2012年11月3日土曜日

薩摩への帰還 久しぶり4

坂元のお墓で手を合わせていたとき

またまた偶然の閃光が走った



父方のおばあちゃんの方のお墓も
近くに在り
いつもじぶんのお墓と一緒のお参りをしている

そこに誰かしらおばさんがいる


もしかしてあなたは?

と声をかけてくれたのは
遠い昔にお会いした親戚であった


おおきくなったねえと
40を超えた男にそのおばさんはいう

そのとき時間は
昔に空転して
40を超えたおじさんですら
かわいらしい昔の男の子に変化する


お久しぶりです


とご挨拶して

しばし共通の話題を模索しながら
秋晴れの薩摩のお墓で
時間がゆっくりとすぎゆく


連綿とつながる血

そこに連関する人間の絆


偶然が重なる今回の薩摩路である




坂元を後にして
今度は草牟田にむかう


この地はかつて
薩軍の火薬庫があった

ここを政府軍の息のかかったものが
襲い
そしてそのことがきっかけとなり
日本国内最後の内戦である
西南戦争が火を噴いた


西郷が日本のサムライをみな連れだって
あの世に行ってしまったいくさである



この草牟田に母方のお墓がある


花と線香を手向け
静かに手を合わせる


かえってきました




そして親戚のおじさんに電話したら

おばさんが入院している旨を知らされた




薩摩への帰還 久しぶり3

弟と日曜日に再び会うことを約して
車は鹿児島市内にむけて颯爽と走った

あえて高速道路はとおらない

わかきとき
気の合う友垣と走った国道10号線

この眺めはすきである

眼前に雄大に居座る薩摩のシンボルの桜島

「かえっきもした!」

そのとき自然と浮かんだ言葉

この言葉を
幾多の薩摩の先人が口にしただろう

かえっきもしたど!
と桜島に報告しただけで
昨日までのモヤとした疲れがかるく吹っ飛んだような気がした


10号線を走って
まずは天文館に向かった


朝から移動していた故
おなかがすいたのである


その昔、鹿児島マハラジャがあったあたりに
車を停めて
天文館を散策した


なんか変わったなあ


そりゃそうだろうな

自分が天文館でたのしくすごしたのは
かれこれ20年も前になるのだ


変わらぬ方がおかしいわい


天文館を流しているときに
熱心にチラシをくばる女の子がいた


ランチは500円です
おにぎりサービスです

その言葉につられて
久々に鹿児島のラーメン屋にはいった

うん、
この味だ

食べ物でも鹿児島にかえっきもしたどと実感した瞬間だった


坂元のお墓に向かった
ここは父方のお墓がある


お花を購入し
水をかえ
線香に火をつけ
お祈りをする

「かえっきもした」
「やすらかにおやすみください」

としばし手を合わせご先祖と心を通わせる


我々はご先祖さまがあってこそ
いまここに生きている


縦軸の歴史を感じ
たしかに己は薩摩人なのだと感じる


かみさんとしばし手を合わせて
久々の帰還を報告した




薩摩への帰還 久しぶり2

霧島から鹿児島市内へ向かう途中
友人の経営する学習塾に立ち寄った

夜型の経営スタイル故
朝の10時半ごろはまだいないだろうと半ば
覚悟しつつ訪れた

その建物はそこに在った

すこし日にやけてはいるが
マゴうことなきその学習塾の看板がそこに立っていた

授業の予習をしている若者がいた

先生のようだ


自分より年の若いひとと
あいさつを交わしながら
先生というひとすらも自分よりすっかり若い
という現実に
自分がすっかり年をとったのだな
と妙な得心をした


まあ会えずではあったが
わが畏友が健在なりということを確認できたこと
これがうれしかった


鹿児島市内にむかう途中にもう一つ
寄ろうかと軽く考えたところが在った


弟の家である

平日の昼下がり故
誰もいないということはわかっていたが

新しく購入した家を
未だかみさんはみていないということで
かるく家を見るということで
重富のその家に向けて車を走らせた


重富小学校の裏手の山をのぼり
見晴らしのいい場所に出る


重富小学校はその昔
平松城という城の跡だという

そこに薩摩の懐かしくも厳格な気風が生きているようで
甥っ子たちがそこで学んでいることに
かすかな誇りの様なものを感じた


その家を一瞥し通過しようとすると
その家の玄関口に
人影がある


弟であった


かみさんとはかれこれ3年ぶりである

これから出勤ということであった


なんという偶然か


レンタカーを借りて
友人の塾を通り過ぎ・・・・


いろいろな任意の行為のすえに交差した
一瞬の偶然であった


今回の旅もまた何かしら護られているのだなと
柔らかなやすらぎの様なものを感じた

薩摩への帰還 久しぶり1

10月もひきも切らず忙しい日々が続いた

そんなさなか
何故に忙しいのだ、なぞといいうナイーブな想念が浮かんできて
何やら相当疲れてきているなとほのかな自覚のようなものがあって
26日の金曜日は休みを取った

相方の状況も大体似たようなもので
向こうの方は25日に早々と休みをとって
一足先に鹿児島の霧島に飛び立った

私の方も25日の肉体労働で
疲れ過ぎてねむりが浅かったが
当日の飛行機が始発の6時20分だったので
フラフラになりながらも
4時半には起きだしそそくさと自宅を後にした


久々の休みとはいえ
携帯電話でほとんどの仕事が進んでいくきょう日は
携帯の電源だけは切ることもできず
そういった意味では
芯からの開放感はなかった
といえど今回はまがりなりにも「自己解放」などという
自分なりのかすかな目標があったため
どうにかして自分をリラックスさせるのだという
やわらかな覚悟の様なものはあった

