2010年12月27日月曜日

きりしま

ほいほいほい ほいほいほい
とリズムとり
ふりさけみれば
きりしまのゆき

今月の25日26日は
急きょ 霧島に出向いた

何の用か

温泉につかるためである

25日の夜は
急きょ寒くなり
南国薩摩とはいえ
みぞれまじりのクリスマスであった

まずはそこまで

2010年12月18日土曜日

焼き鳥屋でのこと

金曜日はどうしても一週間の疲れを
少しでもいやすべく軽く飲みたくなる

仕事を早めに片付け
かみさんと最寄り駅に待ち合わせ
それほどうまくもないが
それほどはずれでもなく
それほど高くもない
焼鳥屋に赴いた

もちろん疲れをいやすのが
目的である

7時前だったが
隣の座敷きスペースでは
子連れのママたちが
談笑に花を咲かせている

最初は
気にならなかったが
カノジョらのガキどもが座敷を
走り始めた

3人のおかんと
4人のガキである

おかんどもは
片手にジョッキ
片手にたばこをもって
何とも我が物顔である

その周りをくそガキどもが
おもちゃをもって
走り回っている

壁越しに
こちらにガキが笑いかけてきたが
しっかと睨みつけてやった

オヤジをなめるな
このやろう
こちらはおめ~らのみかたではないのだ

それにしてもはよ帰れ

などと思っていたら
もう一匹の親子づれが来た!

【おかえりなさ~い!】

ってここはおまえらのいえじゃね~だろ

と心の中でつっこむ

【なまいっちょう!】
などと発注し
生ビールが来ると

【おつかれちゃ~ん!!】
と乾杯している。

おつかれちゃ~んも
ふるいだろこのやろう

とまた突っ込みたくなる

そんな感じで
時間が推移し
こちらもほどほどに飲みつつ
疲れを癒していたが

件のガキどもが
何時も間にか6人ほどになり
かの座敷は
もはや居酒屋ではなく
学童か保育園の様相を呈し始めた

ぎゃ~ぎゃ~
わ~わ~

もはや動物公園である

そろそろ飲み放題のラストオ~ダ~ですけど
と店員が彼女らに告知している

やれやれやっと終わったか
はよ帰れ

とこちらはかみさんとほっとしたのもつかのま

【この人今来たばかりなのに】
【ラストオーダーってひどいんじゃな~い びっくりした~】

などとクレームが始まった

こちらは
やれやれと心の中でうんざりしてる

ひとしきり悶着があり
その間にクソガキが
のどが渇いた~などと言いはじめると
他のガキにも連鎖して
のどが渇いた~の合唱が始まった

うるさいしうっとおしすぎる

ここは大人の社交場なのだよ
きみたち!!

結局飲み放題を少し延長してもらったようで
生8におちゃはい8
などと無謀な発注をしている

彼女らおとなは4人だけである


こんなやからが
我が物顔で世間を闊歩し
モンスターペアレントなどと総称されているのかもしれない

きゃつらをして
給食費も払わないのだなと
妙なところで
なるほどと得心したりもした

世も末じゃ

よく見たら
ガキの顔も何かしら悪人がおである

生き方が顔に即でるのである

うっとおしい

こちらは静かに余生をくらしたいんじゃ


ああうっとうしい
ああうっとおしい

と突っ込みながら
焼鳥とビールを飲んだ

まあ平和といえば平和である

2010年12月12日日曜日

ティップネス 久しぶり

焼き肉を食らうと
自然に体を動かしたくなる

久しぶりに
ティップネスに赴き
まずは平泳ぎ

昭和の時代に鹿児島の磯海岸でみた
わが父親の穏やかな平泳ぎが
唯一の私がうけた水泳の指導である

それゆえ
横を過ぎゆくお兄さんの美しいフォームとはちがい
何かしら古めかしさを感じさせるわが平泳ぎ

それでもしっかりと前に向かって
進みゆくのである
それでいいではないか

すいーすいーと
静かにおじさんは水面を前方へ進みゆく

泳ぎ疲れた後は
水中歩行である

昼食時になると
一時的に極端にひとが少なくなる

何時しかコースには
われ一人となり
静かにコースをただ進みゆく

いつしかすこし足早に走るようになり
心が軽い無の境地に入り込む

軽いランナーズハイの状態に自分をもってゆく

真空の状態の中で
自分の状態を静かに考える

足は
水中を走っている

ただひたすら
水面を見つめながら
走り続ける

そんなふうにやりきった後に
ご褒美のドーパミンがすこしく分泌されるのであろう

そしてまた
おいしく食らうのである

それでいいのであろう

まつやの屋上の日本のはたをみて

TOEICの試験を受けるのは日曜日である

日曜日いつもと同じ通勤電車にのって
試験会場にむかう

英語は積み重ねである
少しずつ研鑽していく以外に方法はあるまい

日曜日、試験が終わった後は
銀座を過ごして日本橋まで散策する

日曜日の銀座は歩行者天国である

あの大通りに
車が入ってこないのである

へっざまあみろ
とばかりにきっちり中央を歩行してゆく

銀座和光の目の前を歩きながら

この通りをこの私が偉そうに闊歩していることよ
とすこし自分自身うれしくなる

銀座和光をすごして
右手に百貨店のまつやがある

建物を再建築して
とても美しい

その社屋に
まつやの旗と一緒に
日本国旗が掲揚してあった

その日はすこしく風が強く
日章旗が風にふかれておおきく揺らめいている

歩行者天国で通りの中央を歩きながら
わが日章旗が風にたゆたう美しさを観て
心が熱くなった

日曜の銀座の穏やかな平和に浸りながら
わが日本の来し方行く末が
少しく胸を去来した

最近の日本の体たらくぶりに
その当事者の一人である自分をさておきつつも
日本国に対して
申し訳ない気持で一杯になった


この日本は我々日本人自身が真剣に守ってゆかねばならない

日本人以外の他国人は
日本を好きな人もいるやもしれぬが
自国以上に日本を守ろうとする奇特な人間はいまい

今年も表面的には平和に過ぎゆこうとしている

しかしいつ熱い戦いが日本を囲む四方の海で
起ころうとも限らない

日本人は自国に誇りを持たねばならない
その誇りを醸成し
己の祖国をしっかりと守ってゆく気概を醸成していかねばならない

松屋の社屋に揺らめく日本国旗をみて
そんな風に想った

偶有性

偶有性という言葉がある

茂木健一郎氏の著作によくでている言葉である。
といえど別段かれの専売特許でもあるまい

人生いかなる可能性も否定できない
どのような選択肢の人生の展開もありうる

というような意味だと思う

このことは
いい意味にも悪い意味にもとることができる

悪く言うと
せっかくここまで築き上げてきたわが人生
だんだん自分の分もわかってきた
派手ではないが
そう危なくもない
このままあまり突飛なことが起こらずに
平穏無事に静かに人生を暮らしていきたい

と思っているのに
人生は偶有性に満ちているだと!!

なんてこった
このまま平穏にいってほしいのに
どこでどう変わるか分からない人生なんて
ああおちおちゆっくり眠ることもできない

なんて悪い意味でとらまえる仁もいるだろう

逆に
今の人生は
自分の力不足もあって
それほど大したことはない

しかし人生は偶有性にみちている

あさ起きたら
きょうという一日は
まごうことなき昨日とは違う新しい一日だ

どんな出会いがあるだろう
どんな困難があるだろう
どんな喜びがあるだろう

そんな不特定な期待膨らむエピソードに満ちた
人生の積み重ねの先は
いかなる人生だろう
ああどきどきわくわく
さあ本日もがんばっちゃうぞ~

という風にとらまえる仁もいるだろう

個人的には
そう単純に割り切れるものでもないが
いい風に身勝手に解釈したい

自分の積み重ねてきた経験や知識
人脈やいくばくかの財産を元手に
よりよい偶有性にめぐり合うために
偶然というたゆたう風に身をまかせながらも
己にできるかじ取りは自分なりにやって行きたい

そのために日々を過ごしつつ
同時に楽しみつつ
同時に研鑽しつつ


あの世があるかどうかはわからぬが
少なくともこの人生は
今の積み重ねがそのものである

さあ偶有性の大海原にいかに飛び込んで行こうか

そんな大胆で勇気ある性格でもないので
本でも読んで自己を研鑽してそこそこの準備をしよーっと

といってもおいしいものはたべていこうーっと

そんな感じで
茂木氏の著作ですこしく元気になった

にくやき

疲れているときは
やはり食うに限る

それもあまり妥協せずに
うまいものをチョイスし
自分の体重などの
瑣末なことなどを微塵も感じずに
がむしゃらにくうに限る

かみさんともども
師走のカラ忙しさに
すこしく沈んでいた土曜の夜
近所の少し気になっていた
焼肉屋に赴いた

前々から
軒先に焼き肉の香ばしいにおいを振りまき
玄関先よりのぞくと
何時も適度に客がいる店である

なにかしら気になりつつ何の因果か
これまで縁がなかったが
昨夜は互いの何かしらがぴたりと符合し
席につくことになった

上カルビに
ハラミ
ホルモンに
ロース

生ビールに生レバー

好きなものを立て続けに発注し
何のてらいもなく
白飯大も同時に発注した

上カルビをニンニクまみれのたれに浸し
そのままくちに仰ぐ前に
白飯の座布団に一度のせ
肉とメシを同時にくらう

のどのつまりを
ちべた~い生ビールで流し込む

ときにいい

疲れがすっかり吹っ飛んだ

何も考えずに
いちずに行動するとき
人間は刹那の幸福に浸ることができるのである

2010年12月10日金曜日

よーこそ じゃぱん

YOKOSO JAPAN

というロゴを観たことがある

とみにその場所の玄関口である
空港や駅で
少し意識的に崩したロゴで
書いてあるのを観たことがる

先日朝だったか
そのYOKOSO JAPAN のロゴバッチをした人物と行き違った

バッチはその人物の身分を
世間に積極的にアピールするもので
自分とてバッジをつけねばならぬときは
少しく世間の目を意識する

そのYOKOSO JAPAN
のロゴバッジはかなり大きなものであった
そないでかくせえでもと
つっこみたくなるほど
バッジが歩いているがごとく
でかく感じられた

いい風に解釈すると
そのバッジの存在感を感じさせられたようなもので
作成者の意図に
こちら側はまンまと載せられたとも言えるかもしれない


その仁が
何があったか
かなりの渋面を作って
世間の歩道を足早に歩いて行った

何があったかしれぬ
課長にこっぴどく怒られたのか
かみさんとやりあったのか知れぬ

しかしながらその形相は
かなり人をして不快ならしめるに
十分であり

少なくとも自分は
そんな面構えのおとこに
いくらようこそといわれたとて
自分の招待にだけは決して乗るまいと思うに相違ないと
思った

何があるにせよ
他人には全く関係のないこと
自分の胸にも少しく突き刺さる出来事ではあった

2010年12月9日木曜日

今日も昨日と変わらずエビづくし

確かに寒くなってきた

大漁なのかもしれぬ

確かにうまい

フライでもいいし
てんぷらもいい
刺身もうまいし
味噌汁にしても絶品である

それにしても
やりすぎである

こう毎日エビづくしが続くと
さすがに食傷気味とならざるを得ない

日々のマスコミの熱狂ぶりのことである

どうでもいいではないか
たかが鼻っ柱の強い
個人の飲み過ぎにすぎない

だれしもあるし
それほどのことでもない

日本人の民度もここに極まれりか

エビはエビにすぎぬ

2010年11月8日月曜日

坂の上の雲

何度読んでも
日露戦争当時の陸軍の第三軍の無能さに接すると
おぞましくも腹立たしくて
口惜しさを感じずにはいられない

乃木希典が軍団長として
伊地知幸介が第三軍参謀として行った
世界戦史上最低の無益な殺人行軍のことである

それにしても
当時の明治日本陸軍の兵隊さんの健気なまでの忠誠心はどうであろう


日本国家を守るために
その埋草となって露と散ってゆく命命いのち

乃木が長州で
伊地知が薩摩である
出自のみで役職を規定し能力は二の次という組織の典型だし
そのやってはならぬ典型の組織が陥った史上最悪の失態事例である
人の命を預かる高級軍事指導層にその欠陥人事が行われた
その弊害は純粋無垢な日本人の幾多の血を無益に吸い続けた

その憤りが坂の上の雲の司馬遼太郎から直に伝わってくる

発表当時の状況でこれだけ表現しえたのは
大変なことであったに違いない

その大変なことを起こしえたのも
そのことを凌駕する怒りがあった故のことであり

そんなこんなで
『坂の上の雲』という作品は
なんとも日本人にとっての
宝に違いない

組織と人間の有能無能について考えさせられる秋の日々である

掃除しすぎ

それほど潔癖な性格であるつもりもないが

年をとったせいか
体に付着している不要なものは
すべてとってしまいたいという欲求が
最近顕著に出始めている感じがする


耳の穴の掃除は
毎日欠かさずせねば
何かしら落ち着かないし

目についたヤニも無性に気になる

その勢いで
寝ているとき無意識のうちに
鼻の穴も己の指で掃除しているらしく
朝起きたら
鼻の中に付着していた不純物が
枕元に無造作に散乱していたりする

鼻腔のなかの粘膜にくるまれていた不純物は
体外に放り出され
折からの乾燥した気候も手伝って
カラカラに乾いて畳の上に散乱している

週末に掃除機をかけた時など
カリカリカリと予期せぬ音がして
何も石なぞ部屋に持ち込んだ覚えなどないと
自分自身をいぶかしんでいたが
何のことはない
夢うつつの中で無意識にほじった己が鼻のなかの
汚いゴミがカラカラに乾いて石ころのような状態で
掃除機に吸われたにすぎない


そんな鼻腔の中のソウジが
ほぼ連日続いているせいで
鼻のなかは比較的涼やかであるが
掃除の過程で無意識に過傷していたりしたのか
いま鼻の中が炎症を起こしているようで
ひりひり痛いし
その痛みが外の方に赤みがかって現れ出ていて
己の顔を鏡にうつすと
何かしらかわいらしいトナカイさんのようでもある

そろそろそんな季節であるのであるなあ

2010年11月7日日曜日

最近の読書

●益川流 のりしろ思考
 益川敏英

●日本人よ、もっと悪人になりなさい
 上坂冬子
 小林よしのり

●坂の上の雲 3巻 4巻
 司馬遼太郎

●平常心の鍛え方
 保坂隆

●日本崩壊の危機
 前野徹

それにしても
連日何かしらノンストップのアクション映画を見せつけられている感が否めない


普天間問題からの
米国との関係不和

中国からの
尖閣諸島での一方的ないちゃもんと恫喝にくっする哀れな菅さん

そんな中国におもねって
国民の知る権利を踏みにじって隠そうとした
衝突ビデオの流出事件

反日教育を我が国土内で平然と行なっている
朝鮮学校への無償化

ロシアの国後島への土足踏み込みにたいしても
無力な対応

TPPへの参加をめぐる与党内の大混乱

小沢へ対するへっぴり腰

一平民ゆえ
それほど詳しく知るヨスガもないが
といえど一日本人として我が国の利害関係に直結する問題だけに
心配は絶えるはずもない

政府与党のこの国の舵取り役の
あまりの無能さを嘆いたところで
そんな彼らを選挙にて選んでしまったのは
紛れもなく我ら現代日本人に相違ない

とすればこの国の民度もあまり認めたくはないが
実のところたかが知れていて
そうであればいっそのこと
一度大きく冷水を浴びせられたほうがいいのかもしれない


TBSで5夜連続で放映中の
99年の愛を観ている

草彅君の演技云々よりも
当時の日本人は血反吐をはくような
苦労をしたのは紛れもない事実だし
そんな彼らの歴史の一つながりのこの地面に我々は生活しているのだ


そんなこの国の国土は
だれが守るべきなのか


心優しき平和を希求する隣人が
守ってくれるはずはない

皆、己の平和を望んでいるのだ

他人の平和まで守ってくれるほど
余裕のあるヤツなどいない




 

先週の記録

先週の動きを記録しておこう

11月1日 東京
11月2日 宇都宮
11月3日 休日 スポーツジム
11月4日 北海道 非常に寒い
11月5日 水戸


ひび月日は流れてゆく

月日が流れるということは
当然己も周りも変化してゆく

人間の肉体も消耗品なれば
当然経年劣化してゆく

人生は立ち止まることはできない

うれしくてもうれしくなくても
くるしくても希望しなくても
月日は否応なく流れてゆく

そしてだれもかれも
朽ち果ててゆくのだ

雑感

新聞で垣間見る世界の情勢は
非常にめまぐるしい

いろいろな人間の思惑が交錯し
非常に複雑な模様を描いている

そんな模様を眺めながら
こちらは一喜一憂している

一喜一憂しながらも
メシを食い
フンをして
ネムっておきて
生活をしている

i phone

嫁さんの携帯が

auからiphoneに変わった

横で見ていると
何かしらいろいろできそうだ

楽しげでいいのう
そう思ってしまう心は
おそらく子供のままの感慨に違いない

人間いくつになっても
楽しんでいきたいものだ

2010年10月30日土曜日

北方領土問題も

ロシアという国も
野放図な国家的膨張の野心は
まったくかわらない

かの国が
国家間の約束を約束とはおもわず
平気で反故にするのは
もはや歴史的体質である

そんな国のトップが
北方領土への視察をほのめかしている

北方領土は
当時のソ連が土足で日本領土へ踏み込んできた場所で
この現代社会でものこる悲劇的な歴史の象徴的な場所である

北方領土は
日本国の正式な領土である

そのロシアにとっては他国の土地に
大統領が視察に行くというのである

今の状況は
かつてあった
日露戦争が勃発した
往時の状況と酷似していると感じてしまうのである


いいかげんにしてほしいものである


それでもかの国は
その暴挙を遂行するに相違ない

こちらの弱腰を見抜いているのである

もはや理性ある人間のすることではない

しろ熊のような
動物的な闘争心むき出しの
形而下的な生物的行為である

それも
やはり今の国際的な状況なのである


おのれの囲まれたる環境を冷静に判断し
おのれの立ち居振る舞いを
都度都度適確に遂行してゆく

国として考える場合
今の日本のあり方は
どう見ても痴呆的である

しっかりとせいや!
と叫びたくなるのである


一戦交えることも
やぶさかではない
といえば
皆に奇異に見られるだろうか

そこにこの国の異常さがあるのかもしれない

自国は自力で守れ

それにしても
その国柄はなかなか変わらないものである

突然のキャンセル

我々庶民の生活の中にも
突然のキャンセルは時としてある

しかしかの国は
国家の首脳の会談の
土壇場のキャンセルである

理由はいやになったからだそうである

へっ
おまけにぜーんぶそっちのせいだからね
ときた

こっちはぜんぜんわるくないも~ん
こっちがいうことがぜ~んぶただしいんだも~ん
ときた


もう開いた口が塞がらない

同時にかの国は
軍備拡張に血道をあげている

この20年間軍備費は二桁成長らしい

その中に日本のODAを始めとする
貴重なわれわれの血税がいくら占めているのだろうか

軍備に付随して
スーパーコンピューターも
世界一の演算能力を記録したという
それも国家軍備の一環として
国を上げてのプロジェクトらしい

かの国は
その能力を試してみたいに違いない

その格好の対象が
我が国となるのであろう

そんな幼稚な国は
核兵器も持っている

未熟な子供が
大人のおもちゃを手にしているようなものである
はなはだ危険極まりないし
なんとも言いようない

かたや
我が日本国は
民主党政権で
どんどん己の国力を弱体化させつつある


自衛隊はしっかり国防軍にしなければならない

技術立国日本の能力を
民間にだけ頼るのではなく
官民一体で国家プロジェクトで推し進めるべきである

核兵器の保有もすべきである

国の発言力の強化への担保のためである

後ろに狂犬を従えている人と
丸腰の人が対峙したとき
話の内容の如何に関わらず
最終的には身の危険を感じて
丸腰の人はその狂犬の理不尽な言いがかりに従わざるを得まい

