5月は新緑がまぶしい
風が心地よく
空がどこまでも青い
日本ではそんな5月に
大型連休がある
日本人のみんなが
3月の節目を乗り越え
スタート時期の4月をバタバタとやり過ごし
少し疲れが出るころの
さわやかな季節のご褒美が5月の連休のような気がする
もちろんこの連休が稼ぎ時という仁もあれど
まあそれとても稼げるという観点からのささやかなご褒美と考えれば
この時期の連休はなんともありがたい
すくなくとも自分はそう考えている
そんな5月は
個人的には誕生月でもある
5月の4日
45年前の5月4日に日本の鹿児島で
生を受けた
爾来45年
風霜というほどでもないが
自分なりにいろいろありながらも
いつの間にかの45歳である
人生は幾多の決断の連続だ
鹿児島にいる時分
なにも考えることなく
平和で幸せな日々が始まり
その中で学友ができ
スポーツで身を立てるもの
大工で身を立てるもの
また不良として一段ステージをあげて
人生のまだ早い時期に
さ迷い歩いてゆくものなど
身の周りでもそのまま画一的な人生のコースなど
あっというまになくなった
そんななか
自分とてそれなりに興味の方向も移ろいゆき
ある時は
毎日、暗くなるまでサッカーボールをけり続け
弟たちとサッカーの技術の開拓に余念のない日々を過ごしたこともあったし
そんなさなかに
厳格な父親には
学問で身を立てよと
日本の最高学府を目指すべく
厳しい教導をうけるも
肝心かなめの本人が最後の最後まで
自覚にかけて
あえなく挫折
中学入試を皮切りに
挫折の連続を味わうこととなった
世の中には
まだまだいろんな人間がいる
すごく賢いのもいるわいと
初め気づいた15の春であった
けっきょくとのところ大学も地元に落ち着き
ゆっくりと時間が過ぎゆきた
4年目の春
なにもわからぬまま
さりげなく決めた自分なりの進路が
鹿児島を出ることにつながり
今の自分の身の回りの環境に連なっている
自分に関係する今の人間関係も
その大学時代以前の関係がほぼ疎遠になっていることを思うと
その都度都度の自己選択がやはりいかに決定的であるか
などと来し方を振り返っていたりする
あのときこの選択ではなく
あの選択の方向に動いていたら
などとありもしない自分の仮想の人生絵図を空想したりしている
ともかくもだれしも与えられたる命はひとつであるし
その使いようはその人間の運命であり宿命である
これからどんな生き方を描いてゆこうかと
楽しい想像をしながら
自分の体を大切にしながら
これからも確かな1歩を踏み出してゆこうかな