2009年6月22日月曜日

歯の治療

1週間のうち
何日かは必ず出張に出ているため
会社の近所の歯科医には
だいたい1週間に一度のペースである

とても少しずつの
故障個所のメンテナンス作業が
緩やかに続いている

いままでほったらかしにしてきた
自分の歯が
少しずつ少しずつ
治療されてゆくことが
なんとなくうれしい

若いころは
歯科医はそれこそ寄り付きたくない場所の
上位を占めた

しかし最近は
ありがたい場所と思えるようになりつつある

そもそも
歯医者に行くという行為は
他の誰のためでもない
まさしく自分のためだけの行為である


よくよく考えてみると
歯科医だけでなく
ときどき行く町医者や
ときどき勉強する英語や
ときどきおもむくスポーツジムや
すべてがほかの誰のためでもない
自分だけのための
自分だけの選択肢としての
結果なのである

別に行かなくてもいい場所だし
だれも私に強要などしていない

それが大人ということなのだろう

すべて自分のための自分の選択なのである


少しずつ少しずつ歯を治療していきながら
自分の体が少しずつメンテナンスされてゆくことが
実感される

愚直に少しずつなのである


2009年6月21日日曜日

自分のすみかのこと

自分の家の近所に
古本屋が2~3軒点在し
それなりに大きな銭湯があって

それでいてリーズナブルに使用できる
区民体育館がある

体のためだけでなく
精神的にも開放感を得られる
川べりの散歩コースがあり

かるく2~3千円で
寿司をつまめる店があり
焼鳥屋もある

野菜が激安な地域のスーパーがあって
肉や魚が得意な店もある

そんなことを一つ一つ考えてゆくと
とても恵まれた環境に住まわせてもらっている


よかったよかった

かの国の横暴

北朝鮮の最近の言動は
なんとも言いようがない

はっきり言ってしまえば
ルールを守らない輩は
排除していただくより
仕方がない

そもそも核という
前時代的なシロモノで
自らの国際的な立場を
優位な位置へ
もっていこうなどという考え方が
古臭くてやりきれない

そんな核などというものを持ち出さなくても
我々の唯一のすみかである地球は
人間の文明社会の発展の弊害を受けて
悲鳴を上げている

そもそも土台である地球があっての
国際社会であるはずである

それを大切な大切な土台を
粉々に粉砕していまう破壊力を持った
核兵器などという愚劣な武器を
これから新規に作り
それを盾に自らの立場を守る
などという国は何とも言いようがない


即刻立ち退いていただくほかない


ただ国としての立場と
その国の個々の人々が
同一ではないということは
感覚的にわかっているつもりではある

そうとなれば
何の因果かそこに生まれてきてしまった人々は
それこそ大きな迷惑であるはずである


自分が大いなる被害者であったと
考えていたのが
いつの間にか
大いなる加害者の一員になっている

何とも
最近のニュースに踊る
かの国の横暴極まりない
挙動をみていると
怒りのやり場もない

今の地球は
健常ではない

そんな地球を大切にしていこうという
国際的な気運の中
時代錯誤も甚だしい

何ともやりきれない話である

会社の帰り道

会社を出て
すぐ最寄りの駅に向かわずに
軽い感じで歩き始める

一日の仕事を終えて
疲労感はあるものも
気分は柔らかい達成感に包まれる

ことにそれが週末の金曜日であったりすると
歩む足取りも
何かしら弾んだりする

東京駅の方面に向かう
左手に日比谷公園があり
その先に皇居がある

ぐんぐん通り過ぎる
車のテールランプの先に
緑がそよいでいる

風が通り過ぎる
夏の匂いがした
もうすぐ夏だなあ・・・


自分の足で歩くと
忘れかけていた季節感を思い出す

我々の日常を取り巻く社会は
自然の中にほんの僅かに
人間の作らせていただいた
人工的な空間である

その範囲はほんのささやかな空間に過ぎない

そのほとんどは自然である
そんな自然の中で
季節感を忘れるとは
何とも人間というものは
度外れて生命の義務のようなものを
履行していないような気がして
少しだけ後ろめたい気持ちにかられた