自分の国を強くすることに
なんのためらうことがあるのだろうか

世界平和はひつようである

しかしながら丸裸で
ひとり世界平和を謳っているのは
日本ひとりである

ラ~ブアンドピ~スと
フリチンで叫んでいるのは
周りから奇異に映るに相違ない

しっかりとリーダーシップを取るために
人の影でこそこそすることなく
自分の足で確固として大地を踏みしめるべきである

しっかりと武装し
己の肉体を鍛錬し
精神を練磨し
こちらのことをせめてくる仁には
しっかりと毅然として対峙すべきである

対峙するときに
健全な肉体と精神は
絶対的に必要なのである



いいかげんな御仁には

己の力を担保して毅然と主張すべきである


戦後半世紀の日本の歩みを全否定するつもりはない

しかし今までとは違う今に見合う正しい進路へ
舵を大きく切るべきでる

あべどんがいっていた
戦後レジームからの脱却である


歴代の日本人は
いま我々が歩いているこの日本の土の上を
歩いていたのである

彼らもこの土地を守るために
必死で戦った

そのために国を上げて
努力したのである

自分の国は自分たちの力でしか守ることはできないのである

2010年10月28日木曜日

10月に訪問したところ

10月度の移動場所

宇都宮

当然仕事で行くが
かえりまぎわかるく駅前の餃子屋へ突入

宇都宮餃子は安くてうまい

生ビール1パイと
軽く摘んだ

水戸

いつもの定例商談場所
水戸駅で皆でそば屋で1杯だけ

大阪和泉
帰りしな新大阪でビーフシチューのうまい店で
生ビール
ここはドイツ風の店で
ビールと肉がうまい
駅構内にあるのが嬉しい

東北 くりこま高原
仙台で痛飲
牛タンをしこたまくらう
仙台のラーメンは味噌ラーメンらしい
初めて知った

静岡三島
純粋に仕事のみ
晴れていたら富士が見えたらしいが
あいにくの曇り

金沢
おでんの三幸

東北仙台

牛タン弁当

人間何歳になっても
食べることと飲むこと
それをエネルギーにして
日々作業を右から左へ受け流す
その作業の中の一瞬でも
この国のためになったらそれでいい

人生はそのように意外と軽いものだ

うまいものを食いつつ
自分のできることをこなしてゆく

そんな感じ

記録雑記

今週の行動は

10月18日月曜日

朝から小松空港へとび
金沢へ

金沢で仕事をして
夜は仕事仲間と片町へ

おでんの三幸
いつもながら安くてうまい


よるは北陸ということで
アパホテルに泊まるも部屋の狭さに辟易した

翌朝東京へ移動して


10月20日

出社して
朝から会社幹部と懇親

その足で
仙台へ

仙台へ行くときは
駅弁に凝っている

今回はたいめいけんのハンバーグ弁当
うまい

本日は日帰り
仙台駅に隣接する牛タン屋で
牛タン弁当を発注

その場で焼き始めるので
社内で食べるときはほのかに暖かくうまい
1050円

今夜は寒気に台風の影響があり
坦々鍋で
しめにラーメンを投入

めんの塩分をだしがしっかりすって
終了間際にはどろどろ

しかしながらうまい

こんな感じで
少しずつ楽しみながら
寿命を減らしていっているのであろうなあ

2010年10月23日土曜日

理性という公

人間というのは
生物には違いないが
植物や動物と厳然に線がひかれているのは
理性を持っていることではないだろうか

もちろん動物も感情を持っているはずである

喜怒哀楽はあるに違いない

しかし人間には理性があるのである

理性があるとどうなのか

人間は
食欲 性欲 睡眠欲
ほか動物としての欲望をみたしても
何かしら一抹の寂しさを感じるのは
そこに正常な理性があるからではないのか

人間一個を生活させるだけの
経済的な物質はそこそこ満たされている

自分の身の回りを見回しても
明日食べるものもあるし
着るものもある
風雨を避ける家屋もある
聞きたい音楽もあるし
みたいテレビもある

それでも何かしら満たされないのは
理性が求めているからではないのか

そうであれば
その理性が求めているものとは何か

そこにその民族性があるのではないか

自分の祖国に貢献すること
自分の敬う人に尽力すること
自分の愛する人を守ること

いってみれば
動物的な欲望を『私』とすれば
理性的な欲求は『公』であろうか

自分一個の力がいくら微力であろうと
自分の祖国が何がしかの外来種に侵されんとするとき
大いなる憤りを感じるし
祖国を守るためには
己の力を振り絞って矛をたてたいとも思う

人間40にもなると
それなりに欲しい物も大方手に入る

あとは
己の理性を満たすために
如何に公に向きあってゆくか

そこに人間それぞれの役割がある

そこに生まれてきた意味もあるのではないか

ただ単にメシをくらい
性欲を満たし
睡眠をむさぼるだけでは

それは動物である

種を保存するという生物的な役割は果たせても
人間としての役割は
そればかりではないような気もする

まあ自分に子がいないゆえの
感懐かもしれぬが

そんなことをかんがえている

仕えるということ

篤姫のドラマを改めて観ていて思ったことがある

西郷が斉彬をという藩主を想う気持ちに
一点の迷いもない

己の主君のためならば
名もいらぬ命も惜しむものでもない

その思い邪無しの精神に
封建の世の窮屈さよりも
むしろ爽快さを感じた

何かに命をかけてがむしゃらに一途に突き進むとき
苦しさも当然あろうが
その苦しみを大きく凌駕する
何がしかの爽快さや喜びが生ずるのではないか

己の心底から仕える事のできる
尊敬する人を見出すことが
なかなかできぬ今の世は
むしろ何かガスの抜けた風船のようで
張りのないものであるようにも思えた

秋の朝の散歩

秋の空はくっきりと高い

この青さはなにものをもってしても
模倣することはできない

高い天を大きく仰ぎ
深く呼吸をする

朝早く起きて
洗濯物を太陽に向かって干す

ほこりのたまった部屋に
掃除機をかける

ジャージに着替えて
音楽を用意して
スポーツシューズを履く

ドアを開けると
ひんやりとした空気がホホに心地いい

玄関をでて
一歩を踏み出す

高い天に
ほのかに白い飛行機がみえた

どこに向かうのだろうか

美しい航跡を描いて
一直線に飛行している

その背景にあるのは
まごう事無き真っ青な青空である

地球はなんと美しいのであろうか

その美しい地球に
なんと多様な生命が共存しているのであろうか

一歩一歩踏み出す己が足は
まごうことなく大地を踏みしめている

当たり前のことが
何かしら非常に大切なことに思えて
いつしか厳粛な気持ちになった

秋の青空
散歩できる幸せをかみしめている

2010年10月19日火曜日

すこしのこと

散髪をするとすっきりする

たかが髪の毛とおもっていても
ながく伸びてくると
すこし顔にちらつくだけで
何かしら気になりだし
とても不愉快になる

少しのことで人間の生活というものは
大きく変わるのかもしれない

ズボンのサイズが
たかが1センチ違うだけで
腹がとても窮屈であるし
ぎゃくにおおきかったら
常にずれ落ちてくるのを気にせねばならない

たったすこしのことで
本当に物事は変わるのだ

たった1度温度が上がっただけで
風呂もはいりにくくなったり

地球規模で考えてみると
同じ1度でも平均温度が1度上昇すると
甚大な変化が到来するであろう

1円為替が変わるだけで
経済も大きく変動する

受け手側は人間で
人間にも幾多もある

何気ない変化を
自分にとってどのように取り込むか

むずかしくもおもしろいものだ


散髪に行って
気持ちよしと思い
そんなことを考えた

散髪は好きではないが
気持ちよし
気持ちよし

牛タン

昨夜は東北のほうでしごとがあったので
夜は仙台に宿泊することにした

仕事で一緒の人に
仙台に泊まる旨
なにげなく話すと
彼もとまるという

非常に流動的で
臨機応変である

仙台に泊まるとなると
心では牛タンと決めていた

彼の知る『うまい店』に
七時頃いく

サラリーマンのおっさんが
ハイボール3杯などと発注している

まあうまいのであろうなあ


牛タンを3人前ほど
頼んで
まずはビールを飲んだ

確かにうまい
肉厚で柔らかい

その土地の自信があるものを
その土地々々でいただく

これがあって
日々楽しく生きて行けるというものだ

そういえば先日散髪に行った

2010年10月17日日曜日

にちようの夕食

サンマの塩焼きとビールは合う

やきたての厚揚げのうえに
味噌とネギをのせる
これもビールに合う

よく育った肉厚のしいたけを
素焼きして
わさびをのせる
それに醤油をひとたらし
熱のこもった口を冷やすのにもビールはあう

地鶏の炭火焼と
ビールも合う

水菜と長芋の千切りに
明太子マヨネーズをかけるとうまい

チゲスープにひとわんの冷や飯をいれて
少し煮立てながら混ぜる
その中にタマゴも一緒にいれる
これもごはんながら同時におかずにもなる

そんなものを
龍馬伝を見ながら
ビールとくった

日曜日

スポーツクラブに行った


おじさんやおばさんに混じって
水中を優雅に散歩する

水中を歩行するとき
手も水中で振り回す

水の抵抗をうけて
筋力のトレーニングになる

おかげでこの時間になると
腕や胸が筋肉痛になる

そんなカンジで
平和に時間はすぎる

2010年10月16日土曜日

低劣なテレビ

せっかくハードが良くても

ソフトがよくなければ
結局はよくない

最近に始まったことでもないが
テレビを見ていると
うんざりとしてくる

疲れと共に
精神的ないらいらが募ってくる

あまりの低劣さに
腹がたってくる

見なければいいのさ
と思いつつ
何かしら手持ち無沙汰で
電源をいれると
度派手な原色のセットの前で
愚劣な人間どもの
低劣な笑い声が聞こえてきて
なんとも不愉快な思いにとらわれる


こちらがあまりに歳をとり過ぎたのだろうか

テレビの制作側は
どんな感覚で
こんな無意味で低劣でかつお下劣な番組を次から次に
量産してくるのであろうか

日本人をどこに導こうと考えているのか

それとも導いているなどという
矜持もなく
たまたまそのような重要な場所に立ててしまって
なんの思い入れもなく
次から次に無意味な時間の継ぎ接ぎのための
毒をばらまいているのだろうか

それでいて
いっぱしの仕事人のごとく
疲れたつかれたとため息を突きながら
自分がさも業界の先端をいっているがごとく
勘違いして
クッサイ香水の匂いを振りまきながら
偉そうにグラスを傾けつつ
アホな言説でアホに教導させられた
若い女の子をくどいているのだろうか


無意味な忙しさは
その仁の忙しさに伴い発生する事業がなんの影響もなければ
その仁だけの課題だが
メディアなどの不特定多数の人々に
何らかの影響を与えてしまう立ち位置にいるアホの
無意味な忙しさは
むしろ害悪である

もういい加減ヤメテ欲しい

そんなアホな貴奴らに
踊らされながら
自らの自己顕示欲しかない
なんの才能もないままタレントなどと総称される
いぎたないアホどもが
公共の電波で意気揚々と
アホな言説を垂れ流している

本当に日本という国は
いい意味でも悪い意味でも奇跡の国である

そんなアホタレントが
のうのうと一階級うえであると勘違いできる国柄であるし
そんな彼らを仰ぎ見るアホな視聴者がなんの抵抗もなく
量産されていく国民性を有しているのである

そんな日本というこの国は
国際的には
丸裸で
いつでも犯してくださいと
自ら魅力的なケツを
公衆の面前にさらけ出しているようなものである

ああままならない

テレビの前で愚劣な笑いを振りまいている
あほタレントを昨日新大阪で目撃した

低劣で無能なくせに
何かしら隠れるがごとく偉そうに黒いグラスをしているところなど
なんとも古臭く
つばでも吐きたくなった

ああままならない
ああままならない

うめど

天高く馬肥ゆる秋

ようやく朝晩が過ごしやすくなり
夏の身体の消耗も復活の兆しが見えかけてきたのか

最近のおのれの身体は
すこぶるエネルギーを要求しているようだ

何を見てもウマそう
何をかいでもウマそう

何かしら十代の若者のごとく
がむしゃらに食べたいのだ

そないエネルギーも使ってなかろうに
そない代謝もよくなかろうに

そんな現象は
モノのどおりで
しっかり現れてくる

恰幅が良くなるのである

まあそいもよかか

いやしゴロではなく
ただエネルギーを吸収しているだけでごあんそ

さいきんデカ盛りのビデオを見なおしている

幾分残念ではある

2010年10月11日月曜日

アメリカとの関係も

よく言われることは
日本はアメリカとの日米安全保障条約があるから
交戦権はこれを認めないらしい

日本にいざという時があったときは
アメリカさんがしっかりと守ってくれるということになっている

その約束が担保されているから
日本の喉元に匕首を突きつけられているがごとく
横田や横須賀を始めとして
日本国内の領土に
アメリカという日本ではない他国の軍隊が平然として居座っているのだ

おまけに居座ることに対する莫大なコストも
守っていただけるであろう可能性のために
日本が払い続けているのである

日本のいざという時とはどういうときであろうか

今回の尖閣諸島海域での
中国との一触即発は
いざという時ではないのだろうか

北朝鮮に日本人が拉致されているのは
いざという時ではないのだろうか

アメリカが日本のいざという時に
本当に傘になってくれるのだろうか

イザの範囲が明確に取り決めれれていない
恣意的なお互いの互恵関係は
本当のいざという時に
認識の違いを主張されたら
それは確たる約束事では
なくなってしまうのではないだろうか

日本は自衛隊を軍隊に昇格させるべきである

そして核兵器も持つことも辞さぬと
毅然として主張すべきである

唯一の被爆国だからこそ
唯一核を持つ権利があるはずである

核の怖さを本当に知っているからである

自国の主張

はっきりしていることは
尖閣諸島も竹島も
日本固有の領土であって
その海域には一切の領土問題は存在しない

とはいえ
中国にしろ
韓国にしろ
台湾にしろ

その海域に大量の海洋資源が埋蔵されている可能性が
指摘された途端に
自国の領土だと主張し始めた

冷静に考えて
人間というのは
それほど馬鹿ではないから
彼ら自身が
全くの理不尽なことを主張しているということは
腹の底では分かっているはずである

しかしながら
嘘も百ペンつくと
そのことが真実であるように
主張者には錯覚がおこる

そのくにのわかいひとたちは
その理不尽な主張を
真実であると嘘の虚飾をちりばめた内容が
事実であると教育されているから
彼らは被害者である
彼らの日本の主張を憎むこと
彼らの眼を見たら
彼らの中では真実なのである

嘘が真実としか思えないのである

それにしても
国益のためにはそれくらいのことは当たり前なのである

日本人だけが
人間本来が持っている
真実の良心に訴え
正攻法で立ち居振舞おうとしている

最後には真実が勝つはずである

しかしその工程の中で
理不尽な文言をわめきちらし
周りの和を必要以上にあらしめる奴には
横っ面をはりたおすことぐらい
ひつようである

少なくとも張り倒すだけの用意がこちらにあることを
知らしめるひつようがある

自衛隊は正規の軍隊にすべきであるし
抑止のために
核兵器の使用可能性も示唆すべきである

方法は幾多もある

スポーツジム

この三連休も
雨であったことだし
交通渋滞の情報がしっかりと入っていたこともあって
結局のところ
三日連続で
スポーツジムに通いこんだ

水中で
おのが肢体を
激しく動かし
脂肪燃焼を試みた

その後の
特盛つけ麺が
すべての工程をちゃらに戻した

ちゃらではあるが
精神的には充実感がしっかりと残った

パパイヤすずき

パパイヤ鈴木は
痩せ過ぎである

痩せればすべてが丸くよくなるというわけではない

人にはそのひとの持ち味がある

かれは
大きな体と
大きな顔で
おいしいものを
美味しそうに食べてこその魅力があった

そう、彼の魅力は過去形になった

痩せてみて
彼の持ち味も枯れてしまったのだ

2010年10月9日土曜日

自分の国

三連休の前の繁華街は
ゆるくリラックスした空気がただっよっていていい


真面目に働いている人ほど
やはり休憩をひつようとしているもので
真面目の中でこそ冴える笑いというものもある

日本人は
誰に強要されるまでもなく
根のところで真面目である

真面目に日々の役割を果たし
つましく己の分に相応した自分なりの要求を
謙虚にこなしてゆく

自分の人生は自分の力だけで
切り開いているのだと
時に勘違いしている人間を目撃する

自国の行政や国防の恩恵に
存分に浴しながら
それでいて
そんなことは棚上げして
自国のことを外国人まがいに潰そうと夢想している馬鹿者がいる

最近に始まったことではないが
先の大戦以降
この国を心底嫌いな人がいるらしい

日本の恩恵を存分に与えられながら
それでいて
この国を激しく憎んでいるらしい

この国がロシアや中国
韓国のような国になればいいと
心底思い込んでいる人々がいる

この国の美しさ
この国の国民の人柄の美しさ
そんなことを最近ほのかに感じられるようになってきた

自分の国が嫌いない人は
はっきり言って出ていってもらったらいい

自分の国の利益になる行動をして
その行動を
そのまま右翼などとレッテルを張って
自分だけ高見の位置で
批評をしている仁なぞ
出ていってもらったらいい

自分の美しい国を
自分の力で
独立守ってゆくこと

そのためには
軍隊も整備する方がいい

なんだったら核兵器を持つことも真剣に
議論すべきだろう

憲法九条に代表される
この国が不思議に信奉している
日本国憲法も
他人の手垢で作られたお仕着せの偽物など
早急に破棄すべきである

そのことは
自分の家で
しっかり鍵をかけ
セキュリティーグッズを備え
時に交番の位置を確認し
非常用電話番号を控え
セコムをし家族での約束事を
自分たちの知恵でこしらえるのとまったく同等である

