やはりというべきか
市場にいったり
銭湯に行ったりしたが
半端なく人が多い
みな考えることは同じなのだ
行為がことごとく
かぶっているのである
ここでいうかぶるとは
重複するといういみである
かぶるとかたよる
均等さやバランスが崩れ
渋滞が発生するのである
車を洗ってあげようと
洗車場に行こうとしたら
チャラチャラした若者車が
健気にも行列を作っていた
あまりにも多いので
こちらは素通りした
自分の丹精込めたチャラチャラ車を
大切に洗ってあげようと
考えているのじゃなあ
やはりこの時期にきれいに大掃除を
したいらしい
お隣の人も同じなのだと考え
社会への発散を
もうすこしそぎ落ちしてくれたら
もっといいのに・・・
まあむりか
若さにのみ恃む時期というものがあるのである
とはいえ
ここでも行為がかぶっている
一年のチリ芥を取り除きたいのである
さても
今日は今年の最後の日
大晦日である
掃除もいいが
無理をせず
一年のつもり積った疲れをとることが一番
ゆっくりと来し方に
想いを馳せながら
年の瀬を過ごすことにしよう
2008年12月31日水曜日
2008年12月30日火曜日
みそかみそか
個々人の性格にもよるが
雰囲気に意識してのまれることも時としていい
年末の空気感のことである
一部のサービス産業に従事している人たちを除くと
大方の人々は
今日あたりからしばしの休日に突入する
TVでは帰省ラッシュの激しさを
何とはなしに人の不幸を
喜ばんとでも言わんばかりのニュアンスで
伝える
それもいい
何とも言えずこの大晦日の時間がいとおしい
日頃は買い物なぞ行きもしない
おっさんが、さも食材に対しては
厳しい目利きでもあるがごとく
さえないジャンパーに手を突っ込みながら
マグロやらカニやらに
きびしそうな目線を注ぐ
【どれもいっしょやて・・】
買い物なれしていないがために
大きな客導線の流れを知らず
意味のない渋滞をこしらえてしまい
おっさん自体がほかのおっさんから
厳しく睨まれたりもする
家では何かしら鬼の首でも
とった如く腰を入れて掃除が始まる
手持無沙汰にうろうろしていたりすると
サボりをむさぼる生臭坊主を
叱り飛ばすがごとく
厳しい目線が注がれたりもする
そんないろいろなことが
行われているさなか
日の暮れるのはとても速い
時間が刻一刻と
間断なく刻まれて
いつしか大晦日のよるは
最後の最後まで追いつめられる
紅白歌合戦なぞというものは
そんなに興味もない
ただ雰囲気を楽しみたいがために
大方の人々は
それこそ
あるいみ仕方なしにそのチャンネルを
見学しているにすぎないのかもしれない
少なくとも私の場合は
限りなくそれに近い
一番気の置けない親しい人と
炬燵に入りながら
酒を酌み交わして
紅白を観る
そして静かに年の瀬を迎える
というのが
日本が形作ってきた
年末の一つの文化である
くるまれて心地いいものである
昔からそうである
TVなぞがない時分は
紅白なんぞというものこそ
なかったであろうが
こたつの中に入りながら
鍋なぞをつついて
親しい人と笑顔で
静かに新年をむかえるという空気感は
今の日本の人々に連綿とつながっている
時間が旧年から新年に移行した瞬間
【本年もよろしくお願いいたします】
なぞと急にイヅマイをただし
あいさつをしていたりする
急にあらたまるのである
さても今年も本当にあと少しだ
私も買い出しにいっどと
せっつかされている
うちは人数は二人しかいない!
そない買うものもないと言えばない
とはいえ
いつものスーパーの買いものだと
やはり味気ない
年末年始は
一つの義務感として
すこし大盤振る舞いせねばなるまい
それが新年への
英気のもととなる
買い出しにいって大掃除をして
風呂に入る
これが私の年末の姿である
それが空気感にそった
かけがえのない時間をつかまんとする
ささやかな抵抗だったりもする
なむなむ
雰囲気に意識してのまれることも時としていい
年末の空気感のことである
一部のサービス産業に従事している人たちを除くと
大方の人々は
今日あたりからしばしの休日に突入する
TVでは帰省ラッシュの激しさを
何とはなしに人の不幸を
喜ばんとでも言わんばかりのニュアンスで
伝える
それもいい
何とも言えずこの大晦日の時間がいとおしい
日頃は買い物なぞ行きもしない
おっさんが、さも食材に対しては
厳しい目利きでもあるがごとく
さえないジャンパーに手を突っ込みながら
マグロやらカニやらに
きびしそうな目線を注ぐ
【どれもいっしょやて・・】
買い物なれしていないがために
大きな客導線の流れを知らず
意味のない渋滞をこしらえてしまい
おっさん自体がほかのおっさんから
厳しく睨まれたりもする
家では何かしら鬼の首でも
とった如く腰を入れて掃除が始まる
手持無沙汰にうろうろしていたりすると
サボりをむさぼる生臭坊主を
叱り飛ばすがごとく
厳しい目線が注がれたりもする
そんないろいろなことが
行われているさなか
日の暮れるのはとても速い
時間が刻一刻と
間断なく刻まれて
いつしか大晦日のよるは
最後の最後まで追いつめられる
紅白歌合戦なぞというものは
そんなに興味もない
ただ雰囲気を楽しみたいがために
大方の人々は
それこそ
あるいみ仕方なしにそのチャンネルを
見学しているにすぎないのかもしれない
少なくとも私の場合は
限りなくそれに近い
一番気の置けない親しい人と
炬燵に入りながら
酒を酌み交わして
紅白を観る
そして静かに年の瀬を迎える
というのが
日本が形作ってきた
年末の一つの文化である
くるまれて心地いいものである
昔からそうである
TVなぞがない時分は
紅白なんぞというものこそ
なかったであろうが
こたつの中に入りながら
鍋なぞをつついて
親しい人と笑顔で
静かに新年をむかえるという空気感は
今の日本の人々に連綿とつながっている
時間が旧年から新年に移行した瞬間
【本年もよろしくお願いいたします】
なぞと急にイヅマイをただし
あいさつをしていたりする
急にあらたまるのである
さても今年も本当にあと少しだ
私も買い出しにいっどと
せっつかされている
うちは人数は二人しかいない!
そない買うものもないと言えばない
とはいえ
いつものスーパーの買いものだと
やはり味気ない
年末年始は
一つの義務感として
すこし大盤振る舞いせねばなるまい
それが新年への
英気のもととなる
買い出しにいって大掃除をして
風呂に入る
これが私の年末の姿である
それが空気感にそった
かけがえのない時間をつかまんとする
ささやかな抵抗だったりもする
なむなむ
2008年12月28日日曜日
普通のリラックス
おいしい夕食をいただたあと
しばしテレビを見て風呂に入る
風呂にその時の思いつきで
本を何冊か持ってゆく
系統だった本ではない
目にとまった本である
小さな浴槽に
身をちぢこませながら
しばし本の世界を逍遥する
汗をかいて
水を飲む
そんな夜が過ぎて
あとはゆっくり眠るだけだ
そんな積み重ねでいい
しばしテレビを見て風呂に入る
風呂にその時の思いつきで
本を何冊か持ってゆく
系統だった本ではない
目にとまった本である
小さな浴槽に
身をちぢこませながら
しばし本の世界を逍遥する
汗をかいて
水を飲む
そんな夜が過ぎて
あとはゆっくり眠るだけだ
そんな積み重ねでいい
やっぱり謙虚にしくはなし
目の前のカレンダーを見ると
当然のことながら
本日は12月28日である
ということはこれまた当然のことながら
2008年という今生に一度しかない年も
あと3日を残すのみということになる
平成という日本独自の年号で言うと
今年は平成20年である
ということは今の天皇になって
はや20年の歳月が経たということになる
何とも時間というものは
人間がこざかしく
時に、時の重さをひしひしと感じたり
といって
切所の仕事に没頭している時なぞ
時の移ろうことなぞ
頭の中からすっぽりと忘れているときでさえ
愚直にひとつづつひとつづつ
刻み続けているのである
刻みつづけているのであるなあ~
人間も一つの消耗品だとすると
年限の経過とともに
いろいろな所にガタがくるのは
いたしかたないのかもしれない
人間の幸せの条件
そんなものは
それぞれ人の数だけあるように思うが
本日眺めていた本の中で
第一 自分の生活の基準となる思想
第二 良い家族と友達
第三 意義のある仕事
第四 閑を持つこと
というのがあった
発言者は
戦前の英国の外務大臣
エドワード・グレイ
なぜこんなおっさんの発言などがわかるのかというと
当時の日本人の一部が触発されていたらしい
慶応の元塾長小泉信三が
戦後の自著「読書雑記」に書いている
確かにそうかもしれんなあ
とはいっても自分のつたない考え方を
もわもわとひろげてゆくと
実は
羨むべきまた尊敬すべき人間なんて言うものは
そんなにいるはずもないように思ったりする
なぜといえば
人間の生命を無残にも消し飛ばしてゆく
戦争は間違いなく正しくない行為である
クラウゼビッツが
戦争は政治の延長線上の一行為である
なぞと定義しているといってもである
そんな愚劣な戦争行為は
人間の歴史の言い換えともなるほど
絶え間なく続いている
たとえば
往時から幸せ楽しみの象徴だったはずの
夢の国ディズニーランドを生んだアメリカ
そんなハッピーなディズニーランドの国が
同時に人間を消滅させる兵器を研究製造している
なんともおぞましく
矛盾だらけの人間であることか
この社会には絶対というものはあるはずがないのである
すべては相対の世の中である
ということは何が正しく何が間違いというものは
実はだれにもわからないということである
その時々のいろいろな事情の
刹那の理由にすぎないのである
ディズニーの世界に人にとっては
善なる戦争も
その対者にとっては
不条理極まりない侵略である
経済情勢にしてもそうである
当時は良かれと思って
サブプライムローンを実施したはずである
それがいまでは
諸悪の根源となっているではないか
単なるその時の思いつきと
連綿と増殖する人間の欲望とがかけあわされると
予測不可能な大変なことが起こる典型的な実例である
となると
日日の仕事で直面する
あらゆる判断も
ベストな判断などというものはそもそもなく
まあうまくいったところで
その時点でのベターにすぎないのである
それも万人には正しくなく
その当時の数少ない関係者にのみ
ベターな判断にすぎないのである
ということで
人間は常に謙虚でないといけないと
つくづく考えさせられた
偉そうにさも
【わしの判断は絶対である ワハハ】
なぞとうそぶいている御仁を
目撃した場合は
はかなくもこっけいにして
憐むべき存在であるかな
と少しの憐憫を掛けてあげよう
かの御仁は
世の中のことは何もわかっていないのである
自分と彼の人生とは
まったくもって関係ないはずであるが
ご愁傷様と言ってあげることはしてあげよう
こちとら
世の中のことは
時間的にも空間的にも
360度相対の世の中であり
無常の世ということを
常に想念の中に控えさせ
謙虚に都度つどのことを
臆病ながらも慎重に判断し
その時々の持てる力を
精一杯発揮し
どうなるかわからぬ人の世を渡ってゆくことにしよう
それが人の世のはずである
当然のことながら
本日は12月28日である
ということはこれまた当然のことながら
2008年という今生に一度しかない年も
あと3日を残すのみということになる
平成という日本独自の年号で言うと
今年は平成20年である
ということは今の天皇になって
はや20年の歳月が経たということになる
何とも時間というものは
人間がこざかしく
時に、時の重さをひしひしと感じたり
といって
切所の仕事に没頭している時なぞ
時の移ろうことなぞ
頭の中からすっぽりと忘れているときでさえ
愚直にひとつづつひとつづつ
刻み続けているのである
刻みつづけているのであるなあ~
人間も一つの消耗品だとすると
年限の経過とともに
いろいろな所にガタがくるのは
いたしかたないのかもしれない
人間の幸せの条件
そんなものは
それぞれ人の数だけあるように思うが
本日眺めていた本の中で
第一 自分の生活の基準となる思想
第二 良い家族と友達
第三 意義のある仕事
第四 閑を持つこと
というのがあった
発言者は
戦前の英国の外務大臣
エドワード・グレイ
なぜこんなおっさんの発言などがわかるのかというと
当時の日本人の一部が触発されていたらしい
慶応の元塾長小泉信三が
戦後の自著「読書雑記」に書いている
確かにそうかもしれんなあ
とはいっても自分のつたない考え方を
もわもわとひろげてゆくと
実は
羨むべきまた尊敬すべき人間なんて言うものは
そんなにいるはずもないように思ったりする
なぜといえば
人間の生命を無残にも消し飛ばしてゆく
戦争は間違いなく正しくない行為である
クラウゼビッツが
戦争は政治の延長線上の一行為である
なぞと定義しているといってもである
そんな愚劣な戦争行為は
人間の歴史の言い換えともなるほど
絶え間なく続いている
たとえば
往時から幸せ楽しみの象徴だったはずの
夢の国ディズニーランドを生んだアメリカ
そんなハッピーなディズニーランドの国が
同時に人間を消滅させる兵器を研究製造している
なんともおぞましく
矛盾だらけの人間であることか
この社会には絶対というものはあるはずがないのである
すべては相対の世の中である
ということは何が正しく何が間違いというものは
実はだれにもわからないということである
その時々のいろいろな事情の
刹那の理由にすぎないのである
ディズニーの世界に人にとっては
善なる戦争も
その対者にとっては
不条理極まりない侵略である
経済情勢にしてもそうである
当時は良かれと思って
サブプライムローンを実施したはずである
それがいまでは
諸悪の根源となっているではないか
単なるその時の思いつきと
連綿と増殖する人間の欲望とがかけあわされると
予測不可能な大変なことが起こる典型的な実例である
となると
日日の仕事で直面する
あらゆる判断も
ベストな判断などというものはそもそもなく
まあうまくいったところで
その時点でのベターにすぎないのである
それも万人には正しくなく
その当時の数少ない関係者にのみ
ベターな判断にすぎないのである
ということで
人間は常に謙虚でないといけないと
つくづく考えさせられた
偉そうにさも
【わしの判断は絶対である ワハハ】
なぞとうそぶいている御仁を
目撃した場合は
はかなくもこっけいにして
憐むべき存在であるかな
と少しの憐憫を掛けてあげよう
かの御仁は
世の中のことは何もわかっていないのである
自分と彼の人生とは
まったくもって関係ないはずであるが
ご愁傷様と言ってあげることはしてあげよう
こちとら
世の中のことは
時間的にも空間的にも
360度相対の世の中であり
無常の世ということを
常に想念の中に控えさせ
謙虚に都度つどのことを
臆病ながらも慎重に判断し
その時々の持てる力を
精一杯発揮し
どうなるかわからぬ人の世を渡ってゆくことにしよう
それが人の世のはずである
2008年12月27日土曜日
切所での行動
日々生きていると
いろんな事象に遭遇するし
いろんな人の動きを目撃することができる
人間は生成発展する存在である
生成発展する契機は
従来の安寧からの変化であったりする
苦境である
その苦境の切所で
人は瞬時に大きな経験をするし
そこに成長の発火点が存在する
人間を識るということがある
一つの視点に
そんな切所でのその人の行動がある
苦境を正面から受け止め
逃げることなく対処する人がいる
その人はその人自身の経験として
そのことが生成発展の契機になるはずである
それに付随して信頼も勝ち取るに違いない
それに反して
ぬるぬると切所の要点を
うまくすり抜ける人もある
要は逃げる人である
そんな人はその人の成長にも
ならないし
周りの人の信頼も勝ち得ない
常日頃尊大に口にしていることと
実際の行動が違う場合
信頼を失う
結局本人の損失大なのである
人のふり見て
わがふり直せ
という言葉がある
切所は苦痛である
できればヌルリと逃げたいものである
しかし
人間として自ら
火中の栗を拾うことで
自らの成長の機会としたいと思ったりする
なかなか難しい
ゆえに人間なのかな
と想ったりする
これも雑感である
いろんな事象に遭遇するし
いろんな人の動きを目撃することができる
人間は生成発展する存在である
生成発展する契機は
従来の安寧からの変化であったりする
苦境である
その苦境の切所で
人は瞬時に大きな経験をするし
そこに成長の発火点が存在する
人間を識るということがある
一つの視点に
そんな切所でのその人の行動がある
苦境を正面から受け止め
逃げることなく対処する人がいる
その人はその人自身の経験として
そのことが生成発展の契機になるはずである
それに付随して信頼も勝ち取るに違いない
それに反して
ぬるぬると切所の要点を
うまくすり抜ける人もある
要は逃げる人である
そんな人はその人の成長にも
ならないし
周りの人の信頼も勝ち得ない
常日頃尊大に口にしていることと
実際の行動が違う場合
信頼を失う
結局本人の損失大なのである
人のふり見て
わがふり直せ
という言葉がある
切所は苦痛である
できればヌルリと逃げたいものである
しかし
人間として自ら
火中の栗を拾うことで
自らの成長の機会としたいと思ったりする
なかなか難しい
ゆえに人間なのかな
と想ったりする
これも雑感である
将たる者
組織の大小にかかわらず
「大将というものは、ほうびをあたえる者を言うのだ」
と元親は明快に定義した
それ以外に大将の機能はない、とさえいえる
良き大将は、価値の良き判断者である
将士の働きを計量し、それがどれほどの恩賞に
値するものかを判断し、それを与える
名将のばあい、そこに知恵と公平さが作用するから
配下の者は安心して励むのである
配下が将に期待するのはそれしかない
司馬遼太郎の「夏草の賦」の引用である
どんな規模でも
人間が複数集まって
何らかの目的に向かって行動を起こそうとするとき
組織を作る
チームである
何の因果か
そのチームを統御する存在がある
チームリーダーである
何の理由でなるか
本来の理由は
上記にあるように価値の良き判断者たるものが
なるべきである
サラリーマンの場合は
給料をもらはねばならぬという
最大の理由で首根っこをつかまれているから
兵卒は
その上司に従うのである
それだけの理由である
そこに人間としての尊敬が加われば
その組織に所属するものは
幸せである
そこのチームリーダーが
価値の良き判断者である組織は
目的を達成すること
破竹の勢いであるはずである
ただそんな場合はほとんどないのかもしれない
とすれば
その場合はどうするか
自分の役割を粛々とこなすことである
ただ自らの信ずる道を往くだけである
とはいえ将といえるほどの者は
現代のサラリーマンには
ほとんどいない
そんなに大仰なものでもないのである
白髪衰顔 意とするところにあらず
壮心剣を横たえて勲無きを愧ず
百千の窮鬼吾何ぞ畏れん
脱出せん人間孤豹の群
「大将というものは、ほうびをあたえる者を言うのだ」
と元親は明快に定義した
それ以外に大将の機能はない、とさえいえる
良き大将は、価値の良き判断者である
将士の働きを計量し、それがどれほどの恩賞に
値するものかを判断し、それを与える
名将のばあい、そこに知恵と公平さが作用するから
配下の者は安心して励むのである
配下が将に期待するのはそれしかない
司馬遼太郎の「夏草の賦」の引用である
どんな規模でも
人間が複数集まって
何らかの目的に向かって行動を起こそうとするとき
組織を作る
チームである
何の因果か
そのチームを統御する存在がある
チームリーダーである
何の理由でなるか
本来の理由は
上記にあるように価値の良き判断者たるものが
なるべきである
サラリーマンの場合は
給料をもらはねばならぬという
最大の理由で首根っこをつかまれているから
兵卒は
その上司に従うのである
それだけの理由である
そこに人間としての尊敬が加われば
その組織に所属するものは
幸せである
そこのチームリーダーが
価値の良き判断者である組織は
目的を達成すること
破竹の勢いであるはずである
ただそんな場合はほとんどないのかもしれない
とすれば
その場合はどうするか
自分の役割を粛々とこなすことである
ただ自らの信ずる道を往くだけである
とはいえ将といえるほどの者は
現代のサラリーマンには
ほとんどいない
そんなに大仰なものでもないのである
白髪衰顔 意とするところにあらず
壮心剣を横たえて勲無きを愧ず
百千の窮鬼吾何ぞ畏れん
脱出せん人間孤豹の群
2008年12月23日火曜日
本日はお休み
本日は天皇誕生日ということで
日本は公式的に祭日である
祭日というものは
他意はなしに良いものだ
人間というものは
そもそも動物であるから
そんなに高尚な生き物でもない
自然の一部である
ゆえに季節の流れには
あまり逆らわないほうがいい
というのは
休みの時は
速やかに休みましょうということである
そしてやはり季節季節の行事には
率先する必要はないにしても
変に斜に構えることなく
それなりに参加したほうがいい
とも考えている
12月は忙しい
久々に買い物に近所のスーパーに行くと
季節感が全面に出ている
クリスマスのシーズンであるだけに
BGMはクリスマスソングである
お母さんと買い物にきていた
女の子が
【シャンメリー安いよ!!】
なぞといってお母さんにもっていっている
「シャンメリーってなんやねん!」
「何をなまいきに!」
「クリスマスのなんたるかも知りもせずに!!」
なぞとおこってはいけない
私もクリスマスってなんですかと
改まって問われると
答えようもない
女の子のように
その空気感にそっていけばいいのだ
シャンメリーも飲めばよい
チキンの照り焼きも食べるべきだろう
当然のこととして
クリスマスケーキも必需品である
そして野菜も忘れずに行こう!!
そんなことをしながら
季節に逆らうことなく
楽しく生きていけば
何の不都合もない
変に流れに逆らおうとすると
必ず何らかの歪みが生じることだろう
何事も自然体で行けばいい
そこには何の矛盾もなく
ついには破壊へと連なる
歪みなぞない
ということで
冬は太って当たり前なのである
クリスマスがあって
間髪入れず
年末の忘年会があって
そして新年の祝賀会が来るのである
会の規模ではない
自分がその流れに乗って
日々気持ちを新たにして
元気よく過ごしてゆけるかにある
そうなると
やはり
太らずにはいられまい・・・
日本は公式的に祭日である
祭日というものは
他意はなしに良いものだ
人間というものは
そもそも動物であるから
そんなに高尚な生き物でもない
自然の一部である
ゆえに季節の流れには
あまり逆らわないほうがいい
というのは
休みの時は
速やかに休みましょうということである
そしてやはり季節季節の行事には
率先する必要はないにしても
変に斜に構えることなく
それなりに参加したほうがいい
とも考えている
12月は忙しい
久々に買い物に近所のスーパーに行くと
季節感が全面に出ている
クリスマスのシーズンであるだけに
BGMはクリスマスソングである
お母さんと買い物にきていた
女の子が
【シャンメリー安いよ!!】
なぞといってお母さんにもっていっている
「シャンメリーってなんやねん!」
「何をなまいきに!」
「クリスマスのなんたるかも知りもせずに!!」
なぞとおこってはいけない
私もクリスマスってなんですかと
改まって問われると
答えようもない
女の子のように
その空気感にそっていけばいいのだ
シャンメリーも飲めばよい
チキンの照り焼きも食べるべきだろう
当然のこととして
クリスマスケーキも必需品である
そして野菜も忘れずに行こう!!
そんなことをしながら
季節に逆らうことなく
楽しく生きていけば
何の不都合もない
変に流れに逆らおうとすると
必ず何らかの歪みが生じることだろう
何事も自然体で行けばいい
そこには何の矛盾もなく
ついには破壊へと連なる
歪みなぞない
ということで
冬は太って当たり前なのである
クリスマスがあって
間髪入れず
年末の忘年会があって
そして新年の祝賀会が来るのである
会の規模ではない
自分がその流れに乗って
日々気持ちを新たにして
元気よく過ごしてゆけるかにある
そうなると
やはり
太らずにはいられまい・・・
まったくの雑感
そうはいっても
シェークスピアばかり読んでいるわけでもない
そもそも
読書というものは
かなり能動的な作業で
自分の恣意にかなり依存している
ぼーっと自分の本棚を眺めて
本のほうから
【そろそろ私も相手してよ!】
というインスピレーションみたいなものを
びびっとに感じて
つい手にとって
そこから数時間の
読書旅行がはじまる
というような感じであるかもしれない
功名が辻
を久々に手に取った
主人公の伊右衛門の
少し抜けたところが
自分と重なり
何とも歯がゆさを感じながらも
千代という
いかにも理想の細君とともに
出世街道を立ち上ってくという話は
わかりきっていながらも面白い
クックと少し笑ったりしながら
珠玉の時間が過ぎてゆく
最近寒くなったり温かくなったり
何ともよくわからない日々が続いている
TVなぞのマスコミからは
これでもかこれでもかと
不況の厳しさを
極端な一場面を切り取って
庶民の不安をあおる
しかし今回の世界同時不況で
最近象徴的に報道される
赤字転落の予想をした
トヨタ
トヨタが何を悪いことをしたのか
まったく悪いことなぞしていない
粛々と自らの使命である
良い車を作るという行為に
間違いはない
勘違いしてはいけない
マスコミはその場しのぎの
興味本位で物事を切り取ることしかしない
自らの役割をしっかりと理解し
粛々と奇をてらわずに
忍んでゆく時
必ずや日本経済は息を吹き返すであろう
そんななか
ミクロの存在である自分・・・
それも全く同じ
自分の立場を俯瞰しながら
自分の与えられた役割を粛々と
静かに着実に実行してゆくだけ
そして
自分の人生に
地に足をつけて
歩いてゆくだけだと思う
今日は寒いぞ
明日は大阪出張だ
シェークスピアばかり読んでいるわけでもない
そもそも
読書というものは
かなり能動的な作業で
自分の恣意にかなり依存している
ぼーっと自分の本棚を眺めて
本のほうから
【そろそろ私も相手してよ!】
というインスピレーションみたいなものを
びびっとに感じて
つい手にとって
そこから数時間の
読書旅行がはじまる
というような感じであるかもしれない
功名が辻
を久々に手に取った
主人公の伊右衛門の
少し抜けたところが
自分と重なり
何とも歯がゆさを感じながらも
千代という
いかにも理想の細君とともに
出世街道を立ち上ってくという話は
わかりきっていながらも面白い
クックと少し笑ったりしながら
珠玉の時間が過ぎてゆく
最近寒くなったり温かくなったり
何ともよくわからない日々が続いている
TVなぞのマスコミからは
これでもかこれでもかと
不況の厳しさを
極端な一場面を切り取って
庶民の不安をあおる
しかし今回の世界同時不況で
最近象徴的に報道される
赤字転落の予想をした
トヨタ
トヨタが何を悪いことをしたのか
まったく悪いことなぞしていない
粛々と自らの使命である
良い車を作るという行為に
間違いはない
勘違いしてはいけない
マスコミはその場しのぎの
興味本位で物事を切り取ることしかしない
自らの役割をしっかりと理解し
粛々と奇をてらわずに
忍んでゆく時
必ずや日本経済は息を吹き返すであろう
そんななか
ミクロの存在である自分・・・
それも全く同じ
自分の立場を俯瞰しながら
自分の与えられた役割を粛々と
静かに着実に実行してゆくだけ
そして
自分の人生に
地に足をつけて
歩いてゆくだけだと思う
今日は寒いぞ
明日は大阪出張だ
2008年12月21日日曜日
シェークスピアを読んど
シェークスピアのハムレットを
昨夜読み終えた
シェークスピアというおっさんは
1600年ぐらいの人らしいから
日本でいえば徳川家康が
江戸幕府を起こさんと躍起になる時期である
東洋の端っこの小国日本の中で
タヌキとおサルを筆頭に
悲劇と喜劇に満ちた
実際の人間活劇が
行われている同時期に
ルネサンス期を迎える
欧州の地では
舞台劇において日夜悲喜劇が演じられ
ハムレットなぞは
エリザベス朝の娯楽戯曲であったりする
その中に描かれる人物群は
ある意味普遍的な
人間の矛盾に満ちた性格を
克明に描いていて
現代の人間と何ら変わることがない
人間というのは
かくもさもしくこざかしきものであるかな
と思ったりしたし
また過の時代から
全く変わっていないのであるなとか
往時の名称でいえば
東洋の黄金の国ジパングという
当時の文明圏からしたら
海のものとも山のものとも定かならぬ
黄色人種の末裔である我らと
かの白色欧州の人間性すら
まったくいっしょやんけ、とか
いろいろ考えさせられもした
とまれ
気軽にそんなことを気づかせてくれる
そんな偉大な書物をすら
気軽にひも解くことのできる
現在の繁栄にはつくづく感謝である
さて次はどの悲劇を読むとしようか
字が読めて本当によかったと
これまた大いに感謝である
あまり暴飲暴食はひかえよう
快適さを失っては
そんな読書すら
ままならなくなってしまう
そんなことこそ
悲劇である
昨夜読み終えた
シェークスピアというおっさんは
1600年ぐらいの人らしいから
日本でいえば徳川家康が
江戸幕府を起こさんと躍起になる時期である
東洋の端っこの小国日本の中で
タヌキとおサルを筆頭に
悲劇と喜劇に満ちた
実際の人間活劇が
行われている同時期に
ルネサンス期を迎える
欧州の地では
舞台劇において日夜悲喜劇が演じられ
ハムレットなぞは
エリザベス朝の娯楽戯曲であったりする
その中に描かれる人物群は
ある意味普遍的な
人間の矛盾に満ちた性格を
克明に描いていて
現代の人間と何ら変わることがない
人間というのは
かくもさもしくこざかしきものであるかな
と思ったりしたし
また過の時代から
全く変わっていないのであるなとか
往時の名称でいえば
東洋の黄金の国ジパングという
当時の文明圏からしたら
海のものとも山のものとも定かならぬ
黄色人種の末裔である我らと
かの白色欧州の人間性すら
まったくいっしょやんけ、とか
いろいろ考えさせられもした
とまれ
気軽にそんなことを気づかせてくれる
そんな偉大な書物をすら
気軽にひも解くことのできる
現在の繁栄にはつくづく感謝である
さて次はどの悲劇を読むとしようか
字が読めて本当によかったと
これまた大いに感謝である
あまり暴飲暴食はひかえよう
快適さを失っては
そんな読書すら
ままならなくなってしまう
そんなことこそ
悲劇である
2008年12月14日日曜日
自分の経済について考えたこと
今年の秋から冬にかけては
世界に激越な大激震が貫いた
世界金融恐慌のことである
ことはアメリカに端を発し
良くも悪くもグローバルに連結している
現代の世界経済のなかで
瞬く間に激震は伝播していった
どうであろう
あの世界のトヨタが
どれほどの影響を受けていることだろう
日々数字が踊る
株価指数のうしろに
どれだけの人生の悲哀が
隠されているのだろう
日々の変動の大きさに
数字が悲鳴を挙げているのが
聞こえてくるようではないか
そんな日々のなか
どんなことが
個人の生活の中で
経済的な防衛になるだろうと
素朴に考えたりした
株が下がっているから
いまは買いだとか
いまの円高のさなか
ドルを買うべきだとか
投資信託はここからだとか
いろいろな情報が
個人の素人にも駆け巡る
しかし一番の財形は
健康ではないだろうかと
素朴に
ふと想った
突飛に聞こえるであろうか
健康でいるから
莫大な医療費がかからないのである
ひび少ないながらも
とだえることなく
給料をいただいているから
堅調に自分の資産が
増えているのである
健康を損ねたら
そんな基本の仕事もできなくなるし
健康を取り戻すための
莫大な医療費が発生するし
つましく保っていたガラスのような
家庭の雰囲気も歪んでいくのである
健康・・・
とても基本的で
すでに与えられている既得のことである
だからいつの間にか
そのありがたさをすっかり忘れがちである
しかし
健康ほど大切なことはないのではないか
40を目前に控え
最近切実に想ったのである
健康につましく生きていけたら
それが最大の幸福である・・・・
忘年会真っ盛りである
そんな気持ちを
忘れないでいたいものである
必ず
自分に返ってくることだからである
世界に激越な大激震が貫いた
世界金融恐慌のことである
ことはアメリカに端を発し
良くも悪くもグローバルに連結している
現代の世界経済のなかで
瞬く間に激震は伝播していった
どうであろう
あの世界のトヨタが
どれほどの影響を受けていることだろう
日々数字が踊る
株価指数のうしろに
どれだけの人生の悲哀が
隠されているのだろう
日々の変動の大きさに
数字が悲鳴を挙げているのが
聞こえてくるようではないか
そんな日々のなか
どんなことが
個人の生活の中で
経済的な防衛になるだろうと
素朴に考えたりした
株が下がっているから
いまは買いだとか
いまの円高のさなか
ドルを買うべきだとか
投資信託はここからだとか
いろいろな情報が
個人の素人にも駆け巡る
しかし一番の財形は
健康ではないだろうかと
素朴に
ふと想った
突飛に聞こえるであろうか
健康でいるから
莫大な医療費がかからないのである
ひび少ないながらも
とだえることなく
給料をいただいているから
堅調に自分の資産が
増えているのである
健康を損ねたら
そんな基本の仕事もできなくなるし
健康を取り戻すための
莫大な医療費が発生するし
つましく保っていたガラスのような
家庭の雰囲気も歪んでいくのである
健康・・・
とても基本的で
すでに与えられている既得のことである
だからいつの間にか
そのありがたさをすっかり忘れがちである
しかし
健康ほど大切なことはないのではないか
40を目前に控え
最近切実に想ったのである
健康につましく生きていけたら
それが最大の幸福である・・・・
忘年会真っ盛りである
そんな気持ちを
忘れないでいたいものである
必ず
自分に返ってくることだからである
寒さにかんじたよしなしごと
なんとなく今年は冬らしくないなあと
単純に個人的にかんじていた
なんか寒くないのである
ところがどうであろう
本日はしっかり寒いではないか
自然というものは
人間がこざかしく心配しなくても
しっかり決められた通りの営みを
運営しているんだなあと
寒さを実感しながら厳粛に思った
日本人にとっては
冬は寒くなくてはならず
寒い中クリスマスやら師走やら
年末やら年始やらという
あわただしくもなんとなく心浮き立つのは
日本人が季節に応じて
単調な人生に彩りを加えようと
営々と培ってきた文化の所産である
その正邪はここでは
たいした
問題ではない
その縦軸の営みが
経験則となって
冬が寒くなかったら
なんとなく違和感を感じるのである
そんないかにも軽がるしい
最近の日本の文化に
どっぷりと漬かってきた
私なぞは
なにはなくても寒い冬に
クリスマスケーキであり
クリスマスパーティーであり
年末の食材の買い出しであり
大晦日の大掃除であり
除夜の鐘であり
初詣なのである
誤解を恐れずにいってみれば
そんなことは
実はどうでもいいことなのである
実際クリスチャンでもないし
神道なぞはに
どっぷりと日々の生活が
接している感覚もない
しかし実生活の中で
いきていく庶民としては
実はどうでもよくはないのである
自分たちがくるまれていて
心地いいもの
単調になりがちな生活に
彩りを与えてくれるもの
だからである
それが普遍化しようのない
文化というものなのだと思う
こんな年末年始の日本人特有の
あわただしさは
お隣とはいえ
中国とか韓国の人にさえ
理解してもらえないであろう
そんなことは理解されようもないし
そもそもだれにもその正邪を
論じられるような代物でもない
それは日本特有の文化だからである
まあこんなことを感じた師走の週末である
そろそろ今年も大詰めである
とはいえ
健康に生きていられることが
大前提で
そのことが最重要であることは
言うまでもない
やはり
感謝である
単純に個人的にかんじていた
なんか寒くないのである
ところがどうであろう
本日はしっかり寒いではないか
自然というものは
人間がこざかしく心配しなくても
しっかり決められた通りの営みを
運営しているんだなあと
寒さを実感しながら厳粛に思った
日本人にとっては
冬は寒くなくてはならず
寒い中クリスマスやら師走やら
年末やら年始やらという
あわただしくもなんとなく心浮き立つのは
日本人が季節に応じて
単調な人生に彩りを加えようと
営々と培ってきた文化の所産である
その正邪はここでは
たいした
問題ではない
その縦軸の営みが
経験則となって
冬が寒くなかったら
なんとなく違和感を感じるのである
そんないかにも軽がるしい
最近の日本の文化に
どっぷりと漬かってきた
私なぞは
なにはなくても寒い冬に
クリスマスケーキであり
クリスマスパーティーであり
年末の食材の買い出しであり
大晦日の大掃除であり
除夜の鐘であり
初詣なのである
誤解を恐れずにいってみれば
そんなことは
実はどうでもいいことなのである
実際クリスチャンでもないし
神道なぞはに
どっぷりと日々の生活が
接している感覚もない
しかし実生活の中で
いきていく庶民としては
実はどうでもよくはないのである
自分たちがくるまれていて
心地いいもの
単調になりがちな生活に
彩りを与えてくれるもの
だからである
それが普遍化しようのない
文化というものなのだと思う
こんな年末年始の日本人特有の
あわただしさは
お隣とはいえ
中国とか韓国の人にさえ
理解してもらえないであろう
そんなことは理解されようもないし
そもそもだれにもその正邪を
論じられるような代物でもない
それは日本特有の文化だからである
まあこんなことを感じた師走の週末である
そろそろ今年も大詰めである
とはいえ
健康に生きていられることが
大前提で
そのことが最重要であることは
言うまでもない
やはり
感謝である
2008年12月7日日曜日
朝の富士山
寒くはあったがとてもまぶしい朝だった
ここしばらく食べてばっかりいるという
そこはかとない罪悪感があったので
しばらく布団の中で
いろいろなことを逡巡していたが
思い切って声に出して宣言した
歩いてくっど
おもむろにいつものトレーナーの上に
竹原しんじプロデュースの
サウナスーツを着込んだ
何やら久しぶりである
三度三度の飯は
一日たりとも欠かしたりはしないのに
歩くというこの単純な作業でさえ
油断するとサボってしまう
あまり使いまわしていないので
まだまだ純白のアディダスの
スニーカーを装着する
扉を開ける
光と寒気が一瞬で駆け抜ける
この一瞬の解放感は
間違いなくクオリアの瞬間である
凛とした寒さを肌で感じる
英語と言いたいところだが
お気に入りの
和製ポップをかける
川べりまであるいて
まっすぐな遊歩道にでる
富士山がこんなに見えたであろうか
朝の空気が澄み切っているせいか
雪を冠した富士山が
とても近い
すこし周りを気にしながらも
手を合わせ拝まずにはいられなかった
おはようございます!