6時に羽田をでたらさすがに到着も早く
平日の金曜日の8時半ごろに
自分の郷里の鹿児島に降り立っている自分に
あらためてかすかな驚きをおぼえた

「思い立てばいつでも帰ってこれる」
これが狭くとも愛らしいわが日本の姿なのである


鹿児島空港に到着すると
さっそくトヨタレンタカーへむかう

レンタルした車はラクティス

最近の車は本と進化していて
スマートキーで
鍵のとがった鉄の部分がない

スマートキーを身近に置いておきさえすれば
スイッチポンで
エンジンが始動する



鹿児島空港から
一足先に優雅な夕べを過ごしていたかみさんを
霧島国際ホテルに迎えにいった


このホテルはいい

全国見渡しても
この価格で
この温泉で
この料理はなかなかない

我が家のなかではとてもいいホテルで
そのためか
ネットでいつも眺めているが
ほぼ連日満室である


日本列島のこんな最南端の
それもこんな山奥の霧島で・・・

と思ったりもするが
やはり知っている人は知っているのだろう


すっかりリラックスが始まっている
かみさんをピックアップして
鹿児島に向かうことにした


目的はお墓参りである


2012年10月14日日曜日

代々木九州うまいもん

土曜日の昨日は代々木公園にむかった

九州うまいもの市というイベントが在り
なんともおいしそうな予感である

地下鉄表参道駅にて下車
表参道をとおり
まずは明治神宮も通過して
代々木公園のよこのイベントスペースに向かう


大分から揚げ

博多ラーメン

薩摩黒豚の角煮

長崎ちゃんぽん

宮崎のじとっこ地鶏

おまけにふるさとグルメで

北海道海鮮丼

福島焼きそば
山梨煮込み

どれもうまそう

まずは基本のから揚げとラーメン

旅行に行ったと思えば安いものよと
好きなものを好きなだけ購入
フルサト復興にもすこしは寄与せねばならない

がっつりくって
御礼に明治神宮へ参拝


こんな休日

秋は歩くこと最重視

2012年10月8日月曜日

雑感

安倍さんをバッシングしている
マスコミのこの体たらくぶりは
しっかりと記憶しておこう


いまのこの状況の中で
自分の立ち位置を静かにかつ正確に把握せねばならない

なぜここまでゆがんでいるのか

なぜ閣僚の靖国参拝がないのか
なぜいけないのか


先の大東亜戦争で日本のなしたことは
例外的なことだったのか

当時の国際状況の中で
日本の立ち位置や行為はどうだったのか

朝鮮の主張する
日韓併合は本当はどのような経緯でなされ
またどのような関与をし
そのあとの影響はどうだったのか

いわゆる従軍慰安婦というものはあったのか

朝日新聞のねつ造なのか

集団的自衛権は必要なのか

いまの日本国憲法でいいのか



いろいろな疑問にこたえるために
いろいろと学んでいかねばならない

私も人生の折り返し地点はとうに過ぎてしまった

これからの残りの人生

祖国のために
家族のために

つくしながらいきてゆきたい

小石川後楽園


連休最後の朝は6時に起きた

しばらく新聞を眺め
ナイシトールを復活し
秋の陽光に心弾む

シェイプウォーカーを装着し
朝の地下鉄にむかう

祭日の地下鉄は普段とちがう

みな軽装で
どこか華やいでいる

大手町で降りて
神田神保町をぬける

近くに大きくそびえるのは
東京ドームホテル

それをめざして
東京ドームを横切る

今日の目的地は
小石川後楽園である

水戸光圀の作った庭園らしい

一歩入口をはいると
時間をスリップしたような戸惑いを感じる


静かな日本の景色がうれしい


10月のまだ木の葉が青々としている
天高い秋の時間

静かに歩きながら
ああ日本っていいなあとしみじみと感じる

ここで一句といきたいものだが
なかなかできるものでもなく
それでいてその時の感興を何かしら凍結したくて
写真を撮ってみる



水道橋を抜けて
改めて神保町へ

サイゼリアに入る
赤ワインとピザを頼んだ


秋は歩きまくろう


東京近郊をゆっくりとあるこう

そこからなにかしら変化が生じ
新しい何かがうまれるかもしれない

世の中で起こる幾多のことは
静かに見聞きしながら
自分の分に在った生き方をしていこう

そしていつか朽ち果てて
この国の土になっていくのだ





















雑記

10月になった

2012年がスタートしたのがつい先日だったのに
もうこんなに・・・

あと2カ月あまりで
この2012年も終わりなんて


なんとも歳月の過ぎゆくのははやい

涼しくなって周りがすこし見やすくなってきた

静かに自分の時間を過ごしている人々の姿が
目につくようになってきた

2012年10月6日土曜日

北海道大学

木曜日は北海道で仕事だった

お勤めは昼からだったので
少し早目の飛行機に乗って札幌に向かう

札幌千歳空港からJRで札幌へは50分ほどである

いつもは駅の近くのラーメン共和国に一目散に出向き
ご当地のラーメンを食べ散らかすところだが
今回は違う


札幌駅から15分ほど歩いて行くと
北海道大学がある

薩摩の新屋敷町うまれの黒田清隆が
北海道開拓長官となり
クラーク博士を招へいした札幌農学校の系譜を継ぐ由緒正しき学問の府だ

校内は広大で
町の真ん中にこのような神韻とした緑があることに
驚きとともに感動を覚える

自分もこのような場所で育ったら
雄大な男になれたかもなあと
思いながらゆっくりと校内を散策する

腹が選ったので
学食にはいる

学生諸君がラーメンを食いながら談笑している

自分の学生時代の光景と同じだ


味噌ラーメンを発注した



仕事でこんなところを散策できるなんて
自分は恵まれているものだと
感謝した


これから涼しくなると
どんどん歩きたくなる

歩いてあるいて歩きまくらう

もうちっとやせんといかんでや

土曜散歩

もう少しで涼しくなるだろう

今年の夏はなにかしら
暑さが長い気がするなあ


若い時分は
夏は大好物の一つだったが
最近は少しひんやりする秋がいい

大手町で降りて
神保町へ軽く散歩

この辺の通りは
20年ほど前のまだまだ青い時分に
1年間通った場所で
東京の中で自分にとって波長があう
少ない場所の一つだ

土曜日ともあって
神保町の古本屋さんには
熱心な読書家が
目を細めて書籍を物色している

まじめな日本人の点景で
心がなごむ


神保町はカレーのメッカでもなる

有名店は幾多あれど
売価とボリュームと味を鑑み
ある店へ初の入場

カツカレー650円也

安倍さんがカツカレーでいらぬネガティブキャンペーンを
張られる中
逆にカツカレーに非常に親しみがまし
自分にとって最近のカツカレー摂取率はかなりたかい


確かにうまい

黒っぽいルーの上に
揚げたてのカツが整然と規則正しく並んでいる

カレーライスとカツの両方の熱気が
煙となりほのかに器から
香りとともに立ち上っていく


腹が減っていることもあって
かみさんと一緒に
ものの10分でぺろりと平らげてしまった


神保町から20分ほど歩くと
靖国神社がある


いつもながら偉容のある鳥居をはるかに仰ぎみながら
敷居をまたがせていただく許しを得るために一礼をする