自分の家のことはしっかり考え
自分の国のことは
無防備でいい、人様がおしつけた決まりごとでいいなどと
そんな理屈があるわけがない

この国は歴史始まって以来
世界の中でも稀有なほど
美しい国だ

世界がよってたかって
甘い汁を吸いに来ているが
せっせと無から富を創出し
おしげもなく分け与えている

しかしなにぶん小さな国である

こんな小さな国を
みんなしてたかって、いじめたら
ついぞ本当に潰れてしまう

一度潰れてしまったら
立ち直ることなぞ
なかなかできるものではない

この日本という国を
守るのは
我々日本人しかいないのである

中国を中国人しか
守る気がないのと同様である

少なくとも
日本人である以上
そろそろ日本に愛情をもってもいい時期だと思う

2010年10月3日日曜日

最近の読書

『大東亜戦争の実相』
 瀬島龍三

『大東亜戦争の真実』
 東條由布子

『日本は侵略国家ではない』
 田母神俊雄
 渡部昇一

『こんな日本にだれがした』
 谷沢永一

『拝啓 韓国 中国 ロシア アメリカ合衆国殿』
 渡部昇一
 谷沢永一

『国家とはなにか』
 江藤淳

『オンリーイエスタディー』
 石原慎太郎

『マネジメント』
 PFドラッガー

『院長の恋』
 佐藤愛子

『人生を楽しむコツ』
 谷沢永一
 渡部昇一

『大人の東京散歩』
 ~昭和を探して
 鈴木伸子

『森鴎外の知恵袋』
 森鴎外

『生きてゆくちから』
 宮尾登美子

『部長島耕作』
 弘兼憲史

『武者小路実篤詩集』
 武者小路実篤

読んでいる本が
保守系に偏っているのは
最近の左巻きにほとほとうんざりしているからである

民主党になってから
党首も市民運動家なら
官房長官も左ひだり大好きな御仁

中国・韓国に阿りへつらう

彼らはおそらく日本人ではないのではないか・・・


中国は三流のヤクザのような
なんともみっともないことをしてくるし

ロシアも
何だ
『断固として歴史を歪めない宣言・・・・』

ほとほと呆れてものもいえない

とはいえ
それが漫画ではなく現実なのである


環境は予想以上に早く没落へ邁進して

約100年前の
日清・日露戦争のような状況を呈し始めている


ああなんとも言いようない

私は日々天照大御神にお祈りしながら
粛々と自分の研鑽をするのみか・・・

何を信じていいのやら
ほとほと困る

ああほとほとこまる

2010年9月23日木曜日

エボルタ

エボルタが歩き始めた

彼の寡黙な走行は
必ずや人に勇気を与えることだろう

雨がふり
風がふく

日がてり
雲が覆う

それでもかれは寡黙に歩き続ける

単なるモノでしかない
かのモノに
幾多の人々の想いが伝播し
いつしか人格的な様相を帯びてきて
人々に感動を与えることになるだろう


http://www.ustream.tv/channel/panasonic-evolta

太陽にほえろ

『太陽にほえろ』の音楽には
メインテーマの他に

ジーパンのテーマ
マカロニのテーマ
ゴリさんのテーマ

といろいろなテーマがある

ボスがいて
ジーパンがいて
山さんがいて
長さんがいて
殿下がいて
テキサスがいた

ゴリさんがいて
ロッキーがいて
スコッチがいた

毎週放映されていた『太陽にほえろ』

当時は録画機などないから
その時間帯に放映されるのを
その場で観ていたことになる

真剣に観ていたのであろう

今になっても
テーマソングを聴くだけで
彼らのそれぞれのキャラクターから
七曲署の雰囲気、
情熱や哀切や優しさが
克明に思い出された

番組の作り手も真剣だったのだろう

そして視聴する側も真剣だったのだろう

今聴いても
とてもいいメロディーで

メインテーマなどを
街中でアイポッドで聴いていると
気分はボスになりきってしまい
眩しくもないのに
太陽に向けて目を細めてしまうのである

まさに
『太陽にほえろ』なのである・・・・

ゴダイゴ

とても久しぶりに
ゴダイゴの『ガンダーラ』を聴いた

この曲はいつぐらいにヒットしたのだろうか

まだ自分が可愛らしい少年の日
母親にせがんで買ってもらった本格的なレコードは
アニメソングを除いては
このレコードが最初だったはずである

一枚いくらしたのか
分からないが小さい子共に
母親は買ってくれたのだ

ゴダイゴの写真の写っている歌詞カード
を穴が開くほど隅から隅まで眺めた

てんとう虫型をした
レコードプレーヤーで
なんどもなんども飽くことなく聴き続けた

ませたもので
ゴダイゴに魅せられ
その後『モンキーマジック』『ビューティフルネーム』『銀河鉄道999』と
母親にせがんで
十字屋というレコード屋さんで
買ってもらった

飽くことなくなんどもなんども
てんとう虫の背中を開き
レコードを回転盤のうえに載せた

黒いドーナツ型のレコードを
布で息を吹きかけながら
大切に手入れをした

そんな子供の後ろ姿を
母親はどのような気持ちで
台所から眺めていてくれたのだろうか

家族皆での団欒時に
テレビでゴダイゴが映ると
とうとうとゴダイゴの良さをみなにプレゼンをした

そんな他愛のないことも
真剣に聞いてくれる家族がいたから
より真剣にゴダイゴを聴いてレコードについている
パッケージを研究した

歌の切ないメロディーについて
ここの部分がいいのだと
真剣に兄弟にさとし
母親に伝えた


音楽とはなかなか迂遠で
素人の一庶民であっても
そんな小さな思い出がある

久しぶりにゴダイゴを聴いて
かつてあったそんな家族の温かさを思い出した


街中にある『十字屋』に行くのが
楽しみになった

いろいろなステレオがあるなか
自分の家には
てんとう虫があった

でもてんとう虫はとても愛着があって
ときどきレコードの針を変えてあげた

2010年9月11日土曜日

時に家事

カミサンが最近奉職することになったところは
土曜日も午前中勤務のため
カミさんは7時半には家を出て行く

互いに仕事をしているゆえに
いつの間にか家事を手伝うことに
なった

言われたわけではなく
自然とするようになった

布団をたたみ
掃除機をかける

一度かけ始めると
細部も気になり始める

一部屋一部屋
丁寧に掃除機をかけてゆく

掃除機をかけながら
自分の住処を観るようになる

普段何気なく住んでいる
我がお宿も
心がけないかぎりは
見ているようで何も見ていないし
みえてもいない

静かに丁寧に掃除機をかけてゆく

その間に洗濯機を回す

いろいろなことを同時並行的に
無心にこなす

乾いている衣類をたたむ

たたみながら
オノが衣服のありがたみを感じながら
一つ一つコンパクトにたたんでゆく

最近の寝苦しい夜を思い出し
汗でしみたシーツも洗いたくなる


汗をかきながら
無心で体を動かし
一つ一つのことが確実に整理されてゆく

雑然とした状況が
己の意識次第で
整然とした姿に変貌してゆく

この世はエントロピー増大の法則から
逃れられるものはないから
整然とした状況は自然と雑然とした状況に変化する

とはいえ生きていく瞬間瞬間に
自己の意識でその流れを少しく逆転させ
己が住みよい環境をこしらえてゆく

人間も動物も植物も
一緒なのだと思う

そんなカンジで
家事も意外と気に入っている

それにしても
早起きになったものだ

2010年9月5日日曜日

早くも9月ですな

楽しいたのしい夏休みが過ぎてはや8月が終わった

仕事に着くと嫌がうえでも日時の過ぎゆくのは早い
このようにしていつの間にか朽ちてゆくのだろうか


記録のために
手帳をめくってみよう

8月23日 月 高松
  24日 火 宇都宮
  25日 水 東京
  26日 木 静岡
  27日 金 仙台

  30日 月 東京
  31日 火 東京 天王洲
9月 1日 水 盛岡
   2日 木 北海道
   3日 金 東京 

やれやれ
改めて見てみると
いろんなところをいったりきたり

仕事上で行かせていただき
いろいろの見聞ができる

ありがたいこととは
想えど
何かしら急き立てられるように日々が過ぎゆき
少しくままならない

そうとはいえ
それがまさに人生というべきもので
仕事をナシでの日々の生活は考えられぬ

まああらためて振り替えってみると
休み明け早々の高松では
これほどうまいうどんがあるべきか
というほどの讃岐うどんを格安で食べさせてもらった

静岡では思いがけず等身大のガンダムを拝見でき
ガンダムの勇姿を
携帯で何枚もパシャパシャした
その場で焼きたてのメロンパンをたべた
焼きたても焼きたてのメロンパンも
人生の中で実は初体験である

仙台では駅弁で牛タン弁当をたべた

盛岡から北海道へは
花巻空港から初めて飛んだ

北海道も当然ひとり
夜ふらふらとすすきのをぶらつき
偶然入った店の
ジンギスカンはうまかった

ふくろう亭という店で
オヤジとおかみさん
そしておそらくむすこさんの
三人で健気にうんえいしていた

壁にはいっぱいの有名人のサインと写真がはってあったから
おそらく有名なお店なのだろう

そんなカンジで
バランスを自分なりにとりながら過ごしてゆかねば
日々が平凡でとりとめのないように感じられて
くちすぎてゆく

日々が平凡なはずはない
一日一日の集積が人生であるから
やはり日々かみしめて生きてゆきたい 

2010年8月30日月曜日

それにしても茶番

やはりというべきか

体の節々がいたい

思い返すまでもない
昨日のアクアビクスでの
激しいステップ
激しいキック
激しいノッキングの影響である

やはり年を取ったものだ

原因を作ればしっかりと結果が出てくる

昨日無理をした
故に体の節々が痛い

という至って分かりやすい連関である


民主党の人たちを観ると
最近は呆れをとおりこして吐き気すら感じる

時の首相がおどおどし
何もできなく消えていったはずのハトポッポが
何のゆえにか影響力を発揮しようとしているし
限りなく黒に近い灰色ということで
一蓮托生表舞台から消えていってもらった人が
隠然と現政権を脅しつける

首相が直接会うことのできぬ日本人が
この国になぜいるのだろうか

首相というのは
国のトップではないのか

だれかに仲介してもらって
何をやっているのだ


それも国民の公共の電波で
何ら恐縮した風でもなく
意味もない神妙な顔をしている

なんとも
歴史始まって以来の
茶番ではないか

何をやっているのだ

経済がどのような状況にあるか分かっているのか

日本のおかれた地政学的かつ軍事的プレゼンスの現況が
いかなる状況下にあるのか分かっているのか

もう呆れるというより
吐き気がする

これでは
愛国心が持てないではないか

この大いなる漫画のような状況を
冷静に茶番であると切って捨てることのできる
志士は出てこないのか


こちとら
きしむ体に悩みつつ
ニュースを見て
なおさら落ち込んでしもた

管でも小沢でもだめ
日本というのはこんなふうに人材がいなかっただろうか

いまの選挙制度が悪いのか
こんな人達を
一度限りと選んだ我々がわるいのだろうか

取り返しの付かないことにならないでほしい

つかれるわい

ああつかれるわい

2010年8月29日日曜日

ティップネス

ヨメに促されて
ティップネスというスポーツクラブに
訪れた

ビギナー会員ということで
正規会員にはならずに
少し安くで体験してみてよという会員の身分で
初の参加である

プールに行った

普段行っている区の格安の
区民プールよりも
ゆったりしている

やはりコストを掛けてくる人々だけあって
会員もそれを受け入れるプール側も
それをわきまえていて
ゆったりとしたいい雰囲気となっている

アクアビクスという講習会にでた

45分
激しいビートに乗って
水中で体を動かし続ける

大半はおばはんたちだが
それがまあよく激しく動く

基礎体力が確実に
私より上回っている

激しくジャンプし
激しくキックし
激しくステップを踏む

そうなんだ
スポーツは苦行ではない

楽しく動かすことによって
爽快になり
体も健康になっていく

何事もコストをかけたら
いいものが手に入るのだと
少しづれたところで
イタく関心した

ヘトヘトに疲れた
9月までに
あと5回行かねばならぬ

ビギナー会員が
9月末までに6回で
4200円

それが私のここにおける身分なのである

確かに安いと思ふ

松丸本舗

松岡正剛という人がいる

とにかくやたらめったら本をよんでいる
おっさんらしい

とにかく読書が大好き
サンドの飯よりも本読みが好きらしい

そんなかれの知の体系が
千夜千冊という膨大な書物に編集されている

ウェブもいまも更新中である

そんな彼の書物の並びが
東京の丸善本店に
松丸本舗ということで
企画されている

一度足を運んだが
確かに時間を忘れる

人間のあくなき好奇心の対象が
そこにあって
わらべに帰った如く
時の過ぎ行くのも気づかないほど
楽しい空間になっている

思わず手が出て
知らぬうちに
何冊も購入しているというハメになる

人間の好奇心は無限大で
我々が知っているなどと抜かしていることは
ホンの微量に過ぎない

翻って考えてみると
そのことは
これからも楽しいことは
いいっぱあいあるよということの
証左でもあるし
なんとも嬉しい限りである

読まねばならぬということではなく
読んだら世界が少しだけ広がって
そして自分の人生も
少しだけ
楽しさが増幅するということであろうか

2010年8月24日火曜日

この夏の読書

●告白 湊かなえ

なんとも読後感があまり良くない
人間のそこにある劣悪な感情が
それほどうまくもない文章で表現がしてある
これほど売れる本かねえ

●人間の器量 福田和也

なんとなく手を出した本だったが
やはり予想に違わず
内容が薄い本であった
この福田某というのは
保守で気取っているが
言っていることが薄い
こんな本が売れるとは
なんとも片手までやっても一度名が挙がると売れるもんなのかねえ

●龍馬を超えた男 小松帯刀
 原口泉

この著者の妹も日本史の教師で
高校時代教えてもらっていた
鹿児島の先生だけあって
鹿児島にかなり思い入れがあるようだ
尚五郎ドンのことは
『篤姫』でしったが
この本でも彼の偉大な足跡がわかった

●二宮尊徳 武者小路実篤

二宮金次郎の銅像は
小学校にも立っていた
入会地を通る道すがら
背に重そうな荷をしょいながら
書物に没頭するエライ人としか知らなかったが
実篤ドンの篤実な文章を通して
尊徳さんがいかにえらい人だったかがわかった
仕事するぞという気が沸き起こってくる

●靖国問題 上坂冬子

やはりこの時期はこの問題を避けては通れない
A級戦犯の合祀問題。
宗教色を配した慰霊碑の建設
などなんとも愚劣なまやかしの問題を
スパッと問題解決してくれる本
日本人なら知っておかねばならぬ内容である

●老い力  佐藤愛子

私はこのおばあさんが好きである

●冬子の兵法 愛子の忍法
 佐藤愛子 上坂冬子

ユーモアあふれるおばあちゃん同士の往復書簡
ニヤリとさせられるし
日本人というのはこういうモノだよねと共感させられる

●運命を開く 安岡正篤
 東洋の知識に基づく人間としての修養

●日本を虐げる人々
 渡部昇一
 八木秀次
 松浦光修
 保守の鼎談。渡部さんは英語学教授だが
 よく学んでいる。

●本調子
 読書論。軽いが元気が出る。

●フラット化する世界 下
 トーマス・フリードマン
 ITが進み世界がフラット化する状況を
 ジャーナリストが読みやすく表現
 個人的には上が面白く
 上で言いたいことは完結しているような気がする


●前世療法
 ブライアン・L・ワイス
 山川紘矢・亜希子訳
 心理療法から過去生に遡る催眠療法
 人間の生まれ変わりはあるのだろうか
 山川夫妻の翻訳本は個人的に認めている

●1冊10分で読める速読術
 この手の本はどうしても手を出してしまうが
 予想に違わず軽い薄い

●大人のための読書法
 和田秀樹
 薄い本ですな 内容が・・・
 このおっさんもやはり量産型ザクで
 光るものがない

●すごい読書術
 上記と大して変わらない
 売らんかなの騙し本

●スギハラダラー
 手嶋龍一
 この著者は真面目だ
 膨大な情報を元にフィクションを描いている
 おもしろい

●靖国論
 小林よしのり
 この人もとてつもなく学ぶ人だ
 戦後生まれの世代だが
 膨大な調査に基づき漫画を書いている
 論壇のなかで保守本流だ
 
 この夏紐解いた本など

2010年8月21日土曜日

墓参りと霧島

帰省してまずやるべきことは
ご先祖へのお墓参りである

帰省した翌日は
折悪しく急遽台風が生まれて
天候が不安定であった

朝7時に起床する

弟は和菓子屋に務めていて
お盆休みのこの時期は
稼ぎどきということで
休むというわけにはいかず
むしろ連日の激務にねを上げそうであった

若い時のように
夏休みといって
遅くまで眠りこけることもなく
早朝の起床は気持ちがイイ

母親とお墓参りに出向き
二人でお墓を掃除しながら
来し方のご先祖のおはなしなどを
話して線香を手向けた

お墓のあとは
草牟田のおばちゃんのところだ

おばちゃんには
何がなんでもいの一番に会いに行く

81歳ということであったが
顔色もよく
よく来たねとうれしそうに笑顔で迎えてくれると
こちらとしては
なんとも懐かしく面映ゆく
帰ってきてよかったと心から実感する