陽光を左に受けながら
力づよく歩を進めた
それにしても空気が冷たい
サウナスーツを着込んでいるにもかかわらず
そんなに汗はかいていないようだ
ゆっくりと歩を進め
折り返し点は海の真ん前である
海と雄大な山
それを照らす太陽は
鹿児島の錦江湾越しの
桜島を彷彿とさせる
折り返した
順調だ
と、あまりにも順調だとは思った・・・
なんとなくおなかが急変しているような感じだ
ゴロゴロゴロと調整しているような
音が感じられる
小便がしたいのかな?
自分の体にお問い合わせをしてみる
確かに小便もしたい
しかし大便のほうが急務だ
という回答が着た
歩を進めて公衆便所へむかう
あそこにあるというのは
頭の中で計算済みである
着地点に便意のピークを
延長させながら
どうにかこうにか目的地に
近づく
掃除をしている!
ボランティアに違いない
おじさんやおばさんが
丁寧に水を景気よくふりまきながら
ごしごしと本腰をいれた
掃除を実施している
通過するか駆け込むか逡巡した
結局何食わぬ顔で
おはようございますと小声であいさつ
同時に頭の中では
第二ポイントの検索を始める
歩を進めたいが
意のままにならぬ
久しぶりに青い汗をかいた
そこにあるはずだと思う
私にとっての楽園はなかなか近づかない
さながらカフカの城のような様相である
私の視界は極度に狭まった
トイレしか見ていない
極度の視野狭窄である ・・・
そして
ついに確保
ついに着地した
天にも昇る気持ちとはこのことだろうか
私は自分にうち勝ったのだ!
気持ちよく体内のものを
放出したあとは
先ほどの痛みはどこに行ったのだろう
それにしても
ここのトイレは私にとって
かけがえのない存在となった
ここの公衆便所さん
本当に心からありがとう・・・
トイレの扉をあけて
外に出た瞬間
やわらかい太陽が心地いい
これもたしかなクオリア
そんな朝の散歩はかれこれ二時間
朝食兼昼食はしっかりチャーハンを摂取
軽く買い物に行き
晩酌を少し飲る・・・
本日は
そんな軽い日曜日だった
答えが見つかるまで考え抜く技術
表三郎
人間通になる読書術・実践編
矢沢永一
人間の品格
下村澄
シェイクスピアの面白さ
中野好夫
ここしばらく食べてばっかりいるという
そこはかとない罪悪感があったので
しばらく布団の中で
いろいろなことを逡巡していたが
思い切って声に出して宣言した
歩いてくっど
おもむろにいつものトレーナーの上に
竹原しんじプロデュースの
サウナスーツを着込んだ
何やら久しぶりである
三度三度の飯は
一日たりとも欠かしたりはしないのに
歩くというこの単純な作業でさえ
油断するとサボってしまう
あまり使いまわしていないので
まだまだ純白のアディダスの
スニーカーを装着する
扉を開ける
光と寒気が一瞬で駆け抜ける
この一瞬の解放感は
間違いなくクオリアの瞬間である
凛とした寒さを肌で感じる
英語と言いたいところだが
お気に入りの
和製ポップをかける
川べりまであるいて
まっすぐな遊歩道にでる
富士山がこんなに見えたであろうか
朝の空気が澄み切っているせいか
雪を冠した富士山が
とても近い
すこし周りを気にしながらも
手を合わせ拝まずにはいられなかった
おはようございます!
陽光を左に受けながら
力づよく歩を進めた
それにしても空気が冷たい
サウナスーツを着込んでいるにもかかわらず
そんなに汗はかいていないようだ
ゆっくりと歩を進め
折り返し点は海の真ん前である
海と雄大な山
それを照らす太陽は
鹿児島の錦江湾越しの
桜島を彷彿とさせる
折り返した
順調だ
と、あまりにも順調だとは思った・・・
なんとなくおなかが急変しているような感じだ
ゴロゴロゴロと調整しているような
音が感じられる
小便がしたいのかな?
自分の体にお問い合わせをしてみる
確かに小便もしたい
しかし大便のほうが急務だ
という回答が着た
歩を進めて公衆便所へむかう
あそこにあるというのは
頭の中で計算済みである
着地点に便意のピークを
延長させながら
どうにかこうにか目的地に
近づく
掃除をしている!
ボランティアに違いない
おじさんやおばさんが
丁寧に水を景気よくふりまきながら
ごしごしと本腰をいれた
掃除を実施している
通過するか駆け込むか逡巡した
結局何食わぬ顔で
おはようございますと小声であいさつ
同時に頭の中では
第二ポイントの検索を始める
歩を進めたいが
意のままにならぬ
久しぶりに青い汗をかいた
そこにあるはずだと思う
私にとっての楽園はなかなか近づかない
さながらカフカの城のような様相である
私の視界は極度に狭まった
トイレしか見ていない
極度の視野狭窄である ・・・
そして
ついに確保
ついに着地した
天にも昇る気持ちとはこのことだろうか
私は自分にうち勝ったのだ!
気持ちよく体内のものを
放出したあとは
先ほどの痛みはどこに行ったのだろう
それにしても
ここのトイレは私にとって
かけがえのない存在となった
ここの公衆便所さん
本当に心からありがとう・・・
トイレの扉をあけて
外に出た瞬間
やわらかい太陽が心地いい
これもたしかなクオリア
そんな朝の散歩はかれこれ二時間
朝食兼昼食はしっかりチャーハンを摂取
軽く買い物に行き
晩酌を少し飲る・・・
本日は
そんな軽い日曜日だった
答えが見つかるまで考え抜く技術
表三郎
人間通になる読書術・実践編
矢沢永一
人間の品格
下村澄
シェイクスピアの面白さ
中野好夫
2008年12月6日土曜日
久々の皿うどん
恒例につき一週間の疲れを洗い流すべく
いつものスーパー銭湯におもむいた
大きな露天風呂に
たおやかに体を投げ出す
心地よい温度の湯が
疲れ果てた我の体を
包み込む
体を湯に預けながら
澄み切った青空を
見上げる
心に積りつつあった
マイナスのオリのような感情が
湯けむりとともに
青空に立ち上って消えてゆく
低温サウナにおもむく
湿度のある空間が
瞬間に体を包み込む
身体的な疲れやら
変な気やら念やら
マイナス思考の感情やらが
エクトプラズムのごとく
体のいたるところから
体外に放射されるイメージを抱く
周りには
加齢臭芬々のオジサンたちが
いるがそんなことは
気にもしない
露天に出る
やわらかな陽光が
我の裸体を惜しげもなく
照らし出す
太陽から全面に
陽気を受け取る
疲れも汚れもすべて洗い流す
きれいにみそぎは済んだ
久しぶりに蓬莱におもむく
皿うどんとちゃんぽんを発注する
いつもながらの味である
いつもながらの質感である
うまい!
いつもいいことばかり起こるとは限らない
仕事に従事しているということは
報酬をいただくことでもあるから
自分の本意どおりになるとは限らない
そんな心身の疲れを抱きながらも
日々は確実に過ぎていく
単純なことながら
自分なりの決まった浄化の方法を
持っているということは
とても大切なことだと思う
私の場合はふろとめしである
すこぶる簡単だし
形而下の最たるものと揶揄されても
そんなことは構わない
自分なりの再構築ができれば
その方法はどんな道筋でもいい
いつもの土曜日
いつもの再構築である
いつものスーパー銭湯におもむいた
大きな露天風呂に
たおやかに体を投げ出す
心地よい温度の湯が
疲れ果てた我の体を
包み込む
体を湯に預けながら
澄み切った青空を
見上げる
心に積りつつあった
マイナスのオリのような感情が
湯けむりとともに
青空に立ち上って消えてゆく
低温サウナにおもむく
湿度のある空間が
瞬間に体を包み込む
身体的な疲れやら
変な気やら念やら
マイナス思考の感情やらが
エクトプラズムのごとく
体のいたるところから
体外に放射されるイメージを抱く
周りには
加齢臭芬々のオジサンたちが
いるがそんなことは
気にもしない
露天に出る
やわらかな陽光が
我の裸体を惜しげもなく
照らし出す
太陽から全面に
陽気を受け取る
疲れも汚れもすべて洗い流す
きれいにみそぎは済んだ
久しぶりに蓬莱におもむく
皿うどんとちゃんぽんを発注する
いつもながらの味である
いつもながらの質感である
うまい!
いつもいいことばかり起こるとは限らない
仕事に従事しているということは
報酬をいただくことでもあるから
自分の本意どおりになるとは限らない
そんな心身の疲れを抱きながらも
日々は確実に過ぎていく
単純なことながら
自分なりの決まった浄化の方法を
持っているということは
とても大切なことだと思う
私の場合はふろとめしである
すこぶる簡単だし
形而下の最たるものと揶揄されても
そんなことは構わない
自分なりの再構築ができれば
その方法はどんな道筋でもいい
いつもの土曜日
いつもの再構築である
はらもたつわい
不景気という言葉が耳慣れてしまっているが
この時期になるとサラリーマンはやはりうれしい
ボーナス ナスボーのことである
日々の有形無形の努力への
報酬が形となって表現されるからである
できれば金額が多いほうにこしたことはない
まあそれは個々人の能力と努力の問題で
そんなことはここでは重要ではない
お国に献上する税金のことである
また自らの人生設計のためというのが
大前提の年金や健康保険のことである
具体的に控除されている金額をみながら
昨今のニュースを想起すると
やはり腹が立ってくる
こんな税金や年金は
いちど一人一人手渡しで徴収してみればいい
徴収される人が
羊のような人ばかりではないはずだ
しっかりした根拠がないと
お金を無根拠に差し出すお人よしなぞ
このご時世にいるはずがない
ひとりひとり徴収するとき
その大切な血税は
これこれこのように有効に使わせていただきます
またお客様のこの大切なお金は
将来の人生設計のために
確実に備蓄させていただきます
と必死になって説明するだろうし
その言ったことを実現するために
最大限の努力をするはずである
しかし
莫大な人々から莫大な金額を瞬時に
吸い上げるには効率化が必要である
そのために勝手に引かれるのである
日本人は基本的には
お上に従順である
自らの努力の結晶である血税を
しっかりおさめていて
その運用者にたいして
あまりにも寛大である
やはり意識するべきであると感じた
政治家は国民の代表であるが
権力者ではないはずである
主権は国民にあるはずである
もっと厳しく監視されなくてはならない
公僕も同様である
名の通り国民全体の
利益に奉仕するものであるはずである
自らの利益だけに汲々とするのは
公僕でも何でもない
獣である
勘違いはなはだしい輩が多すぎる
政治家や公務員は国民に奉仕すべき
存在であり
それ以外の立場ではないのである
ナスボー明細を見て
そんなことを思った
まあ私なぞは雀のなみだではある
だけど大切な大切なお金である
うーん 一度徴収に実際に来てほしいものである
そんときはかみついてやる!
私も普段は羊であるが
ときには皮を脱いで狼にもなる
怒るべき時は怒るべきである
ナスボーはいろいろ考えさせられるのである・・・
この時期になるとサラリーマンはやはりうれしい
ボーナス ナスボーのことである
日々の有形無形の努力への
報酬が形となって表現されるからである
できれば金額が多いほうにこしたことはない
まあそれは個々人の能力と努力の問題で
そんなことはここでは重要ではない
お国に献上する税金のことである
また自らの人生設計のためというのが
大前提の年金や健康保険のことである
具体的に控除されている金額をみながら
昨今のニュースを想起すると
やはり腹が立ってくる
こんな税金や年金は
いちど一人一人手渡しで徴収してみればいい
徴収される人が
羊のような人ばかりではないはずだ
しっかりした根拠がないと
お金を無根拠に差し出すお人よしなぞ
このご時世にいるはずがない
ひとりひとり徴収するとき
その大切な血税は
これこれこのように有効に使わせていただきます
またお客様のこの大切なお金は
将来の人生設計のために
確実に備蓄させていただきます
と必死になって説明するだろうし
その言ったことを実現するために
最大限の努力をするはずである
しかし
莫大な人々から莫大な金額を瞬時に
吸い上げるには効率化が必要である
そのために勝手に引かれるのである
日本人は基本的には
お上に従順である
自らの努力の結晶である血税を
しっかりおさめていて
その運用者にたいして
あまりにも寛大である
やはり意識するべきであると感じた
政治家は国民の代表であるが
権力者ではないはずである
主権は国民にあるはずである
もっと厳しく監視されなくてはならない
公僕も同様である
名の通り国民全体の
利益に奉仕するものであるはずである
自らの利益だけに汲々とするのは
公僕でも何でもない
獣である
勘違いはなはだしい輩が多すぎる
政治家や公務員は国民に奉仕すべき
存在であり
それ以外の立場ではないのである
ナスボー明細を見て
そんなことを思った
まあ私なぞは雀のなみだではある
だけど大切な大切なお金である
うーん 一度徴収に実際に来てほしいものである
そんときはかみついてやる!
私も普段は羊であるが
ときには皮を脱いで狼にもなる
怒るべき時は怒るべきである
ナスボーはいろいろ考えさせられるのである・・・
みみより情報
最近のITの進化は日常生活のレベルも
少しずつ変えつつあるようである
といってもじつはそんなに大げさな話ではない
ただ音楽や英語やニュースなど
少し前までは
ささやかなことをすることに対しても
目に見えたコストがその場で発生していたが
今はそれがとても安価になってきている
http://www.apple.com/jp/itunes/whatson/podcasts/
アップルのpodcastsというサービスがある
先日何気なく見ていたがいい
英語や音楽 経済ほか各種情報が満載である
それも無料である
クラシック音楽もよい
英語シャワーも心地いい
一度お試しいただきたい
たのしいはずです
少しずつ変えつつあるようである
といってもじつはそんなに大げさな話ではない
ただ音楽や英語やニュースなど
少し前までは
ささやかなことをすることに対しても
目に見えたコストがその場で発生していたが
今はそれがとても安価になってきている
http://www.apple.com/jp/itunes/whatson/podcasts/
アップルのpodcastsというサービスがある
先日何気なく見ていたがいい
英語や音楽 経済ほか各種情報が満載である
それも無料である
クラシック音楽もよい
英語シャワーも心地いい
一度お試しいただきたい
たのしいはずです
2008年11月30日日曜日
家電の店にいって想ったこと
秋から冬にかけての青空は
からりとしていてとてもすがすがしい
日曜日のそんな昼さがり
久しぶりに近所の電気屋さんにいった
これと言って何か買おうということではなしに
ただなんとなくおもむいたという感じである
さすがに年末に向けて
店内は賑わっている
店内を散策している
お客さんの顔は
何かしらやわらかな感じをうけた
そもそも新しい家電製品を
買おうとしている人は
ほのかに
自分と等身大の夢を
実現しようとしている人のように
思われた
新しい家電製品を
いろいろ見ながら
自分の家庭を想像し
自分が仮にその新製品を
手に入れた場合の
快適な暮らしをほのかに想像する
そして大人げなくわくわくする
そんなとき人は
何かしらやわらかい幸福感に
包まれるのだろう
時節柄カラーコピーは山積みだ
日ごろスーツを着ていそうなおじさんが
ユニクロのフリースを着て
丹念にメーカーごとの
商品を見比べていたりした
素敵な年賀状を作成してくれるのだろう
大型テレビの前で
夫婦で画像の美しさを見比べている
お客もいた
どれも一緒のように見えるが
大切なお金をはたいて
購入を考えている
人にとっては
微妙な色の映え具合が
とても重要なことのようである
その大きなテレビが入る
自宅のリビングを想像して
その夫婦は幸せそうであった
私も嫁と店内をそぞろ散策していた
他のお客と何ら変わることなしに
こころにわくわくとした感覚を覚えた
結局思いつきで
PCのセキュリティーソフトと
PC専用スピーカーを購入した
スピーカーは大正解であった
それほど高くはないが
従来のPCの内蔵のスピーカーとは
まったく比べようもなく高音質な音を
楽しむことができるようになった
とてもささやかなことを
少しずつメンテナンスしていくことで
日々の生活というものは
格段に過ごしやすくなるようである
スピーカーを購入した
ただそれだけで
いま私は
モートァルトを聞きながら
日曜の夜長を静かに楽しんでいる
とても快適なのである
生きていくということは
長いようでいて実は短い
短い人生を快適に過ごしたいということが
自分の希望であれば
それを実現するために
日々を意識して更新していくことは
とても重要なようである
もちろん外的環境もさることながら
自分の内的環境
ことに体のメンテナンスも
とても重要である
メタボなんていうものは
おそらく快適の対極にあるはずである
少しずつ苦痛の根源は
摘み取っていかなければならない
食欲の秋とは対極にあることであるが
快適のためには
意識して心がけなければ
大変なことになる・・・・
すべて自分に返ってくるのである
日曜日のよるにそんなことを想った・・・
からりとしていてとてもすがすがしい
日曜日のそんな昼さがり
久しぶりに近所の電気屋さんにいった
これと言って何か買おうということではなしに
ただなんとなくおもむいたという感じである
さすがに年末に向けて
店内は賑わっている
店内を散策している
お客さんの顔は
何かしらやわらかな感じをうけた
そもそも新しい家電製品を
買おうとしている人は
ほのかに
自分と等身大の夢を
実現しようとしている人のように
思われた
新しい家電製品を
いろいろ見ながら
自分の家庭を想像し
自分が仮にその新製品を
手に入れた場合の
快適な暮らしをほのかに想像する
そして大人げなくわくわくする
そんなとき人は
何かしらやわらかい幸福感に
包まれるのだろう
時節柄カラーコピーは山積みだ
日ごろスーツを着ていそうなおじさんが
ユニクロのフリースを着て
丹念にメーカーごとの
商品を見比べていたりした
素敵な年賀状を作成してくれるのだろう
大型テレビの前で
夫婦で画像の美しさを見比べている
お客もいた
どれも一緒のように見えるが
大切なお金をはたいて
購入を考えている
人にとっては
微妙な色の映え具合が
とても重要なことのようである
その大きなテレビが入る
自宅のリビングを想像して
その夫婦は幸せそうであった
私も嫁と店内をそぞろ散策していた
他のお客と何ら変わることなしに
こころにわくわくとした感覚を覚えた
結局思いつきで
PCのセキュリティーソフトと
PC専用スピーカーを購入した
スピーカーは大正解であった
それほど高くはないが
従来のPCの内蔵のスピーカーとは
まったく比べようもなく高音質な音を
楽しむことができるようになった
とてもささやかなことを
少しずつメンテナンスしていくことで
日々の生活というものは
格段に過ごしやすくなるようである
スピーカーを購入した
ただそれだけで
いま私は
モートァルトを聞きながら
日曜の夜長を静かに楽しんでいる
とても快適なのである
生きていくということは
長いようでいて実は短い
短い人生を快適に過ごしたいということが
自分の希望であれば
それを実現するために
日々を意識して更新していくことは
とても重要なようである
もちろん外的環境もさることながら
自分の内的環境
ことに体のメンテナンスも
とても重要である
メタボなんていうものは
おそらく快適の対極にあるはずである
少しずつ苦痛の根源は
摘み取っていかなければならない
食欲の秋とは対極にあることであるが
快適のためには
意識して心がけなければ
大変なことになる・・・・
すべて自分に返ってくるのである
日曜日のよるにそんなことを想った・・・
槇原君
槇原君とはおそらく同じ歳だと思う
シンガーソングライターの
槇原敬之さんのことである
確か生まれた月も同じであったから
星座も同じなのであろう
ということは性格も似ているのだろうか
ちなみに5月だからおうし座である
牛のごとく鈍重であるが
逆にいえば穏やかというところだろうか
彼と私は雲泥の差があるが
同世代というかすかな共通項を
ことさらに強調して
彼のことがとてもわかる気がするのである
【もちろん勝手にである】
もちろん逆はないのは言うまでもない
何故に槇原君かというと
今我が家では常に槇原君の歌が
流れているのである
最近新しいアルバムが出たらしい
嫁の槇原君中毒が最高潮なのである
アルバムが出るたび
そのマグマのような熱気が
掘り起こされるらしく
さながら年に一度の
スポーツイベントのようなものである
朝に夕に槇原君シャワーは
容赦なく降り注ぐ
それはそれであまり不満はない
ただそんな環境の中
ほのかに槇原君は
私と同世代なのであるなと感じたまでである
かれの歌詞は
人生に真摯に生きようと
懸命にもがく片鱗が
意識してのことだろうが
色濃く反映されている
個の優先される今の日本の中で
自分の生き方を
すべてに優先しようとしている
現代の日本人にとって
人生の暗中模索の道程の中で
彼の優しい歌声は
やわらかく響くのであろう
私もその一人である
ただ行き過ぎることは
どうかと思ったりする
先日読んだ雑誌の中で
日教組がとても好んで
いろいろな学校行事で使う歌が
【世界にひとつだけの花】らしい
平等教育のテーマソングとして
とても重宝しているようである
競争を極度に排除し
君は世界で特別なオンリーワン!
みんな世界で特別なオンリーワン!
槇原君の最初の作成の動機は
もっと純粋だったに違いないが
行き過ぎるといろいろな局面で
いろいろなひとたちに
歪曲されたりもする
バランスが大切だと思う
そういう意味では
古き良き日本の伝統を
見直しながら
日本らしくブラッシュアップしていくべきだと思う
行き過ぎた
個人主義はおそらくは
海の外からの思想である
ただ悪いと言っているのではない
中庸が大切だと思うのである
ただ槇原君の歌はいい
肌寒い季節には
さながらホットミルクのように
心身ともに
やわらかく暖めてくれるのである
私も率先して
槇原君シャワーに浴しているのである
だって癒されるんだもん!
ちなみに我が家では槇原さんなどと
かたぐるしい呼称は使わない
まっきー!
なのである。
シンガーソングライターの
槇原敬之さんのことである
確か生まれた月も同じであったから
星座も同じなのであろう
ということは性格も似ているのだろうか
ちなみに5月だからおうし座である
牛のごとく鈍重であるが
逆にいえば穏やかというところだろうか
彼と私は雲泥の差があるが
同世代というかすかな共通項を
ことさらに強調して
彼のことがとてもわかる気がするのである
【もちろん勝手にである】
もちろん逆はないのは言うまでもない
何故に槇原君かというと
今我が家では常に槇原君の歌が
流れているのである
最近新しいアルバムが出たらしい
嫁の槇原君中毒が最高潮なのである
アルバムが出るたび
そのマグマのような熱気が
掘り起こされるらしく
さながら年に一度の
スポーツイベントのようなものである
朝に夕に槇原君シャワーは
容赦なく降り注ぐ
それはそれであまり不満はない
ただそんな環境の中
ほのかに槇原君は
私と同世代なのであるなと感じたまでである
かれの歌詞は
人生に真摯に生きようと
懸命にもがく片鱗が
意識してのことだろうが
色濃く反映されている
個の優先される今の日本の中で
自分の生き方を
すべてに優先しようとしている
現代の日本人にとって
人生の暗中模索の道程の中で
彼の優しい歌声は
やわらかく響くのであろう
私もその一人である
ただ行き過ぎることは
どうかと思ったりする
先日読んだ雑誌の中で
日教組がとても好んで
いろいろな学校行事で使う歌が
【世界にひとつだけの花】らしい
平等教育のテーマソングとして
とても重宝しているようである
競争を極度に排除し
君は世界で特別なオンリーワン!
みんな世界で特別なオンリーワン!
槇原君の最初の作成の動機は
もっと純粋だったに違いないが
行き過ぎるといろいろな局面で
いろいろなひとたちに
歪曲されたりもする
バランスが大切だと思う
そういう意味では
古き良き日本の伝統を
見直しながら
日本らしくブラッシュアップしていくべきだと思う
行き過ぎた
個人主義はおそらくは
海の外からの思想である
ただ悪いと言っているのではない
中庸が大切だと思うのである
ただ槇原君の歌はいい
肌寒い季節には
さながらホットミルクのように
心身ともに
やわらかく暖めてくれるのである
私も率先して
槇原君シャワーに浴しているのである
だって癒されるんだもん!
ちなみに我が家では槇原さんなどと
かたぐるしい呼称は使わない
まっきー!