昔から続いている憤懣やるかたないが
ここ最近あまりにも目に余る近隣諸国の
無礼極まる無様な行為を
英霊に報告しながら
この国を護ってくださいと
お祈りを捧げる


自民党の総裁に安倍晋三氏が選ばれたことを
報告していると
ほのかに目頭が熱くなってきた


靖国神社崇敬奉賛会の会費を滞納していたので
お社に記帳とともに
お支払いした

会員になると
遊就館の入場料が無料になる


靖国の杜を後にして
自分にとってほろ苦く懐かしいお茶の水へ足を延ばす


明治大学の建物の偉容が少々うるさい

卒業生でもないが
何かしら昔の思い出をむしり取られたようで
少しさびしい

どんだけ学生から金をとっているのだ
と心の奥底でつぶやいた

芸術の秋であり、食欲の秋であり
読書の秋である


人生を楽しむ

楽しみ方は千差万別

自分たちなりの分にあったすごし方で
小さな幸せを見つけてゆこう



2012年9月24日月曜日

黒部の太陽

今朝は朝から本降りの雨

昨夜未明から強く降り出した雨のおかげで
網戸を通る風が幾分冷たく
久しぶりに扇風機のスイッチを売れることなく
ぐっすりと眠ることができた

今日は前々から予約していた
石原裕次郎の「黒部の太陽」を観に行った

かみさんの実家の近くに在る
川崎のチネチッタで9時半からの上映である


映画館にむかう車窓は横殴りの雨である


早目に到着するも
ほぼ満員の入りである

さすがに裕次郎
この平成の世になっても人気は絶大だね


映画は戦後の復興期の日本人の命がけの働く姿の記録である

安定的なエネルギーを確保するために
黒部の峡谷にダムを建設する
男たちの命がけのドラマである


三船敏郎、やっぱり存在感があるねえ

それをもしのぐ存在感は
やはり裕次郎だね


いい時間を過ごした




2012年9月1日土曜日

ツイッター

最近ツイッターが面白い

ネトウヨという言葉があるが
何ともうなずける

マスコミに報じられぬ
ツイッターを通じて知りえる情報はおおい


匿名ゆえにみな過激でもある

すべて鵜呑みにできるはずもないが
といえど大切な情報は
刻々と流れている


自分もそれなりに楽しく活用している

自分の生活の記録としての
都度のメモのような使い方もあるし

これはという意見に対しては
返信したり
リツイートしたりしている


便利な世の中になったものですな


つらいね

最近の東アジア情勢は何とも悩ましい

もともとそのような人たちと思えば
理解はせぬがそれなりに得心することもできようが
それにしてもひどい

朝鮮半島の民族は昔からそうだ
北朝鮮と同列の南朝鮮である

日本が東日本大震災
民主党政権
長期的な円高

と弱っているときに
さながらハイエナのごとく
こそこそとときとして
暗闇に乗じて大胆に
人のモノをコソ泥のごとく盗もうとする

僕のモノは僕のモノ
人のモノもしれっとぬすんで僕のモノ

何とも動物である

人間も動物であるなら
それもそうか


8月15日に靖国神社に参拝した

ここに眠る英霊が何故英霊といえば
命を賭してこの日本を護ったが故である

ゆえにその恩恵を受ける後世の我々は
感謝の念のもと静かにお祈りする

人の機微に触れることにも
容赦なく土足で踏み込んでくる


英霊に感謝の念を祈る静かな行為にさえ
文句をいい

日本の柱ともいうべき天皇陛下に平気で
失礼極まる物言いをする


何とも下品で
つらい


といえ
昔からそうなのである


変わったのではなく
変わっていないのである


期待する方が間違いなのである

つらいですな






2012年7月13日金曜日

忙しかった6月

6月は久しぶりにとても忙しかったなあ


なりふり構わず覚えこむことがあり
週末もなく
朝から晩まで
何かしら資料を読みこんでいた

そんなことをしてどうなるのかとも思ったりもするが
その反面そんな時間を楽しんでいる自分もいる

資料を読みこんでいくことによって
会社の概要や
経済状況などが
違う側面から見えてきたりした

そんな六月も
日常の自分での取り決めは
静かに執り行った

その成果もあり
だいぶ体もすっきりとしてきた

人間なんでも自分自身で望んでこその
実現だと改めて感じ始めている

自分がなりたい姿は
自分しか思い描けない

当たり前に過ぎるこの現実を最近はしみじみと感じている

言い方を変えると
自分で思い描いたなりたい姿は
自分の行動いかんで
ほぼ実現できるということもできる


想い実現する

そのことが夢を実現することだと思う


2012年5月27日日曜日

散歩

葛西臨海公園駅までは歩数にして約4000
距離にして約3キロぐらいだろうか

朝日を気持ちよく受けながら
春の街路を歩いてゆく

葛西臨海公園で京葉線にのり
真木場で臨海線に乗り換え
3駅程度でお台場につく

最近の我々のブームはお台場である
我々といっても
私と家人の二人だけの静かなブームである

互いに負荷のあるスポーツシューズをはき
かばんにはバームをしのばせる

思いついた駅でおり
静かに景色を見ながらただひたすら歩く

私の左わきに装着している万歩計が
その日の成果を証明してくれる

お台場の小さな湾にさざ波打つ静かな水面に
陽光が反射して
その上をレインボーブリッジが
こちらとあちらをか細く結んでいる

湾の向こうにレインボーブリッジ越しに見える
ビル群の間に東京タワーが見える

この街はマゴうことなく日本の街で
日本人が営々と築きあげてきた成果の具体的な結晶である

自然と人工が美しく融合した
大都会である

そんな景色を見つめながら
少しずつ歩を進めてゆく

歩いていると自然と腹が減る

サイゼリアに入った

お台場でもサイゼリアかと思ったりもするが
ここはコストパフォーマンスもよく
精神衛生上いい

ワインを頼んだ


そんな感じで
ゆったりと過ごしながら
来週からの仕事にそなえるのである


2012年5月20日日曜日

今の自分にとって

体を適度に動かし健康体を目指す

これが今年の自分の中での
最優先事項

常に万歩計を左ポケットに挟み込み
負荷の高いウォーキングシューズをはいて
街に歩きだす

ひたすら歩く間に
目に映る風景は移りゆく

日本の街は昔から幾多の人々の手で
丁寧に秩序だてて丹念に作られてきた

それを現代の我々もありがたく使わせていただき
後世の人々へ損傷なく引き継いでゆく


日々適度な運動をしているうちに
生活もシンプルになりつつある

デジタル最先端家電を使い
情報を統合し
無駄なものは排除してゆく

それは己の体と意外と似通ったもので
やはり秩序だてて整理整頓してゆく中に
自分の中のその時の最適値のようなものがあるはずで

それ以外のものはいってみれば
その時には必要ではないものであるに違いない

必要でないものを持ち運んでいると
動きが緩慢になり
必要とされるベストパフォーマンスもできなくなり
実は無駄なものをすてるのがもったいないのではなく
すてないことによる他のことへの負の弊害を起こすこと自体が
すでにもったいないことを実行してしまっている


