2010年12月27日月曜日

きりしま

ほいほいほい ほいほいほい
とリズムとり
ふりさけみれば
きりしまのゆき

今月の25日26日は
急きょ 霧島に出向いた

何の用か

温泉につかるためである

25日の夜は
急きょ寒くなり
南国薩摩とはいえ
みぞれまじりのクリスマスであった

まずはそこまで

2010年12月18日土曜日

焼き鳥屋でのこと

金曜日はどうしても一週間の疲れを
少しでもいやすべく軽く飲みたくなる

仕事を早めに片付け
かみさんと最寄り駅に待ち合わせ
それほどうまくもないが
それほどはずれでもなく
それほど高くもない
焼鳥屋に赴いた

もちろん疲れをいやすのが
目的である

7時前だったが
隣の座敷きスペースでは
子連れのママたちが
談笑に花を咲かせている

最初は
気にならなかったが
カノジョらのガキどもが座敷を
走り始めた

3人のおかんと
4人のガキである

おかんどもは
片手にジョッキ
片手にたばこをもって
何とも我が物顔である

その周りをくそガキどもが
おもちゃをもって
走り回っている

壁越しに
こちらにガキが笑いかけてきたが
しっかと睨みつけてやった

オヤジをなめるな
このやろう
こちらはおめ~らのみかたではないのだ

それにしてもはよ帰れ

などと思っていたら
もう一匹の親子づれが来た!

【おかえりなさ~い!】

ってここはおまえらのいえじゃね~だろ

と心の中でつっこむ

【なまいっちょう!】
などと発注し
生ビールが来ると

【おつかれちゃ~ん!!】
と乾杯している。

おつかれちゃ~んも
ふるいだろこのやろう

とまた突っ込みたくなる

そんな感じで
時間が推移し
こちらもほどほどに飲みつつ
疲れを癒していたが

件のガキどもが
何時も間にか6人ほどになり
かの座敷は
もはや居酒屋ではなく
学童か保育園の様相を呈し始めた

ぎゃ~ぎゃ~
わ~わ~

もはや動物公園である

そろそろ飲み放題のラストオ~ダ~ですけど
と店員が彼女らに告知している

やれやれやっと終わったか
はよ帰れ

とこちらはかみさんとほっとしたのもつかのま

【この人今来たばかりなのに】
【ラストオーダーってひどいんじゃな~い びっくりした~】

などとクレームが始まった

こちらは
やれやれと心の中でうんざりしてる

ひとしきり悶着があり
その間にクソガキが
のどが渇いた~などと言いはじめると
他のガキにも連鎖して
のどが渇いた~の合唱が始まった

うるさいしうっとおしすぎる

ここは大人の社交場なのだよ
きみたち!!

