2009年4月26日日曜日

水の大切さ

今住んでいるマンションの玄関口に
つつじが満開である

つつじ自身が何を考えているかは
こちらとしてはわからないが

朝元気よく太陽に向けて花を開いている
つつじを見ると
とても爽快で元気な気持ちになる

つつじさん
ありがとさん


人間はそもそも自然界の一つの生き物で
地球上の生物と
何も一線を画してたりなどしていない

つつじも人間も同じで
太陽からエネルギーをもらっているのである

人間の体は
そのほとんどが水で構成されているという

水は万物の基本で
水がないと即座に
生命活動は中断させられてしまう

そんな水によって
この感情をすらもった人間は
ほとんどを構成されているのである

ということは水そのものと
人間は基本的には同一である

ということは
水に対して大切に感謝の気持ちで
日々を生活するほうが
人間の生活にとっては
断然いいような気がしてくる

そもそも水なしの生活なぞ
考えられないくらい
水とわれわれの生活は
密接に関係している

トイレに行っても水がきれいに
流してくれる

のどが渇いてまずいっぱいの水

お味噌汁に
ご飯
おかずにも当然水が必要である

洗たくにも水が不可欠だし
肌の保湿にも水は欠かせない

水と人間

どうしても切り離すことはできない

江本勝という人の
水にまつわる書籍を読んだ

水を顕微鏡で観察すると
結晶という形をとって
いろいろな表情を見せるらしい

うれしい感情は美しい結晶

愛や感謝が最高に美しい結晶を作るらしい

反対に
できない 汚い
ののしり 怒りなどの
ネガティブな感情の言葉を
投げかけたり
紙に書いて張っておいたりすると
その結晶は激しく損傷し
その結晶の写真を見ているだけで
こちらの気持も
何かしら傷ついてしまう

ポジティブで美しい言葉を
常に口にしていると
水はとても喜ぶという

そんな喜ぶ水が
人間の体においては7割を占めるらしい

となると
水に日々感謝して
ありがとうと唱えて
恩恵を受けさせていただくことにしよう

そもそもそんなこと
まやかしである
なぞと揶揄することはたやすい

しかし私は
賛成のほうにくみしたい

そもそも目に見えるものしか
信じませんなぞとうそぶいている輩に
それほど大した人物はいやしない

風や感情も
目には見えないものである

熱だって見えないし
光だって見えない
反射や反応にすぎない

とすれば
神秘的なことに
素直にうなずくということも
生きてゆく上では大切ではないかな

と思ったりしている

明日からまた新しい一週間が始まる

朝起きて
太陽と水に感謝しよう

そして元気であることに
心より感謝しよう

それが
おじさんへのフェーズチェンジの
第一歩かと思う

2009年4月25日土曜日

自分の体は自分でいたわる

きっかけは居酒屋で
イカのするめが硬すぎて
歯の詰め物が取れたことだった

会社の近所の歯医者に
通い始めてかれこれ10回ほどになる

詰め物の応急処置だけでなく
徹底的にいきますか?と
最初に言われ
何の気なしに【そうですな】
と答えたのである

最初の詰め物をクリアーして
先日ようやく
2本目の治療が終了した

まだまだ先は長い道のりのようである

型をとって
新しい銀歯を入れる

【高さはどうですか?】

【もう少し高いようですな】

【これぐらいですか】

【今少しですな】


歯医者にとって患者は
お客さんでもある

だからとても丁寧である
十分な時間と労力を惜しまずに
少しづつメンテナンス作業が行われるのである


よくよく考えてみると
自分の体なのに
その歯医者さんよりも
自分自身は
自分の体に対し
ぞんざいな対応しかしていないな
と少し悔やまれはじめた

自分自身で処理する場合
少しの歯の高さの違いくらい
歯を少し強くかみしめたりして
強引に調整したりする

歯にモノが挟まった時など
あまりにも原始的に
つまようじで強引にほじくったりして
出血させたりする

衛生的にも限りなくNGのはずである

自分の体は
当然ながら自分自身が
一番いたわらなければ
自分以外の人は
あまり気遣ってくれはしない

体というものも
耐久消耗品である

この世の中で
円滑に生活してゆくためには
この唯一の自分の体が
健常であることが要求される

考えてみたら
そんな当たり前なことも
時に忘れてしまい
自分自身の体に対して
非常な無理を強い続けているような気がしてきた


ガブガブとたくさんのお酒を飲んでみたり
体に良くないと分かっていながら
加工食品や
油ものを大量に摂取したりする

十分な睡眠も
体にとっては大切であるのに
睡眠不足を精神力で補おうとしたりする


こんなことをし続けていたら
耐久消耗品である
とても大切な神様からの
借りものである肉体にいつしか支障をきたし
楽しい人生を十分に
全うできなかったりするのである

