2009年7月20日月曜日

四代目 だるま

大阪に住んでいた時
いろいろなものを食べたが
その幾多の食事の中で
思い出と残っているものが
少なからずある

天王寺の
くし揚げ だるま
がその一つである

当時地元のTV番組で
取り上げられていて
何気なく赴いた

うまい
ビールとあう
それでいて安い


また行きたいなと
なんとなく考えていた


そんなとき
幸運は音もなくやってくる

嫁が購入してきたグルメ雑誌が
たまたまくし揚げを特集していた

その小さな記事に
おおさかの
くし揚げ だるま から暖簾分けしたお店が東京に・・・


決断は早かった

いっど


葛西からバスに乗り
2駅の一の江というところへ

そこから都営新宿線に乗り換え
菊川という駅までは約15分くらいか

駅に降りた
歩いて5分ほどにその店はあった

四代目 だるま
とある

時刻は午後5時半

看板には営業午後5時からとある

暖簾をくぐる

予想に反して
先客は1組のみ

中は80年代のポップスが流れていた


もしかしたら大行列に
並ばねばなるまい・・・・


と軽く覚悟していただけに
少しひいた


まあいい

いさんで案内される席に着く


とりあえず生

暑いですからな


メニューをねめつけると
お得なコースがあるではないですか

7本+一品で1300円

そいじゃ!

うまい
味は大阪とたがうことなく同じである

安い
これも一緒

おまけにうれしいのは
ホッピーを取り扱っていたことである


うれしくて
ホッピーは3回もお代わりをした


気持ちよく酔い
おいしく食べた

やはり同じお金を払うなら
おいしいほうがいい


そんな休日である

うまし

神宮の森

葛西から高田馬場まで地下鉄で移動する

そこからJRに乗り換えて
若者の聖地原宿までは
高々10分程度である

原宿駅で降りる

若いのでむせかえっている

別に本日この地で
特別な祭りは予定されていないはずである

ゆっくりと行列して
ようやく改札出口

電車を降りてから
5分以上かかった

改札を降りても
若者ばかりである

日本人以外の人々もたくさんいた

この場に充満するエネルギーは
すごいですな・・・


私の目的は
駅を降りてすぐの明治神宮である

夏の盛り
神宮の森を散策したくて
ふらふらとやってきた

駅近くのコンビニで
ヘルシア うめを購入

脂肪燃焼のための
細かな気遣いは忘れない

鳥居を一歩入ると
神韻あらたかな厳粛な空気に包まれる

今まで聞いていた音楽のスイッチを切る

自然の音と一体になりたい


自分の足で
砂利を踏みしめる

その一定のリズムと
吹き抜ける風にそよぐ木々の涼しげな音が
耳に心地いい

砂利を踏みしめながら
森の木々の間から覗く夏空を望む

蝉の声が夏の季節を
力強く喚起する

静かに歩を進める

本殿についた

ここは当然のことながら
明治帝を祀った神社である

その森を散策しながら
往時に想いをしのばせる

鎖国状態の日本に列強が押し寄せ
かたくなに尊王を信じつつ
新しい時代を命がけで創造した
明治という時代。

その象徴であられた明治帝を祀った場所


森の中とはいえ
夏の暑気は
容赦なく汗を出させる

それでいて心地悪くはない


静かに心を静めて
神宮の森の散策は続く

むかし鹿児島であるいた
森の中を思い出す

自然の幾多の音がないまぜになり
その音と森の匂いが
自分の過去の記憶と渾然一体となり
何時しか想念は過去と現在を
まだんなく行き来し始め
何かしらスピリチュアルな感覚が
自分の周りを取り囲み始める


