2014年6月14日土曜日

今飲んでいるくすり

メモ風に記載しておけば

今飲んでいるのは

血圧

アムロジピン 5mg  1
ミカルディス 20mg  1  

重症筋無力症

メスチノン  60mg  1

甲状腺亢進症

ヨウ化カリウム丸     1
メルカゾール 5mg    3
インデラル  10mg   2


やれやれ
いつの間にか自分も薬に頼る年齢になってきもしたなあ


まあこんな感じで
1歩1歩
歩いて行って

人生の自分の高みへ
登ってゆこうか


甲状腺の肥大化と複視

甲状腺亢進症という診断をうけて

3か月がたつ

どちらかと云えばきゃしゃな自分の首は
男にしてはおそく
よく女性の首のようだと言われた

カロリー過多で
肥満しているにもかかわらず
そのカロリーは
おなか周りや
胸周りにはつくものの
首には付きにくいらしく
太っている割にはとか
男の割には
とか枕詞がつくものの

私の首はほそかったのである

それが

今の私の首は
太く腫れている

甲状腺が通常に1.5倍に肥大化し
また感触がかたい

しっかり男らしい首に変質している

ただ症状は薬のおかげで緩和している


そしてそれに加えて
ここ1週間

複視の症状で苦戦している

両目を開けていると
視点が合わないのだ



本を読んでいても
テレビを見ていても
またパソコンに向かっている時も・・・



両目で見ると視点が合わないため
片目で見ている


なんともやりきれなくもなる


この苦しさを覚えておこう

治ったとき
健常のありがたさが
しみじみとわかるはずだから


ワールドカップ2014が始まった

たのしい1カ月になるだろう

あ~と~っていっているよ

子供のころ
いとこの小さな赤ちゃんの家に遊びに行くのが好きだった

こちらは男のこばかりの
腕白三人である

とはいえいとこの赤ちゃんには
みな優しい

食べざかりの時のおやつを
僕たちは
あかちゃんに分け与えた

優しい気持がめばえていたのだろう

あかちゃんも
小さいながら
あ~とあ~と~と言っている

ありがとうと感謝の気持ちをぼくたちに伝えているのだ

「あ~と~っていっているよ!」

コミュニケーションが成立したことの嬉しさを
母親を始め
大人たちに嬉しげに伝えた



あ~と~っていっているよ・・・・・・




なんて言っていたのは
もう40年も昔だ

昭和のいい頃だった

あのころにもどれるだろうか


月日は静かにも絶えることなく
流れている


2014年5月14日水曜日

5月

5月は新緑がまぶしい

風が心地よく
空がどこまでも青い

日本ではそんな5月に
大型連休がある


日本人のみんなが
3月の節目を乗り越え
スタート時期の4月をバタバタとやり過ごし
少し疲れが出るころの
さわやかな季節のご褒美が5月の連休のような気がする


もちろんこの連休が稼ぎ時という仁もあれど
まあそれとても稼げるという観点からのささやかなご褒美と考えれば
この時期の連休はなんともありがたい


すくなくとも自分はそう考えている


そんな5月は
個人的には誕生月でもある


5月の4日

45年前の5月4日に日本の鹿児島で
生を受けた



爾来45年

風霜というほどでもないが
自分なりにいろいろありながらも
いつの間にかの45歳である


人生は幾多の決断の連続だ

鹿児島にいる時分

なにも考えることなく
平和で幸せな日々が始まり

その中で学友ができ
スポーツで身を立てるもの
大工で身を立てるもの

また不良として一段ステージをあげて
人生のまだ早い時期に
さ迷い歩いてゆくものなど
身の周りでもそのまま画一的な人生のコースなど
あっというまになくなった



そんななか
自分とてそれなりに興味の方向も移ろいゆき
ある時は
毎日、暗くなるまでサッカーボールをけり続け
弟たちとサッカーの技術の開拓に余念のない日々を過ごしたこともあったし


そんなさなかに
厳格な父親には
学問で身を立てよと
日本の最高学府を目指すべく
厳しい教導をうけるも
肝心かなめの本人が最後の最後まで
自覚にかけて
あえなく挫折