天候が崩れつつあったが
霧島の石原荘に昼食を食べに出かける

家をでた瞬間に
猛烈な雨に見舞われたが
どうにかなるだろうと心の底では
安心しながら
レンタカーは高速に乗った

猛烈な雨で
視界がすこぶる不良である
後方座席ではおばちゃんが何かしら不安げだったが
そんな空気を気遣い
母がいろいろな話をふり
車内は笑いに包まれた

そんなカンジで霧島へは
一時間そこらで到着した

石原荘は
母親が俳句の会で過去来たことがあるという
なんとも頼りない情報を元に訪れたが
気品があり情緒があっていい

ありがたい事に
霧島にて高速を降りた途端
あれほどの激しい雨が
上がってくれ
連日の猛暑の中
むしろ幾分涼しくなり
神の恩寵か
本当にありがたいことであった

母もおばちゃんも元気が出てきて
連れて行くこちらとしても
それだけでうれしくなる

食事をするところは
天降川を横に見ながら食べることができ
まさに絶景の場所である

食事は会席料理で
一つ一つの料理が
季節をふんだんに取り入れ
愛情がにじむいいものであった

おばちゃんが
なんともこんなところがあったとはねえ
誰か来るとき連れてきたらいいねえ

と元気に言ってくれたこと
また
でてくる料理のすべてを食べてくれたことに
なんとも嬉しくなった

食事と一緒に
お風呂も入れますということで
高齢のおばちゃんや母親は逡巡していたが
せっかくだからと
1時間ほどお風呂に入ろうとわかれた

露天ぶろは天降川の川沿いにあり
なんとも絶景である

大雨で流れの早くなっている川を眺めながら
妙見の湯にしばしつかり
蝉のしぐれる夏のひとときを過ごした

猛烈な雨も
しばし休息してくれていて
なんともめぐまれている

風呂を上がったあとは
入ってよかったと
蒸気した笑顔でおばちゃんが笑っていた

とはいえ
天候が不安なので
そのまま帰宅した

夕食は
昼のお礼にと
近所で美味しいと評判のそば屋に連れていってもらう

おばちゃんとそのむすこと
母親と自分
4人でうまいそばとノンアルコールビールで再会を祝した

皆一様の歳を取り
なんとも不安定な感じだが

それゆえに
このなんともいえない大切な時間が
できることならば
このまま永遠にとどまってもらいたいという
愛しく切ない想いに包まれる
夏の一日となった

連綿とした血のつながりと
そこに厳然つ貫く礼節
そして人としての限りない優しさ

いつもやさしく教えてもらう

マッコテ
よすごあした

2010年8月16日月曜日

実家に帰省

熊本の田原坂を過ごしたあとは
植木のICより高速に乗る

8月8日の日曜日で
Uターンラッシュを少しく恐れていたが
鹿児島までは
至ってスムーズ
レンタカーのトヨタベルタも
気持よさそうである

2時間近くで
霧島も過ぎゆき
鹿児島インターへでた
おまけに高速料金1000円である
こんな時は素直に嬉しい

それにしても懐かしい

己が生まれ育った街を
改めて眺めると
その木々のそよぎや
立ちならぶ家屋の佇まいまでが
何かしらいとおしく思われてくる

まずは薩摩の湯に浸かりたくて
幾多ある薩摩の湯を
ひとり逡巡した挙句
やはり実家に近い
いろはの湯に訪うことにした

中で湯に集うおじさんや子供までが
何かしら近しい親戚のようなカンジがして
思わずにこやかになる

何かしら宗教的な教祖様のようではないか

しっかり汗を流したら
いつしか外も薄暗くなり
薩摩の夏の夕暮れが訪れた

実家には母がいるはずだ

自分用のビールを近所のダイエーで物色し
一年ぶりの実家に戻った

母の手料理は
かつおのたたき
タコのさしみ
さつま揚げ
ゴーヤの豆腐炒め
炊きたてのごはん
漬物
味噌汁

何にもましてうまい

お父さんに線香を上げて
実家に帰ったことを報告した

2010年8月15日日曜日

8月15日は靖国神社

こんな時間になっても
外では蝉が泣いている

熱帯夜がつづいているのだ

今朝も蝉の声で眼を覚ました

昨夜のテレビドラマの「歸國」が
まだ鮮明に頭の中に残っている


本日は8月15日である

昨夜はテレビを見終わったあと
上坂冬子氏の
「靖国問題」に眼を通した

現代の平和に生きる我々の責務として
当時の状況と
それにつながるいろいろな事どもは
知らなければならないのだ

かみさんと二人
九段下で降りた

駅構内が普段にはなく物々しい

人通りが多いのを見越して
トイレにて小用を済ませた

地下鉄を出て
大鳥居にゆくまで
物々しい

「外国人参政権に反対の署名を!!」

「南京大虐殺、従軍慰安婦は全くのウソ!」

「日韓併合の真相はこうだ!」

「朝鮮高校の無償化反対!」

「謝罪外交の即時反対!」

私のとっては至極当然の主張を
ビラを配りながら
署名を募っている

当然ながら率先して
署名をした

自国の国柄は
自国民で決めるべきだ


なんの責任も持たない外国人に
国の重要事項を決める選挙人への参政権を与えてたまるか!!

物々しい中を
傘をさし強い日差しを避けながら
本殿まで進みゆく

右翼集団がスーツを着て
横一列に並んでいる

英霊に手を合わせんと
幾多の人が
強い日差しの中
長い行列に静かに並んでいた


暑いなあと
塩辛い汗を吹き出しているところに

崇敬奉賛会が麦茶のサービスをしていた

渡すとき
「ありがとうございます」といわれた

いただいているのはこちらなのに・・・・


照りつけるつよい日差しの中、
長蛇の列に並びながら
まえのおじさんのうすっぺらい後頭部越しに見える
菊のご紋を仰ぎ
本殿を望むと

往時の暑いさなかの
兵隊さんたちの苦しさ切なさのようなものが
こみ上げてきて
目頭が熱くなって歯を食いしばった

ニ拝 二拍手 一拝

静かに頭をたれて祈る


拝殿の周辺には
いろいろな人達がいた

強い日差しで
暑さは猛烈である

右翼の連中のスーツ越しに
汗がにじんでいる


自国を守って散花していった英霊に手を合わせ
お祈りすること


こんな至極当然のことが
今の日本の閣僚にはできないらしい


自分のご先祖様
自分の国のことを真剣に考えないような連中のことを
考えるだに腹がたってくる

この国をこれ以上歪めないで欲しい


暑い暑い夏のこの日

素直に手を合わえて
今の平和な日本を奉告できるよう
日々精一杯生きよう

2010年8月14日土曜日

いつまで無用な謝罪をするのか

それにしても愚劣な談話を発表してしまったものである

何かしら大きな大失敗をやらかすとは
ウスウス感じていたが
果たして
民主党 菅政権は
歴史的な破滅的な談話を発表した

当日知覧の特攻基地に出向いていた

なんとも言えぬ悔しさがこみ上げてきて
この怒りをどこにぶつけることもできず

知覧温泉につかり
地元のオヤジどもの
チンケなケツを睨みつけていた

夏の田原坂

8月8日に羽田から熊本へ飛んだ

当初カミさんと二人で飛ぶはずだったが
やんごとなき理由が立ち起こり
ひとりでの帰省となった

熊本でトヨタレンタカーを借り受け
さてとこれからしばらくはどこに行って何をしても自由だ

日々何かしらに規制されて生き続けている身にとっては
ささやかな自由は何につけ嬉しい

まずは腹ごしらえ

二三年前に一度味わった
ラーメンを食らいに訪うことにした

分かっているのは店名だけである
『黒亭』
とはいえ今の時代
携帯さえあればたちどころに何でも分かる
便利な世になったものである

12時半というコアタイムだったが
何かの拍子にふっと人が少なくなった

「チャーシューメンにタマゴ!」

いなせに注文して
店内を睨めつける

働いているのは
皆人の良さそうなおばさんたちだ

客人は
ほとんどが帰省客か旅行者か
家族ぞれだったり
カップルだったり

「はいおまちどうさま!!」

そんなカンジで時間を潰していると
きました
チャーシューメンにゆで卵いれ

熊本の濃口のとんこつラーメン

うまい やはり限るうまいものに国境はない
店を出る時は
店先に20名ほどの行列が出来ていた
運がいい 
あいがとごあした


腹を満たしたあと
阿蘇にでも足を延ばすか
と考え
熊本の街中を車で流していると
植木という地名が眼に入ってきた

植木から田原坂が連想され
ナビを打つとここから近いではないか

官軍兵士の墓がある
薩軍兵士の墓がある

まずはそこらで厳粛に手を合わせた

田原坂はずっと気になっていた場所である

あの1キロもない杣道で
官薩両軍が激突し、途方もなく多量の血を吸った
歴史的街道である

車が2台やっといきあうことができそうな
とても狭い田舎道は
その両方は雑木林が囲んでいて
その往時からあまりその姿は変わっていないはずである

その森林のなかで敵軍がくるのを
雨の中待っていた薩軍兵士たちの身のすくむような
恐ろしさは如何ばかりであっただろうか

この街道で大量の良質な日本人同士の血が流れた

西郷どん
ちとやり過ぎではごあハンか

薩軍兵士はあたかも忠実な犬の如く
薩軍幹部の指示に従い
時に肉親同士会い撃ちあう事となった

この田原坂の激戦以降
日本国内最後の内戦である西南戦争は
終局へ走り始める

そんな田原坂は
如何にして行くべきかとひとり気をやんでいたが
今は田原坂公園となって
その慰霊に手を合わすことができる碑もある

「雨はふるふる人馬は濡れる
 越すに越されぬ田原坂」

独特の節回しの民謡が
音かすかにながれ
何かしら荘厳な空気があい漂う


その激戦の杣道を
夏の昼下がりひとり歩いてみて
何かしら往時の戦士たちの声が
聞こえてくるようであった

そんな歴史の積み重ねで
今の日本があるのである

これから夏休みは始まったばかりである

2010年8月5日木曜日

北の旅人

暑い昼下がり
羽田空港に急ぐ

16時すぎの飛行機に
間に合うか微妙なタイミングである

急ぐ、急ぐ
自然と電車のタイミングが
あってくれる

何かに導かれるように
しっかりと間に合う状態へと
近づいてゆく

ギリギリに間に合った

窓際の座席に座る

乗客はいつもとは違い
小さい子供に
お母さんがいる
おとうさんはラフな格好である
夏休みなのである

そんな中に
自分のような仕事で行く人が交じる

夕刻の上空は
どこまでも美しい

暮れなずむ夕日に
ちぎれ雲がまだらに散らばっている

日本も雄大な自然なんだと
改めて実感する

飛行機は北へと向かう

千歳についたのは
6時すぎである

札幌での待ち合わせは
7時である

仕事上の先輩
同じグループ内のおじさんと
焼き鳥で
親睦を深める

引きの時間が早かったので
札幌からすすきのへ
軽く散歩

北海道の夏は
東京よりも涼しかった

テレビ塔はいつも見慣れている
東京タワーとは少し違い
何かしら趣がある

大通公園で
夏の夜を涼をとろうと
若者が沢山いた

ビアガーデン会場が広い

時間が遅かったため閉店していたが
さぞ楽しいのだろうと思った

ふらふら夜のすすきのの街を
散策して
予約しているホテルにピットイン

ツインのシングルユースで
5500円と安い


翌朝はしっかりとバイキングの朝食をいただき
仕事場所へも歩いていった

帰りしな
ハッカ油を買う

この暑い時期、効果を発揮するらしい

もちろん
じゃがポックルと白い恋人は忘れない

仕事は忙しい

とはいえ
生きることを楽しむことを
忘れることはできない

楽しく生きる
一オプションとして仕事がある

仕事は目的ではない
手段である

生きることそのこと自身が
目的なのである

メンタルヘルス

会社の研修の一環で
メンタルヘルスに関する講義をきいた

毎年3万人を超える自殺者がいるそうで
その兆候は精神的な疾患によるものだという

真面目な人ほど
いろいろなことを生真面目に思い悩み
自分ひとりのカラに
閉じこもってしまう

そのあげく自らの生よりも死を選ぶほど
思い悩み
己に与えられた最高の贈り物に対して
自ら終焉の幕引きをするのである

自分はいかに幸せなのか
敏感に感じられる人は強い

こんなにうまいものを食べられて
自分はなんて幸せなのだろう

こんなに美味しい水を
すきなだけ飲める自分はなんと幸せなのだろう

そんな好きなだけ摂取した
飲食物を健気に
いるものといらないものに
よりわけてくれる
己の体
なんと頼もしくありがたい存在なのだろう

お酒を飲みながら
お互いにうさを晴らすことのできる
友がいること
なんとありがたい状態なのだろう

時に失敗することはある
そんな時は
それ相応の叱責は受ける

それとて
実は未熟な自分を成長させてくれる
またとない糧となるだろう

そこここを散歩する
しっとりと汗をだしてくれる
己の体

夏のそよ風に揺れる森緑に
暮れなずむ夕日の朱色の陰影

少しだけ
自分の周りの幸せに
敏感になれば
うつのような精神疾患は
もう少し未然に防げるように思う

少なくとも
自分とカミさんは
世の中のあらゆるものに
感謝して生きる

感謝して生きて
それでももういいよという声がかかったとき
自然に生を終えるものだ

生かせていただいているあいだは
楽しく生かせていただこう

悩むくらいなら
仕事は放棄したほうがいい

仕事より生命の方が
何倍も大切な事だ

比較にならないほど大切なものだ

2010年8月3日火曜日

夏の一日

夏の暑い夏は
ついつい自分に特例を設けて
会社の前まで電車で乗って行こうかと考えたりする

朝起きて
何かしら頭が重い時は
今日はどうにかして休んでみようかなと考えたりする

そんな色々な自分への
勝手な特例を
朝の短い時間に矢継ぎ早に考えたりする

それでもいつものように
顔を洗いコンタクトを装着し
ヒゲを剃り半袖のワイシャツを着ると
よし今日も行こうとヤル気がほのかにででくる

ipod は調子がいい

朝同期したポッドキャストは
多岐に渡る

混雑した電車を
やはり2つ手前で降りる

朝の太陽が眩しい

音楽を久石譲に切り替える

かれは天才だ

心晴れやかになって
心なしか笑顔になって
夏空を仰ぎ見る

彼の音楽に
実際の蝉の鳴き声が偶然重なった

夏だなあとひとり呟く

電車の中で浅くしかしていなかった息を

深く深く呼吸する

音楽と空気が自分の体のなかで共鳴し
自然と笑顔が生まれ出てくる

すれ違う人もいろんな表情をしている

音楽に合わせて
わオーと軽く叫んだ

よしまた夏の一日がはじまるのだ

2010年8月1日日曜日

江東花火大会

今夜は江東花火大会だ

うちの窓から
花火が見える

ガキがこようが
なにしようが
ベンチを出して
花火を観るのだ

ビールを片手に
花火を観る

夏の典型的な風物詩だ

いま、
『今夜は開催しますよ』

という合図の
空砲がなった

胸高まる瞬間のヒトコマである

久しぶり

暑い夏の夜
久しぶりに旧交を温めた

大学時代の友人と
新橋で飲んだ

いつものことながら
過ごした時間を
ビールが埋めてゆく

中華料理を食べながら
会話は弾み

ばあさんのいるバーで
旧交の思い出に花が咲き

そば屋で
同じことを繰り返し

締めの寿司屋で
大方飲み過ぎた

そんなカンジで
互いに元気な姿で
久しぶりに会うのは
嬉しい

それにしても
よく飲む

まあでもそれは必要なことだ

そんなカンジで
現世はゆっくりとしかし確実に
過ぎてゆく

来世も楽しく生きたい

ととろ

毎年この時期になると
ジブリ映画が活発になる

先日も『となりのトトロ』を
テレビで放映していた

観るとはなしに
眺めていると
やはり引き込まれていて
不覚にもほろりとする場面もあった

日本人の誰しもの
心に焼き付いている夏休みと田園風景

田舎のばあさんに
森の神韻とした静けさ

そこに子供にしか見えない
ココロのともトトロ

やはりいいなあと
年甲斐もなく改めて感動した


真夏の暑い盛り
エアコンもつけずに
窓を開け放し
自然の風をすくいとるようにして
涼をとっていた

トトロの触発され
ユーチューブで
『となりのトトロ』を聴いていると

近所のガキが

【トトロだ!!】
と言って窓際に近づいてきた

【トトロが聴こえるよっ】
と似たようなガキを呼び寄せている

どっかいけ!

いつの間にか窓際にワンサとガキどもが
集合している

鬱陶しいので
トトロを消すと

【トトロが消えた!】
ときた

ほんまにあっちいけ

知らんガキが嫌いなのだ

うるさい!

そんなカンジで
四十のおじさんの
夏は動いてゆく

2010年7月28日水曜日

東北への道程

夏の東北をいく

東京からやまびこにのり
仙台に向かう

埼玉を過ぎる辺りから
あたりは緑萌ゆる田園風景が広がる

田んぼの間の畦道を
軽トラックが走っている

田んぼの間の川べりを
ひとりの人が水辺を眺めている

こちらは新幹線の車窓から
そんな流れ行く風景を
観るとはなしに眺める

川べりで水の流れを見つめている人の
前後は細長い田圃道である

そんなケシ粒のようにみえる
人を眺めながら
彼は生きているのだろうか
と不思議な感覚にとらわれた

彼に一個の爆弾がおちて
彼の生が死へと変化するとどうなるのであろうかと考えた

あんなケシ粒のような存在の
生命などは本のひとひねりのように思われた

とするなら
そんな風景を高速で走る新幹線のなかから
眺めているこちらの生命さえ
非常に危うい状態にあるように思われてきた

タンパク質の集合体が
生命であるという

しかしながらそれと同じタンパク質を
同量揃えたところで
そこに命を吹き込むことは
人間にはできない

そこに生と死の厳然たる境界線があり
それは
生物と無生物のあいだの境界線でもあり
その違いはなんとも今の科学を以てしても
厳密には答えられない

一匹のにくき蚊でさえ
人間にはその生命を作ることはできない

澄み渡る青いそらと
どこまでも広がる東北の田園風景は
日本の夏を懐かしく感じさせてくれる

懐かしいとはなんだろうか
この感覚はどこから来るのだろうか

今のこの危うい平和の上に成り立っている
自分のささやかな幸せも
あとから振り返ってみると
懐かしさを感じさせることになるのだろうか


夜と霧という本は
アウシュビッツの悲劇を感情に流されず克明に描いた
厳粛な書物である

少しずつ錐をもみ込むように
読み進め
なんともいえぬ感慨にたゆたっている

生きていることと生きていないことの境界線

どちらに転ぼうとも
実はそれほど違いなどないような気がする

生の延長線上に死がある

田園風景を眺めながら
少しぬるい茶を飲んだ

2010年7月22日木曜日

暑いから寿司

それにしても連日暑い

事務所のエアコンの調子がしばしおかしいようで
室内で作業をしていると
非常に暑苦しい

温度計を見るまでもなく
体感でほぼ32度ほどだと感じる

体の汗はひかず
呼吸が苦しい

31度でもなく33度でもない
32度なのである

といえど
32度などというものは
どう見ても適温ではない

ということで呼吸困難を感じたため
本日は早めに帰還することに決断した

家に着くとカミさんも何やら汗みずくである
どこぞにでかけて同じく今しがた帰還したらしい

汗を拭きながら眺めていた
テレビで回転寿司を特集していた

乗るかということで
近所の回転寿司にチャリンコで訪う

チャリンコだから
ビールがいける

まずは泡を飲み干し
好きな寿司をつまむ

どれも100円ゆえ精神衛生上いい

ビールと寿司をつまんで
4000円程度か

暑い夏は体力勝負だ

うまいもんを食って
本日の疲れを明日にもちこさない

そんなカンジで日々を積みかさねる

夏の仕事の一場面

昨日は朝から埼玉県へ出張

仕事の関係で
同業他社との重要なやりとりである

一応年間の販売を決める
棚割り商談だけに
各メーカーともに熱い

ひとつの商品に対して
執拗な執念で押してくる

まあそれも自社商品への
あくなき愛着のひとつの形であるし
自分とて自分の扱う商品には
愛着がある

そんなカンジで
熱い真夏のなか
いい歳をした男どもが集まって喧々諤々している

先方も
ひとつの企業だけに
組織がある

担当係長です
担当課長です
担当部長です

となにやら多数の人足が出てきた

白髪が混じった課長さんと
鬱陶しいほどに気の利く若い部長さん

この時点で年齢の逆転現象が起こっているようだ

ほう たいそうできるご仁なんだろうな

と感心していると

またまたなんとか部長ですとか
なんとか課長ですとかでてくる

同じ部長と言っても
種類がおおいんですなと
半ば関心しながら都度都度名刺交換をしていた


そんな仕事もはねて
同じ会社のセンパイと帰りしな
軽く飲るかとなる

暑いなあと西船橋の近辺を物色していると
暑いからヤキニクでもいくかときた

やぶさかでは御座んせん

と間髪入れず返答し

男ふたりで
行きずりの焼き肉やへしけ込む

肉の旨味が暑さにシミル

うまいなあ
としばし歓談し
その日は楽しくとじていった

こんな感じである夏の一日

7月21日である

2010年7月19日月曜日

心地良し みずブロ

生きている中で
これはいいということはなんだろうか

改めて感じたことは
サウナのあとの水ぶろ

あれはいいね

生きている実感が体の底から湧いてくる

アツアツにたぎった己が肢体を
無造作に水の中に投げ出す

あたかもカバかぞうさんになったかのように
放埒にも顔から投げ出す

シュパーといきを天に向けて吐き出す姿も
何かしら百獣の王のごときで
なんともいいではないか

風呂を終えて
家路につく瞬間
いいねえ これも・・・

頭の中にはとりあえずは気になることは
すべて厳格な引き出しの中に入れ込んで
鍵がかけてある

家に帰って
扇風機にあたって
畳の上に大の字で横たわる
いい

デニーズで
デミグラスハンバーグを頼んだ

待っている瞬間
これもいい

これからほぼ確実に
美味しい肉を食べられることが
保証されている瞬間である

ジューとわざとらしく
鉄板を熱してくるのが
また心にくくいい

自分にとって心地いい瞬間瞬間を
断片としてつなぎあわせて
人生が総体として幸せと感じられたら
それでいいように思う

もちろん大変なことは
必然的に起こる

起こることを見込んだ上で
それを乗り越え人生を歩んでいく

とはいえやはり
楽しく心地いいほうがいいではないか

そんな方面に意識を向ける方が
自分自身にとって
お得なようだ

水ぶろはいい!

