2011年2月27日日曜日

2月もよかった

今月のスポーツジム実績は
4かいごあした。

6かい会員の月謝をしはらっているゆえ
いますこし気張らねばならぬ

うまいもんはよういただいた。

血圧の薬うけとりに診察にも行った
散髪も4カ月ぶりにいき
おとこまえっぷりも上がった

よい2月でごあいした

北の旅人 旅程1

2月ももう終わりである

何とも歳月の過ぎゆくのは早いものである

つい先日2010年度が過ぎゆき
新しい年度をむかえて
とてもはしゃいでいたのに
もう2カ月もすぐゆきてしもた

2月は意識して
東北を歩いた

まず最初に赴いたのは
福島である

過去
といってもそう遠くない過去
この場所は強烈な佐幕の地であった

歴史が大きく転換するとき
西南の地から
その改革のうねりが巻き起こり
そのエネルギーは
日本列島を西から東へ縦断した

その折
悲劇は起こった

かの地の歴史に忠実な人で
薩長と聞くとその血が逆流する者がいても不思議ではない

そんな福島の地では
2~3時間時を過ごしただけで
さっさと東へ移動する

何をされるかわからないではないか
安全志向なのである


仙台で一度降り立ち
腹が減ったので
牛タン弁当を仕入れ
すぐに秋田新幹線に乗り込む

秋田に移動する日は
折悪しく吹雪激しく
秋田の街に入線したのは夜の9時に近づこうとする刻限である

ホテルにどうにかチェックインし
とにかく秋田の味を求めてさまよい出る


何気に見つけた
秋田地酒の店

焼酎は飲めるドン
地酒は苦手な私である

といえど
とりあえず寒いので暖簾をくぐる

月曜日でもあり
客はまばら

炉端焼きのカウンターでは
客は私一人で
焼き役の若い女の子も独り

彼女は生粋の秋田っこで
料理から酒から
すべておすすめをいただく

秋田らしい味で
とても満足

よかよか


翌日は秋田で仕事をし
その夜は青森へ移動

青森に着いたのも
夜遅い

青森新幹線に乗り込み
夕食は駅前の食堂で
軽くすませる

翌日は
青森から札幌である

青函トンネルを潜り抜け
函館から札幌までは空を羽ばたく

パンパシでバイキング

2月22日はかみさんの誕生日である。

今年の22日は火曜日で平日だったため
昨日ささやかな誕生の宴を2人ひそやかに挙行した

横浜のパンパシフィックホテルで
ディナーである。

ディナーといえど
実はバイキングである。

といえど
バイキングの中でも群を抜いてうまいところである。

夜はたくさん食べると決めていたので
朝起きて部屋の掃除をして
その足で
スポーツジムへいった

夜の楽しみなことを胸に
プールにておのが肉体に負荷を加える

夕刻5時からの誕生会

料理は予想に違わずうまい。

ノンアルコールビールと
横浜の夜景が
食事の雰囲気をバックアップしてくれる

たしかにうまい。

そんな感じでいい

庶民の生活は
個々のささやかな行動に自分なりの幸せを見つけることだと思う

幸せとは多分に恣意的で
その本人が幸せと感じることが
その人にとってまがうことなき幸せのはずである


そんな積み重ねで
人生を積んでいきたい

人間は確実に歳をとって
人生を死に向かって
進んでいくのである

その道程は楽しくあってしかるべきだし
その方途はこちらにゆだねられている

駿台中山学生寮

東京に初めて出てきたのは
18歳のときである

人生で初めての大学入学試験で
望む大学の試験に見事敗退して
その年に間髪いれず駿台予備校に通うことを決めた

親戚の勧めでの駿台予備校。
その名すら知らなかったが
鹿児島から3月に上京。予備校の入学試験を受けることに決めた。

東京というと
鹿児島からはかなりの遠方で
鹿児島人以外の人との出会いは生まれてこのかたテレビ以外では初めてであり
不思議なことに当時、彼らが日本語を話して歩いていることを奇妙に思ったりした。
それほどの田舎ものだったのである。

