2011年1月30日日曜日

森山良子

森山良子の歌声はいい

先週の土曜日
始めてかの人のコンサートに出向いた

客層は予想していたが
非常に高齢で
我々夫婦はその中においては
かなりの若年である

歌を歌いだして
45年というその歴史は
そのまま
戦後日本の経済復興の歴史と時間を共有しており
そこにイデオロギーを入れない限り
昭和生まれの端っこにいる私どもにも
その歌声は心地よくひびいてくる

お客にやさしい構成で
コンサートは二部構成である

おしっこも済ませ
準備万端
座席についてよーっしと期待していると
期待通り!

後半のスタートは
【さとうきび畑】である。

コンサートに赴く前の
ほのかな期待としては
生の【ざわわ】がきけるということで
同僚にもそのように吹聴していたのだ

コンサート会場に
漆黒の闇が広がり
ステージ一点に光が照射される

そこにギターを肩にかけた
森山良子が
前奏なしに突然に

【ざわわ♪~】と始めるのである


シーンと静まりかえった
ホール内に
彼女の清涼感あふれる声音で
かの瞬の悲しい思い出が静かに紡ぎだされる

それを聴きいる
われわれの心にも往時の悲しい情景がしずかに
起想せしめられる


その刹那
左前方で
「ブーンっ」という静かではあるが嫌悪感のあるノイズが耳に障った

まさかあのいまわしきB29の襲来か!
といぶかしんでいると
私どもの一つ前の席のオヤジが
その前のオヤジの後頭部をゆびさし
【ノイズの音源はこいつだよ】とばかりに
横の奥さんに注意を促している

その瞬間に
私には事の真相がつまびらかに理解できた

私から2列先のおじさんの
後頭部がざわわの切ないメロディーのなか
薄闇の中浮かび上がる。
ふわふわと左右に振り子のごとくたゆたっている。

かのおっさんの頭部は
モノをかざせばきれそうな
美しい角刈であった

角刈というヘアースタイルの醍醐味は
直方体を想わせるその形状に
人間の感覚に中に
美しき節度を起草せしめる

角刈の醍醐味は
その天面が天空と平行をなして
その延長線上は
どこまでいっても交わらないという
とこしえの自然界のきびしい摂理にも認められる

角刈は凛として
天空と対等に対峙しておかなければならないのである

そんな直方体が
後方の私から見ると
北西の角度にゆがんでいた

直線をなす頭頂部が
天空と平行をなすことなく
左上方に傾いているのである


ようは角刈のそのおっさんは
あろうことか
ざわわの神韻の静けさの中
その心地よさにうつらうつら舟をこいでいたのだ

しずかなざわわの旋律のなか
あろうことか
いびきをエンジン音にしてその稚拙な小舟をこぎ、
その忌まわしいノイズは
戦時におけるあのB29を起草せしめ
観客席にいるうつくしい心の持ち主になろうとしている人たちの
心の中に憎しみを生起せしめた