人生たのし 

人間も40年そこそこも生きていると
なんとなく世の仕組みのようなものがわかってくるだろうか

自分一個の人生の責任は
自分以外の誰も負ってはくれない

なにかしら他の人の眼をいつも気にしたりもするが
そんな主体のない他人の眼のようなものは
こちらの人生に対して
なんの責任ももたない
非常に無責任で放埒で無秩序で
なんの信頼性もない

となれば
他人の眼など正直なところどうでもよく
言葉悪く行ってしまえば
自分のいいように生きていくに如くはなし
と考えたりもする

その半面
公的な場所で
己の欲求のままに
やりたい放題しているような輩を見つけると
無性に腹も立ってきたりする

例えば銭湯における
皆の休憩のためにあるベンチに
放埒にも見苦しい体をよこたえ
自分だけの快楽をむさぼっている輩なぞ見ると
したたか横っ面を張り倒したくなる

なんとも自分自身
そこに基準みたいなものが
あるようでなかなかみつからない

人生も折り返し点にきたようで
そんなカンジで
真面目一辺倒でも
たかだかしれたものよと
なんとなく実感するものが生じてきたりして
それであれば
自分の欲することを
好きなだけやればいいと思ったりする

世間様にはご迷惑をかけない
という前提条件つきでである

うまいものも食べるべきであるし
行きたいとところにも
積極的に足を運ぶべきである

新聞欄にのる不幸な事故により生命を絶たれた人たちは
おそらくその瞬間に己の生命が終焉を迎えるなど
考えもしなかったであろうし
人生おそらくすべて死に向けて準備完了の元
死出の旅に出ルことなどありはしまい

とするならば
極端にいうと
明日の我が身とてなんの保証もないこの人生行路
生きているうちに
己が欲することを
勇気を持ってなすことが必要であるように思う

好きな本を読み
うまいもんをくい
楽しく談笑し
行きたいところに赴く

体を動かし
体をいたわり
人をいたわり
自分をいたわり
喜怒哀楽を楽しみつつ
日々を感受すべきなのであろう

そう
そんなことを風呂にて
おっさんのきたないケツを見ながら黙想した

2010年7月18日日曜日

人間五十年

思へばこの世は常の住み家にあらず。         
   草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし。     
   きんこくに花を詠じ、栄花は先つて無常の風に誘はるる。
   南楼の月を弄ぶ輩も月に先つて有為の雲にかくれり。  
   人間五十年、下天のうちを比ぶれば夢幻の如くなり。  
   一度生を享け、滅せぬもののあるべきか。       
                               『敦盛』



戦国の世のサムライは
己が裁量に任せ
夢を夢み奔走した

そんな戦国の世に較ぶべくもないが

今の世において考えてみると
人生50年とは
少なくも考えてみたりもするが
人生の大半が
人に何事かを与えることによって
その生きがいを見いだせるものであるならば

己の子を持たなかったものにとって
人生70年80年はもしやすると
少しく長いように感じたりもする

ときとして
50とは言わないまでも
60ぐらいで相応かもと考えたりもする

往年の歴史的人物とて
20歳代で夭折している仁もおるし
大概は
意外に若くして人生の幕引きをしている

さても
そもそも人生をその歳月だけで
その価値の多寡を論じること自体が
論の根っこから間違えているのかもしれぬ


時に思うのである

人生短いようで
意外と長い

さりとて
そのようにかんじいるときというのは
自分の力量を人生に直截にぶつけることができず
鬱勃としている時期でもあり
人にとって誰しも経験することであるのかもしれない

まあそうはいうても
気楽に生きてゆくに如くは無しかもしれぬ

人生気楽に行こうである

2010年7月17日土曜日

当たり前のことを丁寧に

一つ一つのことを
丁寧にこなすことが
結局は自分の一番心地いい状態へつながるようである。

朝7時に起床
昨日はスーパー銭湯で身体を苛め抜いたので
ここ最近にない
しっくりとする深い眠りを享受できた

体の深いところで
心身の接点がしっかりと接続されたような
なんとも安心のいく健全な眠りである

窓を少し開けて寝ていたおかげで
エアコンをつけっぱなしで
身体が冷気でこわばっていることもなく
嬉しい朝である

カミさんは学校である
いま医療事務の学校が佳境で
本日は模擬試験らしい

人間何歳になっても
新しいことに挑戦することはいい

カミさんが朝出て行くと同時に
こちらも区民プールに出かける

水中用グローブを
イチローのように装着し
静かに水面をかき分けながら歩行する

朝は老齢者のやりたい放題でもある

お友達衆が
相変わらず歩行コースに我が物顔で
滞留している
周りの真面目なおっさんが難渋しているようである

こちらの思い入れもあるが
貴奴らの顔は一様に一種類のようだ

あさましいのである
ああはなりたくない
例えて言えば悪代官とそれに群がる悪徳平民のごときである
泥水のごとくにごっていて
爽やかでない

区民プールは
納税者への区の還元施設である

皆に平等の施設である

自分らの通う頻度が高いがゆえに
他に対して優越的地位にあるとはならない

こちらはそんな老人不良グループに
臆することなく
太った体を貴奴らの場所に食い込ます
当たり前である へっ!

しっかりと二時間歩行をこなし
自転車に赴くと
日差しは確かに夏である

蝉の声が響き
路面に太陽が照り返し
思わずチューブのうたが口を出てくる

そのまま家に帰らず
一月に一度の血圧の病院へ

お医者さんの簡単なカウンセリングをおえ
いつもの血圧の薬を処方してもらう

さて昼は何を食おうか

こちらは本日はひとりなのである

いろいろ考えるも
とりあえずシャワーを浴びたくて
一旦家へ引き返す

龍馬伝の再放送で
再び胸熱くたぎらせ
そのまま戸棚にあったカップラーメンに
熱い湯を注ぐ

腹を満たしたあとは
読みかけの本を読み散らし

窓全開の昼下がり

深い昼寝に突入

相変わらず深いところで接点が統一する
ズレのないいい眠りである

そんなカンジで
夏の土曜日を過ごした

カミさんは模擬試験はバッチリだったようだ

夕べ遅くまで
頑張っておられたようだからな

努力は裏切らない

何事も当たり前のことを
丁寧にこなす

それが結局は自らが一番望む
心地良い状態へつながるのだろう

出来事など

金曜日の仕事は現場作りだったので
直行直帰である

電車の接続の関係で
九段下を通ると
昨日以上にひとの群れである

みたままつり最終日なのである

それにしてもなぜこのように
若いのがワンサカ発生しているのだろうか

靖国神社の存在理由を知っているのだろうか

どのような立ち位置にあるのか知っているのだろうか

そんなことは知らずに
夏まつりだから
友達同士繰り出してきているのだろうか

とはいえ
そんなカンジで
敷居が低いのはいい

靖国を取壊さんとする
一部の動きがあるが
それは絶対にやめたほうがいい

民主党はことごとく
日本の国柄を取り壊してきた

直近に妙な談話を発表するという
噂もある

もう本当にいい加減にして欲しい

今回の国政選挙で
民意はしっかりと伝えられたはずである

国を愚弄するのは
やめてもらいたい

タレントアホ立候補どもが
落選して本当によかった


汗だくになった体を
久しぶりにスーパー銭湯で
かぶせていじめた

とことん汗をかき
水ぶろに体を投げ出す

カバだな本当に・・・・

梅雨も開けそうだ

夏バテすることなく
うまいもんをガンガンたべて
人生を楽しんでいいこう

人生はそうながくはない

2010年7月15日木曜日

みたままつり

本日の東京は曇りのち晴れ。

久々に夏の青い空を望み
何かしら心晴れやかになった

本日のスケジュールは
竹芝で終日会議

全国から仕事上の仲間が集う。
顔も名前も知らないが
確かに同じ会社の関係者には違いなく
なんとも人の世は広いというか
人の関係性は意外と狭いというか

竹芝で終日の会議が終わったあとは
靖国神社に出向くことは朝決めていた

新宿にて用事のあった嫁と
九段下で待ち合わせた

夕刻六時の九段下は
とことん暑い

まさにこれぞ夏ですなと
嬉しくなってきた

それにしても多い
人ごみのことである

若いのがワンサカいる

本日はみたままつりなのである
日本の為に命を張って戦った
ご先祖様の英霊を祀りつつ
一緒に夏の夜のひとときを楽しむ
例年の恒例行事なのである

それにしても多い
うじゃうじゃいる
若いのもおっさんもおばはんもいる

本殿に拝し
みたまにお参りをする
心熱く胸たぎるものが湧き出る

人知れず拳をにぎりながら
静かに手を合わせる

暑いですなあ
ほんと今の日本は平和です
薄氷を踏むがごとくきわどい平和です

こんな状態から
早く堅牢な日本を構築せねばなりませぬ
とはいいつつ本日は楽しいですな。
しばし楽しみましょう・・・・云々


などと意を交わし
その後は嫁とのどを潤す

デミセの後ろには
簡易の椅子とテーブルがある

ビールとたこやきと焼き鳥を買い込んで
とりあえず飲る

暑さに汗が吹き出つつも
この瞬間がいい

平和な夏である
日本の夏である

本日もよかった!

雨もいいがそろそろあけてくいやい

連日雨が日本列島に降り注いでいる

薩摩の地もだいぶ雨を含んでいるはずだ
シラス土の地ゆえ
心配だ

秩序に対して
人間はそれに都合をあわせて生きてきた

従来の秩序が少しずつ変化しようとしているとき
非力な人間は大変だ
自然の秩序に少しずつ少しずつ変化が生じてきているのであろうか
それとも織り込み済みの
自然のダイナミックなうなりのひとつの形なのか

梅雨がないと作物がしっかりと育たない
さりとて今年はもうよかろう
はよ梅雨があけて欲しい

靖国神社ではみたままつりがおこなわれている
毎年この日である

平日などというのは
こちらの都合で
靖国神社は伝統を守っている

顔を出したいなあ

火曜日に若い衆と飲んだ

ちと過ごした
最近は翌日に尾を引く

翌日は激しく眠く
早めに休んでぐっすりと眠れた

2010年7月11日日曜日

土曜日と日曜日こんな感じ

5日 北海道

6日 東京

7日 水戸

8日 京都

9日 東京

移動の日々がつづいている
日常をそれなりに過ごしてゆくと
気づいたときにそれは渾然一体となり
一日一日の有意義な価値が薄れてしまう

一日一日の集積が
人生そのものであるから
出来ればその一日一日をしっかりと把握して生きてゆきたい

週末は
とろとろに疲れた体にリフレッシュを食らわす

土曜日でも7時には起床する

新聞に目を通し
軽く読書をする

9時を確認し
区民プールへ

いつもいるメンバーの中に
太った体を食い込ます

静かに歩く
何も考えることなくひたすら歩く

ただ単にプールを歩くにも
人それぞれ性格が出るものだ

ルールを守って列をなして歩いている中
強引に追い越して行く輩がいる

また知り合いか知らぬが
並走してあるき
でかい声でベチャベチャしゃべるオヤジがいる

みな社会の一員であるから
大人の判断で
彼らに注意なぞしない


ただ皆まゆをひそめんばかりの
迷惑を感じているのは
こちらにもヒシとわかる

不思議なもので
人間その生きざまが顔に出る

たかがプールでの些細なルール違反なれど
そのような輩の顔は
少しくいやらしさがにじみ出ていて
こんな顔は生理的に好きになれぬなどと感じながら
ゆっくりと歩き続けた

人間は社会の一員だ
人様に迷惑をかけて
己が欲求ばかり満たそうとする輩は
哀しいかな顔にでる
さもしく見苦しい
あのような顔にはなりたくない

プールを終えて
達成感を感じながら家路に帰る瞬間はいい

心地よい疲れは
仕事の疲れとはまた種類が違う

夏の日差しを浴びて
自転車のペダルを踏み込む

帰りしな近所の本屋さんに立ち寄る

自分のインスピレーションに聞きながら
書棚に目を通す

気に入れば買う

何冊か購入し
ゆっくり自転車で我が家を目指す

急ぐ必要などない
この瞬間を噛みしめたい

人間そんなに合理的に急いだところで
たかが知れている
知れているどころか何事かの秩序を歪める結果にもなる
ゆっくりといきたい

嫁と近所の中華で
坦々麺とチャーハンとビールで土曜のランチを頂く

ゆっくり帰り
家についたら本を読み
眠くなったら昼寝する


凛の国
前野徹

ルリボシカミキリの青
福岡伸一

シニアの読書生活
鷲田小彌太

宇宙を語る
立花隆

人間の関係
五木寛之


日曜の朝も同じく7時

新聞を読みながらヤクルトを吸う

窓をあけると
左に富士山右に建設中の東京スカイツリーが見える

本日も平和で何よりである
何かしら体を動かしたい

サウナスーツを着込んで
散歩に出かける

といえどやはり暑い

途中でへばって
家路にUターン

脱いだシャツの臭いこと

変な汗が大量に噴出

水のシャワーを浴びる

体力を回復すべく
昼食を大量に食らうと
自然発生的に眠くなる

ゆっくり睡眠のプールをたゆたい
目覚める

そろそろ選挙にでも行こうか

日本を壊さないでもらいたい

故に貴重な一票で
権利を主張せねばならない

2010年7月6日火曜日

ささやかな幸せ

朝7:00 起床

しっかり朝日が登ってくれている
本日も感謝である

いつものルーチンで
朝を起動する

水を飲み
ヤクルトを飲み
血圧の薬を飲み
血圧を測る

135/87
120/75

いい按配である

いつものようにipodを聴いて
満員電車で
自己の個性を極力省力化し
静かに揺られる

手前2駅で降り
しっかり夏の気候で
湿度の高い日比谷通りを歩く

帰りしな
なかなかない本が見つけられて
ささやかに幸せであった
うれしい!