歯医者さんのとても優しい
いたわりの対応を受けながら
そんなことを考えたりした


たくさんのお酒を飲んで
憂さ晴らしも大いに結構である

しかしながら
その代償として
体には大きな負担を強いているということを
意識すべきであろう

いまはまだ恵まれている

十分な睡眠と
健康的な食事を摂取したら
有難いことにまた復活できる


自分の体を大いにいたわっていこう

無理がきくのは
若さゆえである

そんな若さは
今はもうない

となれば
フェーズを変えるしかない

おじさんなりの
やり方に変更するべきなのである

若さからおじさんへの
フェーズチェンジである

2009年4月12日日曜日

私に与えられた力

冷静に考えてみると
自分に前提として身についている
能力の豊かさに
時に涙の出るような
有難い想いに駆られることがある

私は目が見えるし
言葉を解するし
言葉を発することもできる


複雑な想念が入り乱れる空間を
空気として察知することができるし

ご飯をおいしく食べることもできる

お水をたらふく飲むこともできるし
読みたい本を
読みたいだけ読むこともできる

しこたま難しい内容は無理としても
たいがいのことは
日本語で書いてあったら
理解することもできる

歩くこともできるし
苦しいけど走ることもできる

階段を登ることもできるし
車を運転することもできる

その気になれば北海道でも
沖縄でも行くことができるし

思いたてば
田舎の母親や兄弟に
会いに行くことだってできる

うれしいときは大きな声で笑うことができるし
悲しい時は涙を流すことができる

くやしい時は歯を食いしばることができるし
眠たいときはぐっすり眠ることもできる

さわやかな朝は
すっきりと目覚めることもできる

そして人生の最大の味方である嫁はんは
常に一番近くにいてくれている

できること
やれること
持てること
挙げていけばきりもなくたくさんある

そんないろんな恩恵が
事前に与えられているのである

そんな自分に与えられた
持前の幾多の力を武器に
この冒険に満ちた人生行路を
しっかりと楽しみながら歩いて行きなさい!
ということであるなら
そこに何の悩みがあるだろう

感謝の気持ちをもって
この世の中を見つめなおしてみると
今まで見えなかったことどもが
観えてくるようだし
その幅は予想もつかないほど
大きなものに
観じ得られたりするはずである

過去の幾多の偉人群が書き記した
いろんな読み物にも
そんなことを感じ得た感慨みたいなことが
その人の言葉で書いてあったりする

少なくとも自分の場合は
ないものより
あるものの数を数えるほうに組しよう

そんな感謝の気持で人生を観じていると
自分が所有する車の数なんて言うものは
それこそ物の数ではないだろう


自分に与えられた従前の恩恵

感謝の気持ちで手を拝みましょう!

すべては自分の中にすでにあるはずである

自分の人生

まことにもって当然のことながら
人生という時間は有限である

自分のことを若い若いと油断していると
時間は冷酷にも
停止することなく過ぎてゆき
若いと思っているのは
自分の単なる思いすごしで
しっかりと年輪を重ね
いつの間にか
おじさんの仲間入りしているということになる


ここまで来るとおそらく耐久消費財と
自分自身の肉体の
どちらが先に終わるか
わからなくなってしまうことがある

後生大事にとっておいた
かっこいいスニーカーなぞも
いつの間にか流行にも立ち遅れ
おまけにこちら側が
いつの間にかおじさんに仲間入りし
新品のままどこにもっていくこともなく
文字通りお蔵入りなんていう
笑い話にもならない現象が起こったりする


よっしゃ
これからはモノというものは
しっかりと使ってあげて
こちらの人生に少しでも彩を加えられたら
【貴君のお仕事はしっかり全うしたのだよ!】
と気持ちよく卒業させてあげよう

さもないとこちら側が卒業させられてしまう


そんなことをつらつらと考えていた

わが自家用車も結構歳をとってきた

そろそろ買い換えようかしらなぞと
軽い気持ちで考えていたら

さてさて自分のこれからの人生で
車なんてものは
これから何台かうのやら・・・

なんていうことを考えだし
多く見積もっても3台くらいかな・・・

などと思ったりすると

たった3台・・・
世の中にはこんなにたくさんの車が
あふれ返っているのに
自分がこれから持ちうるであろう車の数が
たった3台とは・・・・

と意外とたいしたことはないようなことに
しばし愕然としたりした

だったらTVは?

だったらおうちは?