なのである。
2008年11月29日土曜日
人間かくありたし
昔の志士は
自らの勇を鼓舞するために
素読で記憶された言葉を
血肉化し
その言葉通りに生きることを望んだ
志士ハ溝壑二アルヲ忘レズ
勇士ハソノ元ヲウシナウヲ忘レズ
天下を救おうとするものは
自分の死体が
将来溝や堀に捨てられて顧みられぬことを
常に想像し、
勇気あるものは
自分の首が斬り捨てられる
ことをいつも覚悟している
そういう人物でなければ大事を行うことはできない
何をくよくよ川端柳
水の流れを見て暮らす
人間 好きな道によって
人生を切り拓いてゆく
カクスレバ
カクナルモノト
シリナガラ
ヤムニヤマレヌ
大和魂
自らの勇を鼓舞するために
素読で記憶された言葉を
血肉化し
その言葉通りに生きることを望んだ
志士ハ溝壑二アルヲ忘レズ
勇士ハソノ元ヲウシナウヲ忘レズ
天下を救おうとするものは
自分の死体が
将来溝や堀に捨てられて顧みられぬことを
常に想像し、
勇気あるものは
自分の首が斬り捨てられる
ことをいつも覚悟している
そういう人物でなければ大事を行うことはできない
何をくよくよ川端柳
水の流れを見て暮らす
人間 好きな道によって
人生を切り拓いてゆく
カクスレバ
カクナルモノト
シリナガラ
ヤムニヤマレヌ
大和魂
飽食に想う
それにしても現代に生きる我々は
幸せだなあと
つくづく感じるのは私だけであろうか
食べたいものは大概のものは
食べることができる
おそらく昔の庶民のひとが
【当然一部の例外は除くが・・】
一生かけて
訪ねた場所
食べた美食
接する情報
と比べると
その数量および質量において
現代の一庶民である私は
確実に凌駕していることと思う
文明の進歩は
あらゆるものの
速度と質量において
格段の進化を遂げている
誤解を恐れずに言えば
もう悔いなしといわなければならないほど
食べるものは食べさせて
いただいているように思う
飽食なのである
とはいえ
歴代の中で
現代が一番に幸福かと言えば
それは疑問符がつくだろう
幸せの定義が
なかなか難しいからである
幸福度を比較することが
なかなか困難なのは
ここのところにもある
幸福を感じるのは
主観の占める割合が
とても高いように思われるからである
望むべくことは
自分のなかで
後ろめたい感覚を極力避けるようにして
生きていくことであろうか
人を裏切ったり
自分の良心を裏切ったり
自分だけ独占したり
そんなことをしても
自分の心は常に見ている
そこに少しでも濁りがあると
自分の良心に抵触し
後ろめたい感覚が起こるであろう
西郷が敬天愛人といったことも
こんなことも含まれているのかとも思う
とまれ
自分と折り合いをつけながら
世間の中で
役割をもって
つましく生きていけたらと思ったりする
今日も食いすぎたから
そんなことを思ったのである
感謝の気持ちである
幸せだなあと
つくづく感じるのは私だけであろうか
食べたいものは大概のものは
食べることができる
おそらく昔の庶民のひとが
【当然一部の例外は除くが・・】
一生かけて
訪ねた場所
食べた美食
接する情報
と比べると
その数量および質量において
現代の一庶民である私は
確実に凌駕していることと思う
文明の進歩は
あらゆるものの
速度と質量において
格段の進化を遂げている
誤解を恐れずに言えば
もう悔いなしといわなければならないほど
食べるものは食べさせて
いただいているように思う
飽食なのである
とはいえ
歴代の中で
現代が一番に幸福かと言えば
それは疑問符がつくだろう
幸せの定義が
なかなか難しいからである
幸福度を比較することが
なかなか困難なのは
ここのところにもある
幸福を感じるのは
主観の占める割合が
とても高いように思われるからである
望むべくことは
自分のなかで
後ろめたい感覚を極力避けるようにして
生きていくことであろうか
人を裏切ったり
自分の良心を裏切ったり
自分だけ独占したり
そんなことをしても
自分の心は常に見ている
そこに少しでも濁りがあると
自分の良心に抵触し
後ろめたい感覚が起こるであろう
西郷が敬天愛人といったことも
こんなことも含まれているのかとも思う
とまれ
自分と折り合いをつけながら
世間の中で
役割をもって
つましく生きていけたらと思ったりする
今日も食いすぎたから
そんなことを思ったのである
感謝の気持ちである
秋の道すがら
意識していたとはいえ
08年度の11月ども閉まろうとしている
早いものである
それにしてもいろいろあるものである
外的な環境は急激に変化している
その中で自分の立ち位置というものも
変化せざるを得ない
ただ有為転変の中にあって
不変なはずのこともある
自らの役割を
粛々とこなすということである
自分の立ち位置を理解し
自らの役割を愚直に全うしていくことが
安全度を高める
シートベルトとなるはずである
といっても
そんなことも
私がいま感じていることにすぎない・・・・・
そんなことも無常なのであろう
いつ考えが変わるとも限らない
秋の訪れがうれしい
苔むした路面に
落ち葉が舞い落ちている
薄い陽光の木漏れ日に映える
深紅に染まる紅葉の中を
ひとり静かに散策する
心に何かしら生起する
いろいろな感覚が呼びさまされる
こんな景色を
昔から日本人は大切にしてきたのだと思う
その系譜に自分も
立っている
日本の歴史上の人物群は
おそらくは現代日本の人々より
情報は少なかったはずである
年齢すら
今の自分はもう既に
彼らの活躍した年齢を
過ぎてしまっていたりする
情報も知識も少なく
物理的な移動距離も少ないなか
彼らが世を動かした
真の要因は何なのだろうか
信念なのだろうか
往時の日本人の
不可思議さを感じているのは
現代の日本人だけではない
当時の欧米人には
その日本人の
不可思議さはときに
妖怪の如く映ったに違いない
その不可思議な妖怪の理解へ
少しでもヒントを得んとして
当時
武士道という新渡戸稲造の本が
ベストセラーになったりした
日本はこれまで幾多の困難に
打ち勝ってきた
愚直に清廉に
物事に対峙しつづけ
その時その時の大きな峠を
どうにかこうにか克服してきた
やはり
粛々と役割を果たすことに
尽きるのだろうか
ただそんな中にあっても
自分の立ち位置を
冷静に俯瞰する度量がないと
愚直さだけでは
歴史の中にうずもれてしまう
ただうずもれることが
悪いことであるともいえない
市井に生きて
平凡に徹することを
揶揄する権利は
誰にも備わってはいないはずである
まことに難しいものである
人生は何があるかわからない
やはり秋の思索は
どこに行くかもわからないのである
08年度の11月ども閉まろうとしている
早いものである
それにしてもいろいろあるものである
外的な環境は急激に変化している
その中で自分の立ち位置というものも
変化せざるを得ない
ただ有為転変の中にあって
不変なはずのこともある
自らの役割を
粛々とこなすということである
自分の立ち位置を理解し
自らの役割を愚直に全うしていくことが
安全度を高める
シートベルトとなるはずである
といっても
そんなことも
私がいま感じていることにすぎない・・・・・
そんなことも無常なのであろう
いつ考えが変わるとも限らない
秋の訪れがうれしい
苔むした路面に
落ち葉が舞い落ちている
薄い陽光の木漏れ日に映える
深紅に染まる紅葉の中を
ひとり静かに散策する
心に何かしら生起する
いろいろな感覚が呼びさまされる
こんな景色を
昔から日本人は大切にしてきたのだと思う
その系譜に自分も
立っている
日本の歴史上の人物群は
おそらくは現代日本の人々より
情報は少なかったはずである
年齢すら
今の自分はもう既に
彼らの活躍した年齢を
過ぎてしまっていたりする
情報も知識も少なく
物理的な移動距離も少ないなか
彼らが世を動かした
真の要因は何なのだろうか
信念なのだろうか
往時の日本人の
不可思議さを感じているのは
現代の日本人だけではない
当時の欧米人には
その日本人の
不可思議さはときに
妖怪の如く映ったに違いない
その不可思議な妖怪の理解へ
少しでもヒントを得んとして
当時
武士道という新渡戸稲造の本が
ベストセラーになったりした
日本はこれまで幾多の困難に
打ち勝ってきた
愚直に清廉に
物事に対峙しつづけ
その時その時の大きな峠を
どうにかこうにか克服してきた
やはり
粛々と役割を果たすことに
尽きるのだろうか
ただそんな中にあっても
自分の立ち位置を
冷静に俯瞰する度量がないと
愚直さだけでは
歴史の中にうずもれてしまう
ただうずもれることが
悪いことであるともいえない
市井に生きて
平凡に徹することを
揶揄する権利は
誰にも備わってはいないはずである
まことに難しいものである
人生は何があるかわからない
やはり秋の思索は
どこに行くかもわからないのである
2008年11月25日火曜日
自分にとっての記録することの効用
はたして言語というものの果たす役割は
それほど小さいものではない
はた目から見て
しょぼくれたおっさんも
その読んでいる本が
シェークスピアだったりすると
少しだけひく
人間はコミュニケーションをする動物である
言語はそのコミュニケーションを円滑にするための
重要な手段の一つだ
意思の疎通には
いろいろの手段がある
写真があり
絵画があり
動画があり
音楽があり
言語がある
諸諸ある
文化的な芸術といわれるものは
縦軸の時間と横軸の空間を超える
諸諸ある意思の疎通の手段の
形として残った結晶なのであろう
そこに民族特有の共有な感動があったり
民族を超えて
普遍的な理解があったりする
自分の中に生起した感情を
記録するということは
ことに個人的な自分の人生だけを
とらまえてみると
自分にとっては
非常に重要な作業のような気がする
そのときに生起した
アイデアなり感覚などというものは
その成否なり重要度なりを
度外視すると
その時だけの貴重な瞬間である
貴重というよりも
唯一無二のものである
だから記録するのである
その手段として
別段言語でなくてもいい
人間は
言語以外にもいろいろな手段を持っている
ただ言語は
とても身近でいて
それでいて
効果的だということである
素人がとっつきやすい
日常にとても近い手段なのである
その断片が
この抄録であったりする
こだわるようだが
これは私個人にとってだけ
重要なはずである
意味を勘ぐってはいけない
私だけが感覚的に感じていることだからである
理解しがたい場合は
私の文章のテクニカルな問題だけに
起因しているはずである
それだけそれだけ・・・・
それほど小さいものではない
はた目から見て
しょぼくれたおっさんも
その読んでいる本が
シェークスピアだったりすると
少しだけひく
人間はコミュニケーションをする動物である
言語はそのコミュニケーションを円滑にするための
重要な手段の一つだ
意思の疎通には
いろいろの手段がある
写真があり
絵画があり
動画があり
音楽があり
言語がある
諸諸ある
文化的な芸術といわれるものは
縦軸の時間と横軸の空間を超える
諸諸ある意思の疎通の手段の
形として残った結晶なのであろう
そこに民族特有の共有な感動があったり
民族を超えて
普遍的な理解があったりする
自分の中に生起した感情を
記録するということは
ことに個人的な自分の人生だけを
とらまえてみると
自分にとっては
非常に重要な作業のような気がする
そのときに生起した
アイデアなり感覚などというものは
その成否なり重要度なりを
度外視すると
その時だけの貴重な瞬間である
貴重というよりも
唯一無二のものである
だから記録するのである
その手段として
別段言語でなくてもいい
人間は
言語以外にもいろいろな手段を持っている
ただ言語は
とても身近でいて
それでいて
効果的だということである
素人がとっつきやすい
日常にとても近い手段なのである
その断片が
この抄録であったりする
こだわるようだが
これは私個人にとってだけ
重要なはずである
意味を勘ぐってはいけない
私だけが感覚的に感じていることだからである
理解しがたい場合は
私の文章のテクニカルな問題だけに
起因しているはずである
それだけそれだけ・・・・
こころのひびき
早朝の街は何かしら荘厳な感じが漂っている
一日の始まりを告げる合図がここかしこで
いろいろな形で始動し始めた
ボクは自分の足でこの地面を踏みしめている
考えてみるとても不思議だ
この足は自分のもので
そしてこの地球の地面は
どこまでも続いている
その地面をいまぼくは確実に
踏みしめている
確実に今がある気がする
この足とこの地面の接する限り
ボクはどこまでもいける
朝が始まった
昨日までの暗闇は
今は太陽が溶かしてくれている
太陽はボクの味方だ
後ろを振り向けば
太陽がにっこりと笑って
ボクの背中をやわらかく押した
一人歩いていく道の先が
心持坂道になった
今のボクのこころと
今のボクの足腰があれば
そんな坂道も平気だ
道端に名も無き花が
微笑んでいる
一日の始まりを
お互いに謳歌しようと
歌い始める
坂道はなだらかに続いた
そよ風が通り過ぎる
頑張れよと励ましていく
石ころにつまづいた
石ころは元気かいと僕に語りかける
時には休んで行けよ
前しか見えていなかった僕に
石ころは小休止を合図してくれた
そこに腰を下ろす
大きな石ころが
腰かけになってくれる
そこには名もなき仲間たちが
お互いに微笑んで生きていた
なだらかな坂道は
遠くまで続いている
あまりにも長くて
先が見えない
でも今の僕は
そんなに心配していない
太陽は相変わらず微笑んでくれている
風がそよいだ
出発の合図だ
歩いていく
歩いていく
歩くことに意味を見出そうと試みるのは
愚かな問いかけだ
歩くことが生きることだ
その中にすべてのことは含まれるし
いろいろなヒントが見え隠れする
空は青い
ほのかに背伸びをする
少しだけ先が見えかける
それもまたいい
頭の中は
思念となって
どこまでも飛躍し続ける
一日の始まりを告げる合図がここかしこで
いろいろな形で始動し始めた
ボクは自分の足でこの地面を踏みしめている
考えてみるとても不思議だ
この足は自分のもので
そしてこの地球の地面は
どこまでも続いている
その地面をいまぼくは確実に
踏みしめている
確実に今がある気がする
この足とこの地面の接する限り
ボクはどこまでもいける
朝が始まった
昨日までの暗闇は
今は太陽が溶かしてくれている
太陽はボクの味方だ
後ろを振り向けば
太陽がにっこりと笑って
ボクの背中をやわらかく押した
一人歩いていく道の先が
心持坂道になった
今のボクのこころと
今のボクの足腰があれば
そんな坂道も平気だ
道端に名も無き花が
微笑んでいる
一日の始まりを
お互いに謳歌しようと
歌い始める
坂道はなだらかに続いた
そよ風が通り過ぎる
頑張れよと励ましていく
石ころにつまづいた
石ころは元気かいと僕に語りかける
時には休んで行けよ
前しか見えていなかった僕に
石ころは小休止を合図してくれた
そこに腰を下ろす
大きな石ころが
腰かけになってくれる
そこには名もなき仲間たちが
お互いに微笑んで生きていた
なだらかな坂道は
遠くまで続いている
あまりにも長くて
先が見えない
でも今の僕は
そんなに心配していない
太陽は相変わらず微笑んでくれている
風がそよいだ
出発の合図だ
歩いていく
歩いていく
歩くことに意味を見出そうと試みるのは
愚かな問いかけだ
歩くことが生きることだ
その中にすべてのことは含まれるし
いろいろなヒントが見え隠れする
空は青い
ほのかに背伸びをする
少しだけ先が見えかける
それもまたいい
頭の中は
思念となって
どこまでも飛躍し続ける
2008年11月24日月曜日
やはり自分のことだ
それにしても酔狂なものである
日記を公開するという現代の仕組みである
日記というものは本来
誰の目にも止まらないということを
前提として書かれるべきものである
日常の心の動きを
誰にとがめられることを
気兼ねすることなしに
正直に告白する自分との対話の場所が
日記であるはずである
それがどうであろう
こんな場所に自分も書いている
こんな場所であるから
実のところ
正直な精神の吐露など
はるか遠いところにある
でも書かないよりはましなのかもしれない
誰のためと言って
実は自分のためなのである
こんな雑文なんていうものは
元来自分以外の者にとっては
酔狂以外の何物でもない
こんな文章に時間を費やすぐらいなら
そこらへんの本屋さんで
500円も払えば
日本は当然ながら
世界中の天才の
文章に接することができる
時間は当然ながら有限であるから
限られた時間は
惜しみなく大切に扱うべきものである
風呂で吉田兼好の徒然草を
眺めていた
かの兼好さんも
誰に読まれるべきものでもなく
ただつれづれなるままに
自らの心に生起したよしなしごとを
ただ筆のおもむくままに
つづっている
そんな文章を
だれが何百年の歳月を隔てて
私みたいな未熟者が
風呂の中で何とはなしに眺めるであろうことを
予測しえたであろうか・・・・
日記をしたためていくことは
自分のためだけということに
改めて限定しよう
そんな中で
自分の中におこる
何らかのことを
誰に評価を求めるでもなく
自分の記録として
ここにしたためていこう
それだけのことなのだ
最近読んだ本は
夏目漱石
坊ちゃん
こころ
失敗の本質
日本軍の組織的研究
木曜日だった男
チェスタトン
思考の整理学
読みの整理学
言葉の教養
外山滋比古
坂の上の雲
司馬遼太郎
人間を考える
松下幸之助
日記を公開するという現代の仕組みである
日記というものは本来
誰の目にも止まらないということを
前提として書かれるべきものである
日常の心の動きを
誰にとがめられることを
気兼ねすることなしに
正直に告白する自分との対話の場所が
日記であるはずである
それがどうであろう
こんな場所に自分も書いている
こんな場所であるから
実のところ
正直な精神の吐露など
はるか遠いところにある
でも書かないよりはましなのかもしれない
誰のためと言って
実は自分のためなのである
こんな雑文なんていうものは
元来自分以外の者にとっては
酔狂以外の何物でもない
こんな文章に時間を費やすぐらいなら
そこらへんの本屋さんで
500円も払えば
日本は当然ながら
世界中の天才の
文章に接することができる
時間は当然ながら有限であるから
限られた時間は
惜しみなく大切に扱うべきものである
風呂で吉田兼好の徒然草を
眺めていた
かの兼好さんも
誰に読まれるべきものでもなく
ただつれづれなるままに
自らの心に生起したよしなしごとを
ただ筆のおもむくままに
つづっている
そんな文章を
だれが何百年の歳月を隔てて
私みたいな未熟者が
風呂の中で何とはなしに眺めるであろうことを
予測しえたであろうか・・・・
日記をしたためていくことは
自分のためだけということに
改めて限定しよう
そんな中で
自分の中におこる
何らかのことを
誰に評価を求めるでもなく
自分の記録として
ここにしたためていこう
それだけのことなのだ
最近読んだ本は
夏目漱石
坊ちゃん
こころ
失敗の本質
日本軍の組織的研究
木曜日だった男
チェスタトン
思考の整理学
読みの整理学
言葉の教養
外山滋比古
坂の上の雲
司馬遼太郎
人間を考える
松下幸之助
実は大きい
昨日は休みだったので
軽くドライブをした
神奈川の伊豆高原に行ったのであるが
そこの大室山という小高い丘陵に上った
完全に観光化していて
リフトで登っていく
地図には芥子粒よりも小さく
記載されているその大室山に登った
その頂はたかだか600mほどである
しかしそこから望む富士山は
雄大そのもので
これこそ日本のへそなるかなと感嘆ひとしおであった
富士の山から目を転じるとそこには
またまた雄大な紺碧の海が広がる
大室山は地図上はとても小さい
その大室山が位置している
伊豆半島さえ地図の絵では
屁みたいな半島だ
しかし実際自分がそこを訪れてみると
とてもとても
自然の偉大さを感じずにはいられない
実はとても大きかった
自分の小ささを感じるとともに
自然の大きさを実感した
それだけである
ただその大きさが自然なのだと思った
軽くドライブをした
神奈川の伊豆高原に行ったのであるが
そこの大室山という小高い丘陵に上った
完全に観光化していて
リフトで登っていく
地図には芥子粒よりも小さく
記載されているその大室山に登った
その頂はたかだか600mほどである
しかしそこから望む富士山は
雄大そのもので
これこそ日本のへそなるかなと感嘆ひとしおであった
富士の山から目を転じるとそこには
またまた雄大な紺碧の海が広がる
大室山は地図上はとても小さい
その大室山が位置している
伊豆半島さえ地図の絵では
屁みたいな半島だ
しかし実際自分がそこを訪れてみると
とてもとても
自然の偉大さを感じずにはいられない
実はとても大きかった
自分の小ささを感じるとともに
自然の大きさを実感した
それだけである
ただその大きさが自然なのだと思った
自分の望むこと
生きているといろんなことが起こる
毎日のニュースを見ていても
本当にいろんな人が
いろんなことを起こして
時間というものが過ぎて行くのだなと思う
そんな個々の時間が
縦横に集積されて
歴史というものに
刻まれていくのだろう
自分のささやかな生活の中にも
いろいろな層の集積がある
その集積が人生ということになるのだろう
いろいろなことがあるが
自分にふと問いかけてみる
自分が望むことはなにかい?
少しだけ時間が過ぎて
自分の中から出てきた答えは
予想外に単純なことだった
静かなところで
耳かきで耳をごしごししながら
自分の好きな本を
読むこと・・・・
そうだなあ
その答えを自分ながら
ゆっくりと吟味してみると
そうだなあと思えてくる
耳かきで耳を掃除しながら
人差し指で
鼻の穴を掃除しながら
自分のその時の気分で
自分の望む本を静かに読むこと
本当はとてもささやかなことなのだ
いろいろな情報が行き来し
いろいろな事物が自分の前を通り過ぎるから
自分の本当の声が聞こえにくくなっている
もちろんおなかがすいたら
何か食べたい
眠くなったらゆっくりと休みたい
そんな中
自分の本当に望むことは
静かに本を読むことであった
【坊ちゃん】に続いて
【こころ】も
20年ぶりに昨夜読み終えた
うーん
何かしら自分の中に残った気がする
それを吟味するには
もう少し時間がかかる
最近明治は
自分の中でとてもいい
毎日のニュースを見ていても
本当にいろんな人が
いろんなことを起こして
時間というものが過ぎて行くのだなと思う
そんな個々の時間が
縦横に集積されて
歴史というものに
刻まれていくのだろう
自分のささやかな生活の中にも
いろいろな層の集積がある
その集積が人生ということになるのだろう
いろいろなことがあるが
自分にふと問いかけてみる
自分が望むことはなにかい?
少しだけ時間が過ぎて
自分の中から出てきた答えは
予想外に単純なことだった
静かなところで
耳かきで耳をごしごししながら
自分の好きな本を
読むこと・・・・
そうだなあ
その答えを自分ながら
ゆっくりと吟味してみると
そうだなあと思えてくる
耳かきで耳を掃除しながら
人差し指で
鼻の穴を掃除しながら
自分のその時の気分で
自分の望む本を静かに読むこと
本当はとてもささやかなことなのだ
いろいろな情報が行き来し
いろいろな事物が自分の前を通り過ぎるから
自分の本当の声が聞こえにくくなっている
もちろんおなかがすいたら
何か食べたい
眠くなったらゆっくりと休みたい
そんな中
自分の本当に望むことは
静かに本を読むことであった
【坊ちゃん】に続いて
【こころ】も
20年ぶりに昨夜読み終えた
うーん
何かしら自分の中に残った気がする
それを吟味するには
もう少し時間がかかる
最近明治は
自分の中でとてもいい
2008年11月22日土曜日
山陰のよる
羽田を飛んで山陰の空につく頃は
そして焼きガニ
日本人でよかった
空はもう暗くなっていた
出雲の空港に降り立つと
くっきりと風が冷たい
バスに乗り込んで出雲から松江に向かう
昼の晴れた日には
右側に雄大な宍道湖が見えるはずだが
今は克明な闇だけだ
都会に住みなれていると
夜になっても
人工的な光が潤沢にあるせいで
久しぶりにくっきりとした
自然の暗さに接すると
それだけで自然の厳しさみたいなものを
感じてしまう
バスを降りた
日本海の風が肌身を切るように冷たい
久々に両の手を口元に
近づけ少しでもと暖をとる
そんな寒い距離も
歩いて10分
目的の暖簾をくぐる
瞬間 急激な温度差が
眼鏡を曇らせ
一瞬視界が遮られるが
行き慣れた店ゆえ
それほどの不安も感じない
おうと旧交を温めるのは3か月振りだろうか
お通しの刺身の舟盛は相変わらず威勢がいい
きんめの刺身は
あとから煮付けに変身してもらおう
冬の味覚を満喫しながら
話も弾む
蟹が着た
まずは刺身で
そして焼きガニ
カニみそ茶漬け
日本人でよかった
山陰も日本の中の
誇ることのできる
誇ることのできる
エリアの一つだ
日本は春夏秋冬
とてもいい顔を見せてくれる
それを受け止めることが
できるかどうかも
日本人として
修養が必要なようである
2008年11月19日水曜日
秋の近鉄沿線
仕事で四日市方面に行ってきた
東京から名古屋までは
いつものように新幹線で
きっかりと昨夜の睡眠不足を解消
名古屋から近鉄に乗り換えて
四日市へ
近鉄電車はのどかである
車窓から望む山肌は
紅葉の盛りである
名古屋から南の路線での
大阪までの経路は
近鉄が担当している
四日市があり
鈴鹿 津 松阪
伊勢 と行って
その先に伊勢神宮がある
旅を住処とした
西行がお伊勢さんを
参拝したときの句に
なにごとのおわしますかは知らねども
かたじけなさに涙コボルる
とあったような
季節は違えど
春めくや
人それぞれの
伊勢参り
と詠ったのは芭蕉であったろうか
往時の日本人の心根として
人生の中で
一度だけでも
お伊勢さんに・・・・
という巡礼の心があったのだと思う
そんな日本人の心の故郷の伊勢エリア
そんな三重県なのである
秋の三重はなかなか良良
今回の旅【もちろん仕事である】は一つには夜がメインであった
松坂牛の焼肉である
一升瓶という焼肉屋で
とても気に入ったのであるが
実は三重エリアだけで展開している
大人気の焼肉屋らしい
地元の元Mビシくんが幹事となり
P S T EL ED
立場をこえてわいわいがやがや
おいしい肉を食べつくした
タレがいい
最近の焼肉屋で
個人的に不満である
サラサラのタレではない
しっかりドロドロ
みそなのか
しょうゆベースなのか
なんとも味わい深い
そんなタレと
紅白色入り乱れた
松阪牛の特選カルビ
誰やねんいい肉ばかり発注するのは!!
思い思いに語りあかして
一人当たり
7500円
きっかり食いました!
よき仲間である
良き同志と
良き食事と
良き酒と
なんともいえませんなあ
近鉄エリアを
改めて見直した二日間であった
明日は松江である
蟹の解禁日はとうに過ぎている
という情報はつかんでいる
東京から名古屋までは
いつものように新幹線で
きっかりと昨夜の睡眠不足を解消
名古屋から近鉄に乗り換えて
四日市へ
近鉄電車はのどかである
車窓から望む山肌は
紅葉の盛りである
名古屋から南の路線での
大阪までの経路は
近鉄が担当している
四日市があり
鈴鹿 津 松阪
伊勢 と行って
その先に伊勢神宮がある
旅を住処とした
西行がお伊勢さんを
参拝したときの句に
なにごとのおわしますかは知らねども
かたじけなさに涙コボルる
とあったような
季節は違えど
春めくや
人それぞれの
伊勢参り
と詠ったのは芭蕉であったろうか
往時の日本人の心根として
人生の中で
一度だけでも
お伊勢さんに・・・・
という巡礼の心があったのだと思う
そんな日本人の心の故郷の伊勢エリア
そんな三重県なのである
秋の三重はなかなか良良
今回の旅【もちろん仕事である】は一つには夜がメインであった
松坂牛の焼肉である
一升瓶という焼肉屋で
とても気に入ったのであるが
実は三重エリアだけで展開している
大人気の焼肉屋らしい
地元の元Mビシくんが幹事となり
P S T EL ED
立場をこえてわいわいがやがや
おいしい肉を食べつくした
タレがいい
最近の焼肉屋で
個人的に不満である
サラサラのタレではない
しっかりドロドロ
みそなのか
しょうゆベースなのか
なんとも味わい深い
そんなタレと
紅白色入り乱れた
松阪牛の特選カルビ
誰やねんいい肉ばかり発注するのは!!
思い思いに語りあかして
一人当たり
7500円
きっかり食いました!
よき仲間である
良き同志と
良き食事と
良き酒と
なんともいえませんなあ
近鉄エリアを
改めて見直した二日間であった
明日は松江である
蟹の解禁日はとうに過ぎている
という情報はつかんでいる
2008年11月17日月曜日
今夜も坊ちゃんを読もうっと
何の気なしに先日ひも解いた
夏目漱石の坊ちゃんが面白い
夜寝る前の
ささやかな楽しみごとになっている
今夜も軽く読んで
ゆっくりとやすもう
坊ちゃんは何度か読んだことがあるが
出会うたびに新鮮だ
明治の文学というものが
何かしらいい
これも歳をとってきている証だ
といってもうれしいほうの意味で!
夏目漱石の坊ちゃんが面白い
夜寝る前の
ささやかな楽しみごとになっている
今夜も軽く読んで
ゆっくりとやすもう
坊ちゃんは何度か読んだことがあるが
出会うたびに新鮮だ
明治の文学というものが
何かしらいい
これも歳をとってきている証だ
といってもうれしいほうの意味で!