ルリイロカミキリの青
福岡伸一

最近氏の著作を読み積んでいる

昨日も北海道で
【動的平衡】を発見
嬉しくて即購入

最近の読書

聖なる予言
ジェームスレッドフィールド

動的平衡
生物と無生物のあいだ
福岡伸一

宇宙への秘密の鍵
ルーシー&スティーブンホーキング

ふしぎなことばことばのふしぎ
池上嘉彦

昼 ざるそば さらだ
夜 ビール ハンバーグ弁当 みそしる 源氏パイ 柿ピー

嫁友人と飲み会
そんな時はひとり気楽なものだ

何事も偶然ではない

2010年7月5日月曜日

月曜日から北海道

朝6時に起床

羽田空港までのリムジンバスに乗り込む

向かう先は北海道である

毎月恒例の会議に出席のためだ

データやNETが普及しているが
やはり月に一度は直にあって情報交換することが必要である

バスにのりながら
意識が覚醒してゆき
午前中にやらねばならないことを思い出す

飛行場はチケットレスでチェックイン
そのままラウンジに向かい
パソコンを開く

手配しなければならない項目を作成し
モバイルで飛ばす

いやはや便利になったものだ

飛行機を降りて
携帯でメールをチャックすると
ご依頼のもの手配完了しましたと返信が着ていた

なんとも早いものである
ありがたい

とはいえ
意識の中では
生物の動的平衡のことを最近は考えたり読んだりしている

そのロジックからすると
人生ゆっくり行きましょうということであるが
なんとも実際やっていることは歯車のように
ギクシャクしていて
しっくりこない

会議を終え
ひとしきり札幌で仕事をこなし
JALのマイルを使用し
おみやげをしこたまかいこむ

白い恋人とじゃがポックル

もちろん仕事でいっているため
だれにわたすでもない

自分たち家族でいただくのである

ゆっくりと着実に生きるということを営んでゆこう

2010年7月4日日曜日

しばし休息

第一Qの決算が終わり
ようやく一区切りである

最近は四半期決算で
なんやかんやと忙しい

もう少しゆっくりと腰をすえて
事業ができないものだろうか

そんなカンジでへとへとになった心身に
一服の清涼剤とうことで
真鶴の旅館に
一泊二日でリセットしに行った

古い旅館のうりは
部屋ではない

風呂と飯である

夕方四時頃着くなり
ゆっくり1時間ほど
大浴場にて塩辛い汗を流す

半身浴をしながら
自らの立ち位置を反省しつつ
じっくりと汗を流す

静かに考える

部屋にかえり
吹き出す汗をぬぐいながら
キンキンに冷えたビールを
一気にあおる

くーっ
なんともいい

ゆっくり部屋にてくつろいでいると
ノックを叩く音が響く

古いホテルらしく
部屋のドアが鉄板で
ノックも不必要にでかい音でこだまする

中居さんが
次々に運びこんでくる

カサゴの天ぷら
かぼちゃの煮つけ
コーンポタージュ豆腐
お通し三種
焼き魚
ほかほか
そして

巨大な舟盛り
でかいの~ でかい


ビールと一緒につまみを食らう

畳の古い部屋で
海のさちの幸せにしばし時間を過ごす

こんな時間は必要である

確かにコストはかかる

しかし必要なコストは
十分にかけるべきである

人間 そんなに計算通りに行くわけでもなく
単純ないきものである

自分たちにそれなりのご褒美を与えながら
それなりに生きてゆくのである

夏の蒸し返す匂いが鼻をつく

ああまた夏がくる

元気に乗り越えるためには
それ相応の栄養を摂取せねばならない

2010年6月29日火曜日

本日はサッカー

6月25日は 仙台
6月29日は 山形

馴染みのなかった東北エリアに最近はいっている

血圧 平常
123/82
120/78

本日は日本サッカーの歴史的な試合がある

ガンバッテ欲しい

こんな時に露骨なナショナリズムが高揚する

自国を嫌いなものなどいない
やはり自分の祖国が一番なのだ

日本は世界的に見て
可憐な国だ

なんとも優しく生真面目な国だ

この国を自ら貶めるのは
そろそろやめにしよう


自分の国は自分で耕していく
自らの国を貶めようとするものはそろそろ排除しよう

自覚なしに結果的に貶めている輩もそろそろ排除しよう

サッカーを見ながら
きたる国政選挙について
今一度真剣に考えてみよう

2010年6月25日金曜日

本日の記録

3:30起床
日本ーデンマーク戦を観戦

ホンダの動きがきれている
非常にいい

試合ごとに成長している

9:00
東北新幹線にて仙台へ

月末恒例の仕事を実施

最近体が重いので
プチ絶食

水のみで過ごす

20:00
帰宅

昨夜ののこりの野菜炒め
冷奴とビール

岡ちゃんここまで来たら頑張れ

勇気をもらった

●加藤周一 
 読書術

2010年6月24日木曜日

幸せな私

我々は不幸なのではなくて
幸せに囲まれているにもかかわらず
気付いていないだけだと
作家の渡辺淳一がいっていた

確かにそうかも

ビールを飲んで
オシッコに行く
何気なくあまりにも自然に行なっている行為だが
おしっこするために
我が肉体はいかに仕事をしているだろうか

膀胱が機能し
腎臓が機能し
肝臓が機能している

ぐっすり眠れること

記憶していること

忘れられること

三食食べられること


誰も信じられない
私は孤独だなどというセリフがあるが
とんでもない誤解だという

腎臓も肝臓も心臓も脳も

私という人格を機能させるための
日夜休むことなく
裏切ることなく
機能している

感謝である

少しぐらい気苦労あれど
それが如何な事か

感謝して生きてゆくのである

2010年6月23日水曜日

雨の6月23日

雨 
血圧 127/87 113/72

今朝はどしゃ降りである
それもまたよし

6:50
起床

7:00
ヤクルト 新聞

7:30
通勤
pod castで学問
福岡伸一 
動的平衡を聴く

9:00
蓄積せる仕事を片付ける

12:00
メタボ弁当
麦ごはん 味噌汁 ほうれん草 サラダ 唐揚げ
コーヒー

19:00
終了

新橋でヘッドフォン購入
ipod付属のヘッドフォンは耳に合わない
パナソニック製を購入

20:00
ビール ご飯×1 味噌汁 豚肉の野菜巻き
納豆

21:00
お茶 源氏パイ×1 柿ピー×1

明日は日本出場

頑張れ

話題は至る所でサッカー

いいではないか

2010年6月22日火曜日

何でもない平凡な一日などない

6月22日 曇
血圧正常 127/85
万歩計   9718

普段何気なく生活していると
なんともぼーっと過ごしているようにも思う

隣の机で
ようやく一日終わったと
やれやれとため息をついている輩がいた

そんなことはない
この一日はまたとない唯一の今日である

6:30
起床

ヤクルトと新聞

7:30
出勤

耳元には朝同期したipodで
イングリッシュ 

二駅前で降りて
朝の散歩

いつもすれ違う綺麗な人と目が合う

9:00

気になっている仕事をモウレツに片付ける
気にしていても何もならない
気になるのであれば着手することである
そこから何かが動き始める

少なくとも自分の中で
気にしているだけでは
何も始まらない
不安という目に見えないウィルスが
自分のこころの中で増殖するだけである
考えるだけでも不衛生だ

12:00
社食でメタボ弁当
麦ごはん小 味噌汁 酢の物 ミートボール 豆腐 サラダ

食後の熱いコーヒー

13:00
久しぶりの事務所でひとりシコシコと作業
グダグダ文句いうやつには
早めに対応して無駄な労力は使わぬに限る

18:30
集中もいい加減途切れる

19:00
夜の日比谷通りを二駅あるく
耳元では
魂レボルーション

20:00
ビール×2 カレイの煮付 ご飯×1 味噌汁×1
シュウマイ×4

柿ピー×1 源氏パイ×1
お茶

普段の何気ない感覚を大切にしていこう

もしかしたらナニが起こるか分からない

亡くなった人の大半は何かをやり残した人たちだろう

おそらく自分もそうなるだろう

だからこそ生きている間は
気になることやりたいことは
できるだけすぐに着手しよう

本日もいろいろなことに
感謝するまたとない一日である

明日もまた新しい一日である

朝の時間

普段より少しだけ早起きをして
自分の状況を整理してみる

どういう環境の中に身をおき
自分の立ち位置の状況と
自分のその中での役割とは何かと問うてみる

環境や組織の一員でいながらも
個としての自分もしっかり持たねばならない

自分の希望は何なのか
自分はイカに行動したいのか
行動することによって何を得たいのか

朝は静かに自分と向き合う素晴らしい時間だ

通勤ラッシュの苦痛をも超える自分への強壮剤である

2010年6月21日月曜日

京都へ

昨日の龍馬伝が引き寄せたのか
本日は朝から京都へ出張である

6:00
起床
7:30
望みに乗り込む
久しぶりにヘルシアを飲む

9:50の京都到着まで
【誰でもできるけれどごくわずかな人しか実行していない成功の法則】
を復習。

一度読んだ本はさらさら行ける

その後本日の商談の資料の読み直し

耳元にはipodが鳴っている
このヘッドフォンは装着感が弱い
いつも耳を気にすることになる

昨夜ダウンロードした
【魂レボルーション】
で魂を震わせてモチベーションを高める

10:00
近鉄に乗り換え丹波橋へ
丹波橋から中書島へ

ここは昨夜見た
寺田屋の最寄り駅である

龍馬もここを闊歩したのであるなと
考えると何かしら感慨深いものもある

目的地には現地の営業さんと同行

店の店長と商談

ひとしきり自分の理想的な商談に持ち込み
魂レボリューションである

昼は同行人の行きつけの中華や
いかにもメーカーの営業が行きそうな店だ

酢豚ランチ

酢豚 揚げ餃子×2 すのもの スープ ご飯
750円

伏見から高野へ
お店の巡回

出町柳でおろしてもらい
京阪で東福寺
そこで乗り換え京都へ

17:00
のぞみに乗り込む

後ろではサラリーマンの二人がうるさい

20:00
帰宅

ビール ご飯 味噌汁 鮭ときのこの味噌マヨ風 キムチ

ポルトガルvs北朝鮮
を観戦
食後に大福×1 源氏パイ×1 柿ピー×1
とお茶


●自分の感性を信頼せよ
 自分自身にどれほど投資してきたかは
 自分自身が一番知っている

2010年6月20日日曜日

りょうま

龍馬伝を見て思ったこと

やはり笑顔はいい
何事もにんげんの関係によって世の営みは成っている

となれば仏頂面より
笑顔で対峙する方がいいに決まっている

なにせこちらの気分がいい

こちらがいいと先方に伝播する

逆も真なり
こちらが気分が悪いと
その気は確実に伝播する

結局自分がどちらがいいかということである

どちらが心地いいかということである

そんな基本があって
何事もなるのである

如何な大事業でも
おそらくそこに起点がある
気がする

福山くんもサマになってきた

断片の収集

発想をえてもそのままにしておけば
それでおわりである

発想を発想のプールに溜め込み
問を問のプールにためこむ

発想が定着して着想となる

読書の断片や
発想の断片
問の断片

いろんなことがあるだろう


そんなことを
ここや自分のpcやメモに
プールしてゆく

その結果は
今はわからぬが
でも楽しみではある

ipod

遅ればせながらIPODを購入

ipad ではない
ipodである

正直に言えば早く買っておけばよかったと
心地よい悔みのようなものをいだいている

正直に言えばいいのである

やはり【もちはもちや】
売れているには訳があるのである

itunes 同期して
常に更新している

同期という意味がようやく氷解した

それにしても電池の持たなさ加減はいかがなものだろう

なんとも落ち度はある

電池とヘッドフォンの悪さはいただけない
しかしながら総体としてはよく出来ている

その使用体験のなかから
FREEの概念もなんとなくわかってきた

ホントにFREEが溢れている

情報があふれ
自分の中に納まり切れなくなる

そんなものでもやはり人間が主体である

自分が欲しいものを欲しい状態で欲しい時に
楽しめばいいのである

そのためには自分の中身を常に整理しておかねばならない

自分は何が希望なのか
何をしたいのか
何が欲しいのか

その伝でいけば
人間想えば何事もかなうのかもしれない

ただ想いが漠然としているときは
それは実現しない

その意味でも整理整頓は大切である

ipodからそんなことを学んでいる

6月20日 日曜日 

東京 葛西エリアは曇

昨夜のW杯の興奮冷めやらず眠りは少しく浅いか
7:00 起床
     血圧の薬のむ

     産経新聞今週分に軽く目を通す

9:00 予約していた美容院にカット
     ワールドカップの興奮をヘアースタイルに体現してくれるよう要望
     相変わらず難しいオーダーにも的確に反応
     12人目のサムライですな
     とおだてられ上機嫌で店をあとにする

10:00 嫁はんのお父さんに日本酒をお届け
      本日は父の日である

13:00 帰りしな流石に腹が減り
      スシローにてピットイン
      ひとしきり握りをくらう

15:00 読書
      漫画 20世紀少年 14 15 16
      なかなか佳境に入ってきた
      大人買いで全巻揃ってる
      読むのが非常に楽しみな一冊

      ●日記の魔力  
       表三郎 サンマーク出版
      ●脳を生かす生活術
       茂木健一郎 PHP
      ●誰でもできるけれど
       ごくわずかな人しか実行していない成功の法則
       ジム ドノバン ディスカバー
      ●秋山真之のすべて
       新人物往来社
      ●カリスマ 人を動かす12の法則
       石井裕之 三笠書房
      ●10倍早く本が読める
       ポール R リーシィー フォレスト出版

17:00 本屋で本を物色

19:00  TV サッカー情報
       ビール×1 
       唐揚げ 春巻き サラダ【朔日の残り】
       チーズ
20:00  龍馬伝

21:00  軽く明日の準備


【発想】
最近は久しぶりに【10倍早く読める・・・】を紐解き
自分なりに速読で乱読を心がけている

フォトリーディングという概念で
ページを写真に写すようにペラペラとめくっていく

神経をおちつかせ
自分の力を信じ
書物から叡智を得られる喜びを実感し
ページをめくってゆく

それがどれほど可能かはまだまだ未知数だが
自分なりに挑戦している

そのことをできるだけ記録する

記録を蓄積してゆく

その効能はあとからついてくる
    

6月19日

7時起床 曇り

7:00~9:30
やり残しの仕事

10:00~12:00
江戸川区民プール

12:00~13:00
いつもの血圧の病院 柴山医院

13:00 
昼食 ご飯 豚肉と野菜の炒め ドンベイそば

15::00~18:00
昼寝

18:00
新聞に目を通し

19::00~23:00
W杯 日本VSオランダ 観戦

ビール×1 ハイボール×1
厚揚げ 唐揚げ サラダ えだまめ
チーズ ほたてのバター炒め
観戦も臨戦態勢である


日本はあと少しであった
素人ながらの感想だが
日本人選手のプレーマインドに二極化を感じた

がむしゃらに走る選手と浅はかな計算のもと
体力の温存を図る選手が散見された

温存するような悠長な相手ではなかった

もてる力を十二分に発揮しても
勝てるかどうかわからないほどの強豪とは
事前に分かっているはずである

チームの雰囲気も
そのプレー中から伝わってきた

皆が力を出し切っていないと
感じ始めた時
チーム内に不和が生じ
他責の雰囲気が出始める

お互い役割があるにも関わらず
信頼が揺らぎ始める

腫れモノが生まれそこからチームが腐り始める

何とも日本じらしいメンタリティーでもあり
自分が囲まれている環境にも
同質のモノがある

勝てる試合だった

これからである

2010年6月6日日曜日

今週の動き

今週の行動を簡単に

月曜日 宇都宮 22時の電車に乗り
    帰宅は24時近く

火曜日 静かに東京にて

水曜日 再び静かに東京にて
    夜は気の合う同僚と新橋に羽ばたく

木曜日 北海道に日帰り
    実働は二時間ぐらいか

金曜日 東京にて避難訓練実施後
    水戸へ


こんな感じで
自分の役割を果たして
経済の一翼にコミットしている

2010年5月29日土曜日

はらへったあ

はらへった

何もしなくても腹は減る

生きている状態を維持するだけでも
エネルギーは相当いる

だから腹が減るのは
当然か

はらへった

ホルモンでも食いに行くか

そんな今週

京都から戻ったあとは
仙台へ赴く

仙台を日帰りで終え
週末は宇都宮で奮闘した

いかな場所にも
いろいろな事情があるようで

そんな事情は
その土地土地のうまいものを食いながら
互いに談じあう

酒もすすみ
そんな感じで体も消耗してゆくのかなあ

移動する日々である

京都で

それにしても今週もよく動いた

月曜日から一泊二日で
京都に行った

大阪にはしばらく住んでもいたし
仕事上で
頻繁に行くが
意外と京都は常に素通りである

仕事の会場が
烏丸御池という場所の近くであったが
その場所すら容易に掴みがたく

仕事が引けて
ごく身内の人間と木屋町通の一軒に向かおうとしても
地図で何度も確認しながらの
なかなか気苦労のする時間であった

そんな苦労して見つけたお店は
実は仕事の先輩の同級生が最近開業した
お店らしく
一見するとなかなた赴きがあり
日常そこら中の居酒屋が一番の気休めになっている者にとっては
何かしら敷居の高さらしきものを感じさせられたりして
最初の一歩は少しく逡巡する場面もあった

そんなお店で出会ったおかみさんと
わが先輩は実は30年ぶりぐらいの
再会らしく
何とも中学時分の同級生が
50も少し超えた今でも
お互い さんづけ 君づけで呼び合う仲を観て
何かしら心温まる想いがした

30年やそこらの時間の溝は
再会すればすぐに埋まるもののようで
懐かしいふるさと談義を横で聞きながら
うまい地鶏と焼酎を傾ける
いやはや月曜日からありがたい時間を授かった

そんな彼らは宮崎出身で
わが薩摩とは隣のよしみ

何とも京都はいい

そんな京都でそれぞれの故郷談義


こんな感じでみな平等に歳月を重ねてゆくのだろう

2010年5月22日土曜日

こんなすごいこと

人間の不思議さは
自分にすでに与えられていることを
常に研究しているということである

人間の感情と脳の関係は
科学物質の反応だけで説明がつくのか

なぜに手足は動かせるのか

けがをしたときなぜ血が出るのか

なぜご飯を食べて
エネルギーに変換できて
不要物は排泄できるのか

眠るとはいかなることなのか

笑うとはいかなることなのか

感動するとは
好きになるとは
嫌いになるとは

走るとは

俳句を作るとは

絵を描くとは

同じ人間なのに
なぜ同じ絵は描かないのか

同じ顔は在るのか

目はなぜ見えるのか
見えるとはいかなることなのか

見えることと
見えると思い込むことと明確な境界線などあるのか

君と僕がこれを同じと感じていることは
いかにして証明するのか

言語はいかにして発せられるのか

匂いを嗅ぐとはどういうことなのか

目は2つ
口は一つ
鼻も一つ
耳は二つ


そんな謎だらけのことを
私たちはこともなげに日常の行為として行っている

しかしながらその厳密な理由を
人間の脳と言語でお互いに共有することなぞできるのか

やはり我々はとてつもなく偉大で大切な存在なのだろう

人間 この未知なるもの である

ほっかいどう

北海道にはこれまであまり行ったことがなかった

鹿児島生まれの
西日本育ちにとっては
いくら日本列島が小さいからとて
それでもやはり遠い国で
なじみの薄い地方の一つであった

そんな感じでアラフォーを迎えているが
ひょんなことで
足しげくいく関係になった

今週の木金は仕事上で札幌に向かった

仕事上の新しい仲間たちと
早く親睦を深めるためにも
疲れた体に鞭を打ってすすきのの夜にでむいた

札幌駅から
すすきのまでふらふらあるく

やはり歩くことが一番

初めての街並みなどはとくに
歩いて初めて感覚がわかってくる

一軒目は先に仲間たちが決めていた

といえどみな札幌は初めて

しっかりぼったくられた

きんきのにつけ4000円を
5人でつまんだ

あまりにも高く
一軒目で腹も減っているのに
言葉少なに足早に退散

リベンジで2件目は北海道名物のジンギスカン

ナマラム 野菜食べ放題
おまけに飲み放題をプラスして3000円

親の敵のごとくなかばやけくそで食べ散らかし
半端なく腹いっぱい

そんな刻限に
遅れて参上する仁のため

3軒目にラーメン屋に赴く

ラーメン信玄という店で
よるも12時近くなのに
仰山並んでいる

みなこれでよく太らぬのお

コク味噌味をぺロり

並ぶだけあってうまい
ジンギスカンではちきれんばかりの腹であったが
しっかり完食!

