2011年7月24日日曜日

日本の多様さ

日本人が単一民族かそうでないかは
学問的にいろいろ議論のあるところで
にわかに論じがたい

といえど
地政学的にいえば
四面を海で囲まれ
自然の防壁をもって
他国民との行き来はある意味断絶している

そういう意味では
日本人とおおらかにいえば
それはおおむね単一な民族のはずである

先日久々に銭湯に行った

木曜日の夕刻であったため
土日のイモ洗いのごとき
激しい喧騒はない
本来銭湯とはこうあるべきであるという理想的な銭湯の状況で
そんなゆったりとした平日の夕べである

露天にゆったりくつろいでいると
独りのおじさんが入ってきた

片手に手ぬぐい
片手に分厚いマンガ本をもっている

そうかい、ゆっくり湯につかりながら
好きなマンガを読むんだろうね
とこころ優しく見るとはなしにそのおっさんをみていた

おっさんが
自分にとっての心地いい位置をキープし
さてっというように、
にわかにマンガを読み始めていると
見も知らぬガキがそのおじさんのところにひらひらと近寄ってきた

おじさん何しているの?

本を読んでいるのだよ

何を読んでいるの

ゲンマ大戦という本だよ

それどんな本なの?

40年ぐらい前のマンガだよ?

おじさんはお風呂でマンガを読むの?

おじさんはお風呂でゆっくりマンガを読むのが好きなのだよ

どれぐらいはいるの?

だいたい2時間ぐらい
最長は3じかんぐらいかな・・・
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などと会話が漏れ聞こえてくる

ゲンマ大戦?
そう言えば何かしら昔きいたことはある

この2011年にこの東京の銭湯で
古いマンガでゲンマ大戦


さすがに日本人も多様である

真夏の朝の満員電車のなかで
ipodをきいている

曲を選択する余裕がないほど満員である

そんな大混雑の時に
マツトーヤユミの恋人はサンタクロースなどが流れてきて
変更も効かない時など

このくそ暑いこの瞬間に
40歳のおっさんでユーミンの恋人はサンタクロースを聴いているのは
おそらく自分ひとりだろうな
などと先日も独り静かに想ったりもしたが
これだけ多様な現代社会である

いろんな不思議な状況が同時並行的にいろいろなところで
起こっているのである

この21世紀にゲンマ大戦であったり
真夏の混雑に恋人はサンタクロースであったりである

日本は多様でいいのである

それが底堅い力の源である

人の最後について

原田芳雄が死んだ

別段彼に対する思い入れなど
ないが
庶民の一人として
なにかしらショックを受けた

人間は病気にむしばまれると
こうももろく衰えてしまうのかということをである

つい先日
フジテレビの不毛地帯で
肉食系のワンマン社長を演じていたではないか

つい先日まで
ビールのCMに笑顔で出ていたではないか


だれしも人間は何時しか死ぬ時が来る

どんなタフな人間であろうとも
死ぬ時が来るのである

原田芳雄のなくなる直前の映像と
昨年の映像ではまったく別人である
病気が一度体をむしばむと
人間の力などたかが知れているのかもしれない

司馬遼太郎は坂の上の雲の一つの場面で
秋山真之の死生観を
さりげなく描いている

かけがえのない郷里の親友である
正岡子規が若くして逝ってしまったとき
人知れず路傍にたたずみ

【のぼさん ひとはいつしか必ず死ぬのだ。】
 そう必ず死ぬのだ・・・・・

と独りごちる。

死のはやいおそいは
何をもってその早遅を決めるべきかは
にわかにわからない

確かに
生を受け
その時間軸で見る場合
とても早いと思ってしまうこともある

といえど
正岡子規の場合でいえば
その足跡は
日本文学史上に永遠の轍を残し得たし
それは
原田氏の場合もある意味そう言えるはずである
その場合時間だけでは測れない何かがある