結局飲み放題を少し延長してもらったようで
生8におちゃはい8
などと無謀な発注をしている

彼女らおとなは4人だけである


こんなやからが
我が物顔で世間を闊歩し
モンスターペアレントなどと総称されているのかもしれない

きゃつらをして
給食費も払わないのだなと
妙なところで
なるほどと得心したりもした

世も末じゃ

よく見たら
ガキの顔も何かしら悪人がおである

生き方が顔に即でるのである

うっとおしい

こちらは静かに余生をくらしたいんじゃ


ああうっとうしい
ああうっとおしい

と突っ込みながら
焼鳥とビールを飲んだ

まあ平和といえば平和である

2010年12月12日日曜日

ティップネス 久しぶり

焼き肉を食らうと
自然に体を動かしたくなる

久しぶりに
ティップネスに赴き
まずは平泳ぎ

昭和の時代に鹿児島の磯海岸でみた
わが父親の穏やかな平泳ぎが
唯一の私がうけた水泳の指導である

それゆえ
横を過ぎゆくお兄さんの美しいフォームとはちがい
何かしら古めかしさを感じさせるわが平泳ぎ

それでもしっかりと前に向かって
進みゆくのである
それでいいではないか

すいーすいーと
静かにおじさんは水面を前方へ進みゆく

泳ぎ疲れた後は
水中歩行である

昼食時になると
一時的に極端にひとが少なくなる

何時しかコースには
われ一人となり
静かにコースをただ進みゆく

いつしかすこし足早に走るようになり
心が軽い無の境地に入り込む

軽いランナーズハイの状態に自分をもってゆく

真空の状態の中で
自分の状態を静かに考える

足は
水中を走っている

ただひたすら
水面を見つめながら
走り続ける

そんなふうにやりきった後に
ご褒美のドーパミンがすこしく分泌されるのであろう

そしてまた
おいしく食らうのである

それでいいのであろう

まつやの屋上の日本のはたをみて

TOEICの試験を受けるのは日曜日である

日曜日いつもと同じ通勤電車にのって
試験会場にむかう

英語は積み重ねである
少しずつ研鑽していく以外に方法はあるまい

日曜日、試験が終わった後は
銀座を過ごして日本橋まで散策する

日曜日の銀座は歩行者天国である

あの大通りに
車が入ってこないのである

へっざまあみろ
とばかりにきっちり中央を歩行してゆく

銀座和光の目の前を歩きながら

この通りをこの私が偉そうに闊歩していることよ
とすこし自分自身うれしくなる

銀座和光をすごして
右手に百貨店のまつやがある

建物を再建築して
とても美しい

その社屋に
まつやの旗と一緒に
日本国旗が掲揚してあった

その日はすこしく風が強く
日章旗が風にふかれておおきく揺らめいている

歩行者天国で通りの中央を歩きながら
わが日章旗が風にたゆたう美しさを観て
心が熱くなった

日曜の銀座の穏やかな平和に浸りながら
わが日本の来し方行く末が
少しく胸を去来した

最近の日本の体たらくぶりに
その当事者の一人である自分をさておきつつも
日本国に対して
申し訳ない気持で一杯になった


この日本は我々日本人自身が真剣に守ってゆかねばならない

日本人以外の他国人は
日本を好きな人もいるやもしれぬが
自国以上に日本を守ろうとする奇特な人間はいまい

今年も表面的には平和に過ぎゆこうとしている

しかしいつ熱い戦いが日本を囲む四方の海で
起ころうとも限らない

日本人は自国に誇りを持たねばならない
その誇りを醸成し
己の祖国をしっかりと守ってゆく気概を醸成していかねばならない

松屋の社屋に揺らめく日本国旗をみて
そんな風に想った

偶有性

偶有性という言葉がある

茂木健一郎氏の著作によくでている言葉である。
といえど別段かれの専売特許でもあるまい

人生いかなる可能性も否定できない
どのような選択肢の人生の展開もありうる

というような意味だと思う

このことは
いい意味にも悪い意味にもとることができる

悪く言うと
せっかくここまで築き上げてきたわが人生
だんだん自分の分もわかってきた
派手ではないが
そう危なくもない
このままあまり突飛なことが起こらずに
平穏無事に静かに人生を暮らしていきたい

と思っているのに
人生は偶有性に満ちているだと!!

なんてこった
このまま平穏にいってほしいのに
どこでどう変わるか分からない人生なんて
ああおちおちゆっくり眠ることもできない

なんて悪い意味でとらまえる仁もいるだろう

逆に
今の人生は
自分の力不足もあって
それほど大したことはない

しかし人生は偶有性にみちている

あさ起きたら
きょうという一日は
まごうことなき昨日とは違う新しい一日だ

どんな出会いがあるだろう
どんな困難があるだろう
どんな喜びがあるだろう

そんな不特定な期待膨らむエピソードに満ちた
人生の積み重ねの先は
いかなる人生だろう
ああどきどきわくわく
さあ本日もがんばっちゃうぞ~

という風にとらまえる仁もいるだろう

個人的には
そう単純に割り切れるものでもないが
いい風に身勝手に解釈したい

自分の積み重ねてきた経験や知識
人脈やいくばくかの財産を元手に
よりよい偶有性にめぐり合うために
偶然というたゆたう風に身をまかせながらも
己にできるかじ取りは自分なりにやって行きたい