つまるところ不必要なものはあっさりと英断をもって捨てること
それが一番いいことなのだと気付きつつある


無駄なぜい肉
無駄なふく
無駄な本


無駄という言葉が強いというなら
今の自分には当面のところ
不必要なぜい肉
不必要なふく
不必要な本
不必要な仕事
不必要な心配





そんなものはあっさりすてさってしまおう




i phoneを購入してから
やはり何かしら変化が起こりつつある

いい商品はいい


そんなことを想いながら
日曜のよる

明日に向けてそろそろねむろう

スポーツジムと晩酌でもうへとへと

深い眠りにはいってゆこう

2012年5月6日日曜日

五月に43になりもした

ゆっくりとすごせた5月の連休も本日で終了

あすからまた日常が始まる

日常というのはどういうことだろうか

自分にとっての日常とは
自分の心身を自分なりに無理せずに鍛えながら
与えられたる仕事に従事する事

なぜ仕事に従事するのかといえば
日々の糧を得るために加えて
日本人としての貢献を仕事を通じてなし得ていると自分なりに実感できること


仕事もして休みもして遊びもして学びもするべきであろう

人生は長いようで短い

経験は月日を経ねば得られぬのであれば
通常の人の3倍のスピードであらゆることを体験し失敗を重ね
早い段階で経験豊かな人物になるべきであろう

いくら経験豊かだといっても
その豊かになりえた年齢が既によぼよぼの段階だと
その稀有な経験を社会に恩返しする力もなくなっているだろう


そのために速成に体験に経験を重ね
若さゆえの失敗を多いにし

読書をかさね
人と議論し
うまいものを食い
腹を壊し

早目に前倒しで人生を生きていくべきだろう


人生は一度しかないし
その限られた有限の年月は驚くほどに早い


日々マスコミを通じて入ってくる日本の状況に気をもみながら
といえど一個の非力な人間としては
自分の力量を自分なりにわきまえながら

それとて誰のものでもない自分だけの人生

だれのために犠牲にする言われもない

自分のかけがえのない家族を一番に大切にしながら
その家族の繁栄のために
自分一個の肉体を鍛え
会社に奉職し
その勤労を通じて日々の報酬をいただきながら
結果としてわが祖国に少しでも貢献をしてゆく


そんなことを考えながら
五月の夜風にきらめく
東京スカイツリーを眺めている



さあもうだれに咎め立てもされない
だれがみてもしっかりおじさんの年齢になった

ここまでくれば
そうかいなと自分なりに腹も括り
ある意味おこがましく自分の道を歩んでいこう







2012年5月1日火曜日

本日より五月

今日から深緑萌ゆる五月である

やはり気候がいいと気分もいいねえ

昨年はとても厳しい年だったから
今年は皆大いにお金を使って
ゆっくり休めばいい

働いてばっかりいても
それほどいいことばかりあるものではない

ときにはゆっくり
そして自分も好きなものを食べ
好きな所にいき
好きなかっこうをして
気ままにやるのもいい

生真面目過ぎるのが日本人の特質で
それゆえに何かしら面白みがない

もっとダイナミックでいい
休む時は恐ろしく休み

仕事をするときはとことんする

貢献することだけしていこう

はらへったあ


血圧の薬ももらってきたし
さて出かけようか

2012年4月28日土曜日

本日から休み

本日から五月の連休


いくつになっても休みはうれしいものだ

積ん読になっている書物を読もう
いきたいと思っていたレストランにいこう

歩きたいと思っていたあの街にいこう

五月の涼やかな風と共に
気分も爽やかだ

そんな感覚が健全なのだろうなあ

2012年4月22日日曜日

最近の読書

現代読書法

TPP亡国論

国家の存亡

ハーバードでは教えない
実践経営学

聞く力

自らの身は顧みず

ブラックスワン降臨

国防論

反TPP論

日本中枢の崩壊

トラヴェルズ


最近読んだ本


やはり
TPP亡国論はインパクトがあった
著者の中野氏の著述は
理路整然としていて理解しやすい


個人的な見解は
TPPはまったくもって論外 反対である

氏の著述を読めば明らかである


民主党政権は本当にこの国をどこに導いていこうとしているのか・・・・



政治家の資質の著しい劣化
己のことしか考えない幼児思考
国家観歴史観のない単眼思考


あ~あ
つかれる

疲れたのでビールにしよう

ダイエット

東郷の連合艦隊がロシア旅順艦隊に
足止めをされているときも
各艦隊は決められた洋上を緩慢にも継続的に遊弋せねばならず
その間、己が艦体には無数の蛎がらが情け容赦なく付着した