これから北の街に出没することが多くなるだろう
そえはいいかえれば
また太ることになるということだろう

2010年5月18日火曜日

日々の行動

少しずつ少しずつ
自分のペースが出来上がってくる

何事も思考の中だけで
危惧ばかりしていると
暗礁に乗り上げてしまう

新しい仕事は
当然のことながら
不慣れなことばかりで
そんなことに付け加えて
あれもこれもと思考の中だけで
やらねばならぬことどもを数え始めると
何かしらパニックのようになる。


人間、一時にできることなど
限られている

そう観じいって
一つ一つおくすることなく
逃げることなく着実に対峙してゆく

行動を起こすと
新しい出会いが始まる

そこに会話が始まり
独り悩み入っていたことどもが
薄められてゆき
何時しか心の中に立ちこめていた
暗雲がすっかり晴れ渡ったりしたりしている

その解決のために
何かしら魔法のごときことを
したかというと実はそうでもなく
その原因らしきものを
取り立てて追及してみると
実は自分の行動への一歩が
すべてのきっかけだったりする

そんな感じで
最近、日々新しい行動の連続である。

川崎で仕事があった

嫁の実家の近くでもあり
夕刻嫁と落ち合った

自然派食品のバイキングに赴き
しばし疲れをいやす

横では若い女の人が独り
食べ放題に飲み放題をプラスして
独り読書をしながら飲んで食べてと
大忙しで自分だけの時間を楽しんでいた

おいしい食事をして
一番安らげる我が家で
狭いながらも湯船につかる

じっくり汗をかきながら
漱石なんぞを読み

すっかりさっぱりして
ピアノクラシックの旋律にこころを鎮める

そんな感じで
生きていく


さて、明日も晴れるかしら

まあ一歩一歩
こんなこともあとから見たら
ほほえましい経験の一ページになっていることだろう

2010年5月16日日曜日

休日にパワースポット

最近パワースポットに関連した番組をよく見る

こちらが少しく力不足で
こちらが求めている結果なのかもしれないが
何かしらよくそんな時間にたまたまTVの前にいる

そんなこともあって
仕事上のことも少しだけ整理がついてきた気がしてきたので

嫁と二人家から比較的ちかい
明治神宮に赴いた

明治神宮前に着いたのが
昼近くだったので
まずは昼飯をということで
近所をぶらついた  

原宿からふらふらぶらついているうちに
渋谷の方へ向かった 

予備校のとき
土曜日の午後は自分へのご褒美に
お茶の水のシェーキーズへ赴いていたことを思い出した

確かこのへんにシェーキーズが・・・と
目星をつけたところに果たして在った

この激変の地区渋谷で
しぶとく頑張っているのお

そんな気分で久々にシェーキーズへ落ち着く

ここはピザの食べ放題である

ピザがメインであるが
パスタやフライドポテト
サラダがありカレーがある

皮肉なことにここで一番うまいのは
ポテトである

いやポテトであった
私の記憶ではポテトがピザをしのぐうまさであった
というよりもピザ屋のくせに
ピザがそれほどうまくなかったのである

そんなかすかな記憶をもとに
食材が陳列されているコーナーに赴く

ピザの種類が増えとるやないか

しかもみなうまそうである 
ポテトは私が記憶している絵姿そのままである

大胆に輪切りにしたポテトに
ケンタッキーフライドチキンのごときスパイスがまぶしてカラッと揚げてある
それに少々の塩を自分なりにアレンジして食べる!

ひとしきり何種類かのピザとポテトを食べてみる

うまい
少しは進化しとるやないか

横の席にいわゆるギャルの黄色い声を聴きながら
しばし嫁とシェーキーズで腹を満たした


代々木公園を横切り
当初の目的の明治神宮へ

鳥居を一歩入ると
空気が一変する

温度が1~2度下がる

各々のの想念や雑念を
雑多に心に秘めながら
一歩一歩森林内を歩く

最初は目についていた周りの喧騒も
歩を進めるに従って
いつしか気にならなくなる

雑然と気をもんでいた邪な想いが 
少しずつ鎮められてゆく

神宮の森を静かに歩く
四隅を大鳥居で囲まれている神宮の森のなかは
何かしら守られているがごとく神聖で
その中を歩む我々も
少しずつ神聖な空気を体内にいただき始めていることに気付く


有名なパワースポットには
長蛇の列ができている

そんな点の場所なぞ
それほど興味もない 

むしろこの神宮の森そのものが
強大なパワースポットだろう

天に高くそびえる
幹のふとい樹木に手を触れてみる

静かに心鎮めて
命の息吹を感じる


しばらく神宮の森で
清めていただいた後は
自然と礼をなしていた 
ありがとうございました

休みの日は
そんな風にして
自分らなりに緩み始めたねじを締めて
人生を歩いてゆくのだ

龍馬伝
だんだん面白くなってきたわい

2010年5月5日水曜日

わが人間としてのすごさ

ときに忘れてしまいがちだが
人間が日々生きているということは
如何に考えようとも
すごいこととしか言いようがない

考えても見よう
今この場で私はすっくと立ち上がってみる

シャキッとたちあがれたか
よぼよぼと立ち上がったかは
あえて問わない

立ち上がろうと意識したのは
まちがいなくわが脳である

その刹那
いくつあるかわからぬが
わが幾多の筋肉 細胞が
立ち上がるという行為のために
統一された動きを同時並行的に体現させた

何とも何とも
言いようない

そんな感じで連休のしめ日を迎えている

さて鎌倉にでも行ってくるか

2010年4月25日日曜日

天使と悪魔

最近 新しい仕事に少しくなれず
その反動もあって
純粋に娯楽的な本やTVを観ている

先ほど
遅ればせながら
ダンブラウンの

天使と悪魔を読み終えた

何ともジェットコースターのような
内容の展開に
しばしその世界に没頭でき
何とも小説という形態の可能性らしきものを
改めて感じさせられ
心地よい疲労感に包まれている

2010年4月24日土曜日

4月はやはり

4月はやはりとてもてんこ盛りである

新しい出会いと
新しい仕事

慣れないことは
通常の倍以上の労力を要する

といえど
そんな感じで人は成長してゆくものなのだろう

2010年3月23日火曜日

おいしいひととき

生きている中で
いろいろなことがとても素晴らしいが
その中の一つに
気の合う仲間たちとの酒盛りがある

うまいと評判の店を誰かが見つけて
よしのったとついてくる

その時点で
みないい大人たちであるにもかかわらず
己が貴重な時間をその仲間たちとの
シェアのために、
ある意味供しているのである

つまるところ自分本位につかえたであろう
貴重な己が時間を犠牲にして
仲間との会食に時間を費やすのである


うまいと評判の店に
男どもが連れだって電車を乗り継いでゆく

ほほえましくも滑稽な絵姿で
何ともいい

串カツをくらう

いっしょにあおるのはもちろん生ビールである

何ともうまい
うまいうまいと意味もなく連呼しながら
なんとも他愛もない事柄に
互いの口舌も滑らかになる

そんな光景は赤の他人様から見たら
それこそ他愛もなさそうな
何とも無機質な時間の連続に見えようが
当の本人等にとっては
ところがどっこい
極上な時間のたゆたいに相違ない

こんな時間を共有して
みな己が生活圏に
立ち戻ってゆく

人生はそんな道草をしながら
たゆみなく歩いていく
道程に違いない

そんな風にして
気付いたら
満足な気分で終焉を迎えた
ということでありたい

春は享楽と同時に終わりをも感じさせる季節である

そんな気分を切ないと表現するのは
適切であろうか

2010年3月22日月曜日

土曜日のコンサート

土曜の夜に
コンサートに行った

卒業をテーマにした内容で
出演者は複数のアーティストである

渡辺美里を初めてナマでみた

いいねえ
うまい

彼女の透き通る声できく
名曲は
心に沁み入り
目頭が熱くなる

それぞれに自分の思い出と
重ね合わせながら
静かに旋律に身を任せる

歳をとった夫婦が
精一杯拍手をしていた

照明に照り返されたおばさんの瞳が
輝いていたのは
涙が反射したからに相違ない

槇原敬之くんの歌もいい
やはり来たね

どんなときも


みんな合わせて歌っているねえ
みなが旋律に合わせて腕を左右にふっている

我々の前の座席に来ていたのは
頭の毛も薄くなったおじさんである

おじさんは一人で来ていた

紙袋のバックは
何が入っているのか
けっこう膨らんでいる

そんなおじさんが
ひとりで
左右に迷惑をかけぬよう
細心の注意を配りながら
慎重に音に合わせて
腕をおもむろに上げた

左右に振り始めた

そんな光景も
何かしらほほえましく
歌というものが我々の生活にとって
とてつもなく大きな影響を与えているのであるなと
家人と二人感じ入った

ひけた後は
中野の飲み屋街を冷やかした

中野は古い町だけあって
自分らの年代のひとに
あいそうな酒場が多数混在していた

そんな土曜日の夜
人生とは素晴らしきかな
と感じた時間であった

これまでもこれからも

四国に赴き
せとうちの波濤を超えて
広島に赴く

その土地土地の人々と
仕事を通じてという前提はあるものの
日本語という共通言語を通じて
意思疎通を行う

出雲に赴き
山陰地方にて活躍いただいている
人々と旧交を暖めあう

ときに沖縄に赴き
仕事の合間を縫って
沖縄の歴史に厳然と刻み込まれてきた
戦争の痕跡と
その戦争を二度と起こしてはならぬという
強い決意を表す記念碑を弔う

仕事を通じて過ぎゆきていった
この数年間の間に出会えた人々とも
思い返してみれば
最初があったはずだし

その最初の邂逅は
実はそれほど円滑でもなかった

第一印象という
何とも難しい才能のようなものは
自分にとっては
どちらかといえば他の人さまと比べて
決して優等なものではなく
むしろどちらかといえば
むさくるしい風貌ゆえに
劣等の烙印を押されてもいたしかたない

そんな自分にとっても
今になってしまえば
その周りにいてくれた幾多の
知人となってくれた人々は
かけがえのない
別れがたい存在になってしまっている

地方地方の独自の風土を残しながらも
日本人という共通の歴史と価値観を
共有するわが日本という国土は
その人々もそして
その人々をはぐぐむ土地土地も
どちらともかけがえなく
美しい存在に感じられて
仕方がない


そんなことを
自分も一人の日本人として
しっかりと感じ入りながら
新しい土地に赴かねばならない

四月は新しいことを始める月なのである

何事もただ生きてそこに在るだけ

高知の桂浜には始めて行った

太平洋を真向かいに
がっぷりヨツで対峙する感じがして
大いなる波濤に一人たたずむと
己が胸の内にある静かな炎が
ほのかに再燃する感じがして
何時しかこぶしをきつく握りしめていた

後ろを振り向き
はるかに望むと
龍馬像が胸元に手をやり
茫洋として海を直視し
何かしらささやきかけるようである


静かに桂浜にたたずむ

いろいろな想念が
去来しては
去りゆく
あたかも打ち寄せてはひきゆく
白波のようだ


といえどこのような
何かしら胸に熱く感じ入ることは
実はこちら側の
勝手な想像にすぎないといえなくもない


淡白にいってしまうと
桂浜といえどそのありようは
実は幾多ある陸と海の境界線にすぎない

そこには何らかの形而上的なものは
片りんすら存在しない

ただそこに砂浜と海が在るだけなのである


そんなことを静かに感じ始めると
世のことどものことも
もしやと
思われはじめた


たとえば
高知という一つの地域にいったとしても
こちら側に何の想いいれもなければ
そこは単なる日本の一田舎地域でしかありえず
よもや東京の人工的な文明都市と比較でもしようものなら
何ともつまらない場所としか
感じられないに違いない

龍馬脱藩の道とて
冷静に眺めれば
実は太古の昔から変わらぬ
森林の一つにしか過ぎえず

そこに何らかの思い入れを観じ
その山川草木に形而上的な意味合いを付与するのは
実はそれを観る人側の方にこそある

となれば隣で見ている
外国の夫人が感じている林道と
私が見ているその林道は
その外観はもしや同じだと譲るにしても
その意味合いはおそらく雲泥の差であるに違いない

そうとなれば
そこに意味するものは
あたかも銭湯にある水風呂のごとし
と言わざるをえまい


何事もそこにただ生きて在るだけなのである

そこに意味合いを付与しうるのは
そこに立ちいるその時々の人の感興にすぎない


桂浜は龍馬のときから泰然として在ったであろうし
それは今も変わらずに在るにすぎない

伊予の松山にしたところで
そこにある自然や人工物の姿かたちは
そこにただ泰然と在るにすぎない

それを感じ入るこちらの側の気量次第で
いかようにもその意味合いは光彩を発揮するのである

物事のありようなぞは
何事もこちら側の思い入れいかんである

善悪も含めて
こちら側の裁量に全面的にゆだねられている

としたら
何かしらから恐ろしい感じがしないではないが
むしろ翻って考えてみると
こちら側に無限の力が与えられている
ということでもあり
そうと感じ入ればいるほど
何事に対してもモノの見方というものを
自在に変化させてみようと
少しくやんちゃな想念すら浮かんでくる

人生やはり捨てたものではないのである

2010年3月7日日曜日

武者小路

武者小路実篤の本は
確か高校生か浪人の時に読んだことがあった

むろん彼の代表的な作品である
【友情】と【愛と死】

である

どちらの作品も青春の一点景を
描いていて
何とも心に響いてくる

久しぶりにひもとき
確かにそんな心の高ぶりは過去の自分の中にもあったと
思い出した

人を好きになる時のその甘美さ

その時の運命のいたずら

恋愛と友情の相克

何とも何とも

そんな感じである

バランス

最近想うことにバランスがある

この世のなか実はいかなることにも
バランスがしっかりと
厳密に働いているのではないだろうかと
ばくぜんとながら感じている

上があり下がある
右があり左がある

善があるから悪もある
陽があるから陰がある

飲み過ぎて楽しいひと時の後は
孤独な二日酔いの苦しみがある

おいしい食べすぎがあれば
苦しい胃痛がある

調子がいい時があれば
調子が悪い時がある

いずれがいいかは
その時のその当事者に
選択が委ねられてはいるが
少なくともその状態が恒常的には続かない

暗ければ明るさがある

何ともこの世の神様は
よく作ってくださっているようである

となれば
調子よくバクシンしているときは
そのあとに来る停滞期を予測しなければならないし

逆に停滞期が続いているときでも
いずれ逆転の時が来ると
前向きに考える必要がある

人間の運命などというものも
考えてみれば限りなく脆弱なもので
実は個人的な力ではどうしようもない
何かしら大きな力で
ある方向に運営されているようでもある

結論めいたことはないが
いずれにしてもこの世のなかは
しっかりとバランスがとられているようであると
最近感じているのである

2010年3月4日木曜日

時に涙を流したくなる

昨年末に放映された
スペシャルドラマ【坂の上の雲】の主題歌は

【stand alone】

という題名である

この題名を目にするだけで
何かしら目頭が熱くなるのは行き過ぎだろうか

往時
野蛮極まりない列強に取り囲まれた
処女のごときかよわき我が国の
わが先祖たちが

その善悪は棚上げして
その時のいわゆる常識に沿おうと
精一杯生きた明治の時代

【自立】という
文字通り己が両足だけで
この大地の上にしっかりと立ち上がり
野蛮なる力だけもつ他からの凌辱に健気なまでに
立ち向かおうとしたこの国

Sarah Brightmanの歌声が
心に響くとき
静かに涙がこぼれる

そんなとき
自分の疲れ果てた心が
すっかりと洗い流されるような感じがして
とても爽やかな気分に包まれる

そんな
坂の上の雲

時間がある時に繰り返し観ている

2010年2月14日日曜日

風呂での一期一会

湯船につかっていると
いろいろな人間群に否が応でも遭遇せざるを得ない

寒いミソラ
みぞれまじりの露天につかっていると

レスリング同好会にでも所属していそうな
クッキョウそうな男が二人して
身をチヂこませながら
入ってきた

寒い サムイ
と言っている

二人の体躯は
どちらもかなり太っている
腕なぞも私のふともものごとくだし
腹なぞも
私なぞそれこそ三文役者なようなもので
彼らの迫力とは
比べようもない

そんな屈強で豊満な青年男子ドモの
会話も露天ぶろゆえ
聞くともなしに聴こえてくる

キヨちゃんさァと話しかけている
どうやら片割れはキヨちゃんというらしい

キヨシなのかキヨカワなのか
なんともわからないが
キヨちゃんなのである

なんとも見た目の屈強さからは
想像もできない清らかそうなよび名である

【キヨちゃんさァ 最近ご無沙汰だから
 そろそろ恒例のホルモンでも行こうか!!】

いいねえ
タイクに合わせて
それからしばらくかれらはホルモンから始まる
風呂上がりにいくべき食事処の会話が続いた

あそこのホルモンはいい

あそこの焼き肉は高いなぞ

何ともそんな人間群
休みの風呂なぞはそんな空気でいい


そうとなれば
横綱ハクホウにそっくりの2歳ぐらいの女の子がいた

なんともハクホウそっくりだなあ
と感心して見ていると
いぶかしげな目つきで
見ているお父さんらしきご仁がでてきた

こちらもまたまたハクホウにそっくりである
お肌が白くて
なにかしらツルリとした顔立ちである

そういえば
本物のハクホウもけっこう若かったものな
なぞと自分だけで
なるほどいろいろな人がいるものだ
と独り得心していた

そんな冬の風呂の一つの点景

私の趣味のタマモノである

私の趣味

趣味は?ときかれて
果たして自分が
これこれが自慢の趣味です!
と胸を張って宣言できるようなモノがあるだろうか

イメージの世界として
週末は自分のスキな趣味の世界に没頭し
さながらコドモミタイなものですよ
なんて言っている輩が半ばうらやましい

といえどそんな形に
自分を重ね合わせてみようとしても
そんな杓子定規な絵にかいたような
趣味といい得るものなぞもち合わせていないようだ

嫁とも話していたが

さてさて

週末に楽しみにしてすること

朝目覚めると旭日に感謝の意をささげること

そして気分が乗れば散歩に出かけること

そして
確実に言えることは
近所の大きなお風呂屋さんにいくこと

二時間ほど己が肉体を意図的にイタメツケ
我が家に帰って
カラアゲなぞの適当なアテと
ビールをヨメといっしょに食すること
そして早めにふかふかのお布団で眠ること

はてさてそんなことが
趣味といえるだろうか

といえど趣味が
童心に帰ったごとく夢中になって
ぼっとうしてしまう行為とするならば
上のようなことも
実はしっかり胸を張って言える
【私の趣味です】ということになるかどうか