夕闇の中にほのかに人工の光が
美しい夜景を生み出す
駅までの間の日比谷公園を取り囲む
緑の木々は
都会にいながらにして
自然の息づかいを感じさせてくれる



大阪から来たお得意先と
昼食の時東京についての話がでた


「東京という場所は
 緑が多いよね
 イメージしていたより何かしら心がなごむ
 少なくとも大阪よりはね
 大阪にいると
 何かしら心がすさんでくるねん!【笑】」



なるほどそうかもしれない
公園はいたるところにあるし
そこには必ず緑がある


歩きながら自分のまわりに
黒いちょうちょうがひらひらとまとわりついてきた

あらっ!と少し気づいたが
そのままやり過ごした

しばらく歩いた後
また黒がひらひらしている

後ろを振り返る
けっこう歩いてきたはずなのに
別のちょうちょうかな

また歩く
しばらくあるく
そしてまた黒いひらひら

なにかしら


知覧基地の話を思い出した

片道切符の特別攻撃隊の
若い兵隊さんが
ホタルになって帰ってきます
といって出撃していった
悲しい話を思い出した


黒いちょうちょうは
何かしら私に伝えていたのだろうか

づっとついてきてくれたのか

それとも何匹もの同じちょうちょうに姿を変えて
私に何かを伝えていたのだろうか

鈍感な私は
そのままたどり着いた地下鉄の駅へ降りて行った・・・



そんな帰り道
気持ちは緩やかで穏やかだ

2009年6月20日土曜日

自分なりの関所

おじさんへのフェーズチェンジは
最近いたるところで感じている

自分が心地よく感じするような
いわゆる小恍惚体験が
人生にとってとてもいいスパイスになると
実感としてわかってきた

実はそんなことは若い時からもあった
自分にとって心地いいことを
人間は追い求める
それは生まれた時からの
本能みたいなものである


たとえば
マクドナルドを食べる
その行為は自分の食欲を満たすことによる
自分の心地よさを求める具体的な行為である

面白い映画を見る

気持ちよい風呂に入る

おいしいお菓子を食べる

挙げていけばきりがない

そんな小恍惚体験を
飽くなく追及するということは
従来通り変わらないながら
そこにおじさんとしての
塩コショウというか
ちょっとした味付けみたいなものが
おじさんへのフェーズチェンジなのである