中学入試を皮切りに
挫折の連続を味わうこととなった




世の中には
まだまだいろんな人間がいる

すごく賢いのもいるわいと
初め気づいた15の春であった




けっきょくとのところ大学も地元に落ち着き
ゆっくりと時間が過ぎゆきた
4年目の春

なにもわからぬまま
さりげなく決めた自分なりの進路が
鹿児島を出ることにつながり
今の自分の身の回りの環境に連なっている


自分に関係する今の人間関係も
その大学時代以前の関係がほぼ疎遠になっていることを思うと
その都度都度の自己選択がやはりいかに決定的であるか




などと来し方を振り返っていたりする





あのときこの選択ではなく
あの選択の方向に動いていたら

などとありもしない自分の仮想の人生絵図を空想したりしている




ともかくもだれしも与えられたる命はひとつであるし
その使いようはその人間の運命であり宿命である

これからどんな生き方を描いてゆこうかと
楽しい想像をしながら
自分の体を大切にしながら
これからも確かな1歩を踏み出してゆこうかな

2014年4月13日日曜日

新しい焼きとりや 

ipadを嫁に買って

自分はkindleで読書三昧


やまり毎年新しいことをしていくことによって

人生の厚みを増していきたい


昨夜は隣の駅の浦安まで少し足を延ばして
美味しい店を捜し歩いた

駅近くの
鳥起という焼き鳥屋に落ち着いた

いかにも居酒屋然としていて
それでいて
見ていると仕事が丁寧である

ももにく
かわ
ぼんじり
は塩で

レバー
シロ
はたれで

家人とふたり
キリン一番搾りで乾杯をした

自分の地元のお店はようやく行きつくし
新鮮味もない

少しずつでも開拓精神を大切にしながら
自分たちのお金と時間の過ごし方を
大切にしていきたい

春の固有の不調

3月から4月は春である

この時期の何かに自分の体が反応しているようだとわかってきた

花粉なのか
季節の風なのか
季節の食べ物なのか

昨年から今年にかけて
まったく同じ時期に体の不調がおきた

入院寸前まで追い詰めらる様な
結構深刻な不調である

いずれも病院にて診察を受け
薬を飲んでようやく落ち着きを取り戻すような状態である

そして今年の不調はどうやら乗り越えられそうである


もうすぐゴールデンウィーク

限られた人生を
しっかり満喫できるような
一瞬一瞬を過ごしていきたい

2014年4月5日土曜日

最近小説よんでいる

仕事以外は極力家にて安静にするように努めているせいで
最近は小説をけっこう読んである

池井戸潤氏の著書は
面白かった

半沢直樹のドラマで初めて知ったが
かれの一連の半沢シリーズ

空とぶタイヤ

下町ロケット

ルーズベルトゲーム

ようこそ我が家へ

と立て続けに読んでしまったが
どいつもこいつも面白い

高野和明氏は

幽霊人命救助隊を過去に読み
面白いとしっていたが

今回
ジェノサイドをよんだ

壮大なスケールで一気に引き込まれる



そして百田直樹氏は

あらためて永遠の0

そして
影法師

幸福な生活

そして読みながらたくさんたべて
体が少しずつ楽になってきた


神さまありがとう

感謝しかない

しあわせのかたち

甲状腺亢進症のおかげで
何の努力もなく
痩せることができた

痩せる努力はしなかったが
おそろしくしんどかった

通常の生活ができない状態だったので
仕事もできなくなるのではないかと
おそれた

実際に商談時に
相手の顔がにじんで見えたし
自分の手足がふるえ
こえもかれていた



人間いきているといろいろなことがおこってくる

おそろしく体調を崩したにもかかわらず
一定量の薬で体調は復活してきた


平穏な日常がいかに大切なものであるか


桜もそろそろ散るころだ

今日のひるは
家内と近所の公園にいって弁当をたべた

少し肌寒いなかだ
汗もかかず
息も上がらず

桜を見ながら弁当を美味しくたべることができたこと

これが幸せのかたちなのだろう


体調の変化

外気の寒さのせいで
ようやく汗がひいてきた

ホームのベンチに座りながら
家に帰りたいと思った

少年のように
家に帰りたいとおもった

しばらくして落ち着いてきて
再び地下鉄に乗り込んだ

どうにか予定の新幹線にのれるも
大阪までの二時間半は
静かに目を閉じていた

大阪から目的の事業部まで
電車を乗り継ぎ
いつもは歩く駅からの道も
やむなくタクシーにのった


朝から水しか飲んでいないので
腹が減っているはずだが
頼んだ料理の半分も食べることができなかった


午後からの会議での報告の時間
のどがかれて声がかすんだ




結局のところ

大量発汗
手足のふるえ
のどのかれ
頻脈
だるさ
つかれ
急激なやせ

19日に慶応病院に緊急外来

持病の重症筋無力症ではなk

甲状腺の異常だった


甲状腺亢進症


いつもの主治医に診察を受け

メルカゾール
インデラル
ヨウ化カリウム

を処方してもらった





体調の変化

1969年の生まれだから
いま44歳である

5月の誕生日だから
来月には45歳になる

45歳である

過去からこの世に生まれ
45年以上生きながらえることができえたひとは
だれしも通ったであろう45歳である

自分は未熟であるとは今でも変わらない自覚である

といえど歳月だけは寸分もとどまることなくすぎゆき
年齢だけは若造ではなくなっている

そんな40代

自分の体にもいろいろな変調が起こっている

3月の17日の月曜日は
大阪に出張だった

年度末に異動になる人の送別会もかねた
宿泊出張である

仕事ゆえスーツをきていく

まえまえから体の変調はあった

すこし歩くだけで息が上がる
汗もかく
はあはあ はあはあ上ずった息をしている

肥満のためと思っていた

17日の朝は早く家をでた

6時過ぎの地下鉄に乗って
7時半の新幹線に乗る予定だった

6時過ぎの地下鉄も混んでいた
といえど、いつも乗る地下鉄で
こんな混雑はなれている。と思った・・・・

揺られながら10分を経過するころになると
背中に汗が大量にながれた

少し寒い朝だったが
いつも地下鉄の車内が暑いので
スーツの上のコートはきていない

と云えどその朝は恐ろしく汗が噴き出てきた


つり革につかまって前のおじさんの背中を見ながら
乾いた咳もでてきた

手足が震え始め
とうとうどうしても立っていられなくなった

大手町にはまだついていなかったが
途中下車して
ホームのベンチに座り込んだ

シャツのなかの背中から腕にかけて
汗びっしょりだった

他の人は寒そうにコートを着ているのに
一人だけぜえぜえ云いながら汗をぬぐった


2014年3月16日日曜日

体調の経過

久々にこの稿に書こうと思ったのは
自分自身の体調に変化が生じ始めたからだ

ひさしく兆候を見せなかった
重症筋無力症の症状が
一年を経過しようとする最近になって
また現れ始めた

左目の瞼がけいれんを始め
商談中にもかかわらず
複視で相手の顔をまともに見れない

歩くとすぐ息が上がり
汗をひどくかく