おっさんの風にたゆたう角刈の頭頂部は
幾多の人々のにらみを浴びたはずである

その攻撃の中に私の目も入っていた・・・・・


そうとはいえ
なまのざわわは限りなくよかった

コンサートの帰りは
お決まりの反省会である

会場が江東区であったため
かみさんとふたり
まずは焼き鳥屋に顔を出し

間髪いれず
その焼鳥屋の隣にいちする
だるまに赴いた

久々の大阪風の串焼きは
コンサートの余韻にピッタリで
何ともここちいい寒い夜となった

2011年1月26日水曜日

本日のこと

本日は朝から仙台へ出張

さすがに寒い

帰宅時刻が嫁とかさなり
自宅近所の
焼き鳥屋で少し小休止

ときには息抜きも必要

2011年1月16日日曜日

大河ドラマ

NHK 大河ドラマ 江をみる。

戦国ものもいい

それよりも
最近はほんに涙もろくなった

少々感動的なシーンが来ると
ジーンとくる

ただ
安きドラマでは
それすらも抑制せねばと思ったりもする

踊らされるわけには
行かないのである

つくりもので
お仕着せの感動はいらないのである

ただ
その点
NHKはいい

むろん自分の勝手な位置づけである

2011年1月15日土曜日

うえをむいてあるこう

人間というものも当然のことながら
地球上の生物の一種であるから
自然の環境に影響されるのは当然である

生物としてうけとる
寒さというものは
やはり何かしら陰で内な感覚である

日本文学史上で
太宰が東北の地から生まれ出たのも
偶然とばかりはいいえず
おそらく東北の
見通しのきかない鉛色の寒さが
その精神を自分の内面に向かわしめ
彼をして何とも感情的に内向きな
精神文学を書かしめたに違いないと漠然と思ったりする

寒さは人をして
その精神を
内向きに向かわしめる

そのことが別に悪いということではなく
季節におおじて
いろいろと対応させられる
日本人が幸せであると言いたいのである


北海道の雪に接した後
東京の地を踏み
日本列島の多様さを改めて体感した



実は日本人は
その歴史の中で
小さいとはいえ
南北にひょろ長く
春夏秋冬の四季が明確で
それゆえに世界中で最高に芳醇な土地に住み続ける中で
いつの間にか
人間としての多様さを
自然と持ち得ている

多様さというのは言いようもなく強みである

日本民族は
他国人からはなににもまして
不可思議な存在と映るのかもしれぬが
実は日本人にとっては
至極当然の仕儀なのである
多様さを歴史的にも培ってきているのである