蛎がらがある一定以上に付着すると
当然のことながら艦隊運動の品質劣化に直結する

艦隊のトッププライオリティーはその艦隊運動の鋭敏さに在り
それによって敵艦隊に一定以上の打撃を与えることの担保になる

陸軍の乃木軍がその悲劇の軍隊運動で
命からがら旅順をおとし
東郷艦隊がまず向かったのは
佐世保である

長期間にわたる遊弋運動で付着した無数の蛎がらを落とすためであった

不断の艦隊の整備が必要不可欠である


己の見苦しい腹周りを見るにつけ
何とも言いようない不快感にさいなまれる

己の肉体を艦体にたとえてみると
無数の不要物が緩慢に付着して
なんとも見苦しい

見苦しいだけならまだしも
そのおかげで動きが緩慢であるし
人間固有の魅力が恐ろしく減退していることに気付いた


【ダイエットは佐世保入港である】


こんなことを前後の脈りゃうなくいうと
なんやこのおっさん気がふれたか

と思われもしようが
自分の中での理屈は上記のごとく理路整然としており

そのために
ダイエットは佐世保入港であり
そのことを何よりも先に行わねばならぬごとく
わが艦体は摩耗し
本来の魅力を減退損失しようとすらしている


ああ
ダイエットである

うまいお菓子や料理を食べたい

できれば怠惰にゆるりとしたい

といえど今の肉体はだれの責任でもなく
自分自身のこれまでの緩慢な自堕落な生活がまねいた厳然たる結果である

そんなことで
ダイエットがんばろう

2012年4月8日日曜日

自分なりの時間

スポーツジムで筋肉を動かしたり
ウォーキングをしているときに
耳で聞いているのは
最近は国会である

日本のすう勢を決める国会のやり取りを聴いているのである

日本を護る役割の政治家のやり取りを聴いている


なんとも嘘寒くなる光景を耳にしながら
筋肉を動かしている


泳いでいるときは
自分の過去から現在そして未来に思いをはせる

腹の底から静かに物を考えるという時間は
あるようでない

そんななか水中に己が体を横たえ
静寂の中を泳いでいるときは
考えることができるかっこうの時間である

漠然と考えているのは
40年の長きにわたる歳月の間に
己が肉体にへばりついた蛎がらをそぎ落とす作業である

それはけっこうしぶとく
ねっとりとそしてどす黒い

それはそうねんであったり脂肪であったり
いろいろな形をしている

そんな蛎がらをそぎ落とす作業をしているのである

桜さくら

春の季節はいい


身辺の風景が
靄気ににじんで輪郭がぼやけている

日本にとっての春は始まりの季節である
秋入学うんぬんという議論が在るが
春のスタートで育ったわが身としては
やはりこの季節は背筋が少しだけシャンと伸びる

桜の花を見て
またがんばる気が起こってきましたよ

と震災で工場の停止を余儀なくされた
ひとのよさそうなおじさんが
カメラの前で優しそうに話していた

昨年は桜どころではなかった
でも今年は桜をゆっくりと眺めて英気をもらいました
といっていた

たわわに実った芳醇な果物のごとく
桜の花びらが今がたけなわと咲きほこっている

この絢爛な眺めがとても儚いことを
我々は知っている

しばらくすると葉桜になり
深緑萌える五月を迎える

桜と日本人の相性はいい

儚くとも潔く
それでいてうるさく主張しない


桜を眺めながら
久しぶりに食べるから揚げがおいしかった

いっしょにビールも飲んだ

近所の公園の桜も例年のごとく優しく咲いていた

春を自分たちなりに静かに祝った

2012年3月18日日曜日

雑感

世の中を見回してみると
どうだろう

人材というべきものがいそうですくない

といえど世の中がそれなりに回っていることからすると
私の知らないところで
有為な人材が一生懸命に頑張っているのだろう

自分にとって尊敬できる人が
自分の周囲にいると断言できる人は
それだけで一つの幸せをつかんでいると言っていい

その人を忠実に模倣することによって
それなりの技能や方法を身につけることができる


自分のことを考えてみる

この人は!と思える人がいるだろうか

自分の目が節穴なのか
今のところはっきりとは見えない
というかいない

となれば
有為な人材とはいかなるものなのだろうか

何をもって有為というのだろうか

出世をもって有為というのだろうか

世間的にはそういっても間違いではないのかもしれない

といえどある程度社会生活を営んでいると
出世というのは
時の運がかなりのウェイトを占め
その人本人の能力は
それほど影響しないのかもしれないとは
うすうす感じてきている