ひとは必ず死を迎える

死は必ず孤独である

ひとは独りでこの世にうまれ
独りでこの世を去ってゆく

このことは
この世の普遍的な倣いなのである

従容としてその倣いには従わなければならないのであろう

そう
従わなければならないのである

2011年7月18日月曜日

自分の理想への長い道程

ひびなにかしら読み物を探しているが
何とも自分にぴったりとフィットするものなど
そう簡単には見つからない

そも読書などというものは
自分の心の琴線に触れるとき
実は自分のモヤとした思考を
他人の理路整然とした言語で再確認するにすぎず
とすれば活字になっている書物が所詮は自分とは
生き方や今の生活の環境がまったく違う知りもしない人間群が書いたものであり
そうである以上は
そのような他人さまにこの矮小な自分の理解を正確に求めることなど
考えてみれば無謀といえば無謀である

ということで
このブログは所詮は自分自身のための記録であるから
結局はこの自分自身が読み感じたい言葉の羅列に終始するだろう


仕事に従事する人間はそれこそ幾多もいる

彼らが生活するための資を稼ぐためには
仕事に従事しなければならないから当然である
我もそれにかわらない

その幾多の人群のなかで
頭角を現すのは
周りの幾多と何が違うのであろうか

カマキリの獰猛さはよく知られたことであるらしい
昆虫の中で何でもむさぼり食う肉食ということである

種の存続のために
オスとメスは交尾をする

個の存続の連続の中に
種の存続がある

カマキリのメスは
交尾の最中にオスを頭から食うそうである

同じ種のそれも家族を食い散らかすことにまず衝撃をうけるが
それをいったんおくとしても
なにもまっ最中にくらわずともと感じたりもするが
まっ最中から食い散らかすらしい

昆虫の頭部には
抑制神経系があるという

とすれば
種の存続のために
交尾の抑制をせんとする頭部を食うことは
メスにとっては
種の存続の促進のための一貫ということらしい
といえど生々しく恐ろしい


人間も地球上にいきる生物の一種であるから
その生存には利己的なものもあれば
利他的なものもあるだろう
種の存続のために
あえて利己的な部分を抑制し
自己犠牲する場面もあるだろう

日本国の歴史上の
戦争時のいくたのエピソードの中に
そのような利他的な出来事を探し出すことは
それほど困難ではない

今の仕事もそうかもしれない
企業は種と考えたら種である
種の存続のためにあえて個の利を犠牲にする場面も要求されるだろう


日本企業の集積が日本である

個と公

何ともなかなか結論には至れない課題である

個としての快楽の追求と
公としての自分の役割の遂行


そのなんとも絶妙なバランスのなかに
人間の序列
-それも同じ人間の判断する何とも崇高さから見たら俗な序列ー
も生じるのだろう

その時々の上司である瑣末な人間の
そいつなりの個人的な何の脈絡もない個別的な判断に基づいて決定されるしがない人間の序列
が生じるのであろう


自分が人として
まっとうに生きてゆくために
なにを求めているのか

瑣末で俗な刹那的な人間の序列か

深遠で普遍な人間の尊厳か


個としての快楽の追求にはなにかしら破滅的なにおいを感じるという
人間にはおおらかな抑制がある

最終的にはじぶんという一個人に還元されることゆえ
これからもしばらく付き合うことになるであろう自分と
しっかり語らいながら
自分なりの理想の姿を
ゆっくりとおいもとめてゆくことにしよう

その一環として読書
そうなかなか自分の一冊を見つけがたい
読書があるのである

熱き日本 

うだるような暑さが続いている

暑さの中どこかに出かけたところで
すぐに家に帰りたいと望むのなら
はなから出かけない方がいい

といえ
夏を夏らしくすごしたいと思うのは
かわいげのある平均的日本人らしさで
そのことがひいては疲弊している日本経済をジンワリと浮上させる底力になる

子供がこんがりまっくろに日焼けし
お父さんが短パンでサンダルで
ピカピカのトヨタアルファードで
しっかりと渋滞につかまっている

なんとも微笑ましい風景で
彼らが日々奮闘して
土日もしっかり費やしてくれて
わが日本経済は底堅く成長してゆくのだ


なでしこジャパンの世界優勝も
なにかしら因縁のような感じがしないでもない

澤などの顔をテレビを通して見ていると
何とも日本人の強靭な力と
深遠な恐ろしさを感じるし
日本人がほんとに追い詰められたとき
ただでは起きないことをまざまざと世界に伝達した

