちなどという
ちまちました現象は起こらない

それでいてこれも
とても重要なポイントであるが

ジェットぶろの刺激の強さがある

めっちゃ強いのである

私の強靭な肉体をもってしても
そのアトラクションに遊んだ後は
その照射された個所は
真っ赤である

湯あがりは
フロアーで
マッサージ器である
これも最新型が10台ぐらい設置してあり
なんと無料である

マッサージ器に
もまれながら
50インチの画面で野球を見る!


そんなキスケの湯で
1~2時間遊んで
近所のお魚居酒屋に
軽く赴く

そんなささやかな時間が
実は自分にとっては一番の
ゴールデンタイムとなっている

2009年5月26日火曜日

記録することの効用

日記のような雑記のような
こんな瑣末な
文章の断片群も
個人的に見てみれば
実はちょっとした自分史になっているのだろうか


こんな文章の切れはしから
その人の人となりを正確に把握することなど
できはしないし
自分とてそんなことはかんがえてもいない

といえど
たとえば
実は自分の人生の和了がそこまで来ていて
何かの拍子にポックリと逝ってしまったりした場合
やはりこれらの文章群が
その人の
いうなれば遺言めいたモノの代わりにも
なりうるのだろう

ああ、あの人は
こんなくだらないことを考えていたのかとか

ふうん
あの時あんな風に悩んでいたのだなあ
とか


そんなことを考えていると
やはりこまめに自分の脳裏に
想起される玉石混交のイメージを
都度都度簡便ながらも
こんな感じで
記録にとどめておくということも
何かの役に立つのかもしれない

ただそんなことを想った

人間 何が起こるか分からないものね

いつ私が何になるか分からないし
何が起こるかもわからない

まあそんな人生だからこそ
人間懲りもせず
ひび健気に
よっこらしょと
生き続けられるのかなあ



文章日本語の重宝さ

最近想うことの一つに
文章日本語の許容量の深さがある

文章日本語は言うまでもなく
あいうえおの50音順の言葉の
組み合わせである

その50音の言葉の組み合わせが
我々が日常読み書き話している日本語である


日常の我々の生活は
その日本語を介して
お互いの意思疎通を図っている


そんなことは今更ながら
驚くこともないが
さりとて改めて考えてみて
やはり驚かざるを得ない

たとえば
西洋の歴史的事情に関しての
文章を当然ながら日本語の文章で読む

そして我々はその内容をおぼろげに理解する

日本語の羅列にも関わらず
我々の脳の中には
その当時のレンガ並木の街角に立つ
青い瞳をした
金髪の人たち

そしてその場所でそんな人たちが
頭を悩ましていたであろう
当時の事情らしきものが
我々の脳内にイメージとして
浮き彫りにされる

その間当然のことながら
そのことに関する我々の認知には
日本語以外の言語は
介在していない

文章日本語の列記のみで
我々は
モームの人間の絆を読むことができるし
シェイクスピアの
ハムレットやオセローなどの悲劇を感ずることができるし
はたまた孔子や老子のなどの
深遠な哲理をも学ぶことができる