東京のほうからしたら
鹿児島の方こそ異国に近いはずであり
今思えば彼らの吾を見る目も
一種異人を観るがごとくだったようにも思える


駿台予備校に入学できることになり
一年間のすみかは
駿台の寮ときまった。

千葉の下総中山という駅の近くに
駿台中山学生寮があった。

そこの入寮にも試験があったように思える

かの寮は歴史も古く
以後知りあった予備校の友人から
過去この寮には
芸能人の中村雅俊がいたとか
そのむかし浪人生活の苦労故自殺者がいたとか
そんな話を聞いた

寮の部屋は2人部屋で
私の同部屋の人は群馬から来たということであった

寮の部屋は
ドアを入ると両方に2段ベッドがあり
唯一のプライベートは
ベッドについているカーテン一枚で
その布切れ一枚で自分の時間を守るのである

同部屋のかれは群馬の前橋高校出身ということだった

群馬とは言えその発音は流暢な標準語で
それだけで自分の中に何かしら引け目のようなものが芽生えつつあった。

しかしながら今にして思えば
彼自身には私を上から見るなどという意地悪なものは微塵もなく
どうにか友好な関係を築こうと
なんどもこちらに手を差し伸べようとしていたように思える。
非常に優しい男だった。

こちらがわのかってな被害妄想なのである。

同部屋で同じ予備校で同じ教室となると
どうしても一緒に行動したくなくて
こちらは自然に外に友人を求めた。

かれは内向的な性格で
ベッドにカーテンをしめて
独り静かにラジオを聴きながら
少女マンガを読んでいた。

ときにラジオが面白いのか
マンガが面白いのか
深夜暗闇の中
こちらに気を使ってか、
音を絞って彼が独り笑うその声に
必要以上に憎しみを覚え
それ以来ほとんど彼とは話をしなくなり
ときに存在すら無視するような行動をとった。

今思いかえしてみると
彼は何時もひとりで
振り返ると何時もこちらを見つめていたし
その顔は頼りなげなそれでいて希うような
かぼそくやさしい笑顔であった。

食堂でも一人だったし
教室でも一人だった


そんな気の優しい群馬の孤独な男を
自分は徹底的に無視したし
新しくできた友人などに
自分の同部屋の人間が少女マンガを読むような
おかまのような奴であり

そんな不運なやつと同部屋に当たってしまった自分が
いかにかわいそうであり
それゆえ自分を同情してくれよというような不遜な行動をとった。


20年の歳月がたって
最近無性に彼のことが思い出される。

一年間一緒の部屋ですごしたくせに
かれがどのような進路に自分の未来の選択をしたのかも
わからない。

かれが何に悩み、何を夢に頑張っていたのかもわからない。

ききもしなかったのか、きいたのに忘れてしまったのか。


自分が鹿児島に帰ることも
彼に伝えただろうか。
かれはその時もやさしく微笑んでくれたのだろうか。


いま思えば
若さ故とはいえ、彼をしてとても傷付けてしまったように思う。

どうであろう。
かれはどう思っていただろう。
またやさしく微笑んで
そんなことはないよ、といってくれるだろうか。

一度かれに再会して
久闊を叙したい。

といえど
今になってしまえば
彼の名字すら忘れてしまったし

思い出すのは
自分の脳裏の中だけで微笑むかれの優しげでそれでいて孤独な表情と
直人という名前だけである。


再び会うことなどできはしないだろう。

青春のほろ苦い思い出である。

人は誰しもいつかは死ぬ

人はだれしもいつかは死ぬ

人は誰しも日に日に歳月を経て
年齢を重ね
歳をとる

これだけは何物にもあらがうことのできぬことである

人は誰しもいつかは必ず死ぬのである
その生き死には天のみぞ知るところである

2011年2月25日金曜日

最近目を通した本

最近目を通した本

やればできる
 勝間和代

空気を読むな本を読め
 小飼弾

正岡子規
 多湖輝

成功のコンセプト
 三木谷浩史

1分間勉強法
 石井貴志

禁煙セラピー
 アレンカー

ダイエットセラピー
 アレンカー

敬天愛人 西郷隆盛1
 海音寺潮五郎

坂の上の雲 1~8
 司馬遼太郎

仰臥慢録
 正岡子規

病床六尺
 正岡子規

尾崎放哉句集
 尾崎放哉

翔ぶがごとく1~3
 司馬遼太郎

やはり書き手に力量の差が非常に大きく
読んでいて気持ちのいいのは
堅牢な文章力の著者のものである

正岡子規の2冊は必見である
かれの人間性が非常に現れている

個人的には
仰臥慢録がいい


非常に個人的な文章で個性が迸り出ている
かれはいまのツイッターなどの
元祖かなとも思う



 

