2012年11月3日土曜日

薩摩への帰還 久しぶり4

坂元のお墓で手を合わせていたとき

またまた偶然の閃光が走った



父方のおばあちゃんの方のお墓も
近くに在り
いつもじぶんのお墓と一緒のお参りをしている

そこに誰かしらおばさんがいる


もしかしてあなたは?

と声をかけてくれたのは
遠い昔にお会いした親戚であった


おおきくなったねえと
40を超えた男にそのおばさんはいう

そのとき時間は
昔に空転して
40を超えたおじさんですら
かわいらしい昔の男の子に変化する


お久しぶりです


とご挨拶して

しばし共通の話題を模索しながら
秋晴れの薩摩のお墓で
時間がゆっくりとすぎゆく


連綿とつながる血

そこに連関する人間の絆


偶然が重なる今回の薩摩路である




坂元を後にして
今度は草牟田にむかう


この地はかつて
薩軍の火薬庫があった

ここを政府軍の息のかかったものが
襲い
そしてそのことがきっかけとなり
日本国内最後の内戦である
西南戦争が火を噴いた


西郷が日本のサムライをみな連れだって
あの世に行ってしまったいくさである



この草牟田に母方のお墓がある


花と線香を手向け
静かに手を合わせる


かえってきました




そして親戚のおじさんに電話したら

おばさんが入院している旨を知らされた




薩摩への帰還 久しぶり3

弟と日曜日に再び会うことを約して
車は鹿児島市内にむけて颯爽と走った

あえて高速道路はとおらない

わかきとき
気の合う友垣と走った国道10号線

この眺めはすきである

眼前に雄大に居座る薩摩のシンボルの桜島

「かえっきもした!」

そのとき自然と浮かんだ言葉

この言葉を
幾多の薩摩の先人が口にしただろう

かえっきもしたど!
と桜島に報告しただけで
昨日までのモヤとした疲れがかるく吹っ飛んだような気がした


10号線を走って
まずは天文館に向かった


朝から移動していた故
おなかがすいたのである


その昔、鹿児島マハラジャがあったあたりに
車を停めて
天文館を散策した


なんか変わったなあ


そりゃそうだろうな

自分が天文館でたのしくすごしたのは
かれこれ20年も前になるのだ


変わらぬ方がおかしいわい


天文館を流しているときに
熱心にチラシをくばる女の子がいた


ランチは500円です
おにぎりサービスです

その言葉につられて
久々に鹿児島のラーメン屋にはいった

うん、
この味だ

食べ物でも鹿児島にかえっきもしたどと実感した瞬間だった


坂元のお墓に向かった
ここは父方のお墓がある


お花を購入し
水をかえ
線香に火をつけ
お祈りをする

「かえっきもした」
「やすらかにおやすみください」

としばし手を合わせご先祖と心を通わせる


我々はご先祖さまがあってこそ
いまここに生きている


縦軸の歴史を感じ
たしかに己は薩摩人なのだと感じる


かみさんとしばし手を合わせて
久々の帰還を報告した




薩摩への帰還 久しぶり2

霧島から鹿児島市内へ向かう途中
友人の経営する学習塾に立ち寄った

夜型の経営スタイル故
朝の10時半ごろはまだいないだろうと半ば
覚悟しつつ訪れた

その建物はそこに在った

すこし日にやけてはいるが
マゴうことなきその学習塾の看板がそこに立っていた

授業の予習をしている若者がいた

先生のようだ


自分より年の若いひとと
あいさつを交わしながら
先生というひとすらも自分よりすっかり若い
という現実に
自分がすっかり年をとったのだな
と妙な得心をした


まあ会えずではあったが
わが畏友が健在なりということを確認できたこと
これがうれしかった


鹿児島市内にむかう途中にもう一つ
寄ろうかと軽く考えたところが在った


弟の家である

平日の昼下がり故
誰もいないということはわかっていたが

新しく購入した家を
未だかみさんはみていないということで
かるく家を見るということで
重富のその家に向けて車を走らせた


重富小学校の裏手の山をのぼり
見晴らしのいい場所に出る


重富小学校はその昔
平松城という城の跡だという

そこに薩摩の懐かしくも厳格な気風が生きているようで
甥っ子たちがそこで学んでいることに
かすかな誇りの様なものを感じた


その家を一瞥し通過しようとすると
その家の玄関口に
人影がある


弟であった


かみさんとはかれこれ3年ぶりである

これから出勤ということであった


なんという偶然か


レンタカーを借りて
友人の塾を通り過ぎ・・・・


いろいろな任意の行為のすえに交差した
一瞬の偶然であった


今回の旅もまた何かしら護られているのだなと
柔らかなやすらぎの様なものを感じた

薩摩への帰還 久しぶり1

10月もひきも切らず忙しい日々が続いた

そんなさなか
何故に忙しいのだ、なぞといいうナイーブな想念が浮かんできて
何やら相当疲れてきているなとほのかな自覚のようなものがあって
26日の金曜日は休みを取った

相方の状況も大体似たようなもので
向こうの方は25日に早々と休みをとって
一足先に鹿児島の霧島に飛び立った

私の方も25日の肉体労働で
疲れ過ぎてねむりが浅かったが
当日の飛行機が始発の6時20分だったので
フラフラになりながらも
4時半には起きだしそそくさと自宅を後にした


久々の休みとはいえ
携帯電話でほとんどの仕事が進んでいくきょう日は
携帯の電源だけは切ることもできず
そういった意味では
芯からの開放感はなかった
といえど今回はまがりなりにも「自己解放」などという
自分なりのかすかな目標があったため
どうにかして自分をリラックスさせるのだという
やわらかな覚悟の様なものはあった

6時に羽田をでたらさすがに到着も早く
平日の金曜日の8時半ごろに
自分の郷里の鹿児島に降り立っている自分に
あらためてかすかな驚きをおぼえた

「思い立てばいつでも帰ってこれる」
これが狭くとも愛らしいわが日本の姿なのである


鹿児島空港に到着すると
さっそくトヨタレンタカーへむかう

レンタルした車はラクティス

最近の車は本と進化していて
スマートキーで
鍵のとがった鉄の部分がない

スマートキーを身近に置いておきさえすれば
スイッチポンで
エンジンが始動する



鹿児島空港から
一足先に優雅な夕べを過ごしていたかみさんを
霧島国際ホテルに迎えにいった


このホテルはいい

全国見渡しても
この価格で
この温泉で
この料理はなかなかない

我が家のなかではとてもいいホテルで
そのためか
ネットでいつも眺めているが
ほぼ連日満室である


日本列島のこんな最南端の
それもこんな山奥の霧島で・・・

と思ったりもするが
やはり知っている人は知っているのだろう


すっかりリラックスが始まっている
かみさんをピックアップして
鹿児島に向かうことにした


目的はお墓参りである