千年の歴史にたゆたう
枕草子や万葉集にも触れることができるし

夏目漱石の坊っちゃんや草枕などの
明治日本の空気感の中すらも
気軽に逍遥することができる


何度も言うようだが
そこには英語も中国語も介在していない


現代日本語に翻訳されて
その内容は現在に生きる日本人の我々に
しっかりと引き継がれてゆくのである


なんとも
この文章日本語というもの
素晴らしいとしか言いようがない


縦軸の歴史的時間や
横軸の世界的空間を超えて
文化文明というものが
縦横に伝播する瞬間に
我々は生きているのである


何んとも何とも

そんなことを考えると
本当に
小学校から高校にかけて
基本的な素養を教授してくれた
鹿児島の先生方に感謝感謝である


そんなことをかんがえて
図書館を歩いた

図書館という場所は
本当に人間の文化の宝庫かもしれないと思った


人間悩みは尽きない
しかしその人間には
長い長い歴史的な歩みがある
それはいうなれば歴史的財産である


そんな歴史的財産は
当然ながら現代に生きる我々に
何かしらの
生きる上でのヒントを与えてくれる


そんな歴史的財産に
どうやったら出会うことができるのか


文章日本語にしっかりと翻訳されて
我々の前に何にも隠し立てすることなく
横たわっているのである

ただ我々がそのことに
気づくことができるかどうかである


いつも歴史は緩やかに微笑みながら
うんうんと頷いて
悩み多き我々を
元気づけてくれているのである



2009年5月25日月曜日

新聞の社長さん

人間というものは
いろいろと定義付け出来ると思うが
その中の一つに
インセンティブでいかようにも動いてしまうという
性格があるように思う

春のこの時期は各企業の人事の改変があり
新社長です!と顔写真が新聞に載る

その見ず知らずのオジサンだらけの
顔のオンパレードを見ながら
おお頑張って一応頂点にまでいった人の顔なのだな
という何かしらの感慨があった

何を犠牲にしてか知る由もないが
その歳で【一企業の社長】という
金銭的だけでなく
何かしらの人間としての優越感
はたまた社会的なステータスみたいなものを
手に入れた人たちの顔顔である

そんな顔のなかには
いかにも脂ぎったおじさんもいれば
なかなか
今の自分なんかよりも若い人たちもいる

優秀なんでしょうなあ~

人間はインセンティブをぶら下げられると
いかようにも動かしうる生き物なのである

そんな新社長たち
いろいろ大変なこともあっただろうな

いろいろ屈辱的なこともあったことだろう

家庭がうまくいっている人もいれば
会社のためにすべてを注ぎ込み
いつの間にか家庭を顧みることなく
社長というステータスと引き換えに
かけがえのないものを失ってしまった人もいるのだろう

人間
とくに男性というものは
ナマな部分での生命の力は
女性に及ぶべくもないから
その弱さを隠さんがために
この現世における目に見える序列の中で
自分の強大さ権勢を見せつけんがため
そんなはた目から見れば
何のことはない
小さい世界での出世競争に
目の色を変えるのかもしれない

人生何がいいのか本当にわからない

家庭第一で
仕事はその手段という
割り切った考え方もある

しかし人間として生まれた以上
社会の中の構成員でもある

ひ弱な個としての自分を
陰に陽に手助けしてくれた社会に対して
自分なりの恩返しをしようと
その具体的手段が
会社生活であり
それゆえ
会社での仕事に対して
自分なりに誇りを持って
立ち向かっている人もいるはずである

限られたものをどのように活用し
自分自身に与えられた時間を
どのように過ごしてゆくのか

そんなことを考えると
神様はよく作られたようで
人生というのも一律というものはない

となれば
平凡とか普通なんてことも有りようがなく
やはりひとつの限られた命を
自分なりに燃焼させて
そこに人間としての十足感を得ること

そんな感じだろう

そうとなれば
何も知らないくせに
新聞の社長さんに難癖つけることなど
ナニサマということになるし
おまえさん自身も
しっかりと頑張りなさいという
天の声が聞こえてくるようである