秋に一句
秋晴れや
まなこをあげよ
天高し
秋の空は
どこまでも澄んでいて
何かしら突き抜けたように
天空が高い
そんな時は
心の中の
よしなしごとなぞも
どこまでも突き抜ける青に
溶けてしまうだろう
わーいと高くもない
自らの体を少しでも
天空に近づけたくて
ひとつ深呼吸してみた
秋の澄んだ空気が
口から体内に流入してきて
そして一瞬だけど
秋と僕は一つになった
吟じることは
何とも難しくもあり
楽しくもあり・・・・
神童くんに学ぼうか・・・
まなこをあげよ
天高し
秋の空は
どこまでも澄んでいて
何かしら突き抜けたように
天空が高い
そんな時は
心の中の
よしなしごとなぞも
どこまでも突き抜ける青に
溶けてしまうだろう
わーいと高くもない
自らの体を少しでも
天空に近づけたくて
ひとつ深呼吸してみた
秋の澄んだ空気が
口から体内に流入してきて
そして一瞬だけど
秋と僕は一つになった
吟じることは
何とも難しくもあり
楽しくもあり・・・・
神童くんに学ぼうか・・・
月曜日
起床 6時30半
バナナ1房 お水1杯
昼食 12時
鯖の塩焼き
ご飯1杯
味噌汁1杯
漬物1皿
生卵1個
ホットコーヒー1杯
ガム 5粒
夕食20時
さんまの塩焼き1尾
大根おろし
味噌汁1杯
ご飯1ぜん
ビール500ml
お茶1杯
チョコ5切れ
イチゴパイ1個
今日の食事
今週も頑張ろうか・・・・
バナナ1房 お水1杯
昼食 12時
鯖の塩焼き
ご飯1杯
味噌汁1杯
漬物1皿
生卵1個
ホットコーヒー1杯
ガム 5粒
夕食20時
さんまの塩焼き1尾
大根おろし
味噌汁1杯
ご飯1ぜん
ビール500ml
お茶1杯
チョコ5切れ
イチゴパイ1個
今日の食事
今週も頑張ろうか・・・・
2008年11月16日日曜日
雨の午後
少しずつ寒くなっている日で
ことに雨なぞが降りそぼっていると
どうしても外出がおっくうになる
外の景色を
何の気なしに観ている
霧雨にけぶり
街並みが
寒気とあいまって
滲んで見える
その時の
景色と
それに打たれた心を
克明に切り取って
そのことを残す文化が
日本にはある
俳句や短歌である
雨のひまにまかせて
啄木をひも解く
たはむれに母を背負いて
そのあまりの軽きに泣きて
三歩歩まず
うーん
郷里に帰りたきものだ
われは大丈夫なれど
そを生みし母も今は
何歳になったのであろうか・・・・
なんとなく汽車に乗りたく思いしのみ
汽車を降りしに
ゆくところなし
あるよな
こういうことも
こころよき疲れなるかな
息もつかず
仕事をしたる後のこの疲れ
これもあるし こうありたし
仕事とはこういうものかもしれない
はたらけど
はたらけど猶わがくらし楽にならざり
ぢっと手を見る
これもこれも
赤貧の日本の暮らし
その連綿とした続きにある
今の飽食の暮らし・・・・
友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買い来て
妻としたしむ
やはり家族が一番
最大の味方はやはり家族なのである
ふるさとの
なまりなつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく
若かりし日のわれとわが友
互いに里のことばで
大いに論じたものだ
人生につき
政治につき
この日本につき
そのようにして若者は
どのように成長していくのだろうか
雨もまたよしなのである
ことに雨なぞが降りそぼっていると
どうしても外出がおっくうになる
外の景色を
何の気なしに観ている
霧雨にけぶり
街並みが
寒気とあいまって
滲んで見える
その時の
景色と
それに打たれた心を
克明に切り取って
そのことを残す文化が
日本にはある
俳句や短歌である
雨のひまにまかせて
啄木をひも解く
たはむれに母を背負いて
そのあまりの軽きに泣きて
三歩歩まず
うーん
郷里に帰りたきものだ
われは大丈夫なれど
そを生みし母も今は
何歳になったのであろうか・・・・
なんとなく汽車に乗りたく思いしのみ
汽車を降りしに
ゆくところなし
あるよな
こういうことも
こころよき疲れなるかな
息もつかず
仕事をしたる後のこの疲れ
これもあるし こうありたし
仕事とはこういうものかもしれない
はたらけど
はたらけど猶わがくらし楽にならざり
ぢっと手を見る
これもこれも
赤貧の日本の暮らし
その連綿とした続きにある
今の飽食の暮らし・・・・
友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買い来て
妻としたしむ
やはり家族が一番
最大の味方はやはり家族なのである
ふるさとの
なまりなつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく
若かりし日のわれとわが友
互いに里のことばで
大いに論じたものだ
人生につき
政治につき
この日本につき
そのようにして若者は
どのように成長していくのだろうか
雨もまたよしなのである
ひとごともじぶんのことも
ひとごととはよく言ったものである
確かにそうなのである
自分のことは
自分ほど重要な当事者はいないということである
たとえば
時に誰それの訃報に接する
当事者とその人に近い人々にとっては
そのことは
人生の中で最大限に大きなトピックスである
しかしながら
そのひとと近くない人にとっては
その訃報は
それほど重要なことではないのである
不謹慎ながら
そのことは一つの情報にすぎないのである
すべてそうなのである
日々接するニュースは
そのニュースの当事者にとっては
それこそその人の人生にとっては
一大ニュースのはずである
ことに全国ニュースとして
取り上げられる内容となると
その人の人生を揺るがしかねない
大きな出来事のはずである
ある国で大地震がおきた
死者 負傷者 何千人である・・・・・
ある国で紛争が激化
死者 負傷者 何万人である・・・・・
そんな大きなことも
不謹慎ながら対岸の火事なのである
とすると
我々を日々悩ます仕事上の悩みも
お隣のおじさんからすると
【どうでもいいこと】なのである
われわれが至上命題とする内容ですら
お隣のおじさんにとっては
【なんでもないこと】なのである
まじめで勤勉なのは人間として
とても良質な性格であると思う
しかしながら
悩むというのはできれば避けたいものである
いってみればどうでもいいことなのである
どうでもいいことに
その当事者がそれなりの意味合いを押し付けて
遂行される蓄積が
人間の歴史なのである
最近 改めて日本人の国家的蓄積である
先の戦争のことを読んでいるが
その局面局面 またその部署ごとに
そこだけの真理らしきものがあって
その真理は時として
人の生命よりも価値あるものと誤解されて
何事かが大きく遂行されている・・・・
いい意味であっけらかんとしたいと
なんとなく想っている
それぐらいしないと
それこそ
勤勉な日本人の血を受け継いでいるので
盲目的に何らかのその時の【真理らしきもの】
に毒されてしまえば何をしでかすかわからないのである
先の戦争の折に行われたような
ことと似たようなことが
今の時代もいたるところで
おこっているはずである
やはりあっけらかんで適当がいいようである
人生は楽しみたいものである
確かにそうなのである
自分のことは
自分ほど重要な当事者はいないということである
たとえば
時に誰それの訃報に接する
当事者とその人に近い人々にとっては
そのことは
人生の中で最大限に大きなトピックスである
しかしながら
そのひとと近くない人にとっては
その訃報は
それほど重要なことではないのである
不謹慎ながら
そのことは一つの情報にすぎないのである
すべてそうなのである
日々接するニュースは
そのニュースの当事者にとっては
それこそその人の人生にとっては
一大ニュースのはずである
ことに全国ニュースとして
取り上げられる内容となると
その人の人生を揺るがしかねない
大きな出来事のはずである
ある国で大地震がおきた
死者 負傷者 何千人である・・・・・
ある国で紛争が激化
死者 負傷者 何万人である・・・・・
そんな大きなことも
不謹慎ながら対岸の火事なのである
とすると
我々を日々悩ます仕事上の悩みも
お隣のおじさんからすると
【どうでもいいこと】なのである
われわれが至上命題とする内容ですら
お隣のおじさんにとっては
【なんでもないこと】なのである
まじめで勤勉なのは人間として
とても良質な性格であると思う
しかしながら
悩むというのはできれば避けたいものである
いってみればどうでもいいことなのである
どうでもいいことに
その当事者がそれなりの意味合いを押し付けて
遂行される蓄積が
人間の歴史なのである
最近 改めて日本人の国家的蓄積である
先の戦争のことを読んでいるが
その局面局面 またその部署ごとに
そこだけの真理らしきものがあって
その真理は時として
人の生命よりも価値あるものと誤解されて
何事かが大きく遂行されている・・・・
いい意味であっけらかんとしたいと
なんとなく想っている
それぐらいしないと
それこそ
勤勉な日本人の血を受け継いでいるので
盲目的に何らかのその時の【真理らしきもの】
に毒されてしまえば何をしでかすかわからないのである
先の戦争の折に行われたような
ことと似たようなことが
今の時代もいたるところで
おこっているはずである
やはりあっけらかんで適当がいいようである
人生は楽しみたいものである
かさのほねが折れたこと
日に日に秋も深まってくる
2008年 つい先日新年を迎えたような気がするが
日に日に確実に時は刻まれて
嘘偽りなく今年もあと2か月を切ったことになる
先日 朝起きたら雨が降っていたので
いつもの通り普段使っている折り畳み傘を
もって早朝の駅まで歩いた
家の玄関を出たとき
何の気なしに傘を開き雨をよけて歩いた
10分ぐらい歩いて
駅について傘を閉じようとしたとき
ぽきっと音をたてて
その傘の数ある骨組のなかの
1本の骨が折れた
たかが1本だが
その1本が折れたせいでその傘は
しっかりと天面を向いて
元気良く開くことができない
そのことは傘としての存在意義を全うできないことを
意味し、
私は心の中でささやかに
【ご苦労様でした】と呟きながら
駅のごみ入れの中に投げ入れた・・・・
無限に頑強であることは不可能なのである
世の中は無常なのである
普段通りあるべきものが
何のきっかけかある日突然
従来のありようをなくしてしまう
紅葉の季節である
紅葉を形作るのは
一葉一葉の木の葉である
生命踊る新緑の季節から
枯れなんとする秋に入る
紅葉は生命の最後の晴れ舞台なのかもしれない
生命の最後に真紅の色に
自らの色を体現し
そして生の源【木の幹】から
体を投げ出し、次世代の礎としての
生命の源【たい肥】として自らの役目を差し出す・・・
そこに美を感じるのが
また日本人の感性なのかもしれない
みわたせば
はなももみじもなかりけり
うらのとまやの
あきのゆうぐれ
日に生きることは
日に死に向かうことでもある
体に変調が起こることも
また生命として宿命なのである
そして生は連環するのである
二日酔いの瞬は
体のことを想うようである・・・・
2008年 つい先日新年を迎えたような気がするが
日に日に確実に時は刻まれて
嘘偽りなく今年もあと2か月を切ったことになる
先日 朝起きたら雨が降っていたので
いつもの通り普段使っている折り畳み傘を
もって早朝の駅まで歩いた
家の玄関を出たとき
何の気なしに傘を開き雨をよけて歩いた
10分ぐらい歩いて
駅について傘を閉じようとしたとき
ぽきっと音をたてて
その傘の数ある骨組のなかの
1本の骨が折れた
たかが1本だが
その1本が折れたせいでその傘は
しっかりと天面を向いて
元気良く開くことができない
そのことは傘としての存在意義を全うできないことを
意味し、
私は心の中でささやかに
【ご苦労様でした】と呟きながら
駅のごみ入れの中に投げ入れた・・・・
無限に頑強であることは不可能なのである
世の中は無常なのである
普段通りあるべきものが
何のきっかけかある日突然
従来のありようをなくしてしまう
紅葉の季節である
紅葉を形作るのは
一葉一葉の木の葉である
生命踊る新緑の季節から
枯れなんとする秋に入る
紅葉は生命の最後の晴れ舞台なのかもしれない
生命の最後に真紅の色に
自らの色を体現し
そして生の源【木の幹】から
体を投げ出し、次世代の礎としての
生命の源【たい肥】として自らの役目を差し出す・・・
そこに美を感じるのが
また日本人の感性なのかもしれない
みわたせば
はなももみじもなかりけり
うらのとまやの
あきのゆうぐれ
日に生きることは
日に死に向かうことでもある
体に変調が起こることも
また生命として宿命なのである
そして生は連環するのである
二日酔いの瞬は
体のことを想うようである・・・・
2008年11月12日水曜日
土田なんとか
本日は大阪にて仕事のため
早朝から新幹線に乗り込んだ
そんなことは長年営業職をしているとどうしても慣れてくるし
仕事であるので不満などはない
早朝ゆえにほとんどの乗客がサラリーマン風の出張族だ
そんななか紅葉シーズンも手伝ってか
かなり早朝の新幹線にもかかわらず
おばさん二人が私の斜め後方に2席占拠していた
流行のごとく二人ともおしゃれな
キャリーバックを持っている
乗り込む早々なにやらぺちゃくちゃ話している
まあ最初は旅に興奮して何かしらコミュニケーションするのは
大概の人はするものだ
それがひとしきり時間が過ぎると
ほのかに眠くなり静かになるものだ
しかしそのおばさんたち
朝のサンドウィッチの代金をどちらが払ったのか知らないが
私がお金をはらう、いや私がここははらう
からはじまって会話が終わる気配がない
サラリーマンは日ごろ疲れている故か
多少いびきをしている輩はいるが
おおむね
静かに寝むっている
そんななかその二人の大きな声の会話は妙に浮き立っていた
私も疲れていたので
新横浜を通過したあたりからうとうとしていた
うとうとしている途中も
二人のおばさんのノイズは
まとわり付くハエのごとく
浅い睡眠中の私の脳裏にずーっとうなり続けていた
名古屋で目が覚めた
停車に伴う車両の動きの変化と
バリバリという
お菓子袋をあける音で目覚めたのだ
相変わらずうるさい
ノイズを覚醒した状況で自覚した
あれからかれこれ一時間半以上おばさんたちは大きな声で
意見交換をしていたのだ
列車の振動に負けないように
お互い大きな声で意見交換している
にらむともなしに斜め後方のおばさんの状況を
視覚的に確認しようとした
一人の我が物顔で何かをまくし立てているおばさんが
お笑い芸人の土田なんとかに酷似していた
下の名前はわからない 何とかなのだと思う
土田ナニガシはピン芸人で
時々ぴりりと塩コショウの効いたコメントを発し
私も何回か大笑いではないにしても
くすくすと笑ったことがある
生き馬の目を抜く芸能界で
したたかに生き残っている
その姿勢には浅はかならず
敬意すら抱いていたつもりだ
だから今まではその土田ナニガシのことは
好きではなくとも嫌いではなかった
でも寝起きの騒音に土田ナニガシ相当の顔を目撃
おまけにゴマの香りの効いたおせんべいを
互いにバリバリやっている
ゴマの強烈な芳香とノイズと土田ナニガシ相当の顔
土田ナニガシには悪いが
あまりいいイメージはしなかった
さてさてこの借りは仕事で返してやる
いま新幹線は京都に向かって
順調に進んでいるところなのである
早朝から新幹線に乗り込んだ
そんなことは長年営業職をしているとどうしても慣れてくるし
仕事であるので不満などはない
早朝ゆえにほとんどの乗客がサラリーマン風の出張族だ
そんななか紅葉シーズンも手伝ってか
かなり早朝の新幹線にもかかわらず
おばさん二人が私の斜め後方に2席占拠していた
流行のごとく二人ともおしゃれな
キャリーバックを持っている
乗り込む早々なにやらぺちゃくちゃ話している
まあ最初は旅に興奮して何かしらコミュニケーションするのは
大概の人はするものだ
それがひとしきり時間が過ぎると
ほのかに眠くなり静かになるものだ
しかしそのおばさんたち
朝のサンドウィッチの代金をどちらが払ったのか知らないが
私がお金をはらう、いや私がここははらう
からはじまって会話が終わる気配がない
サラリーマンは日ごろ疲れている故か
多少いびきをしている輩はいるが
おおむね
静かに寝むっている
そんななかその二人の大きな声の会話は妙に浮き立っていた
私も疲れていたので
新横浜を通過したあたりからうとうとしていた
うとうとしている途中も
二人のおばさんのノイズは
まとわり付くハエのごとく
浅い睡眠中の私の脳裏にずーっとうなり続けていた
名古屋で目が覚めた
停車に伴う車両の動きの変化と
バリバリという
お菓子袋をあける音で目覚めたのだ
相変わらずうるさい
ノイズを覚醒した状況で自覚した
あれからかれこれ一時間半以上おばさんたちは大きな声で
意見交換をしていたのだ
列車の振動に負けないように
お互い大きな声で意見交換している
にらむともなしに斜め後方のおばさんの状況を
視覚的に確認しようとした
一人の我が物顔で何かをまくし立てているおばさんが
お笑い芸人の土田なんとかに酷似していた
下の名前はわからない 何とかなのだと思う
土田ナニガシはピン芸人で
時々ぴりりと塩コショウの効いたコメントを発し
私も何回か大笑いではないにしても
くすくすと笑ったことがある
生き馬の目を抜く芸能界で
したたかに生き残っている
その姿勢には浅はかならず
敬意すら抱いていたつもりだ
だから今まではその土田ナニガシのことは
好きではなくとも嫌いではなかった
でも寝起きの騒音に土田ナニガシ相当の顔を目撃
おまけにゴマの香りの効いたおせんべいを
互いにバリバリやっている
ゴマの強烈な芳香とノイズと土田ナニガシ相当の顔
土田ナニガシには悪いが
あまりいいイメージはしなかった
さてさてこの借りは仕事で返してやる
いま新幹線は京都に向かって
順調に進んでいるところなのである
2008年11月9日日曜日
人生は道そのもの
人生というものは長いようでいて実は意外と短い
学生の時学んだ国語の教材で
人生というものの断片を考えさせられる
一文がった
人間というものは不思議なものだ
中学生の時分は何が何でもいい高校に入りたい
そのために今は、勉強勉強!
そして晴れてその望む高校に進んだら
有名大学に入りたい
そのためには今は勉強勉強!
大学に入った
そこでは一流企業に入りたい
そのためには勉強勉強!
一流企業に入った
そしたらやれ係長だ、課長だ、部長だ
この人はいつも自分の今の希望を押し殺し
次のステージを夢見て
ストイックな生活を過ごしてきた
あたかもその先にとても素晴らしい【何か】が
あることを夢見て
そして人生は瞬く間に過ぎていく
もしかしたらその人は部長になれたかもしれない
でも、よしっ、これからは自分の好きなことをやって過ごすぞ
と心息巻いた時はそれこそ時すでに遅し・・・
おれは部長になるためだけに生きてきたわけではない・・・
その人は誰に訴えることもできず
それでいて自分を責めても責めきれない
おれはまじめにやってきたのに・・・
人生というものが何かしら大きな形のある何かと
勘違いして
その人は
その虚像に向かってその時々の今を犠牲に邁進した
でも人生はその総体そのものが人生なのですよ・・・・・
という感じの文章だったようにと思う
その時はそんなものかと軽く感じたのであるが
まさにというべきか
今となってみると
とても
実感させられて身につまされる
人生は旅によくたとえられるが
その旅の意味することは目的地ではないということだ
その目的地に終着するまでの
プロセスそのものが人生ということであろう
その道程はときにスムーズにいくこともあれば
なかなか登り切れぬ小高い丘もあることだろう
でもその道端にさく野の花に
一息入れたりして、その長き道のりを楽しむべきなのだろう
それを
その瞬間瞬間を楽しまずに
先の目的地への到着がすべての旅人は
先ほどの部長のごとく
おれは何のために生きてきたのだと最後の瞬間に
嘆くことになる・・・・
今を生きること
何とも難しいがとても感じられることだ
秋のゆべは思索を深めさせるの~
唐揚げのドカ食いも時間とともに落ち着き
血液がようやく胃から頭へ流れ始めたのだろう
そろそろ寝ようか・・・・
学生の時学んだ国語の教材で
人生というものの断片を考えさせられる
一文がった
人間というものは不思議なものだ
中学生の時分は何が何でもいい高校に入りたい
そのために今は、勉強勉強!
そして晴れてその望む高校に進んだら
有名大学に入りたい
そのためには今は勉強勉強!
大学に入った
そこでは一流企業に入りたい
そのためには勉強勉強!
一流企業に入った
そしたらやれ係長だ、課長だ、部長だ
この人はいつも自分の今の希望を押し殺し
次のステージを夢見て
ストイックな生活を過ごしてきた
あたかもその先にとても素晴らしい【何か】が
あることを夢見て
そして人生は瞬く間に過ぎていく
もしかしたらその人は部長になれたかもしれない
でも、よしっ、これからは自分の好きなことをやって過ごすぞ
と心息巻いた時はそれこそ時すでに遅し・・・
おれは部長になるためだけに生きてきたわけではない・・・
その人は誰に訴えることもできず
それでいて自分を責めても責めきれない
おれはまじめにやってきたのに・・・
人生というものが何かしら大きな形のある何かと
勘違いして
その人は
その虚像に向かってその時々の今を犠牲に邁進した
でも人生はその総体そのものが人生なのですよ・・・・・
という感じの文章だったようにと思う
その時はそんなものかと軽く感じたのであるが
まさにというべきか
今となってみると
とても
実感させられて身につまされる
人生は旅によくたとえられるが
その旅の意味することは目的地ではないということだ
その目的地に終着するまでの
プロセスそのものが人生ということであろう
その道程はときにスムーズにいくこともあれば
なかなか登り切れぬ小高い丘もあることだろう
でもその道端にさく野の花に
一息入れたりして、その長き道のりを楽しむべきなのだろう
それを
その瞬間瞬間を楽しまずに
先の目的地への到着がすべての旅人は
先ほどの部長のごとく
おれは何のために生きてきたのだと最後の瞬間に
嘆くことになる・・・・
今を生きること
何とも難しいがとても感じられることだ
秋のゆべは思索を深めさせるの~
唐揚げのドカ食いも時間とともに落ち着き
血液がようやく胃から頭へ流れ始めたのだろう
そろそろ寝ようか・・・・
くちぐせ
唐揚げからの続きで感じたことなのだが
自分の口癖というものを
かすかながら考えてみる
自分で意識したことが
特に最近はなかったのであるが
やはり口に出していうことは
自分の生活にとって
少なからず影響があるのだと思う
唐揚げを食べた時は
うまい!といった
風呂に入った時は
きもちいい!といった
人間は複雑そうに見えて
その実
その生活というと
実は案外単純な層の積み重ねのような気もする
その単純が
自分にとって不快なもので あったら、
不快なものの重層が
自分にとっての生活ということになり
やはりそれはあまり喜ばしいことでもない
いいね
うまい
気持ちいい
よっしゃ
できる
よめる
みえる
わかる
できればそのような前向きな言葉の
積み重ねでありたい
深い意味などない
唐揚げからの延長戦なのである
自分の口癖というものを
かすかながら考えてみる
自分で意識したことが
特に最近はなかったのであるが
やはり口に出していうことは
自分の生活にとって
少なからず影響があるのだと思う
唐揚げを食べた時は
うまい!といった
風呂に入った時は
きもちいい!といった
人間は複雑そうに見えて
その実
その生活というと
実は案外単純な層の積み重ねのような気もする
その単純が
自分にとって不快なもので あったら、
不快なものの重層が
自分にとっての生活ということになり
やはりそれはあまり喜ばしいことでもない
いいね
うまい
気持ちいい
よっしゃ
できる
よめる
みえる
わかる
できればそのような前向きな言葉の
積み重ねでありたい
深い意味などない
唐揚げからの延長戦なのである
からあげ
からりとした衣に包まれて
にんにくベースのしょうゆじたて
それでいて中身はとてもジューシー
それにパラパラとクレージーソルトを
ふりかける
ご飯もすすむわ!!
肉は胸肉よりも
モモ肉のほうがいい
トリの唐揚げのことである
私は10代の駆け出しのころ
鹿児島にてケンタッキーフライドチキンで
アルバイトをしていた
そのころから唐揚げは
好きだった
今も好きだ
ということは20年以上もの長きにわたり
私はトリのから揚げを摂取しているということである
鶏のから揚げは
ご飯を進ませる
それだけのことである
秋は食欲がいや増すな~
日本シリーズを見ながら
唐揚げをつまみつつ
ビールを飲んだ
こんな休日でいい
幸せの典型などない
ただ自分自身が幸せと感じることができ
それを声に出して
幸せだな~と口に出して言えるとき
その瞬間は
まぎれもなく自分にとっての
幸せの瞬間なのである
鶏のから揚げも幸せの一つなのである
にんにくベースのしょうゆじたて
それでいて中身はとてもジューシー
それにパラパラとクレージーソルトを
ふりかける
ご飯もすすむわ!!
肉は胸肉よりも
モモ肉のほうがいい
トリの唐揚げのことである
私は10代の駆け出しのころ
鹿児島にてケンタッキーフライドチキンで
アルバイトをしていた
そのころから唐揚げは
好きだった
今も好きだ
ということは20年以上もの長きにわたり
私はトリのから揚げを摂取しているということである
鶏のから揚げは
ご飯を進ませる
それだけのことである
秋は食欲がいや増すな~
日本シリーズを見ながら
唐揚げをつまみつつ
ビールを飲んだ
こんな休日でいい
幸せの典型などない
ただ自分自身が幸せと感じることができ
それを声に出して
幸せだな~と口に出して言えるとき
その瞬間は
まぎれもなく自分にとっての
幸せの瞬間なのである
鶏のから揚げも幸せの一つなのである
2008年11月8日土曜日
水ぶろ論考
個人的な定例行事として
毎週週末はスーパー銭湯に行くことにしている
銭湯には人生の教訓が数多くある
水ぶろについて考察する
秋も深まり最近はとても寒い
服を脱ぎ、露天風呂におもむくときは
私の無垢な体も鳥肌である
水ぶろなどとんでもない
まったく無縁のはずである
しかし30分も湯船につかり
10分ほどサウナに入ってしまったら
今度は一番のお目当てが水ぶろになる
ここで水ぶろに気持ちよく
つかりながら頭をよぎったことがある
【水ぶろは常に水ぶろである】
私が入場した時も
17度ぐらいの温度を保った水ぶろであったし
私がサウナから出てきてはしゃぎながら
飛び込んだ時の水ぶろも
同じ17度の水ぶろである
水ぶろという外的環境は変わっていないのである
変わっているのは自分の内的状況である
自分の状況次第で
身の回りの環境はその様相を目まぐるしく
変わって見えるのである
実際水ぶろは
私の状況の変化で
とても冷たく不必要なものから
とても心地よく必要なものに変化したように感じられた
そう、感じられたのである
私自身に感じられたのである
水ぶろ自体は全く普遍なのである
人生の中で楽しかったり、苦しかったり
面白かったり、不快だったりすることは多々あるものである
外的環境を変えるのは実はとても大変である
しかしその環境を感じる自らの状況を変えるのは
実は意外と容易なはずである
水ぶろの例で言うと
私は自分の体を温めるという状況の変化を起こし
不変である水ぶろという環境の
感じ方を180度転換させることができたのである・・・
人生はできれば順風満帆で行きたいものである
苦しく不快と感じているのは
自分の心であると意識することができないだろうか
意識でき、その感じ方を変えることは
できないかと自問してみたらどうだろう
このことは風呂で感じたこと単なる水ぶろの件にすぎない
だけど人生のいろんな局面で応用できないかと思うのである
都度このブログでその成果は考察していくことにする
やはり風呂は良いのである
毎週週末はスーパー銭湯に行くことにしている
銭湯には人生の教訓が数多くある
水ぶろについて考察する
秋も深まり最近はとても寒い
服を脱ぎ、露天風呂におもむくときは
私の無垢な体も鳥肌である
水ぶろなどとんでもない
まったく無縁のはずである
しかし30分も湯船につかり
10分ほどサウナに入ってしまったら
今度は一番のお目当てが水ぶろになる
ここで水ぶろに気持ちよく
つかりながら頭をよぎったことがある
【水ぶろは常に水ぶろである】
私が入場した時も
17度ぐらいの温度を保った水ぶろであったし
私がサウナから出てきてはしゃぎながら
飛び込んだ時の水ぶろも
同じ17度の水ぶろである
水ぶろという外的環境は変わっていないのである
変わっているのは自分の内的状況である
自分の状況次第で
身の回りの環境はその様相を目まぐるしく
変わって見えるのである
実際水ぶろは
私の状況の変化で
とても冷たく不必要なものから
とても心地よく必要なものに変化したように感じられた
そう、感じられたのである
私自身に感じられたのである
水ぶろ自体は全く普遍なのである
人生の中で楽しかったり、苦しかったり
面白かったり、不快だったりすることは多々あるものである
外的環境を変えるのは実はとても大変である
しかしその環境を感じる自らの状況を変えるのは
実は意外と容易なはずである
水ぶろの例で言うと
私は自分の体を温めるという状況の変化を起こし
不変である水ぶろという環境の
感じ方を180度転換させることができたのである・・・
人生はできれば順風満帆で行きたいものである
苦しく不快と感じているのは
自分の心であると意識することができないだろうか
意識でき、その感じ方を変えることは
できないかと自問してみたらどうだろう
このことは風呂で感じたこと単なる水ぶろの件にすぎない
だけど人生のいろんな局面で応用できないかと思うのである
都度このブログでその成果は考察していくことにする
やはり風呂は良いのである
おきなわとスパム
この歳になると、沖縄にも何回か足を運んだことがある
数少ない私の沖縄体験の中で
やはり外せないのは
お土産である
沖縄のお土産と言えば
ちんすこう うこん 沖縄そばナドナド
しかし個人的には
やはりスパムである
スパム・・・その名称からして
あまり健康的ではないのは
大方予測がつく
要はハムの缶詰である
とても塩辛く あぶらギッシュである
体に良くないのは
その名称、その形状から明らかである
沖縄においてはそのスパムが安いのである
あまり知られていないが
そのスパムに火を通すと
ひときれでごはん一杯は容易な作業である
ひときれにマヨネーズを振りかけると
さらに大変なことになる
実は今週は仕事で沖縄に行く予定が
ニアミスで急きょ変更となった
その縁というべきか
夕べ嫁は旧知の仲間と飲み会があるということで
私の夕食用に
贅沢にスパムを輪切りにした肉片を
天井にのせたおにぎりを4個作ってくれていた
意外というべきか、僥倖というべきか
嫁自らが花の金曜日に自分だけおいしいお酒とお食事という
後ろめたさが手伝ったことは容易に察しが付く
それぐらい我が家におけるスパムの位置づけは
特別なのである
しかしながら私も仕事を終えた週末ということもあり
新橋で同僚と軽い食事をすませ
【と言ってもしっかり飲んで食べたはずである・・・】
帰宅したのは12時ハンすぎであった
しかし嫁は当然の如くまだ帰っていない
テーブルの上にはそのスパムおにぎりが
無造作に放置してある
一日の汗を流さんと
シャワーを浴びていると
予測していたが、上機嫌で嫁も帰宅
互いに酒も入っており
幻とは知りながら空腹を覚える
【そういえば食べ物はあまりくってないな~】
ありえないはずである・・・
しかし気付いたら先を争うがごとく
スパムのおにぎりに上からマヨネーズを
飾りつけながらしっかりと2個づつ完食!
すでに午前1時ハン過ぎであった・・・・
翌朝はやはりというべきか
かなり胃に違和感があった
しかしスパムはおいしいのである
沖縄のニアミスとスパムのおにぎり
何とも人生には素敵な共鳴というものが
あるものである
スパムはお勧めである
火を通し若干ごげ目がつくほど炒める
お好みでマヨネーズを振りかける
アツアツのごはんと一緒にいただく
ささやかな人生における幸せの発見が
あるはずである
しかしスパムは若干高いし
体にはあまり良くないはずである
数少ない私の沖縄体験の中で
やはり外せないのは
お土産である
沖縄のお土産と言えば
ちんすこう うこん 沖縄そばナドナド
しかし個人的には
やはりスパムである
スパム・・・その名称からして
あまり健康的ではないのは
大方予測がつく
要はハムの缶詰である
とても塩辛く あぶらギッシュである
体に良くないのは
その名称、その形状から明らかである
沖縄においてはそのスパムが安いのである
あまり知られていないが
そのスパムに火を通すと
ひときれでごはん一杯は容易な作業である
ひときれにマヨネーズを振りかけると
さらに大変なことになる
実は今週は仕事で沖縄に行く予定が
ニアミスで急きょ変更となった
その縁というべきか
夕べ嫁は旧知の仲間と飲み会があるということで
私の夕食用に
贅沢にスパムを輪切りにした肉片を
天井にのせたおにぎりを4個作ってくれていた
意外というべきか、僥倖というべきか
嫁自らが花の金曜日に自分だけおいしいお酒とお食事という
後ろめたさが手伝ったことは容易に察しが付く
それぐらい我が家におけるスパムの位置づけは
特別なのである
しかしながら私も仕事を終えた週末ということもあり
新橋で同僚と軽い食事をすませ
【と言ってもしっかり飲んで食べたはずである・・・】
帰宅したのは12時ハンすぎであった
しかし嫁は当然の如くまだ帰っていない
テーブルの上にはそのスパムおにぎりが
無造作に放置してある
一日の汗を流さんと
シャワーを浴びていると
予測していたが、上機嫌で嫁も帰宅
互いに酒も入っており
幻とは知りながら空腹を覚える
【そういえば食べ物はあまりくってないな~】
ありえないはずである・・・
しかし気付いたら先を争うがごとく
スパムのおにぎりに上からマヨネーズを
飾りつけながらしっかりと2個づつ完食!