それを言葉にあえて表現してみると

【事前に一つ関所を設ける】

というような感じだろうか


たとえば
銭湯の水風呂に入るという行為は
事前にサウナに入るという
関所を通過しなければ
自分にとって心地よい体験にはならない

そんな感じでいろいろな小恍惚体験を
半ば自覚しながら追い求められたらと
考え始めている

たとえば
【おいしいものを食べる】
ではなくて
【おいしく食べる】
を選択したい

おいしく食べるには
事前に適度な運動をして
空腹になるという関所が必要である

単に
【おいしいものを食べる】だと
従来の私である
そのいきつく先はデブである


英語の試験を受けた直後は何ともすがすがしい

それも事前に適度な
緊張と頭脳労働という関所を通過して初めて
感ずることのできる
じぶんなりの達成感と適度な疲労感が
心地いいのである


すっきりとお風呂に入る
前にしっかりと汗を流して
へとへとに疲れる
そのあとのお風呂は
たとえ有名な温泉ではなくとも
よか~という恍惚感をもたらしてくれる

恍惚体験は人生行路で
必要なことである
しかし
おじさんのやり方は
その前に自分なりの関所を設けるというやり方である

そんなことも
実は血圧が上がって考え始めた

今までは
おいしいものはたらふく食べる

気持ちよい風呂は
何時でもゆく

とかとか
自分への制約なしに
快感を追い求めていた

貪婪なデブといわれても
致し方なしである

まあ理想ではある

人間は愚かなアナログである

時に定期航路を外れることもある

しかしながら基本的な考え方は
事前に関所を通過して
心地よい体験をさせていただく


そんな人生で往きたい


愚直さの効用

体重が重いために
過度の運動は控えなければならない

膝への負担を避けるために
走ることはあまりお勧めできない

そんなことで
運動といえば
穏やかに散歩をすることにしている

何ともおじさんになったものだ

前を歩いているおばさんがいる
歩行姿勢は
いいとは言い難く
腰も曲がっていてぎこちない

自転車にたとえると
潤滑油が久しく注されていない
錆びついた自転車のようで
ギーコギーコと
あまり耳に心地よくもなさそうな音が聞こえてきそう


そんな歩き方で私の前を
ぎこちなく歩いている

といえど
そんな姿勢にも関わらず
私などより歩きなれているのか
なかなか抜き去ることができない

均一なペースで
一歩ずつ歩行しているのである

途中 私の靴ひもがほどけた
しゃがんでしっかりと結びなおす
それを契機に屈伸運動を始めたり
腰を曲げたりと柔軟運動を始めた


ほんの少しの時間歩行を中断した


よしまた歩こうかと
前を向いたら
さっきのおばさんが芥子粒のごとく小さい


はるか先のほうに行ってしまっているのである


【絶え間ざる歩みおそろしカタツムリ】

何ともあんなぎこちない歩行で
少しづつの歩幅だったのに
それなのに・・・・

結局そのおばさんには追い付くことができなかった

最近体調のことを
少しく考えるようになって

愚直さの必要性
みたいなものをひしひしと感じるようになった

効率化ばかりが目に行きがちで

愚直に一つのことを一歩ずつという作業が
最近ないような気がする

散歩をしていたり
プールを歩いていたり
はたまた久しぶりの英語を勉強していたりする時

何時も脳裏にかすめるのは

こんなことをして
意味あるのだろうか・・・・

というような否定的なことを
何時しか考えている

そして愚直な一歩ずつの作業が
何かしらとても非効率に感じられたりして
そんなことを勝手に自分の中での
言い訳にして
そんな単調な作業を
すぐ中断してしまう


【愚直に一歩ずつ】

こんなことが実は自分のマイブームに
なりつつある

愚直でもいいのではないかい

何をそんなに急いでいるの

あなたはそんなに忙しい身分では
ないのだよ・・・

そんな天の声が聞こえてきそうだ

愚直に一歩ずつ
愚直に一歩ずつ・・・


2009年6月7日日曜日

浅草をせめる

生きている中で
けっこう有るようで
そうそうないことを本日挙行した


真新しい靴をおろしたのである


その真っ白で真新しいスニーカーを履いて街に出かけた


久しぶりの陽気で
その真新しい靴の白さが目にまぶしい

なんとなくアスファルトを踏みしめる
自分の足取りも軽やかになる

皆がわたしの足元をうらやんでいるような気がする
当然気のせいであるが
自分としては悪い気でもない


嫁と浅草に出かけた

浅草には2~3カ月に一度は
出かけている

それほど込み入った要件もないし
決まった目的の場所もない

ただぶらりと散策をするのだ

江戸の時代から連綿と続く
庶民が生活に付随する深刻な気持ちを
そのときだけはどこか棚に預けて
笑顔を浮かべてそぞろ歩く場所を
自分たちも
ときどき歩きたくなるのだ

浅草は観光地だけあって
歩いている人間も国際色豊かである

若いのに刺青をしている
西洋の若者がいた
なにも恐れることはないといった目つきで
周りをねめ回している

おいおいここは観光地ですよ

K-1のリングではないんだから
もちっと柔らかい表情をしようよ

そんなかれの入れ墨は
あまりたくましくもない腕に刻まれていて

ネタのためか
完全にだまされたのか

【台所】
【山芋】

という二つも文字が
流麗な毛筆風の文字で
しっかりと入れ墨されていた

笑いとしては
浅すぎるし
さりとて威嚇する文字としては
意味が当てはまらない

まあそんな人もいる浅草である


浅草を散策すると
朝からほっピーをしている
ご機嫌なオヤジどもがたくさんいる

一瞥する間もなく
いつの間にか
嫁と二人気安げな店のシートに
ドカッと座っていた

ほっピー2つと
ボンジリ2本塩で
あと串カツ2本に
そこの煮物!


まだ昼前である

TVの画面はCMなしで競馬中継である

軽くほっピーをあしらって
そのあと店を変えて
ざるうどんにかき揚げ

さらっと臓腑に流し込む


まったくいい休日である


夕刻はいつもの川べりを
サウナスーツで散歩した

篤姫のサウンドトラックは
篤姫の激動の生きざまを音楽で表現している

そんな音色を耳にしながら
夕暮れの街を静かに歩く


体あってもモノだねである

仕事は大切である
当たり前である

それでも仕事は仕事を超えない

前提として
私どもは日々を生活する人間である


生老病死
にんげんというものは
昔から変わらず
うまれ老い病に倒れいつしか死が訪れる

そんな人間の生活である

だから限られた時間は
いつくしむように過ごさねばならない

だから
時間を過ごすのは
仕事だけではいけないのである


血圧が高いため
本日より健康的な食事にフェーズチェンジである

夕食は
サラダとレンコン
きのこのお吸い物

まあいつまで続くやら

それも生活
せいかつ せいかつ・・・・

機種変更できるものできないもの

自分の携帯電話

かれこれ10年以上つかっている

その間何回の機種変更をしたことだろう

その機種変更をした
理由はなんだったのだろうか

電池が切れやすくなった?
声が聞きづらくなった?