とはいえ
最近の日本人の溶解ぶりは
何ともひどいとしかいいえず
そのことを考え始めると
陰鬱として下を向きたくもなる

といえど
寒いながらも
上を向いてあるこう

その方が楽しいし心地いいはずだからである

本と整理

油断をすると本というものはどんどん増えてゆく

自分の周りを清潔に保とうとすることと
本が増えるということは
相反する

やはりそこには自分のなかに
執着があり
まだとっておこうとするいやしさがある

とはいえ
一度読んだだけで
その本をすべて習得することも
できるものでもなく

このもんだいは
しばらく付き合わねばならぬ
懸案である

ただ思い切って捨てた後は
何事においても
すっきりするのは事実で
すっきりしないと
何事もよいパフォーマンスは発揮できない

やれやれ
まあ贅沢な悩みでもある

北海道出張

年始最初の出張が北海道とは
今年も気ぜわしい

オフシーズンの北海道は
宿が安い

温泉付きの朝食付きで
3900円ははげしくお得である

12日の夕刻
北海道に向かう飛行機に乗るも
【大雪の場合羽田に引き返すこともあります】
【あしからずご了承ください】

という条件付きである。

ご了承くださいと言われたかて
一般平民は
はいそうですかとひきさがざるを得ない

予想通り
札幌千歳の滑走路凍結のため
上空にて旋回
溶かす作業待ちで
不安なフライトも無事に着陸

お外に出た刹那
予想していたとはいえ暴力的な寒さである

マイナス9度

本格シーズンに本格の雪が見れて
部外者にとっては
物珍しくうれしい

耳を切れそうにしながら
狸小路の中のホテルにチャックインして
2軒隣の【魚平】に出陣

この店は前回偶然見つけた店なれど
独りのときはちょうどいい

サッポロビール飲み放題で
880円
60分と書いてあるが実はなし崩し的である

おまけにあら汁が飲み放題で
暖をとるのにいい

安いあてをかるく発注し
ひとり札幌の夜をたのしむ

となりでは
地元のサラリーマンが
人事仕事論争に花盛りである

【前田くんよ きみはあまいよ】
【部長のかんがえはそこよりもっとさきをいっているのだよ!!】

などとやせた係長らしきおっさんが
熱燗をかかえて
若手の前田君にくどくどと説いていた


外は大雪である

平和な感覚でいい

隣で私はせっせとデジカメで料理を撮影

配ぜんの優しそうなおばさんの
笑顔もいい

冬は寒いに決まっている

そんな感じで1月スタートである

2011年1月11日火曜日

楽しくいきる

正月休みもようやく終了。

本日より通常モードである。
少しずつ本年の自分の目指す姿を模索してゆこう。

まずは
やはり体調である。

久しくつけてなかった万歩計をつけるようにしよう。
やはり基本は歩くことである。

朝夕の何気ない時間を
できるだけ歩くことにしよう。

そして
自分に素直になるようにしよう。

単純でもあろう。

何が目標かといえば
いたって簡単で
楽しいか否かということにつきぬけてゆくかも知れない。

苦痛より楽しいほうがいい
悲しいより楽しいほうがいい
悔しいよりたのしいほうがいい


そう思って
生きたのが子規であるなら

自分もそうありたいと願ってみよう

虚飾などどうだってよく
ようは楽しいかどうかである

他国にいやしめられるのは楽しくない
となれば楽しいようにすべきである

そのためには独立である

自分の力をつけて
自分の力で何事もなし得て
楽しいということになるだろう

他人のお仕着せのモノなども
本当に突き詰めてゆくと
楽しいとはいえないかもしれない

だったら遠慮せずに
排除してゆけばいい

ことしは
コミュニケーションの過渡期から改革への元年になりそうな
予感がしないでもない

ブログやツイッターの
爆発的な進化と普及がおこりそうだし
ウィキリークスという
今までにないフラットな情報の共有媒体が生まれてきた

そんなものとも
自分なりに楽しいという切り口で付き合ってゆければいい

楽しく生きる

そこにつきるかもしれない

そういう感じでスタートしてみようか

槇原君の今回の歌

JR東日本の青森への新幹線開通

そのTVCMに使用されている
槇原君の今回のうたはいい

個人的に久々にこころに浸透するような
かんじがして

なにかしらなつかしくやさしい気持ちになる

できればそんなささいな断片を
自分も
やさしく表現できればと思う

2011年1月10日月曜日

いろいろな情報のかたち

情報の伝達ということからすると

文字というものは
便利ではあるが限界はある

たとえばおいしい料理を紹介するのに
文字をいくら並べ立てたところで
その画像で直截に見せた方が
限りなくそのおいしさが伝わることがある

そんなことからすると

画像を画像のまま
情報を受け取ることも
重要なことだと思う

そんな意味で
読書だけが
研鑽の手段ではない

いろいろな器官を駆使して
この楽しい世の中と対峙できたらと思う

休日のよこはま








えーけーびー

これのネーミングが腹立たしいねえ

AKB48だって

エ~ケ~ビ~フォーティ~エイト

だって
秋葉原を表現しているらしいが
何ともうっとしい

マスコミによると
国民的アイドルグループという

なんで国民的なんや