夏の森の中の散策は静かに続く

考えてみれば
ここは都会のただなかである
そこは原宿であり
となりは渋谷である


風にのって
都会の雑多な音が流れてくる

それでいてここは神韻な森の中である


砂利を踏みしめて
過去を散策する時間は
いつの間にか過ぎゆきた

神社の鳥居を後にし
原宿の表参道に出ると
人だかりの列が遠くまで続いている

何か祭りでもあるわけでもあるまいが
何故このように人が多いんじゃ

とはいえ
これはエネルギーでもある

無気力な若者などより
全然いいではないか

暑いさなか
何かを求めて人は都会に出てくる


私はそんな雑踏がいやで
即座に地下鉄に乗った

汗をかきすぎたTシャツに
電車の冷房が冷たい

いつしかヘルシア ウメ味も
飲み干していた

2009年7月12日日曜日

プール

血圧の上昇に伴う定期的な通院は
続いている

2~3週間に1度
それまでの血圧の推移と
その時の体重を測定する

何とも管理されている状態である

といえどそれほど悩ましいことでもない

というか自分なりには
少しく動機づけにもなっている

いままでやけ食い
大食いにて好き放題していたわが肉体

最近少しくストイックな状態になって
心なしか体のだるさが少なくなった気がしている

肉も好きだが
野菜もほしくなってきた

果物より
スナックだった従来の嗜好が
いまは果物もおいしく感じるようになった

といえどまだまだ道筋は長い

酒も好きだし
お菓子も好きである

しかしながらそこに
少しの自制を利かせる

そして少しずつ体重が減り
体質が改善されていく

基本的なことだけれど
とても大切なことだ

といいうことで
本日もプールをウォーキングした

爽快爽快

靖国神社

靖国神社で
みたままつりが始まる

そのためでもないが
なんとなくお参りがしたくなり
土曜の昼に一人赴いた

土曜ということもあるが
ここは人が多い

拝殿のなかの本殿に
今日もたくさんの人が手を合わせている

よく見るとみな親子だ

社務所をみると
親子参拝受付とある

親子でご先祖様に手を合わせる

何とも健全な光景で
心洗われる

拝殿で手を合わせた後
靖国の杜を散策した

月曜日からのみたままつりにむけて
無数の提灯がぶら下げられている

著名人の灯篭もいつものように
やさしく並んでいる


ここに来れば
自分の所属が日本であり
その所属員だからこその
認められる心地よさがあり
それが時間という縦軸と
空間という横軸を凌駕し
みな同胞という感覚が沸き起こる

この手狭な日本
幾多の試練を
精一杯健気に乗り越え培ってきた歴史

その歴史の守り手として
その命の灯をささげた方々の魂を鎮めるところ

靖国の心は
普通の感覚を持った人であれば
常識として理解できるはずだし
そんなことは世界共通のはずである

そんな人の心の奥底を
政治に利用する
一部の心ない群などは
天国へはいけるはずもない

人の心に土足で入る権利など
誰一人もってはいない


そんな靖国
みんなの笑顔が13日から始まる


よき友との再会

かれこれ14年ぶりかいなという
高校時代の後輩と久しぶりに再会

積もる話あれこれ

互いにアラフォー

それなりに自分の世界を構築しているが

再会すると
高校時分の身分関係は健在

たかが1年先に入学しただけで
厳然たる上下関係はぴしりと続く

これは体育会の良き風潮だと思う

その夜は
新橋でしたたかに酔う

楽しい時間はすぐに過ぎる

とまれ友情はよきものなり

やつはむかしと変わらず
それほど酒は強くなく
途中にて睡眠に突入

結局こちらが払う
【なんでやねん・・・】


まあこれも良し


今度は薩摩にて頼む

東京の散歩

靖国神社をでて
何時もならすぐに地下鉄に乗るところを
何気なく歩いた

しばらく歩き続けると
スポーツウェアを颯爽と着こなした
若い夫婦が楽しげに語らいながら
右わきを駆け抜けていった

何も考えず
ただ歩く

しばらくすると市ヶ谷についた

そこの角に
東郷記念公園とあった

若者が土曜の午後
キャッチボールをしていた

市ヶ谷を過ぎると四谷である
ここも若者が多いせいか
洒落たお店がたくさんある

新宿御苑に接した道路には
おしゃれなオープン形式の
カフェが点在し
若い人たちが思い思いの時間を過ごしていた

本を読んでいる
おっさんもいる

と思えば公園内で
山田錦とかいたビンをあけ
ベンチで杯をあげる若者もいた

四谷をこえると新宿である
進化し続ける大都会は
自分の知っていた10年前とは
その様相を激変させていた

新宿3丁目から
地下鉄に乗って神保町に移動

さすがに腹が減ってきたので
サブウェイでテイクアウト
近所のお茶の水公園というところで
一人休息

神保町からお茶の水にかけては
私の青春の街だ

昔かよった駿台の校舎は
近代的なまっさらなビルに変貌していた

ここで今も自分の夢に向かって
ストイックに学んでいる若者がいるのだろう

その横は明治大学

一つの夢を達成した若者たちは
その若さを謳歌する

怠惰で貧しいが
それでいて、なにをやっても楽しい
というこれまた普遍の青春の断片が
そこここに点在していた

お茶の水の湯島を一瞥し直進すると
秋葉原である

日々進化する日本のモノづくりの
展示場である

にぎわいはその景気を表す

底堅い力を感じた

秋葉原をぬけ神田へ

昔行った鶴亀は健在だった

まだ暗くもない時間に中をのぞくと
ほっピーをしている
おじさん群が何組か顔を赤らめていた

神田を過ぎ日本橋へ

最後の力を振り絞って
茅場町までいった


電車に乗って自分の街へ移動した


休日の東京散策は
いろいろなことを思い起こさせてくれる


2009年7月5日日曜日

TOEIC

本日久々にTOEICに試験を受ける


相変わらず歯ごたえがあるわい

といえど悪い気持でもない

最近体の変調を来して以降
けっこうストイックな生活を送っている

そのストイックさに
英語という要素もあり
いまだ道半ばではあるが
英語とダイエットとは
意外と共通する部分があるように感じている

どちらも真実をしっかりと反映するということである

つまるところ
どちらも嘘をつかない

逆に言うとやった分はしっかりと
数値で表れるということである

がらにもなく
そんな少しずつの
山登りにも似た
自分なりの目標にむけて
少しずつ達成してゆくという行為が
今の生活の中で
けっこう心地いいものになっている

といえど今はまだ
山頂ははるか彼方である

とはいえ
少しずつ少しずつ
笑いながら楽しみながらである

そうしながら人生を送ってゆくのである