すでに午前1時ハン過ぎであった・・・・
翌朝はやはりというべきか
かなり胃に違和感があった
しかしスパムはおいしいのである
沖縄のニアミスとスパムのおにぎり
何とも人生には素敵な共鳴というものが
あるものである
スパムはお勧めである
火を通し若干ごげ目がつくほど炒める
お好みでマヨネーズを振りかける
アツアツのごはんと一緒にいただく
ささやかな人生における幸せの発見が
あるはずである
しかしスパムは若干高いし
体にはあまり良くないはずである
2008年11月3日月曜日
ゴールデンパターン
朝 まだ周りが薄暗い時間に
ぱちくりと目が覚める
自分の体の感覚を
まだ体を布団に預けながら
頭の中で足の先から徐々に点検する
うん 悪くない
昨夜寝る前までの自分の行動を思い起こし
その行動に伴う自分の置かれた今の環境を
頭の中で整理する
うん そんなにへまはやらかしていないはずだ
時計をみる
午前5時45分
うん わるくない感じだ
隣も私の起床に気づいた模様だ
できるだけ音を出さずに
押入れにしまわれている
サウナスーツを取り出そうと
私が動き出すと
嫁もムックと起き上がる
基本的に負けず嫌いなのだ
私が一人体にいいことをしようと
することに負けるものかと追随してくる
しっかりと防寒兼発汗のための
着こなしが完了し
ゆっくりと玄関の扉を開く
朝日が少しずつ顔を出そうとしている
太陽がすっかり顔を出したら
今日あたり富士山も拝めるはずだ
ゆっくりと歩き出す
まだもやっている中
町はまだお休み中だ
一路荒川を目指す
荒川の下流が東京湾に入り込むところが
散歩コースになっているのだ
健康おたくがたくさんいる
元気よく腕を振り
せっせと何かを積み重ねるように
私たちの横を走り抜けていく
海は心を洗うようである
まがうことなく海である
人工的なものばかりに囲まれて
生活している東京のなかで
純粋に自然の姿がかすかながらそこに見出せる
自分の本来の部分が
その自然に接するとき
何かしら感応するのがわかる
往復2時間すっかり歩いたあとは
サウナスーツにくるまれた
わが醜き体は蒸しあがったあとの
豚まんのごとく、蒸気を発しながら
しっかりと自らの塩辛い汗に濡れそぼっている
わーっといいながら
そのびっしょりのシャツを脱ぐときに
自分なりのクオリアを感じる
しっかりと汗を流したあとは
おなかが急激に減っている
そこにだめ押しするがごとく
バナナを食べる
そして音楽を聴きながら
新聞をゆっくりと開く
あまり過激な事件のニュースは
この早朝の時間にはふさわしくない
文化的なことを伝えるニュースに
目を走らせる
10時が近づいてきた
さっそく出かける
近所のスーパー銭湯である
あさ汗をしっかり出したにもかかわらず
まるで修行僧のようにサウナにこもる
周りもトドの祝祭かと見紛うごとく
同じような体格のオジサンと
ひしめき合いながら汗をかく
10分ぐらい耐えたであろうか
おもむろに腰を動かし
次のステージに向かう
水ぶろである
ここでも最低限のマナーがある
汗を流してから入るのである
サバンナのオアシスに群がる
像の大群のごとく
ここもおじさんたちがひしめいている
手とうでどうもどうもとかわしながら
ようやく水ぶろである
ここで第二のクオリアである
そのように過ぎゆく二時間で
私の体内の血液はおそらくとてもさらさらと
活発に流動しているはずである
心地よい秋風に自らの体を
預けながらスーパー銭湯を退散
ようやく待ちに待った昼食である
近所の長崎皿うどん店をのぞく
相変わらず
めっちゃでかいや~んである
うまい
しっかりとおなかの中におさめ
一路帰宅
おなかがいっぱいになると
帰巣本能が目覚める
しばらく読書なぞをしていると
午前中に痛めつけた体が
休息を求める
目がしゅぱしゅぱしてくる
午後の昼寝である
この昼寝がかなり深い
とても深い海の中をさまよっている感じである
そして尿意を催しいましがた起きた・・・
という次第である
ながい本日の日記はこれにて終わり
本日のような平凡な休日が
実は私にとっては
ゴールデンパターンなのだ
人それぞれなのである
ぱちくりと目が覚める
自分の体の感覚を
まだ体を布団に預けながら
頭の中で足の先から徐々に点検する
うん 悪くない
昨夜寝る前までの自分の行動を思い起こし
その行動に伴う自分の置かれた今の環境を
頭の中で整理する
うん そんなにへまはやらかしていないはずだ
時計をみる
午前5時45分
うん わるくない感じだ
隣も私の起床に気づいた模様だ
できるだけ音を出さずに
押入れにしまわれている
サウナスーツを取り出そうと
私が動き出すと
嫁もムックと起き上がる
基本的に負けず嫌いなのだ
私が一人体にいいことをしようと
することに負けるものかと追随してくる
しっかりと防寒兼発汗のための
着こなしが完了し
ゆっくりと玄関の扉を開く
朝日が少しずつ顔を出そうとしている
太陽がすっかり顔を出したら
今日あたり富士山も拝めるはずだ
ゆっくりと歩き出す
まだもやっている中
町はまだお休み中だ
一路荒川を目指す
荒川の下流が東京湾に入り込むところが
散歩コースになっているのだ
健康おたくがたくさんいる
元気よく腕を振り
せっせと何かを積み重ねるように
私たちの横を走り抜けていく
海は心を洗うようである
まがうことなく海である
人工的なものばかりに囲まれて
生活している東京のなかで
純粋に自然の姿がかすかながらそこに見出せる
自分の本来の部分が
その自然に接するとき
何かしら感応するのがわかる
往復2時間すっかり歩いたあとは
サウナスーツにくるまれた
わが醜き体は蒸しあがったあとの
豚まんのごとく、蒸気を発しながら
しっかりと自らの塩辛い汗に濡れそぼっている
わーっといいながら
そのびっしょりのシャツを脱ぐときに
自分なりのクオリアを感じる
しっかりと汗を流したあとは
おなかが急激に減っている
そこにだめ押しするがごとく
バナナを食べる
そして音楽を聴きながら
新聞をゆっくりと開く
あまり過激な事件のニュースは
この早朝の時間にはふさわしくない
文化的なことを伝えるニュースに
目を走らせる
10時が近づいてきた
さっそく出かける
近所のスーパー銭湯である
あさ汗をしっかり出したにもかかわらず
まるで修行僧のようにサウナにこもる
周りもトドの祝祭かと見紛うごとく
同じような体格のオジサンと
ひしめき合いながら汗をかく
10分ぐらい耐えたであろうか
おもむろに腰を動かし
次のステージに向かう
水ぶろである
ここでも最低限のマナーがある
汗を流してから入るのである
サバンナのオアシスに群がる
像の大群のごとく
ここもおじさんたちがひしめいている
手とうでどうもどうもとかわしながら
ようやく水ぶろである
ここで第二のクオリアである
そのように過ぎゆく二時間で
私の体内の血液はおそらくとてもさらさらと
活発に流動しているはずである
心地よい秋風に自らの体を
預けながらスーパー銭湯を退散
ようやく待ちに待った昼食である
近所の長崎皿うどん店をのぞく
相変わらず
めっちゃでかいや~んである
うまい
しっかりとおなかの中におさめ
一路帰宅
おなかがいっぱいになると
帰巣本能が目覚める
しばらく読書なぞをしていると
午前中に痛めつけた体が
休息を求める
目がしゅぱしゅぱしてくる
午後の昼寝である
この昼寝がかなり深い
とても深い海の中をさまよっている感じである
そして尿意を催しいましがた起きた・・・
という次第である
ながい本日の日記はこれにて終わり
本日のような平凡な休日が
実は私にとっては
ゴールデンパターンなのだ
人それぞれなのである
2008年11月1日土曜日
ヒト 人
人は人を判断しようとする習性がある
人が二人以上で生活するとき
社会が発生する
社会でお互い円滑に生活を営むためには
それなりのルールが必要である
そこに公が発生する
公は時として私と対立するときがある
社会の中で生活するとき
人は構成員としての他者を判断するのである
判断基準はいろいろある
安易な方法としては
外見である
血液型である
年齢である
表情もある
人はいろいろなことを瞬時にミックスして
それなりに他者を判断するようである
いい歳をしたおじさんは
それ自体で社会のなかで
人生の先輩であると決めつけられ、
時として
尊崇の対象になることがある
しかし
いい歳をしたおじさんも
外見と反して精神年齢は幼児のような輩もいるのである
それに反し
まだ若く人生の酸いも甘いもしらねえだろうに・・・
と甘く見たらアニハカランや
とてもとても立派な青年もいるのである
人は二十歳を超えると年齢ではないようである
もって生まれた素養とそれを堅牢に成長させる教育
そして経験を通じた自らの修養
それが人間を作るようである
ただ単に年をとっているだけでは
立派なヒトということではないようである
やはり人を見る目を養うのは
一筋縄ではいかないのである
その前に自分自身
歳相応にそれなりに社会の構成員として
貢献できるようこれからも修養が必要である
私も社会的にはそろそろおじさんにちがいない
少なくとも若手ではないのは確かである
人が二人以上で生活するとき
社会が発生する
社会でお互い円滑に生活を営むためには
それなりのルールが必要である
そこに公が発生する
公は時として私と対立するときがある
社会の中で生活するとき
人は構成員としての他者を判断するのである
判断基準はいろいろある
安易な方法としては
外見である
血液型である
年齢である
表情もある
人はいろいろなことを瞬時にミックスして
それなりに他者を判断するようである
いい歳をしたおじさんは
それ自体で社会のなかで
人生の先輩であると決めつけられ、
時として
尊崇の対象になることがある
しかし
いい歳をしたおじさんも
外見と反して精神年齢は幼児のような輩もいるのである
それに反し
まだ若く人生の酸いも甘いもしらねえだろうに・・・
と甘く見たらアニハカランや
とてもとても立派な青年もいるのである
人は二十歳を超えると年齢ではないようである
もって生まれた素養とそれを堅牢に成長させる教育
そして経験を通じた自らの修養
それが人間を作るようである
ただ単に年をとっているだけでは
立派なヒトということではないようである
やはり人を見る目を養うのは
一筋縄ではいかないのである
その前に自分自身
歳相応にそれなりに社会の構成員として
貢献できるようこれからも修養が必要である
私も社会的にはそろそろおじさんにちがいない
少なくとも若手ではないのは確かである
幸福な時間
今週は火曜日から
広島 高松と仕事の関係で出張であった
仕事自体は仕事だから
何のコメントもしようがないが
出張が続くと
食事がかたよる
同じような体型をした
同じような年頃のオジサンが
相集えば
当然 タガのはずれたブタさんのごとく
好きなものばかりパクパク ガブガブ・・・・
そりゃ 太るわということである
まあ 好きなものを食べながら
美酒に酔いつつ
忌憚なくお話をするということが
人生の中では実は最高位に位置する
幸福だとすると
実は自分は仕事に追い立てられながらも
寸暇を惜しんで
自分らしく自分の幸せを自分の力で
獲得している・・・ということでもある
かなり自分にいい風に解釈している
ということはわかった上でも
人生というものはそういうものであるのかもな
と思ったりするのである
さてさて
10月も終わり
きりのいいことに3連休である
英気を養って
また頑張ることにするか・・・
とはいえ毎晩お付き合いいただける
境遇には本当に感謝だなあ
今朝買収報道があった
取り巻く環境は
いろいろと変動する
広島 高松と仕事の関係で出張であった
仕事自体は仕事だから
何のコメントもしようがないが
出張が続くと
食事がかたよる
同じような体型をした
同じような年頃のオジサンが
相集えば
当然 タガのはずれたブタさんのごとく
好きなものばかりパクパク ガブガブ・・・・
そりゃ 太るわということである
まあ 好きなものを食べながら
美酒に酔いつつ
忌憚なくお話をするということが
人生の中では実は最高位に位置する
幸福だとすると
実は自分は仕事に追い立てられながらも
寸暇を惜しんで
自分らしく自分の幸せを自分の力で
獲得している・・・ということでもある
かなり自分にいい風に解釈している
ということはわかった上でも
人生というものはそういうものであるのかもな
と思ったりするのである
さてさて
10月も終わり
きりのいいことに3連休である
英気を養って
また頑張ることにするか・・・
とはいえ毎晩お付き合いいただける
境遇には本当に感謝だなあ
今朝買収報道があった
取り巻く環境は
いろいろと変動する
2008年10月28日火曜日
広島です
本日は仕事の関係で広島にいる
今まで飲んでいた・・・
得意先もいれば同業他社も多数いる
ただ立場は違えど通じるものはあるということはある
みな自らの立場で生きている
胸襟を開いて話をすれば
理解しあえるものである
ただ理解しあえるだけではない
それぞれの立場は
彼の理性を時として超える場合があるからである
それはそれでいいと思う
まじめな人柄ゆえに
自らが所属する組織の指示は
自らが人生を預けている以上は
最優先事項にならざるを得ないからである
ただその中においても
ぎりぎりの理性が
理解しあえる関係を作るのである
ただ
その関係さえも
グローバルスタンダードの規定する
コンプライアンス上は
抵触する場合がある
難しいものである
今夜は平和大通りで眠ります
今まで飲んでいた・・・
得意先もいれば同業他社も多数いる
ただ立場は違えど通じるものはあるということはある
みな自らの立場で生きている
胸襟を開いて話をすれば
理解しあえるものである
ただ理解しあえるだけではない
それぞれの立場は
彼の理性を時として超える場合があるからである
それはそれでいいと思う
まじめな人柄ゆえに
自らが所属する組織の指示は
自らが人生を預けている以上は
最優先事項にならざるを得ないからである
ただその中においても
ぎりぎりの理性が
理解しあえる関係を作るのである
ただ
その関係さえも
グローバルスタンダードの規定する
コンプライアンス上は
抵触する場合がある
難しいものである
今夜は平和大通りで眠ります
2008年10月27日月曜日
君に伝えたい、日本。
先週の土曜日に明治神宮におもむいたのは
産経新聞と明治神宮主催の
シンポジウムに参加するためであった
明治維新140周年を記念して
産経新聞と明治神宮が
【君に伝えたい、日本。】と題して
パネルディスカッションを開催したのだ
最近、産経新聞に乗り換えて
上記の案内があったので
無料ということもあり、嫁と参加することにした
もう一つの参加理由はやはり講演する面々である
櫻井よしこ
茂木健一郎
福田和也
日下公人
ロマーノ・ヴィルピッタ
後世に伝えるべき日本の良いところ
連綿と引き継がれる日本民族としての誇り
そんな話を期待して会場は2000人を超えるにぎわいである
講演の内容は長くなるから省くが
一言で言うと
日本人である皆さん 元気ですか!
もっと元気出して頑張っていきましょう!
ということである
グローバルスタンダードという美名のもと
アメリカ基準ですべてを図ろうとすると
どうしても日本人が劣ってしまう
当り前である
彼らの基準だからである
でも、今の環境を冷静に見たとき
彼らの言うグローバルスタンダードは
本当に正しいのか、正しかったのか?
櫻井氏の言葉に
いまの仕組みは日本の立場からしてみると
そのほとんどが外来の基準にのっとっている
実は文字通り日本人が
本来の日本人に舞い戻って
今の環境に対峙するとき
今ある様々なひずみはかなりの角度で矯正できるように思う
という発言があった
まさにというべきか
感じるものがあった
日本人が日本人らしく
謙虚に 誠実に 勤勉に
それでいてしぶとく 公正に自信をもって
物事に対峙していく時
今の世の中のひずみはかなり矯正できるんじゃないかな~
茂木氏にもいろんな発言があったが
前頭葉は楽観的な状態でないと
十分にその能力を発揮しないという
今の日本人はきまじめゆえか
無駄に悩んで
そのために前頭葉もその持てる能力を
ほとんど発揮していないのではないかという
かれのことば
【根拠のない自信をもって笑っていきましょう!!】
なるほど・・・
ということで
君に伝えたい、日本。
これからもこのテーマは随時考察していこう
帰りは、東西線の高田馬場から
早稲田へむけてぶらぶら散策し
いつものことながら嫁と赤ちょうちんを冷やかす
加賀屋というちっちゃいもつ焼きやで
地元の学生やらさえないおっさんが凝縮されていて
そこのスタミナ焼きともつ鍋煮込みは
【うーん これだからやめらんねーな!】
であった
そんな
秋の1日であった。
産経新聞と明治神宮主催の
シンポジウムに参加するためであった
明治維新140周年を記念して
産経新聞と明治神宮が
【君に伝えたい、日本。】と題して
パネルディスカッションを開催したのだ
最近、産経新聞に乗り換えて
上記の案内があったので
無料ということもあり、嫁と参加することにした
もう一つの参加理由はやはり講演する面々である
櫻井よしこ
茂木健一郎
福田和也
日下公人
ロマーノ・ヴィルピッタ
後世に伝えるべき日本の良いところ
連綿と引き継がれる日本民族としての誇り
そんな話を期待して会場は2000人を超えるにぎわいである
講演の内容は長くなるから省くが
一言で言うと
日本人である皆さん 元気ですか!
もっと元気出して頑張っていきましょう!
ということである
グローバルスタンダードという美名のもと
アメリカ基準ですべてを図ろうとすると
どうしても日本人が劣ってしまう
当り前である
彼らの基準だからである
でも、今の環境を冷静に見たとき
彼らの言うグローバルスタンダードは
本当に正しいのか、正しかったのか?
櫻井氏の言葉に
いまの仕組みは日本の立場からしてみると
そのほとんどが外来の基準にのっとっている
実は文字通り日本人が
本来の日本人に舞い戻って
今の環境に対峙するとき
今ある様々なひずみはかなりの角度で矯正できるように思う
という発言があった
まさにというべきか
感じるものがあった
日本人が日本人らしく
謙虚に 誠実に 勤勉に
それでいてしぶとく 公正に自信をもって
物事に対峙していく時
今の世の中のひずみはかなり矯正できるんじゃないかな~
茂木氏にもいろんな発言があったが
前頭葉は楽観的な状態でないと
十分にその能力を発揮しないという
今の日本人はきまじめゆえか
無駄に悩んで
そのために前頭葉もその持てる能力を
ほとんど発揮していないのではないかという
かれのことば
【根拠のない自信をもって笑っていきましょう!!】
なるほど・・・
ということで
君に伝えたい、日本。
これからもこのテーマは随時考察していこう
帰りは、東西線の高田馬場から
早稲田へむけてぶらぶら散策し
いつものことながら嫁と赤ちょうちんを冷やかす
加賀屋というちっちゃいもつ焼きやで
地元の学生やらさえないおっさんが凝縮されていて
そこのスタミナ焼きともつ鍋煮込みは
【うーん これだからやめらんねーな!】
であった
そんな
秋の1日であった。
原宿物語
先週の土曜日はとてもうららかな秋晴れの一日であった
私用で明治神宮に用事があり
嫁と12時半にJR原宿物語にて待ち合わせすることにした
原宿に降り立つのは何年振りだろうか
予備校に入ることが決まった19歳に
初めて東京に出てきて
真っ先に歩いたのが実は竹下通りで
それが私の甘酸っぱい原宿物語だ
ということはかれこれ20年ぶりになるのか・・・
待ち合わせ時間より30分ほど早く着いたので
お昼御飯の場所を物色すべく
JR原宿駅からぶらぶらと歩いてみた
それにしても人が多いの~
うろうろしているうちに
竹下通りの向こう側の入り口に来ていた
いっちょ久しぶりに竹下どおりを
ひとり原宿物語してみっか!
いい歳したおっさんが一人勇を鼓舞して
週末の竹下通りを歩いてみることにした・・・・
観る人見る人みんな
中島 美嘉である
たくさんの黒人がいる
チャパツもたくさんいる
チャパツを数えるより
普通の髪の人数えるほうがたやすい
ここは何とも言えず異空間である
私用で明治神宮に用事があり
嫁と12時半にJR原宿物語にて待ち合わせすることにした
原宿に降り立つのは何年振りだろうか
予備校に入ることが決まった19歳に
初めて東京に出てきて
真っ先に歩いたのが実は竹下通りで
それが私の甘酸っぱい原宿物語だ
ということはかれこれ20年ぶりになるのか・・・
待ち合わせ時間より30分ほど早く着いたので
お昼御飯の場所を物色すべく
JR原宿駅からぶらぶらと歩いてみた
それにしても人が多いの~
うろうろしているうちに
竹下通りの向こう側の入り口に来ていた
いっちょ久しぶりに竹下どおりを
ひとり原宿物語してみっか!
いい歳したおっさんが一人勇を鼓舞して
週末の竹下通りを歩いてみることにした・・・・
やはりというべきか
とにかく人波である観る人見る人みんな
中島 美嘉である
たくさんの黒人がいる
チャパツもたくさんいる
チャパツを数えるより
普通の髪の人数えるほうがたやすい
ここは何とも言えず異空間である
結局昼食も
かなり原宿物語であった 粗雑なのである
あまり今の私にはなじまないということである
とはいえ原宿物語はしばらく続きそうである
人は10代から20代にかけては原宿を好むものなのである
私も東京にきて初めて買ったコートは
原宿で購入した
今ではとても着れないがかなり丈の長い
長ランみたいなとても挑発的なコートであった
原宿は若者の聖地なのである
2008年10月24日金曜日
本日の昼食
本日は仕事で朝から名古屋入り
金曜日ということもあり
今週最後の力を振り絞り
朝早く新幹線に飛び乗った
13時半からの商談であったので
商談前に本日のこちらのメンバー3人で
ちゃっちゃと食事を済ますことにした
食事は本日のアポイント場所近くの
ラーメン屋
【ラーメン福】 と看板に記載あり
外見上はあまり入りたくなるなるような
お店ではない ふるいしあぶらっぽい
しかし中に入るや否や
とても大繁盛ではないか
体格のいい食欲旺盛そうな
人々が混雑していた
特製大盛り 800円を発注することにした
腹がへっていたのだ
しかしそないゆうても!!
目の前に展開されたラーメンは
大きなお椀に360度チャーシューが放射状に
敷き詰められており
その中に若干太めのストレート麺がかなり多めに
沈澱していた
その上にあふれんばかりのもやしが・・・
私は草食動物ではないので
あまりもやしを好むものでもないが
そのもやしの量は
【半端じゃないっすよ!マジでっ!】であった。
汗をかきながら
商談10分前に辛くも完食
商談は万全の体調とはいえなかった
カロリーも想像できもはん
まあおいしかったことはたしかだ
地元の本日のメンバーがいうには
今日のもすごいがもっとすごいところがあるので
ぜひ次回いきましょう!という
確かに私は本日満足して
かれにありがとうとお礼をした
彼は私のことをフードファイターと思っているらしい
しかし
私は決してフードファイターではない
まあこんな感じで地方の名物は
これからちょくちょく記録していくことに
しましょう
写真も載せていこうか
金曜日ということもあり
今週最後の力を振り絞り
朝早く新幹線に飛び乗った
13時半からの商談であったので
商談前に本日のこちらのメンバー3人で
ちゃっちゃと食事を済ますことにした
食事は本日のアポイント場所近くの
ラーメン屋
【ラーメン福】 と看板に記載あり
外見上はあまり入りたくなるなるような
お店ではない ふるいしあぶらっぽい
しかし中に入るや否や
とても大繁盛ではないか
体格のいい食欲旺盛そうな
人々が混雑していた
特製大盛り 800円を発注することにした
腹がへっていたのだ
しかしそないゆうても!!
目の前に展開されたラーメンは
大きなお椀に360度チャーシューが放射状に
敷き詰められており
その中に若干太めのストレート麺がかなり多めに
沈澱していた
その上にあふれんばかりのもやしが・・・
私は草食動物ではないので
あまりもやしを好むものでもないが
そのもやしの量は
【半端じゃないっすよ!マジでっ!】であった。
汗をかきながら
商談10分前に辛くも完食
商談は万全の体調とはいえなかった
カロリーも想像できもはん
まあおいしかったことはたしかだ
地元の本日のメンバーがいうには
今日のもすごいがもっとすごいところがあるので
ぜひ次回いきましょう!という
確かに私は本日満足して
かれにありがとうとお礼をした
彼は私のことをフードファイターと思っているらしい
しかし
私は決してフードファイターではない
まあこんな感じで地方の名物は
これからちょくちょく記録していくことに
しましょう
写真も載せていこうか
2008年10月23日木曜日
読むこと書くこと
最近 秋めいてきてすっかり乱読の状態が続いている
乱読などというものは
たとえて言うと自分のフィルターに玉石混淆なる内容を
ものすごいスピードで
くぐらせているような感覚で
実際には自分の中に残るものは
自分の期待しているものなどより
大分少ない
まあそんなことはどうでもよくて
その乱読の中で
自分の思いは書くことによって
良い方向に好転し
挙句の果ては自分の夢さえも実現する
という内容の本があった
確かに人間は毎日何かしら思考している
その思考はもやもやとしていて
バクっとしすぎているので
あとには感覚だけが残る
その感覚だけが残るというのが
結構曲者で
【もやっと不安】だけが心の中に
何かのオリのように沈殿する
【もやっと不安】だけが心の中に
居座ってその状態が
常態化し、生きていること自体が
【もやっと不安】になってしまう
でも、とその本はいう
実際に自らの手で書いてみましょう!!
確かに書いてみるとその不安らしきものの
正体が少しずつ克明化していき
実はたいしたことのない
すぐにでも解決できる内容だったりする
というのである
とにかく書いて書いて書きまくること
なかなかできそうで
できない
自分の思考を文字化し
記録するということは
実はその著者も言っているように
夢すらも実現するのかもしれない
と、読んでいるときはまさにもやっと感じた・・・
ということでこのようなブログを
ヒマに任せて書いている
自分の思考はかすかな断片でさえも
自分の思考に変わりはない
かのレオナルド・ダ・ヴィンチも
日々自らが出会う事象をことごとくポケットの中の手帳に
記録していたという。
それを【発見の手帳】というそうな
自然現象 人間関係 ふと自らの脳裏の片隅に
よぎったことなどを都度つど
その発見の手帳に記入していったという
そのノートから結果的には
いろいろな人類の遺産が生まれたのだ
とするならば市井の普通ビトの
我々でも発見の手帳とまではいかないまでも
都度よぎる人生の断片を
自分なりの発見の手帳に記録していくならば
自分の人生にとって何かしらの寄与をするのではないか
といいつつ
私の急務はまずは
レコーディングダイエットだ
毎日たくさんのものが私の口から
摂取されるので
それだけで大変である
本日の昼食はたしか
焼きそばとチャーハンであった
大盛りではなかった
しかし
十分にカロリーは確かに高そうである・・・
乱読などというものは
たとえて言うと自分のフィルターに玉石混淆なる内容を
ものすごいスピードで
くぐらせているような感覚で
実際には自分の中に残るものは
自分の期待しているものなどより
大分少ない
まあそんなことはどうでもよくて
その乱読の中で
自分の思いは書くことによって
良い方向に好転し
挙句の果ては自分の夢さえも実現する
という内容の本があった
確かに人間は毎日何かしら思考している
その思考はもやもやとしていて
バクっとしすぎているので
あとには感覚だけが残る
その感覚だけが残るというのが
結構曲者で
【もやっと不安】だけが心の中に
何かのオリのように沈殿する
【もやっと不安】だけが心の中に
居座ってその状態が
常態化し、生きていること自体が
【もやっと不安】になってしまう
でも、とその本はいう
実際に自らの手で書いてみましょう!!