単なる仕事の進め方だけ比較すると
ほぼ五十歩百歩の人同士に
いつの間にかポストの差ができている

それは
その人の能力というよりも
どの派閥にいつの間にか属していたかで
サラリーマンとしての
階段の昇り方も変わってしまう

たまたま景気のいい部署の上司が
たまたま時の勢いで出世すると
下のモノはそのおこぼれをもらう

やるほうももらうほうもどうかとおもうが
それほどのレベルの人間が大勢をしめるから
それはそれで仕方がない

それで世の中はどうにかまわってもいる

といえどそこにその人の抜きんでた能力というものはない


有為な人材になるにはどうすればいいのか

本を読むことだろうか

本を読んで
肉体を鍛えることだろうか

それだけだろうか


何か決め手のようなものがあるだろうか

なぜ有為な人材になりたいのだろうか

自堕落ではいけないのであろうか
怠けものではなぜいけないのであろうか


自分がやりたいことはなんなのだろうか



雨の日はいろいろと考える


階上の家人がうるさい
今日引っ越してきたようだ

家具や何やをはこびこんでいるらしい

先ほど玄関をピンポーンときた

ナンヤと出ると
階上に今日引っ越してきたものですと
菓子折をもって夫婦であいさつに来た

ゴマひげをはやしたいかにもオジサンだ

出身が鹿児島という

私もですよというと
一気に笑顔が弾んだ

その夫婦が持ってきた菓子折りは
かすたどんだった

2012年3月17日土曜日

本日霧雨

3月も半ばなのに
相変わらず寒い

今日は霧雨で周りがしろい

ようやく週末を迎えた金曜日は
すこし夜更かしして
今朝は目覚めたのが八時前

しかしながら体の調子は悪くない

おやきを二個食べて
スポーツジムにいく

筋力トレを30分

から始まり自分で決めたメニューを愚直にこなす


帰りついたのは4時前

相撲を見て
すこぶる腹が減ってきた

かみさんと近所のホルモンにでかける



久々に飲んでくった

うまいもんを食うために日々を生きている

そんな言い方も
間違ってはいない

2012年3月13日火曜日

福島への

今日の福島への出張は譲れなかった

途中他のアポイントが入ったりしたが
すべて断った

福島といっても郡山での日帰り出張である

商談場所は郡山からタクシーで10分ぐらいと聞いていた


といえど少し早目についたので歩くことした
というか最初から歩きたくて
早目につくように動いた

3月も半ばに入るのに
頬をうつ風は冷たい


冬の日差しに照りかえる福島の国土を
少しでも体感したかった


昨年から思いがけず国際語にもなった
fukusima


といえど何も変わることなく在り続ける
東北の一つの地域である


風が寒く
目的地に着くか心配になった

風吹きすさぶ街路をかれこれ一時間歩いた

久しぶりに会う人たちの顔を思い浮かべて歩いた


耳元には
坂の上の雲のテーマを何回も繰り返した


緑の風景を見て
独り静かに涙がこぼれてきた



帰りの新幹線の窓から
美しい夕日が見えた

耳に流す音楽は
三丁目の夕日を繰り返し流した

山の稜線を照り返す夕陽は
どのように見つめ直してみても
美しかった


こんなに美しい場所に自分が同時に在ることが
不思議に感じられた


映画の特撮など使わなくても
美しすぎる日本の国土が
我々には身近にある


そんな日帰り出張だった

一年たった

一年たった日のテレビ報道はさすがにすごかった

いろいろな人の震災からの影響のエピソードが流れ
その話で涙も出た

日本は本当にこの衝撃を受けたのだなあと
ぼんやりと思った

とおくで消防車のサイレンが鳴っている

この寒いこの時間にも
何か事件がおこっているのだろう

他人事のように
かすかにこだまするサイレンを聴いた

この小さな日本列島は
大きなプレートの上に
ちいさく存在しているという

プレートが
何かのはずみで
はじけるとその小さな小さな土の隆起は大きな衝撃を受ける

その小さな土の隆起に
小さな人間は右往左往と生きている

3月11日は
悲しい日である

悲しくてむなしい日である


そんな日でも
人間は腹が減る

どっかでは大いに酒に酔ってもいる

人生は幾様にも変化する

2012年3月10日土曜日

明治からいま

明治時代の日本は
周りに獰猛な獣に囲まれた羊のようなものだった

あたたかい眠りから
強引に揺り起され
半ば強姦のごとくその玄関口を開けられた

生温かい囲われた室内に
凍てつくようにつめたい外気が
容赦なく吹き込んだ

明治にいきるか弱き日本人は
それでも自分たちの一身独立を願った

といえど願ったのは一部の気概ある日本人で
その他大勢の大衆日本人は自分のおかれた環境の変化を
しっかりと正確に把握することなどできなかった

いってみればなすがままに任せた

といえど一部の気概なる新生日本人は他国に凌辱されることを許さなかった

許さないために自分を鍛えた

いかなる恫喝にもひるまない頑健な心身を作り上げるために
厳しく自己を律し鍛えた

鍛えて実際に戦った

周りにいるにやけた獣どもに
一撃をくらわせた

そんな気概ある日本人の中心となる世代が
30代から50代だった

かれらはその与えられた環境で
自分達の国家を護るために自分を鍛えた

そんな象徴的なドラマが
坂の上の雲に描かれている


なんども観ている


ギャーギャーうるさい雑音をまき散らしている
テレビ番組に吐き気がし
いつも【坂の上の雲】のDVDを再生する

なんども観ている

なんども観るたびなんども目頭があつくなる

かれらのひたむきで純粋な生き方に引き込まれる

いまよりなにもなもなかった時代の人たちの生き方に
ひきこまれる


そんな世代に自分もある

40代なのである

かれらの延長先上の同じ日本に在る

真之は芝に自宅をかまえた

自分のいまの職場は芝である

内容は極端に違えど
その場所
彼らが命をかけて護ったこの国の土だけは変わらずに同じくあるのである

選挙ポスター

人間の一生なんてものは
所詮ははかない

散歩の途上に
古ぼけた選挙ポスターがあった

陽に褪せて
雨風にさらされた候補者の顔は
なんとも観るに堪えない

写真の候補者は
真っ赤なネクタイをしめ
あつく拳をつきあげ
この国をなんとかかんとかと
主張しているようである

民主党公認とあった

公認されるほど彼が何事をしたのだろう

人の短い人生の時間で
その人は何らかのことを人知れずこなし
とりあえずは民主党公認となったのだろう

かれは当選したのかもしれない
自分の住んでいる場所の候補者ながら
顔は知りもしないし
かれがその政治生命をかけて何をなそうとしているのかさえ
わからない


人の一生はとても短いものだ
何をなそうにも時間があまりにも短い


震災から1年を迎えようとしている

テレビではいろいろな報道をしている

人間が作ったものは
破壊されつくしたが
自然が作ったものは前と変わらずそこに在る

という被災地の人のコメントが耳に残った

この日本はこの一年でどのように時間を過ごしたのだろうか

変わったのか、変われたのか

もしくはまったく変わってないのか
変わろうとしないのか


こんな大きな衝撃に対しても
過ぎ去れば何でもなかったようにすごしてしまうのが日本人なのだろうか

かなしみを忘却できるのは
人間に与えられた能力の一つだという

心機一転立ち上がる原動力になるからである

といえど
これだけの衝撃をうけても
変われないほど日本人が愚鈍化してしまったのだろうか


変わらないのがいいのだろうか


選挙ポスターの政治家は
今は何をしているのだろうか

そのあまりにも短く
あまりにも非力なそのくそみたいなプライドで
何をしてくれているのだろうか


自分の非力を彼に投影しながら
1年を迎えようとしている

2012年2月26日日曜日

イノベーション

イノベーションとは物事の新しい進め方で
良い方向の変化をもたらすもの

だという

ひび少しずつ改善して
この世のなかを少しでも豊かにできるように寄与する行為が
イノベーションなのだ

それはあらゆる立場
あらゆる階層
あらゆる組織にも当てはまる

お母さんにはお母さんなりの生活の中でのイノベーションが在るし
サラリーマンの係長には係長なりのイノベーションが在る

40を過ぎたメタボらいざーの成人男性にも
生活を改善しようと決意した瞬間が
イノベーションへの足がかりである

スティーブジョブズの世に送り込んだ商品は
イノベーションの塊である

1000曲のもの音楽をポケットにいれる生活の提供は
技術と芸術による一つの商品が
たしかに豊かな生活へと寄与しているし

ipodと電話とインターネットインターフェースの革命的商品が
iphoneとなって世界の人たちの生活を豊かにした

そのことは容易に国境を超え
日本人もしっかりその豊かさを享受している


イノベーションを起こすことをやめたとき
人間は人間以下の生物に退行していくような気もする

人間には理性が在る
感情があり感性が在る。
道徳心が在り、惻隠の情が在る

昨年から我々日本人はどこがどう変わっただろうか

悲しみを教訓にして
豊かになるために
イノベーションを行ってきただろうか


企業もイノベーションを起こさない企業は
その存在価値はない

たとえ一時的にマネーゲームで
少しのハシタがねを稼いだとしても
そんなのは大きな揺らぎのなかのげっぷの様なもので
いずれ跡かたもなく消え失せるに違いない

個人的な生活を豊かにするためにも
イノベーションは必要である

減量するのもひとつのイノベーションである

ご飯の量をへらして
運動をして
あふれる玉石混交の情報を取捨選択し
自分の身の回りのガラクタを排除し
美しさを求める

そのことに万人が価値を見出さなくてもいい

少なくとも自分にとっての快適な状態を
揺れ動く動的平衡の中で
つねに模索し、追い求めてゆくこと

それが生きることだと言える

ただそこに難しいドグマや
ややこしい義務などはない

そこは基本的に自由である

それが今自分がそこはかとなく求めていることで
それは過去幾多の人間が個々に追い求めていたことと
質的には同じようなことに違いない

少なくともそれは
堕落ではない

自分の中では積極的な幸福の追求である

それが動的平衡の状態において
イノベーションが必要だと
考える根拠なのである


人間は人間自体の肉体も
人間を取り囲むこの環境も
ともに動的平衡の状態にある

ということは
イノベーションもその時々に揺り動くということである

イノベーションに固定的な絶対はないのである

今の私にとってのイノベーションは
肉体の健全化が
優先順位としては
一番の上位なのである

それは来年は変わっているかもしれない

それもまた自由である

オセロ

どうでもいいではないか

だれが太ろうと
だれがお金を騙し取られようと
だれが洗脳されようと

ひびテレビでは
オセロおせろと大騒ぎだ

肥ってしまった黒いほうの写真のアップに
バックで流れるのは
Michael Jacksonのblack&white

非常に心配ですねえ
とコメントしている奴のしたり顔が
無性に腹が立つ

世界の歌姫といわれた
Whitney Houstonの他界したニュースすらも
えんだーいとバックに流しながら
第一発見者は
ボディーガードか!?
などと明朝体でキャプションをつけている