2011年2月24日木曜日

ダイエットセラピー

禁煙セラピーというベストセラーがある

自分はたばこをやめてひさしいが
最近この本を読んで
禁煙に励んでおるという仁の話をきいた

そんなおりから
同じ著者で
【ダイエットセラピー】という本がある
古本屋で何気なく物色していたとき
かの本が
私はここだよ~と声をかけてきたような気がした

頭に
読むだけで絶対やせられるとある

何とも
うるさい


かの本のエッセンスはその11カ条にある

この本では
イージーウェイという表現をしている
ウェイトとウェイ【道のり】をかけているのである

1.イージーウェイ11カ条に必ず従うこと
2.心を開いて
3.わくわくした気分で始めよう
4.自然の法則に逆らうようなアドバイスはすべて無視すること
5.目標体重は設定しないこと
6.おなかがすいていなければ食べないこと
  食事は空腹時に食べるからおいしいのだ
7.味覚の奴隷になるな!
8.ジャンクフードに注意
9.本物の食べ物で空腹感を満たすように心がけよう
  ジャンクフードでは空腹感は癒やされない
10.とにかくやってみよう
11.あせらないで!

ということである。

それに加えてポイントは
●一番いい食べ物はフルーツである
 そのフルーツを朝食で取るのがベストである

●肉 乳製品はだめ

●ジャンクフードは
 肉 乳製品 チョコレート 砂糖などのこと

ということである

私は
ジャンクフードはだい好きだし
肉も大好きである
チョコレートも捨てがたい


すこし考えてみることにする

 

2011年2月20日日曜日

みきたにごろう

ベンチャー企業の雄といえば
やはりホリエモンではなく
ミキタニゴローだろ!

やはり10年間であれだけの
インターネット仮想空間をビジネスとして
立ち上げる度量は
さすがだよね~!

となにかの酒の席で
適当に語らっていたとき

みきたにごろうかなあ
といぶかしむ仁あり

たしかミキタニゴロウだろ
と酒のせいもあり吾らにとってそれほど重要な話題でもなく
適当に過ぎゆきていったが
なにかしら奥歯につまっているようで
ピリッ!とこない

みきたにみきたに
とつぶやきつつ
後日調べてみたら

三木谷浩史さんでした

としたら
ミキタニゴロウとは
誰じゃと自分の中でしばし葛藤があり

そうかと得心した

大河ドラマ 江を
観ていたら
猿の素晴らしい演技をするヨカニセが
画面いっぱいに我が物顔でオドッテおるではないか

岸谷五郎さんが・・・

おおそうかい

三木谷さんと岸谷さんが
何時しかかってにわが脳裏にて融合して
ミキタニゴロウさんとなってしまっていたのだ

いずれにしても
吾らには縁薄い高い世界に人たちのことゆえ
といえど
すみませぬ

ゆるしてたもんせ

そんなことがあったのである

2011年2月7日月曜日

今週これから

今週は本日より東北行脚の出張である

初回は因縁ありの会津福島

福島を終えて秋田に北上
青森へ横断し

エンディングは札幌である

生まれ育った土地とはま逆の
北のとちへ
久々に行脚する

その土地の匂いは
しっかりと汲み取ってこよう


それにしても寒そうだ

2011年2月1日火曜日

霧島の新燃岳

霧島の新燃岳の噴火が気になる

自然の猛威の前には
人間は非力だ

大丈夫であってほしい

最近、宮崎・鹿児島には
うれしくないニュースが多い

鳥インフルエンザや
この自然の猛威である

手を合わせて
祈るばかりだ