だったらだったら・・・・・



そんな切り口で
自分の肉体という耐久消費財の限界を
時間という切り口だけで考えたりして
やりきれない思いに駆られた


と言いつつも
人生 単に時間の長短ではない
ということもおぼろげにわかっているし
信じてもいる

そう、人生はその内容、その密度なのだよ

この国の歴史上の人たちで
しっかりと仕事をなしたという意味で
自分が尊敬している人たちの多くは
実は今の私より
若い年齢でなくなっていたり

そうでなくても
しぶとく何十年も生きながらえたりした人も
実はそんなに多くはない

生き恥をさらす
なぞという言葉もあるではないか


人生という道程の中で
自分自身がいまわの瞬間に
【オイの人生、全くいい人生であった!】と
自分に偽りなく心からいえたら
それは間違いなくいい人生に違いない

いい人生であったといえるための
尺度というものを
これからは自分の中に育ててゆこう


そんなことで
幾多の人々の
人生の片鱗を垣間見るという意味で
読書という作業はやはり必要なのだと思う

もちろん人は一人では生きてゆくことなぞ出来はしない

自分の場合もまさにその通りで
唯一にして最大の人生のパートナーである
嫁はんとこれからも手を携えていくことは当然である

とは言いながら
できればこちらのほうが
少しでもいいから
先に逝きたいとも思う

まあそんなことは先の話・・・・

なぞと思ってはいけない

人は常に死を心の片隅に
意識してこそ
有限の人生を
しっかり見つめることができるはずだからだ・・・

2009年4月11日土曜日

朝の感想

最近、天気がすこぶるいい

昨夜は満月の静かな夜だったので
しばらく夜空を眺めて
一週間の熱くなった精神を
ニュートラルな状態に戻そうと
月と語らう時間を作った

自分が春の生まれということもあるが
春の季節というのは
何ともいい

いろいろなものが新鮮で
若葉が青々と萌えいづる

どちらかというと
辛抱して少しうつ向いて歩いていた季節から
さてっとばかりに
何かしら吹っ切れた感じで
前向きに歩き始める

そんな感覚だろうか

身の回りのものも整理して
またリセットにておっ始めましょう
なんていう感じだろうか

最近読んでいる自己啓発の本にもあった

【おがくずをのこぎりでひこうとするな】
【覆水盆に返らず】

過ぎ去ったことをくよくよと考えても
どうしようもない

過去の修正しようもない出来事に対して
あれこれ思い悩むなどということほど
愚劣なことはない

ただその結果をどのように自分の心が
受け止めることができるだろうか

という内容である

都度その要点はこの稿に記載していきたい

人間何歳になっても
自己啓発は大切である

自らを完成形と任じている凝り固まった
おじさんほど胡乱臭い存在はない

何歳になっても
自分の無知さをおおらかに任じつつ
日々少しでも成長しようと
歩き続ける存在でありたい


1.Ask yourself , "What is the worst that can possibly happn?"

2.Prepare to accept it if you have to.

3.Then calmly proceed to improve on the worst.


Those who do not know how to fight worry die young.

1 .Get the facts
2.Analyze the facts
3.Arrive at a decision- and then act on the decision.

God grant me the serenity
To accept the things I can not change,
The courage to change the things I can,
And the wisdom to know the difference.

2009年4月8日水曜日

How to stop worrying and start living

●過去と未来を鉄の扉で閉ざせ
 今日一日の区切りで生きよう

●今日一日の区切りで生きる

●一度に一粒の砂・・・一度に一つの仕事

●明日のことを思い悩むな

●賢者には毎日が新しい人生である


つどの要点を都度記してゆこう

2009年4月5日日曜日

春の日曜日

正岡子規という人は
とても明るい人物だったらしい

その性向は
江戸から明治という
時代が大きく開かれんとする時期に
ピタリと合致した

そんな彼が打ち立てた
俳諧思想の中に
現実をあるがままに直視する
リアリズムの精神がある

いわゆる写生である

そんな子規は若い時分から
写生への衝動があったようである

想うこと、なしたことことごとく記録として残す



そんなことで私も想ったことなしたことなぞ
何の脈略も考えることなく
つれづれとつづることを改めて決意した

決意などといっても
それほどたいそうなものでもない

まあ気楽にこの場所に
自分の行き方の一点景を
自分の言葉で
描写することによって
一つ一つ記録していこうということである

子規みたく偉大なことなどないのは
当然のことながら
自分一個の人生にとっては
何らかの財産にもなろうというものだ


朝起きて昨日の決意どおり
自分の部屋の不要な物の整理に
何のきっかけもなしに取り掛かっていた

こんなことも
やはり自発性が重要で
誰に強制されようともなかなかしないような事なども
ふと何のきっかけか自ら動き出すことがある

だから人間というものは不思議なのだ

不要な物をひとつづつ点検しながら
分別してゆく作業は
心地よいとは行かないまでも
不快な作業ではない

かれこれ十年前ほどに使用していた
ボールペンや消しゴムが見つかったり
黄ばんだ映画の半券などが出てきたりして
自分のモノモチの良さにあきれる思いがした


ひとつづつより分けていき
積った処分の山は
大きな袋にして4つほどになった

本などは50冊をくだらない


何ともモノというものは
増えてゆくものである

モノのあふれた飽食の時代ならではのことながら
便利で豊かなモノが
時として豊かさを逆に阻害する要因になったりする

皮肉とかではなしに
真の豊かさは実はとてもシンプルなもので
今までぎゅうぎゅうに詰まって
息苦しさを感じていた空間に
すっかりモノがなくなったのを見て
逆に心が一瞬満ち足りて豊かな感覚に包まれた