個人的には
うっとおしいだけである

ファンが大勢いるだろうから
批難はこれくらいにしておこうかな

2011年1月9日日曜日

かんぺい

かんぺいが世界をはしってるかしらぬが
そんなもん
自分の欲望のために走っているにすぎん

なにゆえ
かれにたいして
あたたかな声援などを
おくらねばならぬのか

メディアの押し付けに
同調してしまう
知的に弱き聴衆は
そのようなものかと
しりもしないかんぺいさんへ
あたたかいおうえんをするであろう

なんで
かってに自分の好きなことを
している男を
そないにもりあげる

あな あさまし

2011年1月8日土曜日

ホルモン

予想通りというか
ほぼ確信的であるが

今夜はホルモンにいくと決めていた

久々にいった
七輪の煙もゆる場所である

まずは
生レバーと生ビールで
あいさつし

そのあと
ホルモン
てっちゃん
まるちょう
はらみ
とんとろ
なんこつ
と攻めゆき

ナムル
ねぎなむる
ではしやすめ

そんなおいしすぎる仲間たちと
生ビールで邂逅し

ホッピーで巡航し

軽く二時間の航海である

米を食わずに
腹がいっぱいになった


家に帰ってきて
ナイシトールを服用した


確信的な過剰なカロリー摂取である

それも人生よ

ハハハっ

知的生活

【知的生活の方法】

 渡部昇一

この本も一種古典のようなものになるつつあるが
さりとて
生きる上で知的な生活が
如何にいいものかが改めてわかる良書である。

静かな環境で
人類の大いなる財産である膨大な書物を
読むことのできる幸せは
おそらくは何物にも代えがたいにちがいない


日本語以外に語学ができたらいいと思う

世の中を構成する
物理学が理解できたらとおもう

無限に多様な生物の様態が分かればとも思う

人生を生きる上での
根源的な哲学おも理解できたらと思う

そんなこんなで
知的生活を送れたらと思う

そうなってくると
貧疎で空虚なテレビ番組などを
無駄に視聴することなど
ほぼ自殺行為とすら思えてくる

ああ
知的でありたし

2011年1月7日金曜日

はまさきあゆみ

ファッションの要諦などは
トンと知らぬが
その一つの要素に模倣があるには相違ない

ファッションに最も時間と金銭をかけているのは
芸能人であるのもあながち間違いではあるまい

芸能人は観られるのが仕事だし
自分自身が商品であるため
自分自身よりも
それに携わり
儲けにありつけようと
本人よりもその関係者が真剣に
その商品の飾り付けをするはずである

それにしても模倣も時として
いかがかいなと思う時もある

最近少しだけホットな話題で
久々のショートヒットを放った感のある
浜崎あゆみ

紅白から結婚へという話題は
いくら話題に疎いおじさんを自任している私でさえ知っている

さすればまたぞろ模倣である

昨日の久々の世間では
なんちゃってはまさきを幾人も目撃した

下品なチャパツに
バッタを想わせる過剰にでかいサングラス

朝ですよまだ
サングラスなんて要りもうさん
おまけのここは電車内ですし

なんていうおじさんのいうそもそも論は
当然のことながらファッションには通じないらしい


個人の自由です
というのはそれでいい

しかしそぶりまで
その模倣に加えるのは
さてさていかがなものか

その彼女は
はまあゆにしおじりがまじっていた

ようは世間に対してすねたそぶりをすることまで
何かしら勘違いして
偶像を模倣しているつもりになっているらしい

ああ あほらしい

2011年1月6日木曜日

日記の決意

日記の効用というものについて
最近本を読み返した

【日記の魔力】
 表三郎

そのために
自分専用の日記を改めて書くことに決めた

その内容は
自分だけが書き
自分だけが読むものであるため
非常に具体的に自分の出来事を記載してゆく

瑣末な事象もその集積が人生であるし
その瑣末な事象を抜きにしては
人生がでこぼこと穴があいてしまう

自分のなすことは
善悪を抜きにして
自分自身の人生そのものである

ゆえに
あとから読み直して
愕然としようがともかく記載することにした

本日から書いている
ゆえに日々記録することが日課となった

このブログと
平行していければいいと思う

内容は
個人的なコツ故
なかなかなかなか
世間様にはお見せできぬシロモノである

続くかどうか

それも
今年の一つの決意である

かおそれぞれ

久々に出勤に赴き
いつもの通勤路を歩いていると
前方から顔いっぱいに渋面を作っている仁が歩いてくる

ときどき相まみえ
赤の他人ながら
すれ違うときは何とも不愉快になる男である

あ~あ
よりによって
年明け早々お前の顔かよ
と心のなかで想いながら
遠方から彼と判断できた瞬間に
目線をそむけた


何があったのか知らぬが
すがすがしい年始早々
それもきりりとひきしまる冬の早朝に
そないに顔をしかめンでもよかではないか

もしかしたらもともとそのような顔なのかもしれぬ
そうだとしたら
何とも理屈ではなく
生理的に受け付けられぬ何ともいやな顔立ちである

他人のふりみてわがふり直せともいう

もしかしたら
私自身が
他の人にそのように思われているとも限らぬ

そう思い
電車を降りた後は
意識して笑顔を作り空を見上げた

さてがんばろうか!!