ほんとに愚劣だ

自分らの愚劣さで
我々視聴者を阿呆に引きづり込もうとしているとしか思われぬ

ああ
オセロおせろ

最近目を通した本

●スティーブジョブズ
 驚異のイノベーション

●スティーブジョブズ
 驚異のプレゼンテーション

●動的平衡2
 福岡伸一

●スティーブジョブズ
 名語録

●モレスキン
 伝説のノート活用術

●モレスキン
 人生を入れる61の使い方

●仕事ができる人はなぜレッツノートを使っているのか

●エバーノート
 活用術

●榊原式 
 シンプル思考術


最近読んだ本

やはりITのカリスマ
スティーブジョブズ関連の本は
楽しく読めた

これだけの衝撃を世界に与えた人物の片鱗は
それだけでとても参考になったし
かれの商品が受ける理由も頷ける


動的平衡は
1つにづく続編だがとてもいい

知的な安らぎを受けることができるし
人間、生物の神秘にただただ感動するし
そんな人間の一人として
人生を自由に生きていけそうな気になれる良書だ

ナイシトールも順調に消化している

今年は肉体の健全化

自分とのあくなき闘いである

誘惑はある
といえど
すべて自分に帰ってくる


肥ることの弊害は
いやというほど知っている自分である

さて
がんばってスマートになろう

いまや世界の潮流はスマート化である

それを動かす要因の人間もスマートでないと・・・

肥った奴がスマートエコなどといっても
いまいち面白くない
というかうるさい

酒さけ

最近はやはり年をとってきたのだろう

ハナキンハナキンとはしゃいで
必要以上の酒を食らうと
翌日は使い物にならない

ダメージが必要以上に大きいのである

適度な酒は
とてもいい

身体にも影響はないし
なにより精神衛生上いい

といえど
度を過ぎるとよくない

何事も
度を過ぎるとよくない


適度にいく

このことはこの年からの人生をうまく乗り切る要諦にちがいない

2012年2月5日日曜日

モレスキンノート

日常生活を送っていて
日々のささやかな瞬間を切り取ることは
昔からいろいろな人々が実施してきた

俳句などにも
そのときの刹那を永遠に結晶してしまうほどの
名句が在るし

絵画にもある

写真にもその時の息遣いや
猥雑さや寂寥感などをしっかりととらえた重厚な作品などが在る


なにもそんな大仰なことでもないが


人生の折り返し点にさしかかり
すこしく人生を丁寧に生きていこう

と自分の中に取り決めたのが
今年の自分なりの決意だ


そんな気分を実際にということで
ことしは
少し奮発して

モレスキンノートを使いはじめた

伝説のノートと銘打ってあるが

そのノートを自分の身の回りに常におき
その時々の刹那
自分なりに引っかかったいろいろなことどもを気楽に記録してゆく

そのようなことを
かっこよくいえば
ユビキタスキャプチャーというそうな


たとえば
日々の食べた物を克明にメモしてゆく
いわゆる
レコーディングダイエット

これも幾年か前
ブームになったときさわりのように始めたが
すっかりわすれさり
それと同時に
己が肉体にも無駄な肉がまんべんなく覆っていったものだ


ささやかなことでも記録してゆく

今年の新年に抱負として持ったことを
モレスキンノートをひもとき見てみると

最優先事項は
①肉体の健全化
 なにごとも自分の体あってのもの
 若き時はそれこそ若さにまかせ無理に無理を重ねもした

 量をあおる酒飲み
 必要以上の飽食

 その結果の息苦しい日常生活

 それから逸脱せんとするさらなる飲食・惰眠

 ということで
 肉体の健全化
 これが今年の自分の最優先事項である

 ②肉体の健全化の実現のために
  ■10000歩/1日
  ■6回/月 【スポーツジム】
  ■レコーディングダイエット
   の実施

 ③英語の習得
  コミュニケーションは人間の社会生活の中で
  非常に重要である
  日本語にプラスして英語を真の意味で身につける

 ④③の実現のために
  ■毎日通勤時の英語ヒアリング
  ■1冊/月 英語本

 いたってシンプルな目標である

もちろん
それ以外にもいろいろある

おいしいものも食べたいし
仕事も充実したいし

そんなことを
モレスキンノートに記録してゆきながら
シンプルに生きていこう

デジタル全盛の時代に
あえてアナログな行為

デジタルとアナログをうまく融合させつつ
快適な人生行路をゆっくりと歩いてゆこう

2012年2月4日土曜日

よんさま

話題としてはまったくもってトレンドとは乖離しているが

最近めっきり寒くなったせいで
皆の服装もそれなりの防寒対策を講じてある

私もその例外ではない

そんな中で
最近よく見かけるように思われるのが

よん様風である

髪の毛がなよなよと長くかつ多い

アジア人のよさの一つである髪の黒々とした色合いも
何かしら手間暇を講じているようで
金髪に模したような茶色である
おしゃれにいえと言われれば
ぶらうんか?