ということで
私の趣味はお風呂です♥!ということになるだろうか

なんやシャキッとしない話ではある

夜の帰宅

人間 それぞれ弱みはもっているはずである

私も場合も
人に知られたくない自分のなかでの弱みは多々ある

酒を飲むと
何かしら気が大きくなり
ずっと飲んでいたいと思い
ついつい遅くまでやってしまう

付き合わされる方からすれば
何とも厄介な相手としか言いようなく
それは立場が変わって
自分がそのような輩に強引に誘われても
何とも眉をしかめてしまうはずである

何ともこんな性情は
改めてしまいたい

そんな悪癖が先日も出て
気付いたら
半ば確信的とはいえ
帰りの終電もとうになくなっていた

しばらく気分のよさに任せて
新橋の古い飲み屋の集合した
ビルのなかを
よさげな場所を探して
さまよっていた

といえどやはりサラリーマンの聖地だけあって
終電とともに
そのお店群も終了する

しばらく徘徊し
いつの間にか
ビルから抜け出せぬような形になり
フラフラふらふら
いつしか30分ほども徘徊して
ようやく地上に戻ることができた

同じような
按配で
だったら銀座はどうかね
などという気になり
新橋から銀座へ
時刻はとうに
一時半を過ぎている

きらびやかな街をゆっくりとあるき

気付いたら京橋へ抜けていた

気温は0度近くなっているだろうか

さすがにいろんな店も
シャッターを下ろしている

京橋をすぎ
日本橋にさしかかるあたりで
そろそろタクシーに乗ろうか
とも思ったが

そこで自分のこの情けない行状に
自分自身腹立ちのような感情が沸き起こってきた

そして日本橋から茅場町へいき
いつしか自分自身との対話が始まる

時刻はこの時点で
午前二時を回っていただろう

嫁さんにはタクシーがないので
しばらく歩いて帰るとメールはしてある

茅場町から門前仲町は
けっこう距離がある
ここでまた弱気が出る
タクシーに乗ろうか

そんな逡巡のうちに
何時しか茅場町の駅前を通り過ぎ
タクシー乗り場も過ぎゆきた

永代橋を渡り門前仲町へ

この街は昔から繁華な街で
よさげなこじんまりとした酒屋が
幾多もある

そんな店は今時分はどんな感じだろうと
そんな興味もそそられ
うろうろとそぞろ歩いた

こんな時間でも
さえずっている酔い人どもはたくさんいる

窓越しに
一生懸命さえずっている
太ったご仁を見た

まるで自分の行状を見せつけられる感じがして
あんな体で
何ともくちゃくちゃべちゃべちゃ
自分も偉そうにさえずっているのだろうなあ
とまたまた考えさせられた

そんな感興に包まれながら
門前仲町をすぎゆき
木場へ

木場を通り越して
いつしか東陽町

ここを超えると
もうタクシーもなかなか拾えない

あるとしても
逆に近すぎて
眉をひそめられるのも面倒だ

ここで乗るかとあきらめかけたが
そんな時間帯の客待ちタクシーも
それなりの疲れもあるのか
運転席でたばこをくゆらせたりしていて
そのことから
たばこの臭さが思い起こされ
もうええわいと半ばやけくそに
東陽町をも過ぎゆきた

南砂町に到着し
ここから
おおきな中川を横切る
葛西の大橋

時刻はそろそろ午前三時ぐらいだろうか

風が寒いというより
冷たく痛い

海風にみぞれらしきものが混じり
何とも修行のような様相を呈し始める

そんな時間なのに
いろんな人はいるものだ

自転車で過ぎゆく女の人もいたし
逆方向に歩いていくおじさんも何人かいた

いろんな人たちが
いろんな時間帯にいろんな行動をしているものだ


自分自身も二時間を超える徒歩のなかで
何時しか酔いもあらかた覚め
いろいろな想念が浮かんでは消えゆき
そんな形で自分自身と街並みと
人々の生活のそれぞれの形を
いつもとは違う形で
垣間見た

ようやく葛西の大橋を渡り終え
西葛西の街へ

午前三時を過ぎているのに
いまだ夜のネオンは悲しくまぶしい

いかにも安っぽそうな
キャバクラだかホストクラブかわからないような
店先で
若い男女が大きな声をあげて意見をさえずりあっている

おたがい酔いで感情が通常の域を超え
意見の対立を来しているようだ

人間も動物だなあ
とそんな点景をみながら思った

そんな感じで
新橋から自宅まで歩いた

時間にして3時間足らず
初めての行為で
何時かやってみたいと思いながらも
まさか

こんな形で達成できるとは
思いもよらなかった

酔いに任せて
フラフラと
それもこんな季節にこんな時間に



よくもオヤジ狩りに合わなかったものだ

嫁はんにも心配かけた

そんな独りの時間

自分と静かに対話することができた

2010年2月7日日曜日

本日もよか天気じゃ

うっすらと目をあけるだけで
暖かな明るさを感じる

静かに腹式呼吸を5回すませ
ゆっくり体を起こす

寝室から抜け出し
静かに扉を閉め
カーテンをゆっくりと開ける

太陽が屈託なく昇ってくれている

大丈夫 大丈夫とささやいているようだ


アマテラスーオーミカミー!!
と手を合わせる

そしていつも私たち家族を守ってくれている
お札に手を合わせる

自分の部屋に赴き
新聞をとるために窓を開ける

ひやりとした寒気に
きりりと目が覚める

窓を望むと
太陽の光を真正面から受けた
富士山が真っ白になって輝いている

おはようございます!と手を合わせる

ゆっくりと新聞を通して
世のすう勢を読み取ってゆこう

日々に感謝しながら
本日も生かされることに
心から喜びたい

こんなことは
別段 特定の宗教に依存しなくても
普通に人間として日本人として生きてきたら
自らわき出る感興に相違ないと信じたい

普通に生きているような人々も
それだけで多大な恩恵を享受しているのだろうし
それは自分とて例外ではない

恩恵を受けたら素直に
ありがとうございますと頭をさげて
感謝しなさいということは
厳しくもやさしい両親から学んだ基本的なことだ

2010年2月6日土曜日

当たり前のこと

チャーハンをおかずに白飯を食べる
というと笑われるだろうか

焼きそばをおかずに白飯はどうだろう

そうとなれば
お好み焼きをおかずで白飯でもいい

ようはご飯がおいしいということである


仕事上お話しする機会がある女性は【50歳以上の年齢】
とてもやせている

話のある機会に
やせていてうらやましいという話になった

その時に
いやいや私はご飯大好きですよという

カレー大好き
とんかつ大好き
焼き魚大好き
イカの塩辛大好き

その共通項として
白いご飯が大好きときた

ダイエットには何らかの関心がある私としては
ご飯 穀物類が太る一番のオトモダチ
と認識してきただけに
何とも少しく面食らった

その女性は誰が見てもやせている
といえどいたって健康で
持病らしきものもない

とはいえ
白いご飯大すき

ということで
いきおいチャーハンで白ご飯望むところというのである

ただ条件はあった

間食はしません
ということである

仕事では一生懸命体を動かし
そのエネルギー補給として
しっかりおかずと白ご飯を好きなだけ食べる

そしていろいろな明るい話で
心の栄養も補給する

何とも当たり前のことのようで

やはり当たり前のことを
しっかり当たり前にやっていれば
状態も通常のありようになるという見本を
突きつけられた気がした

ということは
当たり前でない体クになり果てた身としては
当たり前のようで
当たり前のこととは少しくゆがんだ生活を送っていると
指摘されたようなもので
なるほどそうですなと
独り得心するしかなかった

朝青龍 おつかれさんでした

小沢の嫌疑事件をあいまいにする
相撲界の激震が起こった

何とも小沢どんの情報と
相撲界の情報はいつもクロスするねえ

代表選のとき
北の海理事長のなんや事件があったような
なかったような記憶がある

ともあれ朝青龍

個人的には楽しんでいた

破天荒な相撲スタイルは
いまの角界の脆弱な力士には珍しい気迫を感じさせたし

両横綱の対決は
相撲純粋には楽しかった

何とも素人のコメントはどうとでもなるが

お疲れさんとしか
いいようない

だって僕もお酒たくさん飲むんだもん

寒いのはよし

本日は日本列島は全国的にかなり冷え込むらしい

日本海側はシャレにならないぐらいの
大雪に見舞われているようですな

今週の前半
金沢に赴き
今シーズン本格的な雪を初めて体感したが
やはり冬は雪
冬は寒いのに限る

その恒例の基準に従って
人間の文化は過去から息づいているし
今の生活を動かすミクロからマクロの経済すら
その基準を予測して
動いている

そのためにはその安寧の基準を
大幅に侵すような行為は
人間には認められていないし
そのことはとどのつまり人間自身の
未来を遮断している行為に他ならない

エコと軽はずみに口走っているが
これは冗談ではないらしい

いろいろな情報が
散漫に浮遊しているから
何とも自分は蚊帳の外と
自ら責任回避しようとするが
実はみながみな己のことと自覚しないところに
危うさの源があったりする

ということで本日も寒い

朝日が美しく昇った
恵みの朝日

そのやさしい光をうけて
富士山がやさしくも荘厳に浮かび上がった

手を合わせましょう

本日もよろしくお願いします

選択肢がある時の我々の脆弱さ

比較対象が複数ある時
人間は非常にあいまいで
不安定な判断をするらしい

たとえばの話

ロバが大好きな藁「ワラ」の山を
右と左どちらにもたんまりもってあるのを見つけた

右にいこうとすると左が気になり
左にいこうとすると右が気になる

そうこうしているうちに
ロバは飢餓のためとうとう死んでしまった

この話荒唐無稽と一蹴することができるだろうか

このデジカメにしようか
あのデジカメにしようか

些細なデザインの違いや
些細な画質の違い

しかしその選択のために費やした時間は
確実にコストだ
すぐに購入して
パカパカデジタル画像を撮りためて行ったであろう時間に
これにしようかあれにしようか悩んでいた

私の確実な1機のために
私は必要な時間を選択のために費やしたのだ
と自分を慰めることはたやすい

ただ事実としては時間のコストですよ
と突きつけられた時

確かにとつぶやいてしまうねええ

2010年2月5日金曜日

金曜の夜

一週間の激動がどうにか終わる

そんなときの家路に向かうひと時は
いい

ゆっくり休んで
英気を養おう

精神的肉体的に
穏やかに過ごして
休むのだ

心地いい音楽を聴いて
おいしいお茶を飲んで

穏やかな書物を眺める

眠くなってきた

お休みなさい

2010年2月3日水曜日

最近の読書

予想通りに不合理

経済は感情で動く

行動経済学の実験的な本で
何とも興味深い


日本を讒する人々

保守論壇をはる本格日本愛国鼎談

反転
日本の陰の部分の厳然たる存在
暗くなる

50歳からの人生塾
松原泰道

100歳の禅の坊さん
生き方の暖かさが伝わる

客単価アップの法則
なるほどそんな手があったか

心地いいツイッター

一度ツイッターにはまると
なにかしら居心地がいい

ブログよりリアルタイムであり
幾多の人々の今を感じることができる

もちろんゆるい関係性は
前提として理解しているから
そのことにお互い保証はない

今の今というところがいいね

よく考えるものだ

スカッとする

日本を讒する人々

渡部昇一
金美齢
八木秀次

何ともいい

スカッとするねえ
代案を出している

傍観する人々より
ナンボほどいいだろう

2010年2月2日火曜日

これより北陸

これより金沢に出張

雪の降った日により本格の雪国にいく
何とも日本の多様さを感じ
うれしくなる

仕事が終わったとは
気の合う仲間と一杯予定

片町にうまいおでん屋があるが
そこに行くか

寒い
それも冬
冬は寒くてなくてはならぬ

ものには基本的な基準といモノがあるのだ

2010年2月1日月曜日

ゆき 久しぶりにゆき

今夜は静かに雪が降りゆく

今シーズンになって本格的に白い景色を見るのは
おそらく初めてであろう

静かに静かに降りゆく

何かしら荘厳さを感じ
静かに手を合わせる

自然は常に寡黙である

意味らしきものをかってに付加するのは
何時も人間の勝手な感情である

自然は現象として
連綿と生きる

時に人間が自然を征服しようなどと
おこがましい考えを起こし
それが臨界点に達しようとするとき
自然は静かにブレーキをかける

自然と崇高な信仰は似ている

そういえば
薩軍が江戸に向けて
尋問の筋これありと
一同に会し静かに歴史の歯車を押し始めたのも
珍しく薩摩に雪が降った二月であったか

2010年1月25日月曜日

雑感

一日自分のなせることを精一杯おこない
その途上で出会う人々の暖かな行為に感謝する

物事で
個人でできるレベルというのは
恐ろしいほど少ない

個が集まり群となり
群が何事かを目標として組織となる

組織が機能的に動いて
何事かを動かしてゆく

精一杯個としての機能に徹し
その途上で
自分の機能をより有益なものにするために
情報や知識を吸収する

その手段は読書であり
観察であり
会話であり

そしてその作業を
睡眠という豊かな恩恵のなかで
休ませて
そしてまた
英気凛凛立ち上がる

その途上に
幾多の感情の波もあるから
なかなかうまくいくときばかりでもないが
それも人間であり
人生であったりする

生きてゆくことはある一面
恐ろしく単調である

しかし単調のなかに
何かしらの価値を見出してゆくのも
人間ならではの感情である

ゆっくりやすもう

2010年1月24日日曜日

最近の読書

フラット化する世界

グリーン革命

合衆国再生

成功者の告白

スタバではグランデを買え

竹中式マトリクス勉強法

散歩写真の勧め

永別かくのごとくに候

最強の速読術

死ぬための教養

スパークする思考

人類を救う哲学

新書百冊

読書進化論

旅は人生

懐かしい「東京」をあるく

病床六尺

子規句集

蕪村俳句集

天才の時間

「孫子」をよむ

人間通になる読書 実践編

暴走する資本主義

散歩の極意



最近読んだ本

こんな風に並べてみると
まさに乱読濫読ランドク


デブは菓子を乱食する
経験を日常的にこなしているために
実は読書も
やせ型の人より
上手なのかも・・

無理な理屈か

旺盛な知の習得と
互いの知のシナジーで
できうれば我が祖国のために
何がしかの働きがしたい

こんな気分も年を経るごと募り
またまた実はいまだ1月だからか・・・

断片を切り取ること

寒そうな川面に幾多の鳥が静かに浮かんでいる

彼らの意図なぞわかるはずもないが
何かしら穏やかでほほえましくもあり
冬の寒さがうれしくなったりした

おじいさんと3歳ぐらいの子供が
サッカーボールで
けりあっている

子供はカッコよく蹴り返そうと頑張っている
おじいさんもサッカーなぞ
テンで素人のようで
子供の打ち返したボールを
トンネルしたりしている

何ともほほえましい光景に
うれしくなった

【咳をしても一人】

の尾崎放哉
の自由俳句のようなものが詠いたくもなる

青い空に一人穏やかな川面をみる

歩きながら
クレーン車を横切っている

富士山を望んで
横から自転車が勢いよく横切る


何とも日常の何でもない過ぎ去る無数の断片を
自分のその時々の心が
どのように受けるのか
それは自分を含めてだれにもわからない
そんなわからない無数の断片を
その時々の自分の言葉にしていく



ツイッターがなんかとてもブームのようだ


人とつながることで
なんとなくさびしさを埋めようとする心理は
別段現代に始まったわけではない

そんな心理にテクノロジーが
寄り添って
そこに無数の動きが生じ
それが経済効果につながっていったりもする


せきをしてもひとり

それにしても
われも何かせねばと考えている

尾崎放哉
春の山の後ろから煙が出だした(辞世)

2010年1月19日火曜日

たとえばこんな休息

気の合う家族とうまい食事をとり

ゆっくりと湯船で
お気に入りの本を眺める

じっとりと汗を感じながら
体を弛緩させる

静かに自分の書斎に
たたずむ

少し奮発した布団に
ナノイーのきいた寝室で横になる

何とも幸福な時間だ

静かな時間も大切

一日に一回は自分の書斎で
静かに何もしない時間をもつ

一日めまぐるしく右から左に
情報処理している自分の脳を
ゆっくり休ませたい

日々生きることは
情報処理の絶え間ない連続である

会話から
メールから
計算から
笑いから
食事から
排泄から

何とも消耗耐久品としての
己が体も
よくぞまあ頑張っているものだと
時に自分ながら感心してしまう

フラット化する世界という本を
斜め読みしている

すべてがオープン化され
急激な変化が起こりつつある

たとえばこの私なぞが
このようにブログなぞをしていることが
一つの象徴的な事象である

まあいい

少し休もう

夕闇の静寂の音に
耳を傾けながら
何も考えない

静かに休息をする

そんな時間空間の確保は
誰にとっても大切なことだ

2010年1月18日月曜日

単純な生き物

人間というものは
いくつになってもとても単純な生き物のようだ

いくら世間的に風雪に耐えたような風貌をしていても
人に褒められれば悪い気はしないし
いくら金を積まれても首を縦に振らないような
意固地なことでも
プライドを軽くくすぐられると
すぐになびくものらしい

このことは別段幾多の観察の結果導き出された
科学的発見!なぞという大それたことではなく
あくまでも己が身に起こる
ささやかな体験に基づいている

体調管理についてである

私は血圧が高いということで
毎日薬を飲んでいる

処方される薬が
1か月分しかないため
必然的に1カ月に一度薬をもらいに
定期的にお医者さんへ行くことになる

その時のささやかで唯一の約束事として
毎日血圧をはかり
それを日々記録して提出するという
幼稚園児の絵日記のようなことがある


毎日記録している

そして1カ月に一度は
病院のきれいな看護婦さんに
血圧と体重をほぼ正確に測定してもらい
そのあとお医者さんから
ありがたいお言葉をいただき
そして薬を1カ月分処方してもらうという算段である

そんな定期的な拘束事が
ほぼ半年になる

見せてください
いいですね
落ち着いたいい数値になっている

【へへへ うれしいものである】


すこし太りましたか

はい
【ぎくっ そうなのである】


この前測定した血液検査の結果でましたよ


でどうでした??

とても非常にいい数値になっていましたよ

【マジですかっ!!】

いろいろな数値が劇的に改善している
どのような努力をされたのですか??

【わがプライドを軽く柔らかく心地よくくすぐるのう!】

いえいえ
そんな大それたことなどしていませんよ
すこし食事に意識して
あと通勤時2駅ほど歩くことにしています

すごい!
いいですね!
えらいっ!

【そんな大したことでもないし所詮私のことなのに・・・】


といい歳をしたおじさんの軽いプライドを軽妙に叱咤激励してくれる

これだけでがぜんやる気も出るというものである

やせなさいっ!
何をしているのですかっ!
成人病ですよっ!
あなた自身のことですよっ!

なぞと否定的な批難めいたことばかりいわれた日には
 おそらく私は逃避していただろう

【何を小癪な こちらは客だぞ!】

とばかりに・・・・

やはり人間いくつになっても単純なものだ

人はほめてつかわす

このことに限るね

このやさしいお医者さんは私からお金をもらい
定期的に通わしめ
そして喜ばしめ
そして顧客満足も実現している

実際は顧客自身がすべてやっているのである

お医者さんは
ほめて激励しているだけである

なるほどなるほど