しかしその間その携帯電話に
本来備わっていた機能を
私は十分に使いこなせていただろうか?

携帯電話の機種を変更することは
案外たやすい
要は金を少し奮発しさえすれば
新機種が手に入る

それを人間の体にたとえてみたらどうだろう

すこし踏ん張りが利かなくなった

耳が聴こえづらくなった

外見が時代に合わなくなった

人気がない

そんな携帯にも当てはまる身体への不満は
日々募ってくる
だけど人間の体は当然のことながら
携帯電話のごとく
気に入らなくなったから新機種へなどと
器用なことはできはしない


そもそも人間の本来備わっている機能を
我々は十全に使いこなしているだろうか

私どもは日本人故日本語を話す

しかしお隣の韓国は韓国語を話す

欧米は欧米の言語を話す

その共通項は皆人間ということである

英語仕様の人間や
日本語仕様の人間などというものが
事前に色分けされていたわけではない

ということは
我々は日本語しか話せないと
勝手に自分の機能に限界を設けているにすぎない

そのくせ
一部の機能に対して
不満を募らせ
できれば機種変更したいなぞと
有らぬことを考える

言語だけでなく
人間はそものも無限の可能性を秘めて
生まれさせてもらっている

この世界中でこの歴史上で
人間がなしてきたこと

そのことはつまり
我々にもなし得る可能性は
与えられているということである

それは同じ人間だからだ

もちろん
その過程に努力は必要だ

しかし資質としてあり得ないのと
努力したらもしかしたらあり得ること
この差は大きい

おそらくカバには
どんな努力をしたところで
日本語を話すことはできないだろう

しかし我々が英語を話すようになる可能性は
限りなく大きい
少なくともカバの日本語と比べると
格段にその確率は上がる

自分の携帯電話を眺めながら
そんなことを考えた

携帯は人を喜ばせもし
不安のそこにたたきつけもする

しかし
そんなもの
機種変更も簡単にできる
モノにすぎない

こちらは
たやすく機種変更できないが
しかしその機能は限りなく無限大な人間なのである


もう少しおおらかな気持ちで
自分と対峙してみよう

すべてはここにある

そんなことに実感したい気持ちだ



けつあつ

生活習慣病という名称から
自分の生活を振り返ると
むべなるかなという気がする

最近体がボーっとだるいときがあり
自分でいま血圧が上昇中だなっと
わかるようになった

高血圧の状態がしばらく続いていたため
病院に行った

【血圧が高いんですが・・・】

【確かに少々高いですね】


原因はいろいろある

まずは体重の過重だ

つまるところ太りすぎなのである

有るべき本来の体重から
さらに重荷を常に背負わされている
わが肉体

その肉体のあらゆる領域に
血液を循環させるため
わが心臓は懸命に働いているのだという

大いに血液を送り出すために
通常のポンプの圧力を高域に増し
ビューンと血液を送り出すのだ

そのために予測可能として
血圧が上がるのだ

デブは高血圧に直結

このことを知った

そんな激しい送り込みに対して
そのパイプである血管の
通りが悪かったら・・・・

強引に送り込まれた
血液が滞留し
時に逆流し
心筋梗塞になったり
脳梗塞になったり


まったく厄介なことになるという

そんな高血圧が
日々の生活を如実に物語る
いわゆる生活習慣病なのである

人間40年も継続的に稼働していると
いろいろな所にちょっとした
不都合が生じてくる

それをメンテナンスする
アドバイスをくれるのが病院で
そしてその場合も主体者はあくまでも自分である

当たり前である

自分自身の自覚がなければ
治療も前進しない


そんな感じで
すこし体重を減らさねばならなくなった

さても少しさびしいものだ