ナイシトール

腹立たしいのは
ネーミングである

何とも安易というか
弱きものを揶揄しているというか

脂肪のつきすぎに
心ひそかに悩んでいる
かよわき中年男子のこころをえぐるような
何とも腹立たしいネーミングである

いっそのこと
フンデール
とか
ルーデソーク
とか

ヨーデールフン
とか
改名しても肝要のところは変わりない
はずである

ようは
服用すると
フンがよく出るのである

フンがよく出るということは
新陳代謝が活発になるということであり
その意味で動的平衡を加速しているということでもあり
結果として滞留している内脂肪を
活性化させ燃やしているのかもしれぬ

正しいことはフンとわからぬが
実感としては
よ~フンが出るわい
ということである

といえど
高いわい

それも
悩ましい
中年男子の足元をみている証拠であり
何ともいいようない

2011年1月5日水曜日

本日のすごし方

13時に家を出て
近所のスーパー銭湯に赴く

いつもとは違う顔ぶれなり

昨日までは大混雑だったに違いないが
本日は打って変わって
快適である

何事も少しずらすと
快適になる身近な典型例である

クジラは
長年大海原をさまようため
その表面の皮膚には無数の蛎がらが付着している

連合艦隊が
旅順艦隊を撃沈し
いち早く佐世保に赴いたのは
その間に付着した無数の蛎がらを取り除くためであった

蛎がらが付着していると
想うような艦隊運動ができえず
そのために甚大な被害につながりかねないからである

目の前に
巨大なクジラが無数の蛎がらを付着させたことを
思い出させるおっさんのケツがまじかにある

湯船は一段低くなっているために
休憩用のベンチに腰掛けていると
後方の湯船からは
ケツと目線がほぼ平行になる

おっさんのケツは
おそろしく汚かった
来し方の年輪がその表皮に刻まれているがごとく
隣の子供のケツとは
まさに別物である

巨大な表面に
無数の1センチ大のシミが群居しており
それが
巨大なクジラの表面を起想せしめた

そのシミ群のなかに
何箇所か赤く艶めいている個所がある

ほぼ直近に擦過したに違いなく
その表面は過敏に炎症をおこしているに違いない

その炎症個所は
その主人の感覚にはいかように訴えられているのであろうかと
かってに思い悩む一場面があった

別段大したことはないエピソードである

ようは暇なのである

そんなゆっくりとした時間を
2時間ほどすごし
あらためて年末から年始にかけての
汗をしっかりと洗い流した

15時半帰宅

坂の上の雲 子規、逝くを改めて観賞

しばし仕事のPCを開ける

その間 水を大量に吸収
体を乾燥させてはならないのである
血がドロドロになるもん・・・


さて明日から本格稼働である

ようやく通常に戻るが
実は昨年は先週なのである

日本人というのは
しっかりと敷居をつくり
都度都度の生活にメリハリをつけてきた

そんな文化は
自分にとっては居心地がいい

しっかりと日本人なのである

日記についての個人的考察

朝の陽光が美しい

新年にふさわしいきりりとした風の冷たさもいい

自分自身は
比較的わかりやすい性格であると思っているし
そのことはわりあい気に入っている

自分なりのけじめの時期を
かってに意識して
その都度かってにやる気をだす。

このことは別段誰にも迷惑をかけるものでもないし
他人さまへかってに踏み込んで
やる気の押し売りをするほど
暑苦しくもない


日々の時間の集積が
人生のなくてはならない構成要素である。

となればその一つ一つの断片は
意識するとしないにかかわらず
その人の人生にとっては
確実なる事実である

その事実を自分なりに
記録するのが
日記というものであろうか

単なる一兵卒の記録の集積が
他の人にはまったく興味をひくものでないのは
自分にとって
いくら有名な仁のブログとて
あまり興味をひくものでもなく
読む気も起きないのを思い出せば簡単な事実である。