がんばらんといかん

どげんかせんといかん

2009年5月24日日曜日

愛車の洗車

先日 久々にわが愛車を洗った

かなりの久しぶりだった

洗車するときは我々は夫婦で行う

洗車道具を車に積み込み
近所の洗車場に向かう

朝早いのに先客が大勢いる

みなそれぞれの愛車をピカピカにしている
ほとんどの車が最近生まれたような
鼻たれ小僧である

それに比べると
わが愛車は重鎮である

平成6年生まれだから
かれこれ15年のベテラン選手である

体に頑固に付着した汚れを
きれいさっぱり洗い流してあげる

やさしくいたわりながら
背中を流す

そういえば我々だけ毎週立派な銭湯に
赴き気持ちよくなっているのに
わが車に対しては
何ヶ月ぶりだろう・・・

そんなことを嫁と話しながら
車に【ごめんな!】と語りかけるように
ゆっくりと汚れを落としてゆく

仕上げのワックスもしっかりとつける

内装もしっかりと磨き上げる

そんなとき気のせいかもしれないが
その顔が笑顔で嬉しそうに見えたりする

普段は厳しい目つきで
前方の道路をきっかりとねめつけているその目が
なにかしら穏やかに見えた


きれいさっぱりすると
こちらは心がきれいさっぱりになった

車に感謝して
やさしく接すると
車もその気を返してくれているような気がした


極端な夢想だが
人間もこの世のいかなる加工物も
この地球の一員であるということからすると
同胞である

微細な素粒子レベルになると
その構成物も共通である

そうなると
そんな地球にあるものは
すべて生きているのかもしれないと思われてくる

人間の命がどういう仕組みで生き死ぬのか
思念はどのような仕組みで成り立っているのか

科学的に物質の信号の行き来だけでは
しっかりと説明できないことが
いまだあまりにも多すぎるこの世において
極端に言うと
わが愛車がその意思を一切持っているはずがないと
断言できるものでもないような気がする


まあ他人に迷惑をかけない限り
そんな考え方で日々生きていくということも
いいように思う

そんな感じで
机の横にある観葉植物にも
時に話しかけてみる

たとえばこの机やライト
冷蔵庫に洗濯機
テレビにビデオ
このパソコン
わんさかわんさかある
彼らがいて今私の快適な生活があるのだ

そんな彼らにありがとうさんと言ってみる

そんなとき彼らにも生命がある
少なくとも私の想念の中にはあるのである


そんな風に考えると
自分を陰に陽に助けてくれている
幾多のモノたち

幾多の人と同時に幾多のモノや植物たち

本当にいろいろなものに囲まれて
我々は生かされているようだ

感謝して生きよう

ありがとさん


そんな感じで
わが愛車も我が家の家族の一員である

カノジョのおかげで
我々はいろいろな所に行くことができるし
何にも代えがたいのは
故障もなく事故もないということだ

これはわが愛車の
自慢できる功績である


エコの時代である
エコカーにすべきか否か・・・

ときに悩んだりもするが

我が家はもうしばらくは
わが愛車とともにある

そんな気でいる・・・



ワンのこと

まだ自分が小学2年生くらいのころ
家族に1匹の犬が新しい家族として加わった

どうしても犬がほしくて
兄弟でしっかり世話をするという条件で
ペットショップで両親に買ってもらった

確か1万円だったと思う
当時の自分には1万円の相対的な価値はわからなかったが
ともあれ家族がもう一人【1ぴき】増えたのは確かだった

名前は兄弟で決めた

わんわん鳴くので
【ワン!】ということにした

雑種の雌犬だった

ワンはとてもきれいな目をした犬だった

柴犬のような茶色い毛をした小型犬だが
柴犬のような日本特有な四角い顔ではなく
もっと柔らかい顔立ちだった
母親などは【上品な顔立ち】といっていた
僕たちもそう思った