確かに書いてみるとその不安らしきものの
正体が少しずつ克明化していき
実はたいしたことのない
すぐにでも解決できる内容だったりする
というのである
とにかく書いて書いて書きまくること
なかなかできそうで
できない
自分の思考を文字化し
記録するということは
実はその著者も言っているように
夢すらも実現するのかもしれない
と、読んでいるときはまさにもやっと感じた・・・
ということでこのようなブログを
ヒマに任せて書いている
自分の思考はかすかな断片でさえも
自分の思考に変わりはない
かのレオナルド・ダ・ヴィンチも
日々自らが出会う事象をことごとくポケットの中の手帳に
記録していたという。
それを【発見の手帳】というそうな
自然現象 人間関係 ふと自らの脳裏の片隅に
よぎったことなどを都度つど
その発見の手帳に記入していったという
そのノートから結果的には
いろいろな人類の遺産が生まれたのだ
とするならば市井の普通ビトの
我々でも発見の手帳とまではいかないまでも
都度よぎる人生の断片を
自分なりの発見の手帳に記録していくならば
自分の人生にとって何かしらの寄与をするのではないか
といいつつ
私の急務はまずは
レコーディングダイエットだ
毎日たくさんのものが私の口から
摂取されるので
それだけで大変である
本日の昼食はたしか
焼きそばとチャーハンであった
大盛りではなかった
しかし
十分にカロリーは確かに高そうである・・・
2008年10月20日月曜日
人の定義
人の定義にはいろいろある
言葉を話す生物である
考える生き物である
戦う生き物である
いろいろある
そんな中先日本を読んでいる中で
気になる定義を読んだ
【あなたはあなたが食べているものである】
ということは
私はスナックが好きである
甘いものも好きである
丼物も好きである
いろいろある
食べた物を列記していき
一ヶ月後改めてみてみる
これが私なのか
悩んだり怒ったり落ち込んだりよろこんだり
人間らしくふるまっているが
実は明治のカールであり
カルビーのポテトチップであり
シュークリームである
なんか考えこんでしまう
このことに対していまは結論らしきものはない
言葉を話す生物である
考える生き物である
戦う生き物である
いろいろある
そんな中先日本を読んでいる中で
気になる定義を読んだ
【あなたはあなたが食べているものである】
ということは
私はスナックが好きである
甘いものも好きである
丼物も好きである
いろいろある
食べた物を列記していき
一ヶ月後改めてみてみる
これが私なのか
悩んだり怒ったり落ち込んだりよろこんだり
人間らしくふるまっているが
実は明治のカールであり
カルビーのポテトチップであり
シュークリームである
なんか考えこんでしまう
このことに対していまは結論らしきものはない
2008年10月18日土曜日
紅葉を観る
昨日は会社の公休日であったので
世間さまは平常の日であるにもかかわらず
私たち夫婦は休日を楽しんだ
嫁が午前中で会社を早々に早引きしてきたので
少し思い切ってロングドライブに出かけることにした
日光を目指す
昼ごはんはダイエット中にもかかわらず
マクドナルドドライブスルー
未だかつて気になっていたものの
少しの後ろめたさゆえに
手を出さずにいたメガマックセットに
軽々しく何のおとがめもなく
手を出してしまった ・・・
朝バナナ一本で
非常なる空腹感と
休みであるという開放感から
自然に購入依頼を嫁にかけていたのである
葛西ICより首都高にのり
ナビの導きに合わせて東北道へ
一路宇都宮を目指した
道路は平日の午後ということもあって
とてもすいている
とてもスムーズなドライビングである
東北道から日光高速にのりかえ
目指すのは中禅寺湖である
高速を降りて
急カーブの続くいろは坂
急こう配を唸りながらのぼっていく
わがマイカーも平成6年生まれであるから
決して若くはない
それでも何とか上りついたその先は
夕陽を湖面に映しながら
悠然とたたずむ中禅寺湖と
それを取り囲むあでやかな紅葉であった
しばし車を止め
その景観に心奪われる
やはりこのような時間は
人生を過ごすうちで
必要な時間であることを
改めて実感した
日々起こる仕事は
生半可なやさしいものではない
それゆえ確実にストレスを起こす
ストレスを抱えながら
生きていくプロセスで
今回のような紅葉を楽しむという
何気ない行為が
実は生きていくためのかしこい
自分のための処方箋なのである
妻と二人しばし夕日に暮れなずむ
日光の紅葉に見とれながら
静かに自らの心身が再生していくことを
感じていた
紅葉を観る
やはり季節季節で
昔から執り行われている暗黙の慣習みたいなものは
必要であるのであろうし
必ずや今の自分の生活にとっても
役に立つものであると感じた
紅葉を観るという行為を
役に立つなどという表現をしたら
なにかしら風雅に欠けるような気もするが
要は楽しく生きていきましょうということである
紅葉を観たあとは
やしおの湯という地元の温泉につかり
昼の高カロリー摂取で
夕飯は取るつもりはなかったが
佐野ICで
佐野ラーメンセットをきっちりと決めた
いい休日であった
世間さまは平常の日であるにもかかわらず
私たち夫婦は休日を楽しんだ
嫁が午前中で会社を早々に早引きしてきたので
少し思い切ってロングドライブに出かけることにした
日光を目指す
昼ごはんはダイエット中にもかかわらず
マクドナルドドライブスルー
未だかつて気になっていたものの
少しの後ろめたさゆえに
手を出さずにいたメガマックセットに
軽々しく何のおとがめもなく
手を出してしまった ・・・
朝バナナ一本で
非常なる空腹感と
休みであるという開放感から
自然に購入依頼を嫁にかけていたのである
葛西ICより首都高にのり
ナビの導きに合わせて東北道へ
一路宇都宮を目指した
道路は平日の午後ということもあって
とてもすいている
とてもスムーズなドライビングである
東北道から日光高速にのりかえ
目指すのは中禅寺湖である
高速を降りて
急カーブの続くいろは坂
急こう配を唸りながらのぼっていく
わがマイカーも平成6年生まれであるから
決して若くはない
それでも何とか上りついたその先は
夕陽を湖面に映しながら
悠然とたたずむ中禅寺湖と
それを取り囲むあでやかな紅葉であった
しばし車を止め
その景観に心奪われる
やはりこのような時間は
人生を過ごすうちで
必要な時間であることを
改めて実感した
日々起こる仕事は
生半可なやさしいものではない
それゆえ確実にストレスを起こす
ストレスを抱えながら
生きていくプロセスで
今回のような紅葉を楽しむという
何気ない行為が
実は生きていくためのかしこい
自分のための処方箋なのである
妻と二人しばし夕日に暮れなずむ
日光の紅葉に見とれながら
静かに自らの心身が再生していくことを
感じていた
紅葉を観る
やはり季節季節で
昔から執り行われている暗黙の慣習みたいなものは
必要であるのであろうし
必ずや今の自分の生活にとっても
役に立つものであると感じた
紅葉を観るという行為を
役に立つなどという表現をしたら
なにかしら風雅に欠けるような気もするが
要は楽しく生きていきましょうということである
紅葉を観たあとは
やしおの湯という地元の温泉につかり
昼の高カロリー摂取で
夕飯は取るつもりはなかったが
佐野ICで
佐野ラーメンセットをきっちりと決めた
いい休日であった
ダイエットを始める・・・
秋は食欲の季節である
豊潤な自然の贈り物は
人間の生理的な食欲という現象に対して
とても魅力的なアピールをする
自分も人間の基本的な
生存本能にしたがい
食欲を尊重し
自然からの恵みの恩恵にあずかる
とても自然なことである
天地自然の理法にかなっている
しかし
度を超すと大変なことになる
ひとつしかない自分の体に
変化が起こってくる
太るのである
当然の帰結である
それもまたあるべき姿に
戻そうという気持ちが起こるのも
生存本能である
ということで
ダイエットである
自分なりにあまり無理しないダイエットということで
●バナナダイエット
●レコーディングダイエット
この二つをこの秋は採用することに決断した
●毎朝常温の水とバナナを食べる
●毎日自分の口から摂取したものを比較的正確に記録する
この二つの方法を愚直に継続していくことに決断した
何を食ってもいい
だけどレコーディング
何を食ってもいい
だけど朝はバナナ
さてさて
このダイエット
冬の到来が自分にとって
ひそやかな楽しみである
それにしても
食べるということ
とても魅力的で
生きていく中で最大と言ってもいい楽しいことだし・・・
まあいろいろ考えるのも秋・・・
それもよかじゃろ
豊潤な自然の贈り物は
人間の生理的な食欲という現象に対して
とても魅力的なアピールをする
自分も人間の基本的な
生存本能にしたがい
食欲を尊重し
自然からの恵みの恩恵にあずかる
とても自然なことである
天地自然の理法にかなっている
しかし
度を超すと大変なことになる
ひとつしかない自分の体に
変化が起こってくる
太るのである
当然の帰結である
それもまたあるべき姿に
戻そうという気持ちが起こるのも
生存本能である
ということで
ダイエットである
自分なりにあまり無理しないダイエットということで
●バナナダイエット
●レコーディングダイエット
この二つをこの秋は採用することに決断した
●毎朝常温の水とバナナを食べる
●毎日自分の口から摂取したものを比較的正確に記録する
この二つの方法を愚直に継続していくことに決断した
何を食ってもいい
だけどレコーディング
何を食ってもいい
だけど朝はバナナ
さてさて
このダイエット
冬の到来が自分にとって
ひそやかな楽しみである
それにしても
食べるということ
とても魅力的で
生きていく中で最大と言ってもいい楽しいことだし・・・
まあいろいろ考えるのも秋・・・
それもよかじゃろ
30時間
人生はいろいろ多岐にわたり
その生き方もそれぞれに違う
そんな中で、日々出会う事象について
興味深いことを知った
30時間で大体のことに対しては
専門家になれるという
大体30時間 そのテーマを
専門に学んでいけば
それなりに分かるようになると
いうことである
30時間というと
実は1日と6時間
実は通常の週末の土曜日曜の休み
の時間よりも少ない
もちろん週末の休みの間にも
いろいろしなければならないことがあるから
一概に言えないが
少なくとも2~3か月の
比較的短いタームで
自分にテーマを設けて
目的意識を持って学んでいったならば
結構いろいろなことに対して
【専門家】になれるように思う
自分の仕事にまつわる
経理とか
法律とか
流通事情とか
はたまた
世界事情とか
マクロ経済とか
ミクロ経済とか
それから
世界文学事情とか
歴史とか
ワイン事情とか
俳句とか
自然科学とか
社会工学とか
物理学とか
生理学とか
映画事情とか
とかとかとかとか
いろいろ興味は尽きない
一つには季節の移り変わりがある
少し肌寒くなり
実感として秋を感じる季節となると
物事を冷静に考える余裕みたいなものが
出てくるようである
そうなると
本来自覚していなかったような
知的好奇心みたいなものが
ふつふつとわき出でて
よっしゃ
いっちょ自分もこれこれについて
学んでみてみようか
というような気持もでてくる
そんななかいざ本屋におもむき
何かしら物色して
それでいつの間にかもやもやと
立ち消えてしまう・・・・
なんていう状況は少なからず
思い当たることがある
しかし真偽はともかく
ある程度明確に
30時間という区切りをつけて
目的意識を持って学んでいけたら
もしかするといままでよりも
もうすこしスムーズに
自分の中に知識を吸収することができるかもしれない
ということで
秋にちなんで
しばらくは
30時間オペレーションを実践していこうと
考えている
さてさて
テーマはなんにしようか
その生き方もそれぞれに違う
そんな中で、日々出会う事象について
興味深いことを知った
30時間で大体のことに対しては
専門家になれるという
大体30時間 そのテーマを
専門に学んでいけば
それなりに分かるようになると
いうことである
30時間というと
実は1日と6時間
実は通常の週末の土曜日曜の休み
の時間よりも少ない
もちろん週末の休みの間にも
いろいろしなければならないことがあるから
一概に言えないが
少なくとも2~3か月の
比較的短いタームで
自分にテーマを設けて
目的意識を持って学んでいったならば
結構いろいろなことに対して
【専門家】になれるように思う
自分の仕事にまつわる
経理とか
法律とか
流通事情とか
はたまた
世界事情とか
マクロ経済とか
ミクロ経済とか
それから
世界文学事情とか
歴史とか
ワイン事情とか
俳句とか
自然科学とか
社会工学とか
物理学とか
生理学とか
映画事情とか
とかとかとかとか
いろいろ興味は尽きない
一つには季節の移り変わりがある
少し肌寒くなり
実感として秋を感じる季節となると
物事を冷静に考える余裕みたいなものが
出てくるようである
そうなると
本来自覚していなかったような
知的好奇心みたいなものが
ふつふつとわき出でて
よっしゃ
いっちょ自分もこれこれについて
学んでみてみようか
というような気持もでてくる
そんななかいざ本屋におもむき
何かしら物色して
それでいつの間にかもやもやと
立ち消えてしまう・・・・
なんていう状況は少なからず
思い当たることがある
しかし真偽はともかく
ある程度明確に
30時間という区切りをつけて
目的意識を持って学んでいけたら
もしかするといままでよりも
もうすこしスムーズに
自分の中に知識を吸収することができるかもしれない
ということで
秋にちなんで
しばらくは
30時間オペレーションを実践していこうと
考えている
さてさて
テーマはなんにしようか
2008年10月2日木曜日
10月に入って
10月に入った
日本の今日的な慣習として
4月から9月までを上半期とし
10月から3月までを下半期としている
企業に勤めてからというよりも
学生の時分から
そのような人工的な節目がある
時間の中で生きてきた
そのようなことで
10月は下半期のスタートである
秋でもある
実りの秋である
春に種をまき
夏に大いに栄養を蓄えた
もろもろのことどもが
秋に実るのである
実りの秋なのである
食べ物も大いにおいしい季節である
肌寒くなり始め
自らが何かにくるまれていることを
体感として
感謝したくなる季節である
上半期にやり残したこと
失敗したことを
一度9月に清算して
気分一新リスタートできそうな
スタートの時期なのである
私の会社も長年の伝統を
のちに継承するために
名称を変更した
多くの原資を
一つに結集して
莫大な力を発揮するために
前向きに目に見える形で
変化を選択したのである
個人的にも
いい気分で気の引き締まる想いである
何はともあれ
10月に入ったのである
人生のよさをつくづく感じることのできる季節である
自然の美しさを
体感できる季節である
下期のスタート
気持も新たに
過去の遺物は
思い切りよく捨て去って
新しいステージへのスタートを
さっそうと切ることにしよう
そんな10月に入ったのである
日本の今日的な慣習として
4月から9月までを上半期とし
10月から3月までを下半期としている
企業に勤めてからというよりも
学生の時分から
そのような人工的な節目がある
時間の中で生きてきた
そのようなことで
10月は下半期のスタートである
秋でもある
実りの秋である
春に種をまき
夏に大いに栄養を蓄えた
もろもろのことどもが
秋に実るのである
実りの秋なのである
食べ物も大いにおいしい季節である
肌寒くなり始め
自らが何かにくるまれていることを
体感として
感謝したくなる季節である
上半期にやり残したこと
失敗したことを
一度9月に清算して
気分一新リスタートできそうな
スタートの時期なのである
私の会社も長年の伝統を
のちに継承するために
名称を変更した
多くの原資を
一つに結集して
莫大な力を発揮するために
前向きに目に見える形で
変化を選択したのである
個人的にも
いい気分で気の引き締まる想いである
何はともあれ
10月に入ったのである
人生のよさをつくづく感じることのできる季節である
自然の美しさを
体感できる季節である
下期のスタート
気持も新たに
過去の遺物は
思い切りよく捨て去って
新しいステージへのスタートを
さっそうと切ることにしよう
そんな10月に入ったのである
酒を飲むこと
気の合う仲間と酒を酌み交わすということは
人生のなかで
至福のひとコマである
何気ない言葉の掛け合いが
大いに笑いを生み
また
勇気を引き起こす
酒というのは感覚をマヒさせるのであろう
日常の素面のときは
口に出して言えないような
スケールの大きなことを
口も滑らかにつるつると出てくる
時に度を越してしまうこともある
やってしまったと
後悔の念におののくことがある
でもいいではないだろうか
人生、やってしもたと
時には失敗を後悔し
その後悔の念をモチベーションに
次は少しだけ踏ん張ってみて
自分のステージを
少しずつ上げていく
そしてそのプロセスの中で
すこし落ち込んで
勇気をもらいたいとき
また気の合う仲間と
陽気に酒を酌み交わす
人生というものは
昔から
そのようにして
刻まれていくのだと思う
人生のなかで
至福のひとコマである
何気ない言葉の掛け合いが
大いに笑いを生み
また
勇気を引き起こす
酒というのは感覚をマヒさせるのであろう
日常の素面のときは
口に出して言えないような
スケールの大きなことを
口も滑らかにつるつると出てくる
時に度を越してしまうこともある
やってしまったと
後悔の念におののくことがある
でもいいではないだろうか
人生、やってしもたと
時には失敗を後悔し
その後悔の念をモチベーションに
次は少しだけ踏ん張ってみて
自分のステージを
少しずつ上げていく
そしてそのプロセスの中で
すこし落ち込んで
勇気をもらいたいとき
また気の合う仲間と
陽気に酒を酌み交わす
人生というものは
昔から
そのようにして
刻まれていくのだと思う
2008年9月30日火曜日
本日は四国
9月末と言えば
普通の企業では上半期の決算である
私もこの時期は
ご多分にもれず決算業務を
しこしことこなさなければならない
そんなとても忙しい時期にもかかわらず
仕事で
本日は高松の伊予三島へ
日帰り出張と相成った
時系列で本日の私の動きを・・・
午前5:30起床
6:16バス乗車
7:55羽田発高松行乗り込む
9:30高松着
霧の影響で一度着陸をあきらめ
再度上昇
轟音を唸らせながら
ようやく着陸
すこしシートベルトをきつくしめた
9:50高松空港→高松駅
10:47高松駅→伊予三島
12:00伊予三島の営業所着
きっかり6時間である
12:00仕事で本日会議するメンバーと食事
バナナダイエットの話でひとしきり盛り上がりながら
カキフライ定食をきっかりと食べ終わる
13:00会議開始
14:30営業所出発
14:51伊予三島発
16:15松山駅着
16:00松山駅→松山空港
17:55松山空港発
19:15羽田空港着
20:00自宅着
これもやはり約6時間である
本日は都合12時間の移動の出張であった
こんなに時間をかけて出かけていく必要性があるのだろうか
結論から言うと
あるのである
面と向かって情報を伝達すること
突き詰めていくと
組織で展開する仕事において
非常に重要なことは
コミュニケーションである
仕事は当然のことながら一人ではできない
出来るかもしれないが
その規模は正直ハナクソみたいなものだ
いろいろな協力者の時間
力、知恵を共同で運用しながらはじめて
ダイナミックな仕事を遂行することができるのである
自分の分身として
動いていただく人たちに
情報とモチベーション
現場での突発的なトラブルへの
対処に方法など
紙面でまた電話でのコミュニケーションには
やはり限界があるのである
体温を伴った面と向かった
信頼関係の上に立つ
お互いの情報共有が
どうしても必要なのだ
ということで本日は
四国への日帰り出張
楽しい一日だった
明日は本格的な決算業務だ
普通の企業では上半期の決算である
私もこの時期は
ご多分にもれず決算業務を
しこしことこなさなければならない
そんなとても忙しい時期にもかかわらず
仕事で
本日は高松の伊予三島へ
日帰り出張と相成った
時系列で本日の私の動きを・・・
午前5:30起床
6:16バス乗車
7:55羽田発高松行乗り込む
9:30高松着
霧の影響で一度着陸をあきらめ
再度上昇
轟音を唸らせながら
ようやく着陸
すこしシートベルトをきつくしめた
9:50高松空港→高松駅
10:47高松駅→伊予三島
12:00伊予三島の営業所着
きっかり6時間である
12:00仕事で本日会議するメンバーと食事
バナナダイエットの話でひとしきり盛り上がりながら
カキフライ定食をきっかりと食べ終わる
13:00会議開始
14:30営業所出発
14:51伊予三島発
16:15松山駅着
16:00松山駅→松山空港
17:55松山空港発
19:15羽田空港着
20:00自宅着
これもやはり約6時間である
本日は都合12時間の移動の出張であった
こんなに時間をかけて出かけていく必要性があるのだろうか
結論から言うと
あるのである
面と向かって情報を伝達すること
突き詰めていくと
組織で展開する仕事において
非常に重要なことは
コミュニケーションである
仕事は当然のことながら一人ではできない
出来るかもしれないが
その規模は正直ハナクソみたいなものだ
いろいろな協力者の時間
力、知恵を共同で運用しながらはじめて
ダイナミックな仕事を遂行することができるのである
自分の分身として
動いていただく人たちに
情報とモチベーション
現場での突発的なトラブルへの
対処に方法など
紙面でまた電話でのコミュニケーションには
やはり限界があるのである
体温を伴った面と向かった
信頼関係の上に立つ
お互いの情報共有が
どうしても必要なのだ
ということで本日は
四国への日帰り出張
楽しい一日だった
明日は本格的な決算業務だ
2008年9月29日月曜日
できれば丁寧に
人間が一日を生きていくということは
昨日発生しなかった何らかの作業を
自分という一個の人間を通して
この世の中に発生させているということでもある
生きるということは
一見無駄なことが多いように感じるが
実はそんなことはない
すべての営みは生のために
何らかの必要性があって
営まれるのである
何かを作業するという事実はあっても
人によってその結果は
それぞれに違っている
今まで自分がなしてきたことを
振り返ってみると
とても正気で思い出すことの
できないようなでたらめなことどもも
あったように思う
人生は無限のように感じられるが
当然のごとく有限である
私はいま39歳であるが
おそらくもう50年は生きることはできない
いやもしかすると
明日何か起こるかもしれない
明日とは言わないまでも
来年、再来年
とにかく無限ではない
確実に有限なのである
限りある貴重な時間なのである
人生は無常であり、不易流行なのである
その貴重な時間はどのように過ごしても
確実に刻まれていくのである
無限にある、なされなければならないことどもを
できれば慎重に取捨選択し
実行するといったん決断したことに対しては
できれば丁寧に実行していきたい
今の時代はすべてが早く過ぎ去っていく時代である
確かにスピードは重要である
タイミングというものが確かにある
しかし
やはり人生というものは
有限で唯一である
それゆえにとても貴重である はずである
その貴重さは
なかなか実感できない
実感できないが
できそうなことはあるような気がする
丁寧にことをなすということである
本を読む場合も
できればこれまでより取捨選択を
丁寧にしていきたい
歯磨きを丁寧にしていきたい
食事も殺生した生物に
感謝の念を抱きながら丁寧に食したい
景色を見る場合も今までより
5秒間だけ目をとめて丁寧に眺めてみたい
話を聞く時も
次の自分の発言を考えながら
適当に聞くのではなく
しっかりと耳を傾けて拝聴したい
できれば丁寧に
早朝の生活の始まりの音を
丁寧に聞きながら
限りある生を心から感謝して
一日一日を
丁寧に生き切っていきたい
昨日発生しなかった何らかの作業を
自分という一個の人間を通して
この世の中に発生させているということでもある
生きるということは
一見無駄なことが多いように感じるが
実はそんなことはない
すべての営みは生のために
何らかの必要性があって
営まれるのである
何かを作業するという事実はあっても
人によってその結果は
それぞれに違っている
今まで自分がなしてきたことを
振り返ってみると
とても正気で思い出すことの
できないようなでたらめなことどもも
あったように思う
人生は無限のように感じられるが
当然のごとく有限である
私はいま39歳であるが
おそらくもう50年は生きることはできない
いやもしかすると
明日何か起こるかもしれない
明日とは言わないまでも
来年、再来年
とにかく無限ではない
確実に有限なのである
限りある貴重な時間なのである
人生は無常であり、不易流行なのである
その貴重な時間はどのように過ごしても
確実に刻まれていくのである
無限にある、なされなければならないことどもを
できれば慎重に取捨選択し
実行するといったん決断したことに対しては
できれば丁寧に実行していきたい
今の時代はすべてが早く過ぎ去っていく時代である
確かにスピードは重要である
タイミングというものが確かにある
しかし
やはり人生というものは
有限で唯一である
それゆえにとても貴重である はずである
その貴重さは
なかなか実感できない
実感できないが
できそうなことはあるような気がする
丁寧にことをなすということである
本を読む場合も
できればこれまでより取捨選択を
丁寧にしていきたい
歯磨きを丁寧にしていきたい
食事も殺生した生物に
感謝の念を抱きながら丁寧に食したい
景色を見る場合も今までより
5秒間だけ目をとめて丁寧に眺めてみたい
話を聞く時も
次の自分の発言を考えながら
適当に聞くのではなく
しっかりと耳を傾けて拝聴したい
できれば丁寧に
早朝の生活の始まりの音を
丁寧に聞きながら
限りある生を心から感謝して
一日一日を
丁寧に生き切っていきたい
すべて自分にかえってくる
仕事をしていていつの間にか机の上が散らかっている
これも残しておかなければ
あれもまだ大切だと
いろいろとやり残したものが
中途半端に自分の周りに残っていく
掃除するのはめんどくさいし
仕事をやりおおせるのは気合がいる
ダイエットしなければならないと
いろいろな局面で感じることがある
英語もしておかなければと
考えることがある
でもいろいろな自分に対する言い訳をして
その場で安易な方向へ
自分を進めていってしまう
でもその局面局面で感じでいるのは
ほかでもない自分なのだ
そしてその時自分が感じたのは
自分のためを思って
感じたのに違いない
整理をしなければならない
机周りを整頓しなければならない
PCのファイルを整理しなければならない
自分の本棚を整理しなければならない
ダイエットしなければならない
英語をしなければならない
すべて自分に返ってくるのである
とても基本的で単純な法則だけれでも
自分の行ったことのメリットデメリットは
他の誰でもない
自分にそのまま帰ってくるのである
自分がその場限りの
言い訳をどんなにしたところで
そんなことは
他の人には全く関係ない
すべて自分に返ってくるのである
めんどくさいこと
きついこと
辛いこと
しんどいこと
頑張った先のそのことの利益を
真っ先に受けるのは
ほかでもない
自分自身なのである
よし
やる気をだして頑張ろう
すべて自分の快適な
人生のためではないか!!
これも残しておかなければ
あれもまだ大切だと
いろいろとやり残したものが
中途半端に自分の周りに残っていく
掃除するのはめんどくさいし
仕事をやりおおせるのは気合がいる
ダイエットしなければならないと
いろいろな局面で感じることがある
英語もしておかなければと
考えることがある
でもいろいろな自分に対する言い訳をして
その場で安易な方向へ
自分を進めていってしまう
でもその局面局面で感じでいるのは
ほかでもない自分なのだ
そしてその時自分が感じたのは
自分のためを思って
感じたのに違いない
整理をしなければならない
机周りを整頓しなければならない
PCのファイルを整理しなければならない
自分の本棚を整理しなければならない
ダイエットしなければならない
英語をしなければならない
すべて自分に返ってくるのである
とても基本的で単純な法則だけれでも
自分の行ったことのメリットデメリットは
他の誰でもない
自分にそのまま帰ってくるのである
自分がその場限りの
言い訳をどんなにしたところで
そんなことは
他の人には全く関係ない
すべて自分に返ってくるのである
めんどくさいこと
きついこと
辛いこと
しんどいこと
頑張った先のそのことの利益を
真っ先に受けるのは
ほかでもない
自分自身なのである
よし
やる気をだして頑張ろう
すべて自分の快適な
人生のためではないか!!
2008年9月27日土曜日
やれる時にやること
今回の父親の十七回忌に際しての薩摩への帰郷は
いろいろな意味で
家族との対話が充実した時を過ごすことができた
母親は息子の立場から見ても
変わった
もちろん親元をはなれて十五年もたち
大半を離れて過ごしているから
変わったなどと感じているものも
忘れたり
若い時に見過ごしていたこともある
しかし いい意味で変わったと感じたのは
人生を考えるとき
母親の人生に対する姿勢はとても
勇気を与えてくれる と感じたのだ
今回の対話の中で
【人間 やれる時に やっていたほうがいいよ】
というものがあった
自ら何かを思い立って何かを行いたいと考えたとき
若さから徐々に遠ざかろうとするときはえてして
いろいろな言い訳を自らに講じ
先延ばしにしようとする傾向がある
たとえばちょっとがんばって
富士山に登ろうか!
などと思いついたとする
でも、と後に続くのだ
あさってからまた仕事だし ・・・
富士山頂は天候が変わりやすいし ・・・
別段登ってもすぐ降りるだけだし ・・・
家にいるほうが楽でいいし・・・
自分に対する言い訳は
だれも咎める者がいないとき
無制限に出てくる
でも
そもそも富士山に登ろうかなどという
希望はほかの誰でもない
自分の発案のはずなのだ
でも、と言い訳をして
また休みが長くとれたときいこう
とか
気分がもうすこし乗った時に行こう
などといっても
結局は
行かないものなのだ
行けないものなのだ
母親との会話で
どういう局面で
【やれる時にやったほうがいい】
という言葉が出てきたか
今になってみると詳細は忘れてしまった
しかしながら
富士山のたとえで言うと
本当に登りたいと思ったときは
もう自分の足腰が弱くなっていたり
年老いてしまっていたり
いろんな制約が
自分のいいわけではなしに
本当に希望を阻害してしまうのだ
であるから
やれる時にやっていたほうがいいよ
というのは
前向きに人生を生きようとするとき
生活に根ざした
体温のある人生の箴言だと感じたのだ
自分に言い訳をして
先延ばしにしていることは
いろいろある
でも自分も嫁も
当然母親も刻一刻と年輪を重ねていく
今できること
いま本当にやりたいことは
勇気を出して足を一歩踏み出すこと
実際に行動に移してみること
それで人生はより彩鮮やかなものになるであろう
そのようなことを
私の母親は
決して目立つことはないが
自分に言い訳をせずに
やりたいことを自分なりに実行している
それは
母親は他の誰のものでもない
自らの老後を自分らしく楽しんでいる
ということだと思う
勇気をだして
いろいろチャレンジ
それが人生を豊かにするヒントの一つかもしれない
いろいろな意味で
家族との対話が充実した時を過ごすことができた
母親は息子の立場から見ても
変わった
もちろん親元をはなれて十五年もたち
大半を離れて過ごしているから
変わったなどと感じているものも
忘れたり
若い時に見過ごしていたこともある
しかし いい意味で変わったと感じたのは
人生を考えるとき
母親の人生に対する姿勢はとても
勇気を与えてくれる と感じたのだ
今回の対話の中で
【人間 やれる時に やっていたほうがいいよ】
というものがあった
自ら何かを思い立って何かを行いたいと考えたとき
若さから徐々に遠ざかろうとするときはえてして
いろいろな言い訳を自らに講じ
先延ばしにしようとする傾向がある
たとえばちょっとがんばって
富士山に登ろうか!
などと思いついたとする
でも、と後に続くのだ
あさってからまた仕事だし ・・・
富士山頂は天候が変わりやすいし ・・・
別段登ってもすぐ降りるだけだし ・・・
家にいるほうが楽でいいし・・・
自分に対する言い訳は
だれも咎める者がいないとき
無制限に出てくる
でも
そもそも富士山に登ろうかなどという
希望はほかの誰でもない
自分の発案のはずなのだ
でも、と言い訳をして
また休みが長くとれたときいこう
とか
気分がもうすこし乗った時に行こう
などといっても
結局は
行かないものなのだ
行けないものなのだ
母親との会話で
どういう局面で
【やれる時にやったほうがいい】
という言葉が出てきたか
今になってみると詳細は忘れてしまった
しかしながら
富士山のたとえで言うと
本当に登りたいと思ったときは
もう自分の足腰が弱くなっていたり
年老いてしまっていたり
いろんな制約が
自分のいいわけではなしに
本当に希望を阻害してしまうのだ
であるから
やれる時にやっていたほうがいいよ
というのは
前向きに人生を生きようとするとき
生活に根ざした
体温のある人生の箴言だと感じたのだ
自分に言い訳をして
先延ばしにしていることは
いろいろある
でも自分も嫁も
当然母親も刻一刻と年輪を重ねていく
今できること
いま本当にやりたいことは
勇気を出して足を一歩踏み出すこと
実際に行動に移してみること
それで人生はより彩鮮やかなものになるであろう
そのようなことを
私の母親は
決して目立つことはないが
自分に言い訳をせずに
やりたいことを自分なりに実行している
それは
母親は他の誰のものでもない
自らの老後を自分らしく楽しんでいる
ということだと思う
勇気をだして
いろいろチャレンジ
それが人生を豊かにするヒントの一つかもしれない
できれば笑顔を
週末には大方スーパー銭湯に行く
いく目的はもちろん自らのリラックスのためである
癒されたいし、心地よくなりたいために
自ら足を運び湯船におもむくのである
いつも行くその銭湯で感じたことがる
たいがいのオジサンは
しかめっ面をしているのだ
もちろんその中に自分もいた
見ず知らずのおっさんのただなかで
あられもない無防備な姿で
いるのだから生物学的な
防衛本能で
にらみを利かせているのかもしれない
でも
銭湯に来ている目的は
大半が私と同じように
リラックスするために来ているはずなのだ
しかめっつらは眉間にしわがより
顔に緊張がはしる
当然リラックスとは対極の状態だ
できれば笑顔がほしいものだ
心地よく、平安な状態は
外面的には
笑顔な状態だ
できればあらゆる状況で
できるだけ笑顔を
浮かべるように意識していこうと思う
人生の中で
自分の希望は
できるだけ平安で
心地よく楽しくありたいということがある
それだのに外面的には
それほど困ってもいないのに
やたら渋面をつくる傾向がある
この傾向は先ほど考えたが
やはり外部に対する
本能的な防衛作用の結果なのかもしれない
しかし
できうれば笑顔でいたい
笑顔はビジュアル的に伝播する
渋面の相手より
笑顔の相手に対してのほうが
人間というもの、好意をいだく
自分に振り返ってみれば
当たり前のことである
できれば
人間関係も
平穏でありたいし
関係の中で
楽しさを構築していきたい
であるならば
自分の希望を
できるだけ体現できるように
笑顔でありたい
実は
そんな簡単なことで
自分の周りの環境は
一変するかもしれない
とても簡単なことを
意外と多くの人が
実践していないからだ
笑顔でいること
これも人生行路を
しっかりと楽しく歩んでいく
とても大切なコツの一つかもしれない
笑顔笑顔
笑顔でいっど!
いく目的はもちろん自らのリラックスのためである
癒されたいし、心地よくなりたいために
自ら足を運び湯船におもむくのである
いつも行くその銭湯で感じたことがる
たいがいのオジサンは
しかめっ面をしているのだ
もちろんその中に自分もいた
見ず知らずのおっさんのただなかで
あられもない無防備な姿で
いるのだから生物学的な
防衛本能で
にらみを利かせているのかもしれない
でも
銭湯に来ている目的は
大半が私と同じように
リラックスするために来ているはずなのだ
しかめっつらは眉間にしわがより
顔に緊張がはしる
当然リラックスとは対極の状態だ
できれば笑顔がほしいものだ
心地よく、平安な状態は
外面的には
笑顔な状態だ
できればあらゆる状況で
できるだけ笑顔を
浮かべるように意識していこうと思う
人生の中で
自分の希望は
できるだけ平安で
心地よく楽しくありたいということがある
それだのに外面的には
それほど困ってもいないのに
やたら渋面をつくる傾向がある
この傾向は先ほど考えたが
やはり外部に対する
本能的な防衛作用の結果なのかもしれない
しかし
できうれば笑顔でいたい
笑顔はビジュアル的に伝播する
渋面の相手より
笑顔の相手に対してのほうが
人間というもの、好意をいだく
自分に振り返ってみれば
当たり前のことである
できれば
人間関係も
平穏でありたいし
関係の中で
楽しさを構築していきたい
であるならば
自分の希望を
できるだけ体現できるように
笑顔でありたい
実は
そんな簡単なことで
自分の周りの環境は
一変するかもしれない
とても簡単なことを
意外と多くの人が
実践していないからだ
笑顔でいること
これも人生行路を
しっかりと楽しく歩んでいく
とても大切なコツの一つかもしれない
笑顔笑顔
笑顔でいっど!
2008年9月26日金曜日
その時の記録
今回の鹿児島への帰郷にさいして
別段特別な準備などというものは
していかなかったが
ひとつだけ意識的に行動したことがあった
それはその時の記録という意味で
写真を撮るということを意識的に行ったのだ
今まで写真は世間一般の人と同じように
別段の関心も持っていなかった
やはり若かったのだ
自分が過ごしている時間は似ているようで
実はすべて違うはずなのに
あたかも無限に時間があるごとく
また会う人会う人が常に健常であるごとく
勘違いしていたのだ
私の母親は父に先立たれてから
ひとりで暮している
その実家に帰る特
いつも目を引くのが
うつるんですで撮った日々の記録だ
笑顔があり、引き締まった顔あり
もう他界した顔あり・・・・
でもその写真をひも解くと
ほのかにその時間がスーッと戻ってきて
心はホノやわらかに思い出に包まれる
母親にはいつも気づかされるし
元気付けられる
60代の人生が毎日とても楽しいという
家事が全く苦痛でないという
人との関係のコツのようなものを
ようやくつかんだという
まったく怒らなくなったという
毎朝起きた時
体に痛いところがなく
すっくと起きれることへの感謝の念で
いっぱいだという
とても前向きな母親は
とても人生を考えている人だと思う
そんな母親とも
延べで言うと少ししか同じ時間を過ごしていない
そして当然のことながら
時間は平等に過ぎていく
この時間を止めてしまいたいと
時としていとおしい時間を
抱きしめてしまいたくなる
しかし人生は不易流行
常に変化
無常なのだ
時間を抱きしめてこの時間をずーっと留めておいてほしい
などと思っても
それは人生の法則ではない
無常であるからこそ
その一瞬の感動を
俳句や短歌にとどめ置く文化が
世界に誇る日本文化だし
絵画や写真も
その一つだと思う
その意味で
写真を撮ることを意識するようにしようと思う
その時の記録
俳句でもいいし
日記でも云い
でも写真はその人の顔が残ってくれるし
その時の楽しい時間までも
その絵の中に少しとはいえ
残してくれるものと思う
ということで写真写真
写真を撮る秋にするぞ!!