日記は非常に個人的な作業で
その効能【そのようなことがあるとすれば】は
その本人にのみに機能するはずである。

そういうことで
また新たに本年の記録をスタートすることに決意した。

何かあった時に
遺言のようなものにもなるだろう


本日は
かみさんが仕事なので
7時に起床

7時半にかみさんを送り出し
TVは消灯

日課の血圧のくすり
ナイシトールを確実に服薬

買っておいて貰った
ヤマザキの丸ごとソーセージと
お茶
ヤクルトで久々の朝食を食べた

本日まで休みなのである

さてプールにでもいこうかなあ

2011年1月4日火曜日

テレビ雑感

それにしても
日本におけるテレビメディアの
急激な衰退はなんなのだろうか

そんな大げさなことでもないが
この年末年始の
テレビ番組の怠惰さかげんには
かなり幻滅した

娯楽番組は
もうへどが出る

下品な笑いは
人生を衰微させるだけだろう

おじさんになった証に
とりためた
坂の上の雲を観て
涙しきりであった

NHKよ

願わくば奮闘努力せよ

本年の起動

本年度の基本理念は

当然のことながら
昨年に引き続き
祈るということを上げよう。

朝、意識が眠りから覚醒し
体に意識を通し
稼働させることができたら
まずもって

朝の太陽に感謝の祈りをささげよう

天照大神のおわしますこの神国に生れし我は
まずもって太陽の恵みに心から感謝する

そして厄を払ってくれる
お札にも祈ろう

富士の山にもいのり
今年からは東京のシンボルのスカイツリーにも祈ろうか

祈ることは手を合わせることであり
手を静かに合わせると
冷静になることができる

冷静になると物事の核心が
つかみやすくなる

物事の事実を半ば把握することができたら
大体のことには対処することができるだろう


祈り
そして身辺を清潔に保とう

モノにおぼれそうなときは
捨てることを心がけよう

捨てることによって
大いなる流れを保つ

動的平衡を意識しよう

モノの滞留など
いいことなどないはずである

すべてを流し
流れを絶やすことがない動的な状況で
ダイナミックなスパイラルを生み出し
成長エンジンを燃焼させよう

まずは
手を合わせて

本年も何とぞよろしくお願いします。
ということにしよう。

さてと

2011年の自分なりの決意
などというおもおもしいものでもないが

年を経るごとに
いろいろなことをシンプルにしていきたいとほのかに考えている

秋山好古が
常に行っていた言葉に

【身辺は単純であれ】
というのがある

いまは非常に恵まれていて
いろいろなものに囲まれている

すっぽんぽんの
一匹狼になるのは
風呂に入る一瞬だけである

風呂に入っているときでさえ
なんやかんやと
守られている

霧島のとき



昨年末の鹿児島

新年明けましておめでとうございます。
本年も何卒よろしくお願いいたします。


さて
2011年が始まりましたなあ

昨年の年末は
クリスマスの時期に
何かしら思い立ち

かみさんとふたり霧島の温泉に赴いた。

普通の土曜日で
飛行機もそれほど混んでもいない

久しぶりの鹿児島に降り立ち
最初の印象は
さむか!

であった

かみさんが吟味を重ねた末にきめたのは
霧島国際ホテル

部屋よし
風呂よし
メシよしの
三拍子そろったよきよき宿であった

露天風呂から内風呂に帰るべく
野外の階段を
足を滑らせないごとく
ほいほいほいとリズムをとりながら
一糸まとわぬすっぽんぽんで
おりゆきていると
ほのかに己がチクビに
ほのしろきものが・・・・

振り返り仰いでみると
霧島の曇天から
白き雪が・・・・

思わぬクリスマスとなった
というわけである

その日は
鹿児島につく早々
父方と母方の墓参りに行った

まずはこの一年の感謝を祈り
花をたむけ
静かに祈る


翌日は
実家に帰り
ひとしきり母と語らい
そして
東京に戻った

そんな年の最後に
ささやかなぜいたくをして
自分たちなりに締めくくった
2010年であった

本年も愉しくゆこう