毛並みも薄茶色が時に黄金色に見えたし
ふわふわとしていた

腰のところが柴犬などと比べて
少しだけなだらかにさがっており
シェパードのようなシルエットだったりした
そんなワンがとても好きだった

人間のわれわれは当然ながら飼い主であり
主人である

しかしわれわれはまだ分別もつかない子供である
実際にはワンが第二の母親のように
われわれを見守っていてくれていた・・・
今になって思うとそうとしか思われない

ワンはとてもかしこい犬だった

ベランダから家の中に入って
我々と一緒に会話に加わっていた

そんな中で
われわれの家族構成での
立場を彼女なりに把握していたように思う

時に長男の私にいじめれらて泣かされた弟などを
無言で慰めてくれたりしていたようだし

私なども厳しい父親から叱られた時など
夜、暗がりでワンにご飯をやる時などに

【大丈夫よ!元気出しなさい!】
とやさしく言ってくれているような気がして
子供ながらにいつの間にか
ワンにとても頼るような感じになっていた

いつも柔和なワン

だけど他人が来たときは人変わりしたように吠えたてた

今まで見たこともないような怖い表情で
牙をむき出し威嚇した

自分の友達などを連れていった時なども
そんな顔をされて
友達を辟易させたりした

そんなときは
友人が帰ったそのあと主人の権限を行使して
偉そうにワンをこっぴどく叱りつけた

ワンは黙って叱られた
親の心子知らずである
守ってくれていたのに・・・・

そんなワンと長い歳月がながれ
われわれが日々成長する中
ワンは逆に衰えていった


ドッグイヤーというが
今思うといつの間にワンもおばあちゃんになっていたのだ

われわれ兄弟は友達と遊ぶのに忙しく
当初約束した【3人で世話をする】
という取り決めも
いつしか守られないようになり
散歩に連れていく回数もめっきり少なくなった


そんな日々が流れ去り
ワンが目に見えて衰弱していった

ある晩ご飯を食べなかった

そんなときだけ心配するわれわれ

【ワンがごはんたべないよ~お母さん・・・】

といったきりまたカーテンを閉めた
暖かい部屋で我々だけテレビを見ていた

寒い日だった

翌朝
昨夜のワンの食欲のなさが少し気がかりになり
カーテンをあけた

ワンが寒い中横たわっていた

エアコンの室外機の陰に隠れるように
横たわっていた

かたく冷たくなっていた


ワンはあっさりときれいにこの世を去った
ついさっきまで生きていた命が消滅する衝撃に
初めて直面した瞬間だった

ワン! 呼びかけたら
必ず反応してくれていたワンが反応してくれない

相談に乗ってくれたり
危険な他人から守ってくれたり
理不尽な主人の言いつけに黙ってしたがってくれたり
いろいろなことを教えてくれたワンだった

そんなワンの命の炎がついに消えた瞬間だった

神様はわれわれに平等に命の炎を
ひとり一つずつ授けてくださった

ワンの亡骸が横たわるその横には
寒風に果敢に立ちはだかる雑草が生きていた

雑草は生きている

ワンは死んでいる

雑草なぞはその体は小さいし
時にその一部を引きちぎられたり
寒風に吹きつけられたり
強い雨に降りつけられても
命の炎が潰えない限り青々とした葉が生え育つ

命の炎が消えていないからだ

ワンだってそうだった

昨日までのワンも
衰弱してはいるが
ワン!と声をかけると
クーンとないてそのうるんだ瞳でやさしく見つめてくれた

でも今朝のワンは動かない

命の炎が消えたからだ


今私の机の横には
100円で買ってきた観葉植物が小さい鉢の中で生きている

毎朝 おはようと声をかけ水をやっている

生きているのだ
いのちの炎が燃えているのだ

生きていなかったら水をのまないし
その青々とした葉はつややかではなくなる




散歩しながら
ふとワンのことを思い出した

そういえば今まで切所のとき
ときどき心の中で祈っていた

そんなとき時にワンに相談していたような気がする

【大丈夫だよ!】
そんな声が聞こえたような気がして
これまでやってきたような感じだ

これからもそうだろう

生きていたワン

天に昇ったワン

でも私の心の中では生きているワン

そんなことを想った

同時にそれぞれにただ一つの命のほのお
というものについても
かんがえた


2009年5月10日日曜日

アニメに想う

最近のテレビ番組は何かしらとても疲れる

こちらが大人びてしまったのか
はたまた向こう側のモラルが著しく低下したのか
なんとも視聴していると
何かしらいらいらと疲れてきて
リラックスするために観ているのに
逆に疲れてしまう