そんなヘアースタイルに
長めのコートをきこみ
首元が寒いのか
マフラーをさりげなく巻いている

マフラーで口元すらかくして
いかにもぬくぬくしい

彼の中ではしっくりきているようで
気分は韓国の大スタ~のよんさまなのでろう

実際のよんさまはそんな格好に
しっかり顔も、整形のおかげでパーツパーツがしっかりとシャープで
全体の構成もしっくりいっている

ゆえにあれほどに日本のおばさんたちの
ハートを鷲づかみしたのだとおもう

かの日本男児の擬似よんさまは
とうぜんながら実物のよんさまではない

かれの顔も世界に一つだけの大切なお顔にちがいない

といえど
パーツパーツが異常に太い

柴犬のオスとメスはおおかた顔で判別がつく

オスはメスに比べて顔の骨格がしっかりしていて
なでるとなで応えがある

そんなオスの柴犬を想起せしめるごとく
かの奴の顔もすべてがオスまんまの作りである

鼻が太いし
えらもでかい

額もアジア系モンゴロイド特有の雄大なスペースを有している

といえど
眉は細い・・・・
【加工の苦心がそこに表現されている】

そんな太いパーツパーツがおさまるには
それなりのゆったりしたスペースが必要なようで
その顔自体がかなり巨きい

そんな顔が
おしゃれな髪の毛とおしゃれでにおいそうなマフラーにくるまれている

【よん様になりたいようだね】
【さぞかしもてるだろうねえ】

と心の中でつぶやいて
見ず知らずのかれの横顔を気づかれぬように凝視した

混雑の電車の中で
彼がぬくぬくと座席に座っていたのである

病み上がりの我はとにもかくにも座りたくて
半ば恨めしく
そんなみずしらずのおとこの顔を見ていたのである

そんなときに
よんさまやねえと
くだらぬことがふと想起されたのである

2012年1月29日日曜日

インフルエンザ

ひげをはやしたちょい悪風の医者が

インフルエンザだよ
5日は休まなけりゃいけないよ

肺炎になるかもしれないよ

などとかなり上から目線で
せきたててくる

こちらは体調も衰弱している故
はいそうですかと
下請けの業者のように
うえからのものいいに
いちいちうなずういているしかなかった

タミフルと解熱鎮痛剤をもらってきたく

本当に病院に行って良かった
家内には感謝である

その夜は
薬を飲んだにもかかわらず
ながいながい夜だった

感染を予防するため
嫁と私は隔離した

ひとり和室の布団にはいる

熱があがり
たっぷり寝たと、うなされて起きるも
あれから一時間しか経過していない

11時半 12時半 1時半と
ほぼ半のつく時間に一時間おきに目が覚め
まだこんな時間かと
朝5時半過ぎから動き出す地下鉄の音が
待ち遠しかった


医者に安静にせよと義務ズけられたので
会社にはその旨を告げ
休まざるをえない

この時よ

とばかりに

ゲーテとの対話
エッカーーマン

ファウスト
ゲーテ

などという
睡眠を誘発するような書物をひもといている

静かな昼下がり
布団に伏せながら独り書物を読み進みゆく

途中眠くなって
布団にもぐりこむ

目が覚めて
また本を開く


そんなインフルエンザとの格闘が続いている


そんな矢先
インフルエンザ急増などというニュースに遭遇

私も社会現象のいち構成員として
しっかり平成の世を生きていることよ
と思いながら
またタミフルを飲む

夢に子規庵がでてきた

かれにくらべれば
比べようもない芥子粒ほどの病での療養であるが
かれの痛みの感覚がなんとはなしに想起されたりした

インフルエンザ

木曜日は大きな予定はなく
金曜日にまた重要な商談を控えていたため
在宅勤務を選択した

ワークライフバランスと節電などのいろいろな要素が絡み合い
会社も在宅勤務を奨励している

己の自覚が試されるが
まじめな日本人にとっては
出社する時よりも
勤勉に業務に打ち込んでしまう時もある


といえどこの時は机に向うも
何かしら体調が思わしくなく
昼過ぎから布団にうずくまっていた


いつもより早く嫁が帰宅

かぜくすりで直すときかぬ自分の背をおして
とりあえず病院にいこうと
寒い夕刻
駅前の病院にむかう

背部痛とのどの痛みをうったえて
診察をうける

念のためとうけた
インフルエンザテスト


しっかり陽性とでた

久々にというか始めてインフルエンザにかかった

水曜日の水戸

水曜日は水戸にて重要な商談があった

先方の時間の都合で
商談の時間は夕刻と18時となった

ゆえに
朝は何時ものように通勤し
午前中を会社で過ごし
午後2時ごろ
いつものように御成門から大手町まで
冬の街を歩きゆき

大手町の丸善でモレスキンノートなどの文房具などを物色しつつ
約束の時間に間に合うように水戸へ向かった

水戸では
先方との心の波長が重なって
いい商談となった

関係者との意気の合った準備とその投げかけ
そしてお互いの成長のための確信めいた感覚がスパークして
商談は前向きにすすむ

その感覚がよくて
この仕事が好きだ

水戸での仕事を終え
フレッシュひたちで上野まで向かい

家路に就いたのは
夜のくじは過ぎていた

違和感の継続

その違和感をおぼえつつも
日々の与えられたる自分の役目を果たす時間が過ぎゆきた

火曜日の夜は
懐かしい人との会食も参加して
夜は
9時前に終わったので
浜松町から日本橋まで
冬の夜を歩いた

いつもの自分の決めごとを履行できたことに
自分の中では満足していた

背中の違和感

月曜日から背中に違和感があった

背骨の部分がなにかしらこっているようで
背筋を伸ばし
ぽきぽきと関節を伸ばすことで
その違和感を解消しようとするも
何かしらとれない

昨年末以降
通勤の朝夕は歩くことにしているが
寒い中も歩くのにはそれほど苦痛は感じなくなっている

といえど
何かしら違和感が拭いきれない

2012年1月4日水曜日

廣瀬さんや秋山さんに

冬の散歩は心地いい

先日は赤坂で地下鉄を降りて
明治神宮を目指した

家内とふたりともに太りやすい体質故
少しでも効果ありなんと
リーボックのイージートーンを着用

不安定な地面との接点ゆえに
己が足に幾分負荷が高い

しっかり靴ひもを結ばぬと
足首をやられる恐れもある

この歳になると
体の一か所に損傷が起こると
全体的なバランスをとるための
リカバリーをするために
別の場所への負荷がかかり
その場所に損傷が起こったりして
負の連鎖となる場合がある

ゆえに靴ひもはしっかりむすぼう

赤坂からゆっくり神宮を目指していたら
案の定みちに迷い
いつの間にか外人の多い六本木にでた

街の真ん中にアメリカ人がたくさんいて
何とも複雑な思いにかられる

そんな雑念はよそに置き
渋谷を目指す途中に青山墓地がある

何回か散歩コースで歩いている

冬の青空がまぶしい

ふと家内がこいは!と叫んだ

何事かといぶかしんでいると
通りの右手に

海軍中佐 廣瀬武夫と書いている墓石がある

あの廣瀬さんの墓がこんなところに・・・

と二人手を合わせていると

もしやとおもい
かみさんのi phone で早速検索

やはりあった

陸軍騎兵大将 秋山好古の墓もここの青山の地に在るらしい

さっそく墓の番地を頼りに
墓石群を通り抜けてゆくと

あった
秋山好古どんの墓



手を合わせて
往時の激戦の末の今の平和を心から感謝した



その流れで明治神宮まで歩きゆき
本殿の前で
おごそかにてを合わせた

身近な所に歴史が在る

そんなことを想った冬のある日の散歩


今年も開けましたなあ

明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願いします