そのために日々を過ごしつつ
同時に楽しみつつ
同時に研鑽しつつ


あの世があるかどうかはわからぬが
少なくともこの人生は
今の積み重ねがそのものである

さあ偶有性の大海原にいかに飛び込んで行こうか

そんな大胆で勇気ある性格でもないので
本でも読んで自己を研鑽してそこそこの準備をしよーっと

といってもおいしいものはたべていこうーっと

そんな感じで
茂木氏の著作ですこしく元気になった

にくやき

疲れているときは
やはり食うに限る

それもあまり妥協せずに
うまいものをチョイスし
自分の体重などの
瑣末なことなどを微塵も感じずに
がむしゃらにくうに限る

かみさんともども
師走のカラ忙しさに
すこしく沈んでいた土曜の夜
近所の少し気になっていた
焼肉屋に赴いた

前々から
軒先に焼き肉の香ばしいにおいを振りまき
玄関先よりのぞくと
何時も適度に客がいる店である

なにかしら気になりつつ何の因果か
これまで縁がなかったが
昨夜は互いの何かしらがぴたりと符合し
席につくことになった

上カルビに
ハラミ
ホルモンに
ロース

生ビールに生レバー

好きなものを立て続けに発注し
何のてらいもなく
白飯大も同時に発注した

上カルビをニンニクまみれのたれに浸し
そのままくちに仰ぐ前に
白飯の座布団に一度のせ
肉とメシを同時にくらう

のどのつまりを
ちべた~い生ビールで流し込む

ときにいい

疲れがすっかり吹っ飛んだ

何も考えずに
いちずに行動するとき
人間は刹那の幸福に浸ることができるのである

2010年12月10日金曜日

よーこそ じゃぱん

YOKOSO JAPAN

というロゴを観たことがある

とみにその場所の玄関口である
空港や駅で
少し意識的に崩したロゴで
書いてあるのを観たことがる

先日朝だったか
そのYOKOSO JAPAN のロゴバッチをした人物と行き違った

バッチはその人物の身分を
世間に積極的にアピールするもので
自分とてバッジをつけねばならぬときは
少しく世間の目を意識する

そのYOKOSO JAPAN
のロゴバッジはかなり大きなものであった
そないでかくせえでもと
つっこみたくなるほど
バッジが歩いているがごとく
でかく感じられた

いい風に解釈すると
そのバッジの存在感を感じさせられたようなもので
作成者の意図に
こちら側はまンまと載せられたとも言えるかもしれない


その仁が
何があったか
かなりの渋面を作って
世間の歩道を足早に歩いて行った

何があったかしれぬ
課長にこっぴどく怒られたのか
かみさんとやりあったのか知れぬ

しかしながらその形相は
かなり人をして不快ならしめるに
十分であり

少なくとも自分は
そんな面構えのおとこに
いくらようこそといわれたとて
自分の招待にだけは決して乗るまいと思うに相違ないと
思った

何があるにせよ
他人には全く関係のないこと
自分の胸にも少しく突き刺さる出来事ではあった

2010年12月9日木曜日

今日も昨日と変わらずエビづくし

確かに寒くなってきた

大漁なのかもしれぬ

確かにうまい

フライでもいいし
てんぷらもいい
刺身もうまいし
味噌汁にしても絶品である

それにしても
やりすぎである

こう毎日エビづくしが続くと
さすがに食傷気味とならざるを得ない

日々のマスコミの熱狂ぶりのことである

どうでもいいではないか
たかが鼻っ柱の強い
個人の飲み過ぎにすぎない

だれしもあるし
それほどのことでもない

日本人の民度もここに極まれりか

エビはエビにすぎぬ