2012年4月28日土曜日

本日から休み

本日から五月の連休


いくつになっても休みはうれしいものだ

積ん読になっている書物を読もう
いきたいと思っていたレストランにいこう

歩きたいと思っていたあの街にいこう

五月の涼やかな風と共に
気分も爽やかだ

そんな感覚が健全なのだろうなあ

2012年4月22日日曜日

最近の読書

現代読書法

TPP亡国論

国家の存亡

ハーバードでは教えない
実践経営学

聞く力

自らの身は顧みず

ブラックスワン降臨

国防論

反TPP論

日本中枢の崩壊

トラヴェルズ


最近読んだ本


やはり
TPP亡国論はインパクトがあった
著者の中野氏の著述は
理路整然としていて理解しやすい


個人的な見解は
TPPはまったくもって論外 反対である

氏の著述を読めば明らかである


民主党政権は本当にこの国をどこに導いていこうとしているのか・・・・



政治家の資質の著しい劣化
己のことしか考えない幼児思考
国家観歴史観のない単眼思考


あ~あ
つかれる

疲れたのでビールにしよう

ダイエット

東郷の連合艦隊がロシア旅順艦隊に
足止めをされているときも
各艦隊は決められた洋上を緩慢にも継続的に遊弋せねばならず
その間、己が艦体には無数の蛎がらが情け容赦なく付着した

蛎がらがある一定以上に付着すると
当然のことながら艦隊運動の品質劣化に直結する

艦隊のトッププライオリティーはその艦隊運動の鋭敏さに在り
それによって敵艦隊に一定以上の打撃を与えることの担保になる

陸軍の乃木軍がその悲劇の軍隊運動で
命からがら旅順をおとし
東郷艦隊がまず向かったのは
佐世保である

長期間にわたる遊弋運動で付着した無数の蛎がらを落とすためであった

不断の艦隊の整備が必要不可欠である


己の見苦しい腹周りを見るにつけ
何とも言いようない不快感にさいなまれる

己の肉体を艦体にたとえてみると
無数の不要物が緩慢に付着して
なんとも見苦しい

見苦しいだけならまだしも
そのおかげで動きが緩慢であるし
人間固有の魅力が恐ろしく減退していることに気付いた


【ダイエットは佐世保入港である】


こんなことを前後の脈りゃうなくいうと
なんやこのおっさん気がふれたか

と思われもしようが
自分の中での理屈は上記のごとく理路整然としており

そのために
ダイエットは佐世保入港であり
そのことを何よりも先に行わねばならぬごとく
わが艦体は摩耗し
本来の魅力を減退損失しようとすらしている


ああ
ダイエットである

うまいお菓子や料理を食べたい

できれば怠惰にゆるりとしたい

といえど今の肉体はだれの責任でもなく
自分自身のこれまでの緩慢な自堕落な生活がまねいた厳然たる結果である

そんなことで
ダイエットがんばろう

2012年4月8日日曜日

自分なりの時間

スポーツジムで筋肉を動かしたり
ウォーキングをしているときに
耳で聞いているのは
最近は国会である

日本のすう勢を決める国会のやり取りを聴いているのである

日本を護る役割の政治家のやり取りを聴いている


なんとも嘘寒くなる光景を耳にしながら
筋肉を動かしている


泳いでいるときは
自分の過去から現在そして未来に思いをはせる

腹の底から静かに物を考えるという時間は
あるようでない

そんななか水中に己が体を横たえ
静寂の中を泳いでいるときは
考えることができるかっこうの時間である

漠然と考えているのは
40年の長きにわたる歳月の間に
己が肉体にへばりついた蛎がらをそぎ落とす作業である

それはけっこうしぶとく
ねっとりとそしてどす黒い

それはそうねんであったり脂肪であったり
いろいろな形をしている

そんな蛎がらをそぎ落とす作業をしているのである

桜さくら

春の季節はいい


身辺の風景が
靄気ににじんで輪郭がぼやけている

日本にとっての春は始まりの季節である
秋入学うんぬんという議論が在るが
春のスタートで育ったわが身としては
やはりこの季節は背筋が少しだけシャンと伸びる

桜の花を見て
またがんばる気が起こってきましたよ

と震災で工場の停止を余儀なくされた
ひとのよさそうなおじさんが
カメラの前で優しそうに話していた

昨年は桜どころではなかった
でも今年は桜をゆっくりと眺めて英気をもらいました
といっていた

たわわに実った芳醇な果物のごとく
桜の花びらが今がたけなわと咲きほこっている

この絢爛な眺めがとても儚いことを
我々は知っている

しばらくすると葉桜になり
深緑萌える五月を迎える

桜と日本人の相性はいい

儚くとも潔く
それでいてうるさく主張しない


桜を眺めながら
久しぶりに食べるから揚げがおいしかった

いっしょにビールも飲んだ

近所の公園の桜も例年のごとく優しく咲いていた

春を自分たちなりに静かに祝った