女子サッカーレベルから
これから多岐にわたる日本の復活戦が始まってゆくだろう

管直人【カンチョクト】のような愚劣な人間が率いる
いまの体たらくな三流政府がぐずぐずしている間に
日本国は民間レベルから
世界に強烈にアピールすることを開始したのである。


そんな民間レベルの底堅い復活には
その組織を構成する個々の人々には
大いにこれから負荷がかかってゆくだろう

負荷がかかるのはあるいみ仕方がない
ご多分にもれず
この私にも
組織上の目標は
次から次にまさに津波のごとく襲来してくる

といえどそれはたかが作業の連鎖であって
けっして本物の津波ではない

けっして本物の津波ではないのである


日本復活という大いなる魂を揺さぶる目標に合致すると
自分自身が納得できたとき
次々と襲来する作業目標も
おのずと来るなら来てみろ
次々とこなしてみせると
若々しい熱き心の漲りのようなものも芽生えるであろう


個々の日本人が
粛々と種の生存のために他利的に行動し
種としての日本国が大いに生存する

日本はこのようにして
幾多の困難を乗り越えてきた

いまその幾多の一つに立ち向かおうとしているのである

確かに困難ではなる
しかししかとした真摯さがあれば
必ずや乗り越えることができるはずである。

2011年7月10日日曜日

札幌でかるく

時に無性にサボりたくなる時がある

人間どこまでも生真面目では
埋没してしまう

ゆえにときにかるい
誰にも迷惑をかけない程度の
ガス抜きをする

北海道に出張にいって
仕事が終わって
飛行機を予約しようとしたが
何ともかったるい

ええい
今夜はここにとまるか
と自分との対話がはじまる

結局大浴場付きのホテルを予約し
ひとりススキのの街に足を運ぶ

すすきのはリトル歌舞伎町のごとき様相を呈している

それなりに若かったら
なんとも魅力的に映るのだろうが
すこしく疲れている40代のおじさんには
いささかまぶしくうるさい

結局なじみのある
飲み屋に足を運ぶ

七夕の夜に札幌で一人酒

何とも絵になる光景ではないか

サッポロクラシックビール飲み放題コースに
エントリーし
あては
ほっけにザンギ
あら汁にサラダ

日ハム戦のナイターを
耳にしながら
札幌のおじさんたちに交じって
薩摩隼人がサッポロクラシックビールを独り
飲み続ける


そんな感じで
穏当に自分の疲れを自分で軽く癒し
本格的な夏を迎える

サッポロは気のせいか少しだけ
からりとしていて
風が幾分冷たく心地よかった

2011年7月6日水曜日

ひどい人災

それにしても
変なのがあつまるものだ

なんともいまの素人政権の
無能ぶり愚劣さぶりを
まざまざと露呈した

テレビも新聞も雑誌も
そんな三流喜劇のような
なんとも本質とはかい離した事象を
垂れ流せねばならないとは
まったくひどいとしか言いようがない

まったく素人なら素人らしく
身の丈に合った振る舞いをしてほしい

一平卒として
これからも被災者のためにがんばりたいと言っていたが

はっきりいって
必要ない

きっぱりと議員辞職して
九州に帰ってほしい

わしは九州人のB型ですけん

そういわれたかて
こちらは九州薩摩の人間として

おまえのごときものと
十っぱひとからげにされることに
激しい憤りを感じる

ああ
限りなく人災の垂れ流しである