もっと捨ててゆこう


メシはいつものようにビールとともにいただいて
ルーチンの如く昼寝に突入

すっかりリラックスした気分で
夕焼けの風に当たりたくなって
軽く散歩に出かけた

都会に暮れなずむ夕日に向かって
大きな望遠レンズのついた
たいそう立派なカメラを
丹念に覗き込んでいるおじさんがいた

一瞬のきらめきをカメラに残したいのだろう

これも写生か・・・

少しずつ傾いてゆく夕日は
常に自分を照らしているように感じた

そのカメラのおじさんも
同じことを感じているのだろうか

太陽というものはやはり偉大だ

皆に平等に
自分は守られているという
安心感をもたらしてくれる

ゆっくり歩いてゆく道程は
前向きな思考を誘発する気がする

そんな感じでまた日曜日が暮れた

2009年4月4日土曜日

春の季節

いつも行く銭湯には
自分なりのお気に入りの場所がある

そこの隣に
木が植えてある

手を伸ばせば
その木の葉を手に触ることができる

とても朴訥な
枝と緑の固い葉だけの
名も知らない木である

そんな木を何の気なしに観ていた

その硬そうな枝の先端に
薄緑色の
とても小さな若葉が生えかかっていた

【こんな木にもこんなにやわらかな若葉が・・・・】


つぶすことのないように
おそるおそる手に触ってみる

とてもやわらかい・・・・


とても小さく繊細な新しい命が
芽吹いているのである


春だなあ・・・・

春はいろいろなことが始まる季節である

この木も生命の代謝を
静かに行っているのである



先日まだ寒い朝
前の晩に読んだ本の中に

【笑顔は幸せを呼び込むのですよ・・】

というようなことが書いてあった


期末に追われた
忙しい朝
二つ前の駅で降りて
歩きながらそんなことを思い出して

【いっちょ やってみっか・・・】
とばかりに
不器用な笑顔を作りながら
朝の街中を歩いた

会社に急ぐ日本人サラリーマンたちが
予想通り渋面を作って
何かに急き立てられるように歩いていた

その中に若い女性も
含まれていたが
顔はおじさんと同じ
とても渋柿である
いつもの私も同じ渋柿であるはずである


そんな中、
不器用な笑顔を作りながら
渋柿と目を合わすのがいやで
空を眺めていた

地下鉄のエレベータから
とても大きな荷物を持った
金髪のおばさんが上がってきた

荷物が尋常じゃないほど大きいので
それに比例して重量もそうとうありそうである

おまけにそのおばさんの体もかなりの重量級で

【私と一緒でよく食べるのであろうな・・・】

なぞとぎこちない笑顔を訓練しつつ
いらぬ想像をしながら観ていた

そしたら
満面の笑顔で
【good morning!】
ときた。

【とても重そうでしょ 私もそしてこの荷物も・・・・】

というような心の声が聞こえたような気がした

自分も彼女ほどの満面のとはいかないが
ぎこちないながらも笑顔であいさつした

春の涼やかな風の吹く朝
とてもすがすがしい気持ちになった

やはり笑顔というものはいいものだなあ・・・・

と、まだまだ不器用な笑顔を作りながら
春の空を眺めた


そんな春が始まった

なんだかんだいったって
この自分とはいつも一緒に
付き合っていかなければならない

それならば
いいほうへ少しでも変化できるように
この季節と一緒に
スタートを切ろうと思う

忘れがちだが笑顔笑顔だ!

捨てっど

四月になった

世の中には若葉のような初々しい若者が
あふれ出した

毎年観る光景ながら
何ともすがすがしい光景だ


衣替えする時期でもある

家の中を見渡してみた

何とも使い古したものや
かれこれいく年も手に取っていないものが
雑然とその場所を占拠していることに気づいた

思い切って整理することにする

読まれずにずっとたたずんでいた本や
棚の上にずっと鎮座ましましていた
少しカラフルな空き箱は
この機会にお別れをすることにしよう

少しずつめんどくさがらず
自分の周りを
こまめに更新メンテナンスすることが
実は自分の時間を取り戻す
一番簡単な近道なのかもしれない

自分を快適にすること

整理して
モノに主導権をとられない生活

そんな感じでスタートを切ろう

根拠のない楽観をもって
世の中をもっとゆっくり見てみよう

そんなところから・・・・