子供のころは
そうではなかった気がするんだけどなあ・・・・


先日BS放送で
アニメソング特集をやっていた

往時の人気アニメソングを
その歌手本人が
今その場のステージで歌うのだ
いわゆるバッタものではなく
完全にオリジナルである

ささきいさお
を筆頭に
当時われわれが一生懸命に観ていた
アニメソングを次から次に繰り出してくる

とても充実して
いつの間にか心は往時を駆け巡っていたのだが
その時思ったのは

まずは
【歌がうまい!】
ということであった

かれこれ20~30年前の歌を
現役当時とそのままの音色で
のびやかに歌っている

まさに
【レコードと同じ!!】
なのである

30年もたっているから
その本人も当然当時の現役時代から
30年の歳月がプラスされているはずである

それにもかかわらず
若々しくのびやかに
それでいてまったくぶれず
恥ずかしがらずにシャウトしている

そこに
【プロフェッショナル】
を感じたのだ

2時間というどちらかといえば長い時間の中で
次から次へと
おいしい歌が繰り出されてくる

常に声をだすなどという
プロとしてのメンテナンスを
欠かさずにしているのだろうなと
歌自身に酔いしれながらも
心の片隅で
そんなことを感じたりした

それにしても
歌詞といい
メロディーといい
しっかりと頭の中に刻印されているものだあ

子供の時に
ビデオなどもなく
その場その場で観ていただけであるのに
焼印のごとく
しっかりと記憶されているのである

眼をぎらぎらさせながら
集中してアニメを見ていた往時の
自分のことが思い出される

その時は
まさか記憶しておこうなどという
よこしまなことは全く考えず
ただひたすら純粋に
その番組そのものを楽しんでいたにすぎない

それにもかかわらず
しっかりと刻印されているのである

今となれば
このことは覚えておかなければ・・・
などと意気込んで対峙するものほど
滑り落ちる砂のごとく
記憶からすり抜けてしまう

なんとも人間に備わっている
能力のようなものを
感じ入ってしまった


そのアニメソング特集を観て以来
何本かDVDを借りてきて
昔のアニメを楽しんだ

いまのTV放送番組などより
何倍もよかった

勇気づけられたり
ほろりとしたり
笑ったり、はらはらしたり・・・・・


少なくとも
馬鹿さを売りにして
どんちゃん騒ぎして
いたずらにノイズばかり発している
今の公害のごとき
バラエティー番組よりも
何倍も内容がよくて
心にも入ってくるということが改めてわかった


内容そのものに作り手の
魂らしきものが入っていて
それが観るほうの心の琴線に共鳴するのだろう

そのアニメは
たまたま
キャプテンであった

いまの自分ばかり目立とうと
視聴者のことはテンで馬鹿にし
はては視聴者不在の
自分本位の番組とは
それこそ雲泥の差なのである

2009年5月9日土曜日

人の生の長さ

ロック歌手だった忌野清志郎さんが亡くなった

享年は58歳だとか

別段ロックという音楽には興味がないし
清志郎さんの活動内容なぞほとんど知らなかった

亡くなってから
テレビを通じてその半生を知った

個人的の想ったのは
これくらいの年齢でその人生の終幕を引く
ということに対することである

世間では
あまりにも早いとか
これからだったのにとか
悔まれるようなトーンだ

といえど逆説的だが
その人の人生の終幕は
その人にとってそれが最善なのではないか
と思ったりする

そして個人的には
60歳前後という時期が
美しいように思ったりする

人に介護してもらい
鬱々とその長い年月を生きながらえるよりも
スパッと自ら終幕を引くというのは
なんとも美しいと感じたりする

まああくまでも個人的な感慨である

自分がその歳になっていたら
もしかしたら
生に執着するかも知れないし
こればっかりはなんとも言えない

先日自分も四十の関所に
どうにかこうにか
その門口に立つことができた

いろいろな人たちのおかげで
自分も40年という歳月を
生きながらえることができたということである

なんとも40年である

完全にして何の矛盾もなく
おじさんである

誕生日というのは
自分が祝ってもらうなぞというのはおこがましい

その年まで陰で支えてくださった方々に
感謝する日ですよ

と何かの本で読んだ

まさにその通りで
私も40年という歳月を
生かしていただいたということになる

ありがとうございます


そして
あと何年生かしていただけるかわからないが

60歳終幕説で行くと
後残された年月は20年ということになる

20年だったら・・・

思いっきり燃焼することも
できるかもな・・・・
なぞと思えてきたりする

40年生かしていただいたのだから
これからは
恩返しに使えるかなと思ったりもする

40年という歳月は
その人生に
いろいろなカキ殻がへばりついている

正体は単なる自己強欲に過ぎない
名を変えた幾多の醜いカキ殻は
できれば
少しづつきれいに取り払ってゆきたい

そんなことを感じた五月である

薫風吹く皐月が
私の誕生月である

周りを見渡せば
嬉しそうに緑が芽吹いている

さわやかな風をいただいて
感謝してこれからの四十路を
少しづつ歩んでゆこう