別段特別な準備などというものは
していかなかったが
ひとつだけ意識的に行動したことがあった
それはその時の記録という意味で
写真を撮るということを意識的に行ったのだ
今まで写真は世間一般の人と同じように
別段の関心も持っていなかった
やはり若かったのだ
自分が過ごしている時間は似ているようで
実はすべて違うはずなのに
あたかも無限に時間があるごとく
また会う人会う人が常に健常であるごとく
勘違いしていたのだ
私の母親は父に先立たれてから
ひとりで暮している
その実家に帰る特
いつも目を引くのが
うつるんですで撮った日々の記録だ
笑顔があり、引き締まった顔あり
もう他界した顔あり・・・・
でもその写真をひも解くと
ほのかにその時間がスーッと戻ってきて
心はホノやわらかに思い出に包まれる
母親にはいつも気づかされるし
元気付けられる
60代の人生が毎日とても楽しいという
家事が全く苦痛でないという
人との関係のコツのようなものを
ようやくつかんだという
まったく怒らなくなったという
毎朝起きた時
体に痛いところがなく
すっくと起きれることへの感謝の念で
いっぱいだという
とても前向きな母親は
とても人生を考えている人だと思う
そんな母親とも
延べで言うと少ししか同じ時間を過ごしていない
そして当然のことながら
時間は平等に過ぎていく
この時間を止めてしまいたいと
時としていとおしい時間を
抱きしめてしまいたくなる
しかし人生は不易流行
常に変化
無常なのだ
時間を抱きしめてこの時間をずーっと留めておいてほしい
などと思っても
それは人生の法則ではない
無常であるからこそ
その一瞬の感動を
俳句や短歌にとどめ置く文化が
世界に誇る日本文化だし
絵画や写真も
その一つだと思う
その意味で
写真を撮ることを意識するようにしようと思う
その時の記録
俳句でもいいし
日記でも云い
でも写真はその人の顔が残ってくれるし
その時の楽しい時間までも
その絵の中に少しとはいえ
残してくれるものと思う
ということで写真写真
写真を撮る秋にするぞ!!
久しぶりの帰郷
先週の金曜日は出張で
出雲から羽田に帰ってきた
台風13号が日本列島を縦断しようとしていた時で
飛行機が飛ぶか心配していた
その心配は実は出雲ー羽田よりも
翌日の羽田ー鹿児島が飛ぶかが
より大きなものだった
父親の17回忌で嫁と鹿児島に帰ることを
前々から計画していたのだ
結果から言うと台風13号は速度を増してくれ
翌日の土曜日はつつがなく鹿児島へ飛ぶことができた
久しぶりに会う母親
久しぶりに会う弟
久しぶりにあうもう一人の弟のその家族
久しぶりに会う80歳になるおばちゃん
故郷の顔と出会うということは
何にも代えがたいとてもいいものだ
皆それぞれの独立した家庭を持っているがゆえに
なかなか時間を作ることができないということは
暗黙知でわかっている
そんな中
故人の縁において皆が一堂に会し
ひと時の時間を一緒に過ごしていく
一緒に懐石料理をたべ
お互いの近況を報告し合い
やわらかな時間を過ごしてきた
人間というものは
その起源というものがある
わかりやすく言えば故郷があるということだ
私は鹿児島に生まれ
私の父親と母親のもとに生まれ
弟二人が生まれて
五人家族で過ごしてきた
平たんとはいえないが
卑屈になる必要もない
まっとうで健全な家庭で
育ててもらった
そして日本人としてその役割を
果たさんといま東京にいるが
生まれ故郷に健在である
家族との邂逅はとても力を与えてもらえる
とてものどかで
故郷を思い出すときは
いつも自然と一緒だ
やわらかで温かい感情に包まれて
それでいて新たな力がみなぎってくる
久しぶりの帰郷はとてもいい形となった
出雲から羽田に帰ってきた
台風13号が日本列島を縦断しようとしていた時で
飛行機が飛ぶか心配していた
その心配は実は出雲ー羽田よりも
翌日の羽田ー鹿児島が飛ぶかが
より大きなものだった
父親の17回忌で嫁と鹿児島に帰ることを
前々から計画していたのだ
結果から言うと台風13号は速度を増してくれ
翌日の土曜日はつつがなく鹿児島へ飛ぶことができた
久しぶりに会う母親
久しぶりに会う弟
久しぶりにあうもう一人の弟のその家族
久しぶりに会う80歳になるおばちゃん
故郷の顔と出会うということは
何にも代えがたいとてもいいものだ
皆それぞれの独立した家庭を持っているがゆえに
なかなか時間を作ることができないということは
暗黙知でわかっている
そんな中
故人の縁において皆が一堂に会し
ひと時の時間を一緒に過ごしていく
一緒に懐石料理をたべ
お互いの近況を報告し合い
やわらかな時間を過ごしてきた
人間というものは
その起源というものがある
わかりやすく言えば故郷があるということだ
私は鹿児島に生まれ
私の父親と母親のもとに生まれ
弟二人が生まれて
五人家族で過ごしてきた
平たんとはいえないが
卑屈になる必要もない
まっとうで健全な家庭で
育ててもらった
そして日本人としてその役割を
果たさんといま東京にいるが
生まれ故郷に健在である
家族との邂逅はとても力を与えてもらえる
とてものどかで
故郷を思い出すときは
いつも自然と一緒だ
やわらかで温かい感情に包まれて
それでいて新たな力がみなぎってくる
久しぶりの帰郷はとてもいい形となった
2008年9月20日土曜日
少しずつ
台風13号は、日本列島に急遽進路変更し
今週は、しっかり日本列島を縦断した。
そしてようやく太平洋のほうに過ぎ去っていき
いまはすっかり秋晴れの
青い空が澄み切っている
台風が過ぎて
夏の名残りみたいなものまで
一緒にもっていってくれるようで
日に日に少しずつ秋らしい気配が
漂ってきた
それにしても最近のニュースを見ると
本当に大変なことばかりだ
海外に目を向けると
ロシアがグルジアに侵攻し
20世紀の古い体質をまざまざと世界に
さらし、新しい冷戦構造に
突入せんがごとく大きな変革が起きようとしているし
その一方の当事者である
アメリカは
前代未聞の経済的な混乱が発生している
その余波は世界を駆け巡り
当然のごとく日本にも甚大な影響を
及ぼしている
そんな世界の中の日本では
日本の最高の権力の統治者であり
世界への代表でもある
時の内閣総理大臣が
もう疲れたとばかりに
自分の義務履行を
平然と放棄。
そのあとは自らの権力への
夢を達成せんがためだけの
目をらんらんと輝かせた
次の自民党総裁への立候補者の
マンガのような演説・・・
食品偽装もここまで来たかといえる
事故米の流通で
私腹を肥やしていた人たちの
悪行の数々・・・
日本はどうなってしまうのか
本来の日本というものは
もっと謙虚で
もっと律儀で
もっと清廉だったのではなかったか・・・
少しずつ秋が近付いてくる
肌寒さと比例するがごとく
感情が活発に動き出し
いろいろな感情が発露してくる
個人で微力ではあるが
自らの国が好きだし
自らの家族が大切だ
ゆえに自分の人生というものに対しては
それ相応に真剣に対峙していく
心づもりでもある
少しずつ元気を出していこう
今週は、しっかり日本列島を縦断した。
そしてようやく太平洋のほうに過ぎ去っていき
いまはすっかり秋晴れの
青い空が澄み切っている
台風が過ぎて
夏の名残りみたいなものまで
一緒にもっていってくれるようで
日に日に少しずつ秋らしい気配が
漂ってきた
それにしても最近のニュースを見ると
本当に大変なことばかりだ
海外に目を向けると
ロシアがグルジアに侵攻し
20世紀の古い体質をまざまざと世界に
さらし、新しい冷戦構造に
突入せんがごとく大きな変革が起きようとしているし
その一方の当事者である
アメリカは
前代未聞の経済的な混乱が発生している
その余波は世界を駆け巡り
当然のごとく日本にも甚大な影響を
及ぼしている
そんな世界の中の日本では
日本の最高の権力の統治者であり
世界への代表でもある
時の内閣総理大臣が
もう疲れたとばかりに
自分の義務履行を
平然と放棄。
そのあとは自らの権力への
夢を達成せんがためだけの
目をらんらんと輝かせた
次の自民党総裁への立候補者の
マンガのような演説・・・
食品偽装もここまで来たかといえる
事故米の流通で
私腹を肥やしていた人たちの
悪行の数々・・・
日本はどうなってしまうのか
本来の日本というものは
もっと謙虚で
もっと律儀で
もっと清廉だったのではなかったか・・・
少しずつ秋が近付いてくる
肌寒さと比例するがごとく
感情が活発に動き出し
いろいろな感情が発露してくる
個人で微力ではあるが
自らの国が好きだし
自らの家族が大切だ
ゆえに自分の人生というものに対しては
それ相応に真剣に対峙していく
心づもりでもある
少しずつ元気を出していこう
2008年9月15日月曜日
こどもについて
もうしばらく子供と接していないし
自分の子供時代もとうの昔に過ぎ去ってしまったから
子供の感覚というものがどのようなものなのか
忘れてしまった
子どもというものは無邪気で
天真爛漫、危険に太刀打ちすることのできぬ
弱き存在。
ゆえに大人の世代が彼らを守らなければならぬ
ううん そんなことはだいたいわかる
しかし最近の子供は
常識はずれの子供が多い
先ほどの騒音の話もそれの一例
わざと自らのかわいらしさを世に問うているのか
このガキは!
と時に思われるごとく
でかい声を張り上げ
本人らのままごとを実施している
そのままごと自体はほほえましい
昔から続いているお遊びであるし
私もまだかわいらしい時分には
大いにはしゃいだものだ
しかし その場所が問題なのだ
今のガキはマンションの
公共の通路でこともなげに
先ほどのような無邪気な
騒音を発しているのだ
公園でしろそんなものは!!
子供に怒っても詮無いことで
実は親が馬鹿なのだ
今の親ももう私より
はるかに若い世代に移ってきているが
親が、普通の公の感覚を
全く身につけていないから
上記のような理不尽なことが
起こるのだ
敷衍して言うといろいろある
給食費不払い
電車内での携帯
モンスターペアレント
キレる
もうきりがない
少し大上段に構えて言うと
戦後の教育が
間違った個人主義を植え付けた
結果なので
やはり教育基本法も改廃を
せねばならないのだ・・・・
やれやれ
外のガキの声に触発されて
またこのような下らぬ愚痴のようなことを
書いた
今日は三連休の最終日なのだ
ガキの奇声
その親の輪をかけた寄生に
こころ悩まされる場合ではないのだ
まったくまったく
飯もたくさん食いすぎてしまうわ!!
自分の子供時代もとうの昔に過ぎ去ってしまったから
子供の感覚というものがどのようなものなのか
忘れてしまった
子どもというものは無邪気で
天真爛漫、危険に太刀打ちすることのできぬ
弱き存在。
ゆえに大人の世代が彼らを守らなければならぬ
ううん そんなことはだいたいわかる
しかし最近の子供は
常識はずれの子供が多い
先ほどの騒音の話もそれの一例
わざと自らのかわいらしさを世に問うているのか
このガキは!
と時に思われるごとく
でかい声を張り上げ
本人らのままごとを実施している
そのままごと自体はほほえましい
昔から続いているお遊びであるし
私もまだかわいらしい時分には
大いにはしゃいだものだ
しかし その場所が問題なのだ
今のガキはマンションの
公共の通路でこともなげに
先ほどのような無邪気な
騒音を発しているのだ
公園でしろそんなものは!!
子供に怒っても詮無いことで
実は親が馬鹿なのだ
今の親ももう私より
はるかに若い世代に移ってきているが
親が、普通の公の感覚を
全く身につけていないから
上記のような理不尽なことが
起こるのだ
敷衍して言うといろいろある
給食費不払い
電車内での携帯
モンスターペアレント
キレる
もうきりがない
少し大上段に構えて言うと
戦後の教育が
間違った個人主義を植え付けた
結果なので
やはり教育基本法も改廃を
せねばならないのだ・・・・
やれやれ
外のガキの声に触発されて
またこのような下らぬ愚痴のようなことを
書いた
今日は三連休の最終日なのだ
ガキの奇声
その親の輪をかけた寄生に
こころ悩まされる場合ではないのだ
まったくまったく
飯もたくさん食いすぎてしまうわ!!
静寂について
人間もある程度年輪を経てくると
どうしても静寂というものが必要になってくるように思う
若いうちは騒音とまでは言わないまでも
ふと静寂に包まれると
なんともいえぬ不安を感じ
即座に身の回りに音を充満させ
あたかも音で自らの身を守るがごとく
いろいろな音で人生を彩ろうとする
しかし、ある程度人生というものを
考えたいと思い始める年齢になると
どうしても静寂というものが
必要になってくるのだ
私の隣人は家族4人だ
非常にうるさい
朝早くから皆が皆大きな声で
自らの主張をさえずりあっている
わざわざベランダに出てきて
ピーチクパーチク喚き合っている
昔 声の大きな人は信頼に値する
などという何の根拠もなく
おそらくその著者の独断と偏見で
勝手に断定しているような本に出会ったことが
あるが、個人的には全く反対だ
普通の和としての日本人なら
公共の場所や、おそらくはこの状況で
これぐらいのボリュームの声を発すると
他者に通じるであろう と
いうことは常識の感覚でわかるはずだし、
わかっていればより慎み深くするだろう。
と
思うのは私の行き過ぎた考え方だろうか
とにかく静寂を邪魔するという行為は
時に殺人的で
本人らが自覚していないだけに
ことは非常に厄介なのだ
私たち夫婦は静寂を求める
普通の権利を希求すること
誠実に生活をし続けること
そんな中で隣人は今日も五月蠅い【うるさい】
やれやれなのだ
どうしても静寂というものが必要になってくるように思う
若いうちは騒音とまでは言わないまでも
ふと静寂に包まれると
なんともいえぬ不安を感じ
即座に身の回りに音を充満させ
あたかも音で自らの身を守るがごとく
いろいろな音で人生を彩ろうとする
しかし、ある程度人生というものを
考えたいと思い始める年齢になると
どうしても静寂というものが
必要になってくるのだ
私の隣人は家族4人だ
非常にうるさい
朝早くから皆が皆大きな声で
自らの主張をさえずりあっている
わざわざベランダに出てきて
ピーチクパーチク喚き合っている
昔 声の大きな人は信頼に値する
などという何の根拠もなく
おそらくその著者の独断と偏見で
勝手に断定しているような本に出会ったことが
あるが、個人的には全く反対だ
普通の和としての日本人なら
公共の場所や、おそらくはこの状況で
これぐらいのボリュームの声を発すると
他者に通じるであろう と
いうことは常識の感覚でわかるはずだし、
わかっていればより慎み深くするだろう。
と
思うのは私の行き過ぎた考え方だろうか
とにかく静寂を邪魔するという行為は
時に殺人的で
本人らが自覚していないだけに
ことは非常に厄介なのだ
私たち夫婦は静寂を求める
普通の権利を希求すること
誠実に生活をし続けること
そんな中で隣人は今日も五月蠅い【うるさい】
やれやれなのだ
2008年9月14日日曜日
自分の中での折り合い
毎日同じようにつつがなく生きているということは
【ぼちぼちでんな】などと揶揄や卑下されるような
簡単なことではない
やはり毎日生きていくということは
その中で
強烈な苦しみ、悲しみ、喜び、痛み、怒り
煩悶、喜悦などが
つど自分の中を通り過ぎて行く
激動で唯一で貴重な事柄なのだ
週初めに戦士の如く仕事に向かい
週の終わりに嫁と二人互いのささやかな
一週間の仕事上の戦績をたたえあいながら
少しだけ贅沢でおいしいものを食べたり
スーパー銭湯におもむき、大きなお風呂に
自らの体を【あまり美しくもないが・・・】投げ出す。
アツーいサウナに入り自分の体に
少しだけ自覚的な苦痛を与えておいて
そのあと水ぶろに
【当然のマナーとして入る前には汗を流す】
頭から没入する。
そんな、客観的に考えると
あまり芸のない自分たちへのご褒美を
与え【もらい】ながら
そこに自分なりの喜びや癒しを見出しながら
日々生きていく・・・・
そう、そこに個々の自分との折り合いというものが
あるのだと思う
仕事はつらい、きつい、あまり楽しいものではない
そんなことは実は当たり前なのだ
その報酬として給料をいただいているのであるから
自分として楽で楽しいことをして
給料をもらおうなどとは
人生そこまで優しくはない
やはり給料をもらうために
週初め戦闘モードで顔を引き締めて
仕事という戦場へ立ち向かい
週末 疲弊した心身を
いたわり、メンテナンスして
リフレッシュして
リスタートする
人生、そんな感じで少しずつの
積み重ね。
謙虚で誠実な積み重ねで
最終的には
【よかったね】となるものだと思う
今週もよくやった
背中を痛めながらも乗り切った
この三連休
しっかりリフレッシュすることにしよう・・・
【ぼちぼちでんな】などと揶揄や卑下されるような
簡単なことではない
やはり毎日生きていくということは
その中で
強烈な苦しみ、悲しみ、喜び、痛み、怒り
煩悶、喜悦などが
つど自分の中を通り過ぎて行く
激動で唯一で貴重な事柄なのだ
週初めに戦士の如く仕事に向かい
週の終わりに嫁と二人互いのささやかな
一週間の仕事上の戦績をたたえあいながら
少しだけ贅沢でおいしいものを食べたり
スーパー銭湯におもむき、大きなお風呂に
自らの体を【あまり美しくもないが・・・】投げ出す。
アツーいサウナに入り自分の体に
少しだけ自覚的な苦痛を与えておいて
そのあと水ぶろに
【当然のマナーとして入る前には汗を流す】
頭から没入する。
そんな、客観的に考えると
あまり芸のない自分たちへのご褒美を
与え【もらい】ながら
そこに自分なりの喜びや癒しを見出しながら
日々生きていく・・・・
そう、そこに個々の自分との折り合いというものが
あるのだと思う
仕事はつらい、きつい、あまり楽しいものではない
そんなことは実は当たり前なのだ
その報酬として給料をいただいているのであるから
自分として楽で楽しいことをして
給料をもらおうなどとは
人生そこまで優しくはない
やはり給料をもらうために
週初め戦闘モードで顔を引き締めて
仕事という戦場へ立ち向かい
週末 疲弊した心身を
いたわり、メンテナンスして
リフレッシュして
リスタートする
人生、そんな感じで少しずつの
積み重ね。
謙虚で誠実な積み重ねで
最終的には
【よかったね】となるものだと思う
今週もよくやった
背中を痛めながらも乗り切った
この三連休
しっかりリフレッシュすることにしよう・・・
一日一日
人間 一日生きるということは実はとても大きな仕事だと思う
先日 9月9日から11日まで 出張で倉敷に行っていた
今回のテーマは倉敷というのはたまたまで
実は自分の体に起こったことについての考察・・・
いつものごとく仕事を自分なりに精いっぱいして
夜は仲間と懇親という三日間だったのであるが
その期間中 背中に違和感があった
自分の中でもすこし不摂生が過ぎるのでは
と、自覚とかすかな反省があったのであるが
もしかして長年の強力な負荷による
肝臓か腎臓からの悲鳴なのではないか・・・
と自分の中で誰にも訴えることなく
ただ、少しだけ背中をさすりながら
もしかしたら・・・などと不安におびえる
出張だった
背中が痛いということから
自分なりに考えたことは
自分という一個の人間として
この肉体は絶え間なく起動している
眠りについている時も
完全にシャットアウトすることなく
文字通りスリープ状態で
肉体内の各器官は絶え間なく
自らの役割をつつがなく実行し続けている。
人間が一日生きるということは
実は自分の肉体内の
各器官
つまり肝臓や心臓や腎臓
血管、脳、脊髄、右足左足
右手左手、右目左目、鼻、耳・・・
数限りない自分自身に
最初から備わっている体の各器官が
それこそ、勝手に自分の主人と思い込んでいる
私の今の顕在意識・・・そう、この自分の意識
は全く何も教えてもまた指示もしていないのに
最初から本能として知っている各器官の
それぞれの大切な役割を
つつがなく、滞りなく
そして何の文句も言わずにやりおおせている。
そしてその結果、一日を生き抜くということになるのだ・・・
ということをつらつら考えると
一日、
【そう油断するとあっという間に過ぎ去ってしまうこの一日】
を人間として生きる
ということは、実はとてもすごいことで
奇跡的なことなのだと思われてきた・・・・
自分の肉体の各器官は
私、そう一応自分の主人として
君臨させてもらっているこの
自分という自意識に
ほめてもらわなくてもけなげに
自分の役割をしっかりと果たしてくれているのだ
背中が痛い・・・・
痛みというのは各器官からの
それこそシグナル
滅多に出さないがゆえに
出た場合は結構由々しきシグナルなのだ
歯が痛い、目が痛い 腹が痛い・・・
痛いというのは実はとても大切な
自分の体からのコミュニケーションとしての
シグナル・・・
そのように考えながら
シグナルに対しては
精一杯の自分にできる対処をしながら
やはり、日々感謝して精一杯生きること
そうしてその日々
【喜びや悲しみ痛みや笑いに彩られた日々】
を生きた
数限りない日々の集積が
人生ということだと考えると
やはり人生というものは
個々にとり何にも代えがたい貴重なものだし
また、人生というものを
勝手に蔑ろにしたり
投げ出したりする権利などは
私たちにはないと思った・・・・
本日は中秋の名月
昔の人たちは月を愛でながら
日々の生に感謝を祈り、語り、詠ったのだろう
私も嫁と二人
お月さまを眺めながら
このたった一つの自分の体を
いたわりながら
秋の夜長を過ごさんと思ふ・・・
酒は控えたほうがやはりいいのでしょうなあ・・・
先日 9月9日から11日まで 出張で倉敷に行っていた
今回のテーマは倉敷というのはたまたまで
実は自分の体に起こったことについての考察・・・
いつものごとく仕事を自分なりに精いっぱいして
夜は仲間と懇親という三日間だったのであるが
その期間中 背中に違和感があった
自分の中でもすこし不摂生が過ぎるのでは
と、自覚とかすかな反省があったのであるが
もしかして長年の強力な負荷による
肝臓か腎臓からの悲鳴なのではないか・・・
と自分の中で誰にも訴えることなく
ただ、少しだけ背中をさすりながら
もしかしたら・・・などと不安におびえる
出張だった
背中が痛いということから
自分なりに考えたことは
自分という一個の人間として
この肉体は絶え間なく起動している
眠りについている時も
完全にシャットアウトすることなく
文字通りスリープ状態で
肉体内の各器官は絶え間なく
自らの役割をつつがなく実行し続けている。
人間が一日生きるということは
実は自分の肉体内の
各器官
つまり肝臓や心臓や腎臓
血管、脳、脊髄、右足左足
右手左手、右目左目、鼻、耳・・・
数限りない自分自身に
最初から備わっている体の各器官が
それこそ、勝手に自分の主人と思い込んでいる
私の今の顕在意識・・・そう、この自分の意識
は全く何も教えてもまた指示もしていないのに
最初から本能として知っている各器官の
それぞれの大切な役割を
つつがなく、滞りなく
そして何の文句も言わずにやりおおせている。
そしてその結果、一日を生き抜くということになるのだ・・・
ということをつらつら考えると
一日、
【そう油断するとあっという間に過ぎ去ってしまうこの一日】
を人間として生きる
ということは、実はとてもすごいことで
奇跡的なことなのだと思われてきた・・・・
自分の肉体の各器官は
私、そう一応自分の主人として
君臨させてもらっているこの
自分という自意識に
ほめてもらわなくてもけなげに
自分の役割をしっかりと果たしてくれているのだ
背中が痛い・・・・
痛みというのは各器官からの
それこそシグナル
滅多に出さないがゆえに
出た場合は結構由々しきシグナルなのだ
歯が痛い、目が痛い 腹が痛い・・・
痛いというのは実はとても大切な
自分の体からのコミュニケーションとしての
シグナル・・・
そのように考えながら
シグナルに対しては
精一杯の自分にできる対処をしながら
やはり、日々感謝して精一杯生きること
そうしてその日々
【喜びや悲しみ痛みや笑いに彩られた日々】
を生きた
数限りない日々の集積が
人生ということだと考えると
やはり人生というものは
個々にとり何にも代えがたい貴重なものだし
また、人生というものを
勝手に蔑ろにしたり
投げ出したりする権利などは
私たちにはないと思った・・・・
本日は中秋の名月
昔の人たちは月を愛でながら
日々の生に感謝を祈り、語り、詠ったのだろう
私も嫁と二人
お月さまを眺めながら
このたった一つの自分の体を
いたわりながら
秋の夜長を過ごさんと思ふ・・・
酒は控えたほうがやはりいいのでしょうなあ・・・
2008年9月8日月曜日
仕事とは
仕事とはなんだろうか
人間として生活する以上
社会の中で何らかの役割を担う必要がある
人間が社会を構成するのも
やはり生きていくための手段である
生きていくために社会をつくり
社会を秩序だてて運営していくためには
社会を構成する人々は
それぞれ割り当てられた
役割を遂行する義務がある
社会から円滑な生活を
送るためのいろいろな恩恵を享受
するという権利を行使するためには
社会人としての義務を
履行する必要がある
社会を運営する役割とは
たとえば
円滑に電力を供給すること
水をろ過し、蛇口をひねれば
すぐに衛生的な水が享受できるような
インフラを維持すること
おいしい料理を提供すること
社会の安全のために
ガードすること
娯楽を提供すること
物を作り社会生活を
快適に送るための手段を
世に送り出すこと
いろんな役割は
その役割自体は楽ではない
むしろ非常に困難を伴う
大変な作業の結晶だ
しかし人々はその大変な作業を
社会人として履行している
その報酬として
社会生活を円滑に送ることを
担保するお金を享受し
社会人としての納税の報酬として
日本人としていろいろな特権を与えられ
また守られている。
仕事とは・・・
社会人として
快適な生活を送るための義務なのである
だから困難な作業なのだ
その中で
自分自身でできることは
その与えられた自分の役割に
自分なりにやりがいを見出し
誇りを見出し
日々落ち込みがちな自分を
奮い立たせ
仕事を履行していくことなのだ
権力や富の大小ではなく
その人が社会人として
まっとうな役割を誠実に実行し
当然の権利として
社会人としての利益を
感謝の気持で享受し
幸せを家族とともにかみしめていくこと
自分もそのように日々自分の心に
奮いたちを喚起し
日々生きていきたいものだ
人間として生活する以上
社会の中で何らかの役割を担う必要がある
人間が社会を構成するのも
やはり生きていくための手段である
生きていくために社会をつくり
社会を秩序だてて運営していくためには
社会を構成する人々は
それぞれ割り当てられた
役割を遂行する義務がある
社会から円滑な生活を
送るためのいろいろな恩恵を享受
するという権利を行使するためには
社会人としての義務を
履行する必要がある
社会を運営する役割とは
たとえば
円滑に電力を供給すること
水をろ過し、蛇口をひねれば
すぐに衛生的な水が享受できるような
インフラを維持すること
おいしい料理を提供すること
社会の安全のために
ガードすること
娯楽を提供すること
物を作り社会生活を
快適に送るための手段を
世に送り出すこと
いろんな役割は
その役割自体は楽ではない
むしろ非常に困難を伴う
大変な作業の結晶だ
しかし人々はその大変な作業を
社会人として履行している
その報酬として
社会生活を円滑に送ることを
担保するお金を享受し
社会人としての納税の報酬として
日本人としていろいろな特権を与えられ
また守られている。
仕事とは・・・
社会人として
快適な生活を送るための義務なのである
だから困難な作業なのだ
その中で
自分自身でできることは
その与えられた自分の役割に
自分なりにやりがいを見出し
誇りを見出し
日々落ち込みがちな自分を
奮い立たせ
仕事を履行していくことなのだ
権力や富の大小ではなく
その人が社会人として
まっとうな役割を誠実に実行し
当然の権利として
社会人としての利益を
感謝の気持で享受し
幸せを家族とともにかみしめていくこと
自分もそのように日々自分の心に
奮いたちを喚起し
日々生きていきたいものだ
2008年9月7日日曜日
自分らしく
考えたことを単純に書いていく
こんなことは自分だけの作業であるので
私みたいな世の中にごまんといるような
普通の人間のそのような
雑記文のようなものは、他人に対して
何にも寄与しないだろう
そう
このブログに書いていることも
別段誰かしらに読んでもらおうとして
書いているのではなく
あくまでも自分との対峙のための
一つの手段として書いていっているのだ
自分は何をしたいのか
何をしたいのか
健康でありたいし
世の中のいろいろなことを
少しでも知っていきたい
なぜ知っていきたいのか
好奇心のためだろうか
生きることはそんなに難しく
大変なことではなく
逆にこの地球という自然
また人類の英知の一つである
宗教、文学、建築、心理
何でももっともっと
知っていきたい
そして安らかに過ごしていきたい
そんなことを
こんな感じで日々書いていく
もちろんそんなくだらないことを
このブログに記載することに対して
少し気も引ける
そんな時は
自分のノートに
もっと素直に偽ることなく
自分のその時の
心理 思考 悩みなどを
文字に変換していく
明日からも自分なりの役割を果たしながら
仕事をしていこう
こんなことは自分だけの作業であるので
私みたいな世の中にごまんといるような
普通の人間のそのような
雑記文のようなものは、他人に対して
何にも寄与しないだろう
そう
このブログに書いていることも
別段誰かしらに読んでもらおうとして
書いているのではなく
あくまでも自分との対峙のための
一つの手段として書いていっているのだ
自分は何をしたいのか
何をしたいのか
健康でありたいし
世の中のいろいろなことを
少しでも知っていきたい
なぜ知っていきたいのか
好奇心のためだろうか
生きることはそんなに難しく
大変なことではなく
逆にこの地球という自然
また人類の英知の一つである
宗教、文学、建築、心理
何でももっともっと
知っていきたい
そして安らかに過ごしていきたい
そんなことを
こんな感じで日々書いていく
もちろんそんなくだらないことを
このブログに記載することに対して
少し気も引ける
そんな時は
自分のノートに
もっと素直に偽ることなく
自分のその時の
心理 思考 悩みなどを
文字に変換していく
明日からも自分なりの役割を果たしながら
仕事をしていこう
秋に向かって
毎日何らかの形でいろいろな情報をインプットしながら
生きている
そんな中でやはり人一倍強くもない人間にとって
都度つど落ち込んだり沈んだりする
そんなときでも人生は途切れることなく継続しなければならず
途切れた時は、人生は
少なくともこの現世においては
一応終了ということになる
自分の体がまだ使い物になっている間に
自ら人生を終了させるわけには
普通の人間は当然ながら一応はいけないことだ
ということでこの夏
自分なりの人生の成功への
ささやかな切符というか方法として
【書く 書く とにかく書く】
ということを実行することに心の中で
ひそやかに決めた
このようなブログでもいいし
自分だけのノートを
用意して
とにかく書いていく
書くことがないと思われる時も
「何をかけばいいかわからないが、とにかくノートに
文字をしたためていくことにする・・・」
などという形で
その時の思考【もしくは思考のようなもの】
を文字に変換していくことにした
とにかく単純に
その時思ったことを文字の形に変換していくのだ
このことの効用は
自分なりに考えるに
不安 もやもやとした不安に
さいなまれるとき
実際に文字に書いていってみる
実際に自分は何が不安なのか
一つ一つ自分に偽ることなく
文字に変換していく
文字に変換していくという
プロセスの中で
初めて自分と面と向かって
向き合って
その不安と感じているものについて
語らうことができる
そうしているうちに
その不安と感じていたものが
一つ一つ具体的に整理されていき
実は
自分の今現在持っている能力を持ってすれば
簡単とは言わないまでも
十分解決することができると
実感できる
と思う
実際私がそうなのだ
もやもやと抽象的に
不安や夢、イライラごとなど
頭の中で思考することを
実際に具体的に整理していく
その整理するための
簡単でそしてとても奥深い
力を発揮するのが
【書く】ということなのだ
ということで
私はこれからどんどん書いていくことだろう
このブログであったり
自分の手元にあるノートであったり
そして書くうちに
少しずつ自分らしい前向きなアドレナリンが出てきて
最終的には
【よっしゃ やってやろう!】
と自分と折り合いをつける
明日から月曜日
いろいろ大小さまざまな不安らしきものに
襲われる
だけどやっぱり僕は確実に解決できるのだ
生きていく
いろいろな世の中の英知を
少しずつ身につけながら
都度つど人生というものは
そんなに捨てたものではないと
自分なりに実感しながら
自分らしく歳をとっていく
秋になるとやはり
いろいろ考え始める
そんな季節は
夏同様好きである
生きている
そんな中でやはり人一倍強くもない人間にとって
都度つど落ち込んだり沈んだりする
そんなときでも人生は途切れることなく継続しなければならず
途切れた時は、人生は
少なくともこの現世においては
一応終了ということになる
自分の体がまだ使い物になっている間に
自ら人生を終了させるわけには
普通の人間は当然ながら一応はいけないことだ
ということでこの夏
自分なりの人生の成功への
ささやかな切符というか方法として
【書く 書く とにかく書く】
ということを実行することに心の中で
ひそやかに決めた
このようなブログでもいいし
自分だけのノートを
用意して
とにかく書いていく
書くことがないと思われる時も
「何をかけばいいかわからないが、とにかくノートに
文字をしたためていくことにする・・・」
などという形で
その時の思考【もしくは思考のようなもの】
を文字に変換していくことにした
とにかく単純に
その時思ったことを文字の形に変換していくのだ
このことの効用は
自分なりに考えるに
不安 もやもやとした不安に
さいなまれるとき
実際に文字に書いていってみる
実際に自分は何が不安なのか
一つ一つ自分に偽ることなく
文字に変換していく
文字に変換していくという
プロセスの中で
初めて自分と面と向かって
向き合って
その不安と感じているものについて
語らうことができる
そうしているうちに
その不安と感じていたものが
一つ一つ具体的に整理されていき
実は
自分の今現在持っている能力を持ってすれば
簡単とは言わないまでも
十分解決することができると
実感できる
と思う
実際私がそうなのだ
もやもやと抽象的に
不安や夢、イライラごとなど
頭の中で思考することを
実際に具体的に整理していく
その整理するための
簡単でそしてとても奥深い
力を発揮するのが
【書く】ということなのだ
ということで
私はこれからどんどん書いていくことだろう
このブログであったり
自分の手元にあるノートであったり
そして書くうちに
少しずつ自分らしい前向きなアドレナリンが出てきて
最終的には
【よっしゃ やってやろう!】
と自分と折り合いをつける
明日から月曜日
いろいろ大小さまざまな不安らしきものに
襲われる
だけどやっぱり僕は確実に解決できるのだ
生きていく
いろいろな世の中の英知を
少しずつ身につけながら
都度つど人生というものは
そんなに捨てたものではないと
自分なりに実感しながら
自分らしく歳をとっていく
秋になるとやはり
いろいろ考え始める
そんな季節は
夏同様好きである
2008年9月6日土曜日
2008年8月21日木曜日
休みのときの過ごし方
私は今夏休みの真っ最中だ
いいおじさんになってもやはりお休みというものは
とてもいいもので
何か特別実行しようというものはないが
やはり休みはいい
といってやはりいろいろ考えることがある
仕事のいい点を挙げると
●収入が見込める
●自らのスキルを高められる
●いろいろな人と出会える
●社会に貢献できる
とうとういろいろあるが
その中で
●強制的にある程度節度のある生活を強いられる
ということもあるように思われる
というのも人間、完全に放任されたら
基本的に性善説をとるとしても
何をしていいのか途方に暮れてしまう
あれもしたいしこれもしたい
だけどめんどくさい
あれをするくらいならこれをするほうが価値が
あるのではないか
ああ眠たい
ああつかれた
何とも上記のような状況に陥り
待ちに待った休みであるはずなのに
それほど仕事がすきでもないはずなのに
心の奥底で仕事が始まるのを
浅くではあるが期待していたりする
ということはやはり仕事があるということは
幸せの必要条件であるのは確かなようだ
仕事に就くということは
収入は当然ながら
放任には実は耐えがたい凡人にとっては
緩やかな強制によって
日々を律してくれるのだ
嫁も仕事で不在、他の同僚は仕事をしている
状況で、自分だけ休みを享受するという
有難い状況の中で
いま最低限実行していることは
●早起きすること
●朝プールか銭湯かに行くこと
●サウナスーツをきて歩くこと
●読書をすること
●おいしく食べる
というまさに小学生のような
ささやかなことを実行している
実はささやかで何気ないことを
一つ一つ丁寧に実行していくことが
生きてくことを
楽しく感じることのできる
幸せの第一歩のような気がする
いいおじさんになってもやはりお休みというものは
とてもいいもので
何か特別実行しようというものはないが
やはり休みはいい
といってやはりいろいろ考えることがある
仕事のいい点を挙げると
●収入が見込める
●自らのスキルを高められる
●いろいろな人と出会える
●社会に貢献できる
とうとういろいろあるが
その中で
●強制的にある程度節度のある生活を強いられる
ということもあるように思われる
というのも人間、完全に放任されたら
基本的に性善説をとるとしても
何をしていいのか途方に暮れてしまう
あれもしたいしこれもしたい
だけどめんどくさい
あれをするくらいならこれをするほうが価値が
あるのではないか
ああ眠たい
ああつかれた
何とも上記のような状況に陥り
待ちに待った休みであるはずなのに
それほど仕事がすきでもないはずなのに
心の奥底で仕事が始まるのを
浅くではあるが期待していたりする
ということはやはり仕事があるということは
幸せの必要条件であるのは確かなようだ
仕事に就くということは
収入は当然ながら
放任には実は耐えがたい凡人にとっては
緩やかな強制によって
日々を律してくれるのだ
嫁も仕事で不在、他の同僚は仕事をしている
状況で、自分だけ休みを享受するという
有難い状況の中で
いま最低限実行していることは
●早起きすること
●朝プールか銭湯かに行くこと
●サウナスーツをきて歩くこと
●読書をすること
●おいしく食べる
というまさに小学生のような
ささやかなことを実行している
実はささやかで何気ないことを
一つ一つ丁寧に実行していくことが
生きてくことを
楽しく感じることのできる
幸せの第一歩のような気がする
2008年8月19日火曜日
外見で判断できること
素朴に、あくまでも素朴に
社会的に何らかの信頼された論考を
後ろ盾にしているということなど全くなしに
あくまでも私見であるが
人を外見で判断するということが
どこまで正確にその人のことを
穿ち判断することができるだろうか
というのも
私は今夏休みの最中で
普段の会社に通勤するときの
それなりにスマートな外見からは
想像もできないような
半ば自然児のような風貌をしている
つまり髭は伸びて
顔は日焼けして
髪もボサノバ
今朝、鏡をみて
【こんな人とは個人的にあまりかかわりたくない】
と自分自身感じた
しかし
【こんな人とは個人的にあまりかかわりたくない】
と今朝、自分自身に
【外見で判断された】
私は、日常生真面目に会社に通勤している人間と
まったく同じ人間なのだ
自分としては
●人の気持ちがそれなりにわかっている
●そんなに凶悪なことはできない
●普通の常識的な判断はできる
●社会のなかで円滑に生きていけるよう最低限のマナーは承知している
と、自分自身では少なくとも自分を定義しているつもりだ
でも今朝私はそんな私を
【こんな人とは個人的にはあまりかかわりたくない】
と鏡を通じて外見で判断したのだ
ということは
普段自分なりに
【こんな人とはあまり個人的にかかわりたくない】
と判断してしまっている、
常日頃
私の目に映る人たちも
実は、外見とは違って
とても優しく、心強い味方になってくれる
可能性のあるひとなのかもしれない
逆に言うと
とても外見が見目麗しくさわやかで
【こんな人と個人的にお近づきになりたい】
と思わせられるような人も
実はどんな人間か
知れたものではない
ということは
やはり自分自身の見識のようなものを
日々養って
【人を見る目】というものを
より深く研ぎ澄ませるように
努力することが実は肝要なのかもしれませんな
私の夏休みはまだまだ続きます
明日もプール行くか!
社会的に何らかの信頼された論考を
後ろ盾にしているということなど全くなしに
あくまでも私見であるが
人を外見で判断するということが
どこまで正確にその人のことを
穿ち判断することができるだろうか
というのも
私は今夏休みの最中で
普段の会社に通勤するときの
それなりにスマートな外見からは
想像もできないような
半ば自然児のような風貌をしている
つまり髭は伸びて
顔は日焼けして
髪もボサノバ
今朝、鏡をみて
【こんな人とは個人的にあまりかかわりたくない】
と自分自身感じた
しかし
【こんな人とは個人的にあまりかかわりたくない】
と今朝、自分自身に
【外見で判断された】
私は、日常生真面目に会社に通勤している人間と
まったく同じ人間なのだ
自分としては
●人の気持ちがそれなりにわかっている
●そんなに凶悪なことはできない
●普通の常識的な判断はできる
●社会のなかで円滑に生きていけるよう最低限のマナーは承知している
と、自分自身では少なくとも自分を定義しているつもりだ
でも今朝私はそんな私を
【こんな人とは個人的にはあまりかかわりたくない】
と鏡を通じて外見で判断したのだ
ということは
普段自分なりに
【こんな人とはあまり個人的にかかわりたくない】
と判断してしまっている、
常日頃
私の目に映る人たちも
実は、外見とは違って
とても優しく、心強い味方になってくれる
可能性のあるひとなのかもしれない
逆に言うと
とても外見が見目麗しくさわやかで
【こんな人と個人的にお近づきになりたい】
と思わせられるような人も
実はどんな人間か
知れたものではない
ということは
やはり自分自身の見識のようなものを
日々養って
【人を見る目】というものを
より深く研ぎ澄ませるように
努力することが実は肝要なのかもしれませんな
私の夏休みはまだまだ続きます
明日もプール行くか!
2008年8月18日月曜日
いいこと2
自分にとってだけのとても心地よく生きている実感を持てる瞬間
●人にいいことをした時
●自分の部屋に無駄なものがなく整然としているとき
●本棚がすっきりとしているとき
●人に喜んでもらったとき
一つ一つの事象は別段難しいことではない
人生というのはそんなに単純ではないかもしれないが
と言ってそんなに複雑でもないような気がする
●人にいいことをした時
●自分の部屋に無駄なものがなく整然としているとき
●本棚がすっきりとしているとき
●人に喜んでもらったとき
一つ一つの事象は別段難しいことではない
人生というのはそんなに単純ではないかもしれないが
と言ってそんなに複雑でもないような気がする
いいこと
時々ふと思うことがある
たとえば近所の風呂に行って
サウナでう~んと唸って
しっかり汗を出した後の
水ぶろのひと時
この感覚は
【私の人生の中で極上の時間の一つだ】と。
そのとき思った
自分にとっての
極上の瞬間を列記してみたらどうだろう
そして
その列記されたことを
忠実に日々の生活の中に
組み入れていけば
自分の人生は
自分にとってとても素晴らしいものとなるのでは
ないだろうか・・と
単純に思いつくまま列記してみると
●サウナの後の水ぶろのひと時
●サウナスーツを着て散歩をし汗を大量にかいていることを確認するとき
●運動後のビール
●自分のためになるような読書
●気の合う人との飲み
●嫁さんとうまくいっているひと時
●家族が元気だと確認できたとき
●自分なりに仕事がうまくいっていると実感できるとき
いろいろある
これを思いつく都度列記していき
更新していき
人生を生きていけば
人生 そんなに複雑でしんどいものでも
ないのではないか・・・
などと考えてみたりする
どれどれ
そろそろ近所の区民プールに行ってこようか
●水中ウォーキングを実施し自分なりにへとへとになること
これも僕なりの幸福な瞬間だ
たとえば近所の風呂に行って
サウナでう~んと唸って
しっかり汗を出した後の
水ぶろのひと時
この感覚は
【私の人生の中で極上の時間の一つだ】と。
そのとき思った
自分にとっての
極上の瞬間を列記してみたらどうだろう
そして
その列記されたことを
忠実に日々の生活の中に
組み入れていけば
自分の人生は
自分にとってとても素晴らしいものとなるのでは
ないだろうか・・と
単純に思いつくまま列記してみると
●サウナの後の水ぶろのひと時
●サウナスーツを着て散歩をし汗を大量にかいていることを確認するとき
●運動後のビール
●自分のためになるような読書
●気の合う人との飲み
●嫁さんとうまくいっているひと時
●家族が元気だと確認できたとき
●自分なりに仕事がうまくいっていると実感できるとき
いろいろある
これを思いつく都度列記していき
更新していき
人生を生きていけば
人生 そんなに複雑でしんどいものでも
ないのではないか・・・
などと考えてみたりする
どれどれ
そろそろ近所の区民プールに行ってこようか
●水中ウォーキングを実施し自分なりにへとへとになること
これも僕なりの幸福な瞬間だ
サザンオールスターズ
8月16日【土曜日】
新横浜の日産スタジアムにサザンオールスターズのコンサートに行った
嫁が幸運にもコンサートチケットを
購入することができ
その好運に便乗させていただいた形だ
毎度【といっても二回目であるが】
彼らが常に第一線を走る続けた理由が
コンサートに行く毎にひしひしと実感させられる
つまり彼らは
とことんお客様満足の形を
リサーチし
常にお客様にその時最高に満足いただけるよう
最大限の努力をしているということだ
そこにいつも
【う~ん 妥協なしだね!】と
唸らされてしまう。
確かに高いが
でも文句なくいい!
と観客に言わしめてしまう力
最近のコンサートは
大型ビジョンがステージの両サイドにあり
砂粒のごとく小さくしか見ることができない
アーティストを
大画面でリアルタイムで見ることができる
すでに知っている数々のサザンの名曲を
桑田さんが歌っている間
画面は桑田さんのうたっている姿を
映し続ける。
画面のコンテンツとしては
バクっと言ってしまえば
一人の男性のうたっている姿の
垂れ流しだ
しかしながら
顔の表情、体全身での動き
そして何よりも本人の体から発せられる
あの歌声があいまって
3時間という長い間
多くの人間の心に訴え続ける
素人的にかつおっさん的に
陳腐な分析を試みたところで
とどのつまり
【良か~!!まっこてよか!】
の一言に収斂させられてしまう。
やはりいいね~
お客さんの層も若干年齢層高め
私の後ろの席には
もう50歳になっている感じの
夫婦が、小さく体を動かし
やわらかい笑みを
こぼしていた
二人とも銀縁眼鏡をかけて
普段はとても真面目な
ご夫婦といった感じだ
いいね~
その夜は
関内のビジネスホテルに宿をとっていたので
ホテルの近所の焼鳥屋さんで
嫁と二人
感動の余韻に浸りながらの
【反省会】を実施
限りなく気持ちよい
夏の思い出となった
新横浜の日産スタジアムにサザンオールスターズのコンサートに行った
嫁が幸運にもコンサートチケットを
購入することができ
その好運に便乗させていただいた形だ
毎度【といっても二回目であるが】
彼らが常に第一線を走る続けた理由が
コンサートに行く毎にひしひしと実感させられる
つまり彼らは
とことんお客様満足の形を
リサーチし
常にお客様にその時最高に満足いただけるよう
最大限の努力をしているということだ
そこにいつも
【う~ん 妥協なしだね!】と
唸らされてしまう。
確かに高いが
でも文句なくいい!
と観客に言わしめてしまう力
最近のコンサートは
大型ビジョンがステージの両サイドにあり
砂粒のごとく小さくしか見ることができない
アーティストを
大画面でリアルタイムで見ることができる
すでに知っている数々のサザンの名曲を
桑田さんが歌っている間
画面は桑田さんのうたっている姿を
映し続ける。
画面のコンテンツとしては
バクっと言ってしまえば
一人の男性のうたっている姿の
垂れ流しだ
しかしながら
顔の表情、体全身での動き
そして何よりも本人の体から発せられる
あの歌声があいまって
3時間という長い間
多くの人間の心に訴え続ける
素人的にかつおっさん的に
陳腐な分析を試みたところで
とどのつまり
【良か~!!まっこてよか!】
の一言に収斂させられてしまう。
やはりいいね~
お客さんの層も若干年齢層高め
私の後ろの席には
もう50歳になっている感じの
夫婦が、小さく体を動かし
やわらかい笑みを
こぼしていた
二人とも銀縁眼鏡をかけて
普段はとても真面目な
ご夫婦といった感じだ
いいね~
その夜は
関内のビジネスホテルに宿をとっていたので
ホテルの近所の焼鳥屋さんで
嫁と二人
感動の余韻に浸りながらの
【反省会】を実施
限りなく気持ちよい
夏の思い出となった
2008年8月15日金曜日
靖国神社参拝
8月15日という日にことさらこだわるのも
どうかと思ったりするが
やはり今を生かしていただいている日本人としては
今の平和に連綿と続く歴史というものを
真摯に感じるべきだと思う。
私自身が普通の感覚と感じている感情からすると
日本の独立、平和を守らんがために
それぞれにたった一つの命をささげた同じ血をひく
英霊の御霊に対して、心静かに手を合わすことは
しごく自然な当り前のことだと思う。
本当に天然自然の理にかなったと
【私自身には思われる】ことを
近隣の関係諸外国の感情を
おもんぱかって、
なさないということは
人間として信頼に値しないということに
なりはしないだろうか・・・
もちろんこのことは今の日本の
かじ取りを任せられている
一握りの政治家の方々を
念頭において書いている
普通の感覚
自分の家を守るために
幾多の試練に立ち向かっていった
自分へと続くご先祖様の
霊に対して心静かに感謝の気持ちで手を合わすこと
そのご先祖様に子孫が
手を合わすという行為に対して
誰が何の権利を持って
干渉することができるのか・・・・
往時とおなじ蝉の鳴く暑い暑い夏の朝
今朝、嫁と靖国神社にお参りしてきた
暑い中黒い服を着こなした気品のある
高齢の女性が
静かに手を合わせていた
サンダル履きの
背中に【偽善者】と記載された
Tシャツにびっしょりと汗をかいた若者二人が
二拝 二拍手 一拝をしていた
若くきれいに着飾った女の子が
一人参拝していた
参拝に行くという行為事態にはそれほどの価値が
あるものとは思わない
普通の感覚からしたら
至極当たり前の
ことさら取り上げるようなことでもない
参拝に行かない人もいるし
行くという行為を自らの
売名のための種にしている
あさましい方々もたくさんいた
心静かに
今につながる歴史を自分なりに
学びながら
自分の心に真実の感謝の気持ちが起こったならば
心静かに
手を合わせるだけでいい。
感情が熱くなりつつ
暑い夏の日に・・・・・・・
風呂のこと
私の数少ない趣味の中で
かなり傾倒していることの一つに
お風呂がある
もちろん普通のお風呂で
【ピンクのお風呂】ではない
お風呂歴は別に大手を振って自慢できるたぐいの
ものでもないが
かれこれ15年は
毎月かなりの頻度で足しげく通っている
何がそこまで私の貴重な
時間とお金を使ってでも
そこに私を行かしめるのか・・・・
うーん・・・
いろいろあれど
やはり【心地よさ】を求めていくということに尽きるだろうか
このお風呂論争【別に誰とも論争しているわけではないが】
はこれからも逐次論考していくことにしましょう
かなり傾倒していることの一つに
お風呂がある
もちろん普通のお風呂で
【ピンクのお風呂】ではない
お風呂歴は別に大手を振って自慢できるたぐいの
ものでもないが
かれこれ15年は
毎月かなりの頻度で足しげく通っている
何がそこまで私の貴重な
時間とお金を使ってでも
そこに私を行かしめるのか・・・・
うーん・・・
いろいろあれど
やはり【心地よさ】を求めていくということに尽きるだろうか
このお風呂論争【別に誰とも論争しているわけではないが】
はこれからも逐次論考していくことにしましょう
本日は終戦記念日
8月15日という日は日本人にとってどうしても忘れることのできない日だ。
今日においても新聞 雑誌 テレビからくる世界情勢は
何とも物騒で
勝手に達観した気分で改めて状況を俯瞰してみると
【人間も動物の一種にすぎないのかな・・・】と
とても悲しい気分になる。
自分の陣地を広げるため
自分の仲間を増やすため
自分の利益を確保するため
何とも動物園と一緒ではないか
人間と他の動物との違いの一つは
理性があることのように思うが
その理性というものも
絶対基準があるわけではないから
どうしても自分の勝手な論理に基づく
【ボクにとっての正当な理由】をこしらえるのでろうか・・・・
とまれ本日は終戦記念日
幸い自分の家から靖国の森は
それほど遠くない。
往時とおなじように本日も
蝉のなく暑い一日となりそうだ
日本のために
勇気をだして
とても怖かったであろう敵に対して
毅然と対峙し
日本人として日本国の礎となって
散っていった英霊
後世に生を受け
平和を享受できている我々にできること
また為さねばならぬこと
たくさんあれど
本日は終戦記念日
英霊に敬意を払い
祈りに参拝しよう
本日は終戦記念日であるのだ。
北京オリンピックに
浮かれている場合ではないのだ。
今日においても新聞 雑誌 テレビからくる世界情勢は
何とも物騒で
勝手に達観した気分で改めて状況を俯瞰してみると
【人間も動物の一種にすぎないのかな・・・】と
とても悲しい気分になる。
自分の陣地を広げるため
自分の仲間を増やすため
自分の利益を確保するため
何とも動物園と一緒ではないか
人間と他の動物との違いの一つは
理性があることのように思うが
その理性というものも
絶対基準があるわけではないから
どうしても自分の勝手な論理に基づく
【ボクにとっての正当な理由】をこしらえるのでろうか・・・・
とまれ本日は終戦記念日
幸い自分の家から靖国の森は
それほど遠くない。
往時とおなじように本日も
蝉のなく暑い一日となりそうだ
日本のために
勇気をだして
とても怖かったであろう敵に対して
毅然と対峙し
日本人として日本国の礎となって
散っていった英霊
後世に生を受け
平和を享受できている我々にできること
また為さねばならぬこと
たくさんあれど
本日は終戦記念日
英霊に敬意を払い
祈りに参拝しよう
本日は終戦記念日であるのだ。
北京オリンピックに
浮かれている場合ではないのだ。
2008年8月14日木曜日
夏の甲子園
毎夏、継続的に実施されているはずの夏の高校野球。
いつもの休みはどこかでかけたり
遠い故郷への長期帰省で、かなりラフにテレビで観戦しているが
今年はいつもとは少し違う。
昨年無理して購入したプラズマテレビだから
元をとろうとして
【穴があくほど凝視する】というわけでもないが
今年の甲子園には涙を誘われることが多い。
昨日はわが郷里薩摩の
鹿実が第四試合にて善戦のすえ惜しくも敗退・・・
やあ、連投の岩下君はよくがんばったなあ
背番号が1ではなかったから
正規エースでもないと思うが
全国の強豪打者に対してよく投げた。
【負けない!】という強い気持ちは
いろいろな場面で垣間見られた。
誰しももうまずいと思った
満塁を背負う重大な局面でも
闘志むき出しで
ひるむことなく
ずばりと内角へ切り込む。
ズバッときまって
相手打者が空振りした後
男らしい小さなガッツポーズ・・・
人間、どのような人でも同じような気がする。
大半は誰にもキャーキャーと
喝采など浴びない目立たない凡人
だけど自分の人生を自分で切り開いていく時
その人にとっての苦難というのは
確実にその人に襲いかかってくる。
その時にひるんで屈っしても
実はその人以外のまわりにとっては
屁でも何でもない。
しかしその本人にとっては
かなり重要な局面なのだ
人のこと、周りのことなど
実はどうでもよくて
自分にとっての
【負けない勇気】を持つことが
実は自分にとって
とてもかっこ良いし
とても心地よいのだ
夏の甲子園
毎日彼らは大きな試練にぶつかり
そのたびごとに大きく成長している
彼らほどたくましくも
また切れもないが
大きなプラズマテレビを通じて
垣間見る彼らの汗を通じて
このおっさんも頑張ろうと
心ひそかに思いますぞ・・・
いつもの休みはどこかでかけたり
遠い故郷への長期帰省で、かなりラフにテレビで観戦しているが
今年はいつもとは少し違う。
昨年無理して購入したプラズマテレビだから
元をとろうとして
【穴があくほど凝視する】というわけでもないが
今年の甲子園には涙を誘われることが多い。
昨日はわが郷里薩摩の
鹿実が第四試合にて善戦のすえ惜しくも敗退・・・
やあ、連投の岩下君はよくがんばったなあ
背番号が1ではなかったから
正規エースでもないと思うが
全国の強豪打者に対してよく投げた。
【負けない!】という強い気持ちは
いろいろな場面で垣間見られた。
誰しももうまずいと思った
満塁を背負う重大な局面でも
闘志むき出しで
ひるむことなく
ずばりと内角へ切り込む。
ズバッときまって
相手打者が空振りした後
男らしい小さなガッツポーズ・・・
人間、どのような人でも同じような気がする。
大半は誰にもキャーキャーと
喝采など浴びない目立たない凡人
だけど自分の人生を自分で切り開いていく時
その人にとっての苦難というのは
確実にその人に襲いかかってくる。
その時にひるんで屈っしても
実はその人以外のまわりにとっては
屁でも何でもない。
しかしその本人にとっては
かなり重要な局面なのだ
人のこと、周りのことなど
実はどうでもよくて
自分にとっての
【負けない勇気】を持つことが
実は自分にとって
とてもかっこ良いし
とても心地よいのだ
夏の甲子園
毎日彼らは大きな試練にぶつかり
そのたびごとに大きく成長している
彼らほどたくましくも
また切れもないが
大きなプラズマテレビを通じて
垣間見る彼らの汗を通じて
このおっさんも頑張ろうと
心ひそかに思いますぞ・・・
休みの間にしたいこと
世間並みかどうかは知らないが
実は本日から夏休みをいただくことができる。
「日日の心配事、懸案事項が本日を機に消滅する」
などという理想的なことは起こることなどないと
十分認識しつつも
やはりこの暑いさなか、一時でも日常の喧騒から
離れられることは心身にとってとても心地よく健全なこと
の様に思う。
世間の一般的なお父さんと違って
私には子供がいない。
いないので、家族は、郷里に待っている
母親や、弟を除くと
愛妻一人だ。
いい大人二人だから
家の中も言うほど騒がしくはないし、
実は、自分のやりたいことは十分にできる
時間を持つことができる。
そのような恵まれた環境をもらって
十二分に活用できたら
それこそ偉大な人物ということになるが
いかんせん凡人。
休みになったらあれも、これも!と
普段、忙しく、ままならない時分には
多岐にわたって夢を巡らせているが
いざその時になると、
もやもやといつの間にか
ずっと待ち望んでいた
湯水の如くあるはずの自分の時間は
さらさらと何をするという自覚なく
過ぎ去っていってしまう・・・・・
そのような中、08年度の夏休み開講にあたり
今回の休みには
●朝5時か6時には起きる
●近所の区民プールかスーパー銭湯には必ず行く
●心を優しくするような本を毎日1冊は読む
●愛妻と買い物に行く
●毎日おいしく食べる
位の事を心ひそかに決意した。
まあ平均的な平和な人の目標ですな・・・・
まあそれがいいのかもしれません
実は本日から夏休みをいただくことができる。
「日日の心配事、懸案事項が本日を機に消滅する」
などという理想的なことは起こることなどないと
十分認識しつつも
やはりこの暑いさなか、一時でも日常の喧騒から
離れられることは心身にとってとても心地よく健全なこと
の様に思う。
世間の一般的なお父さんと違って
私には子供がいない。
いないので、家族は、郷里に待っている
母親や、弟を除くと
愛妻一人だ。
いい大人二人だから
家の中も言うほど騒がしくはないし、
実は、自分のやりたいことは十分にできる
時間を持つことができる。
そのような恵まれた環境をもらって
十二分に活用できたら
それこそ偉大な人物ということになるが
いかんせん凡人。
休みになったらあれも、これも!と
普段、忙しく、ままならない時分には
多岐にわたって夢を巡らせているが
いざその時になると、
もやもやといつの間にか
ずっと待ち望んでいた
湯水の如くあるはずの自分の時間は
さらさらと何をするという自覚なく
過ぎ去っていってしまう・・・・・
そのような中、08年度の夏休み開講にあたり
今回の休みには
●朝5時か6時には起きる
●近所の区民プールかスーパー銭湯には必ず行く
●心を優しくするような本を毎日1冊は読む
●愛妻と買い物に行く
●毎日おいしく食べる
位の事を心ひそかに決意した。
まあ平均的な平和な人の目標ですな・・・・
まあそれがいいのかもしれません
2008年8月13日水曜日
お盆休み
世界中のどのレベルまでが夏休みという慣習があるのか知らないが
日本の夏休みはお盆休みと連動しているので
個人的にはとてもいい文化、慣習であるように思う。
この暑いさなか、一時のあいだ日日のそれぞれの主要な業務から
はなれ、家族とともに、ご先祖様のことを想う。
この辺のところにも日本人の奥ゆかしさがあるし
また、何とも言えずいいなあと思うところである。
日本の夏休みはお盆休みと連動しているので
個人的にはとてもいい文化、慣習であるように思う。
この暑いさなか、一時のあいだ日日のそれぞれの主要な業務から
はなれ、家族とともに、ご先祖様のことを想う。
この辺のところにも日本人の奥ゆかしさがあるし
また、何とも言えずいいなあと思うところである。
2008年8月10日日曜日
パソコンを購入
前々からパソコンはほしいと考えていた。
日常の仕事では使用しているが
個人的には
10年前のパナソニックのhitoパソコンを使用していた。
用途はインターネット閲覧ぐらいであったので
あまり支障はなかったが
さすがに新しいモノをそろそろということで
今夏に思い切って手を出した。
パナソニック CF-Y7CWHNJR
OS はいまだ使いなれないウィンドウズヴィスタだが
トータル的には非常に使い買っての良いPC
これから私にとっていろいろなサポート役を務めてくれる
いいパートナーとなってくれることだろう。
日常の仕事では使用しているが
個人的には
10年前のパナソニックのhitoパソコンを使用していた。
用途はインターネット閲覧ぐらいであったので
あまり支障はなかったが
さすがに新しいモノをそろそろということで
今夏に思い切って手を出した。
パナソニック CF-Y7CWHNJR
OS はいまだ使いなれないウィンドウズヴィスタだが
トータル的には非常に使い買っての良いPC
これから私にとっていろいろなサポート役を務めてくれる
いいパートナーとなってくれることだろう。
今日から・・・
いつも記録しようと気にかけていたことを
本日から実践することにします。
私はいち企業の営業マンとして
日々日本全国を歩き回っています。
その折々に感じたことなどを
この場所に記録していくことにします。
本日から実践することにします。
私はいち企業の営業マンとして
日々日本全国を歩き回っています。
その折々に感じたことなどを
この場所に記録していくことにします。
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