2010年1月25日月曜日

雑感

一日自分のなせることを精一杯おこない
その途上で出会う人々の暖かな行為に感謝する

物事で
個人でできるレベルというのは
恐ろしいほど少ない

個が集まり群となり
群が何事かを目標として組織となる

組織が機能的に動いて
何事かを動かしてゆく

精一杯個としての機能に徹し
その途上で
自分の機能をより有益なものにするために
情報や知識を吸収する

その手段は読書であり
観察であり
会話であり

そしてその作業を
睡眠という豊かな恩恵のなかで
休ませて
そしてまた
英気凛凛立ち上がる

その途上に
幾多の感情の波もあるから
なかなかうまくいくときばかりでもないが
それも人間であり
人生であったりする

生きてゆくことはある一面
恐ろしく単調である

しかし単調のなかに
何かしらの価値を見出してゆくのも
人間ならではの感情である

ゆっくりやすもう

2010年1月24日日曜日

最近の読書

フラット化する世界

グリーン革命

合衆国再生

成功者の告白

スタバではグランデを買え

竹中式マトリクス勉強法

散歩写真の勧め

永別かくのごとくに候

最強の速読術

死ぬための教養

スパークする思考

人類を救う哲学

新書百冊

読書進化論

旅は人生

懐かしい「東京」をあるく

病床六尺

子規句集

蕪村俳句集

天才の時間

「孫子」をよむ

人間通になる読書 実践編

暴走する資本主義

散歩の極意



最近読んだ本

こんな風に並べてみると
まさに乱読濫読ランドク


デブは菓子を乱食する
経験を日常的にこなしているために
実は読書も
やせ型の人より
上手なのかも・・

無理な理屈か

旺盛な知の習得と
互いの知のシナジーで
できうれば我が祖国のために
何がしかの働きがしたい

こんな気分も年を経るごと募り
またまた実はいまだ1月だからか・・・

断片を切り取ること

寒そうな川面に幾多の鳥が静かに浮かんでいる

彼らの意図なぞわかるはずもないが
何かしら穏やかでほほえましくもあり
冬の寒さがうれしくなったりした

おじいさんと3歳ぐらいの子供が
サッカーボールで
けりあっている

子供はカッコよく蹴り返そうと頑張っている
おじいさんもサッカーなぞ
テンで素人のようで
子供の打ち返したボールを
トンネルしたりしている

何ともほほえましい光景に
うれしくなった

【咳をしても一人】

の尾崎放哉
の自由俳句のようなものが詠いたくもなる

青い空に一人穏やかな川面をみる

歩きながら
クレーン車を横切っている

富士山を望んで
横から自転車が勢いよく横切る


何とも日常の何でもない過ぎ去る無数の断片を
自分のその時々の心が
どのように受けるのか
それは自分を含めてだれにもわからない
そんなわからない無数の断片を
その時々の自分の言葉にしていく



ツイッターがなんかとてもブームのようだ


人とつながることで
なんとなくさびしさを埋めようとする心理は
別段現代に始まったわけではない

そんな心理にテクノロジーが
寄り添って
そこに無数の動きが生じ
それが経済効果につながっていったりもする


せきをしてもひとり

それにしても
われも何かせねばと考えている

尾崎放哉
春の山の後ろから煙が出だした(辞世)

2010年1月19日火曜日

たとえばこんな休息

気の合う家族とうまい食事をとり

ゆっくりと湯船で
お気に入りの本を眺める

じっとりと汗を感じながら
体を弛緩させる

静かに自分の書斎に
たたずむ

少し奮発した布団に
ナノイーのきいた寝室で横になる

何とも幸福な時間だ

静かな時間も大切

一日に一回は自分の書斎で
静かに何もしない時間をもつ

一日めまぐるしく右から左に
情報処理している自分の脳を
ゆっくり休ませたい

日々生きることは
情報処理の絶え間ない連続である

会話から
メールから
計算から
笑いから
食事から
排泄から

何とも消耗耐久品としての
己が体も
よくぞまあ頑張っているものだと
時に自分ながら感心してしまう

フラット化する世界という本を
斜め読みしている

すべてがオープン化され
急激な変化が起こりつつある

たとえばこの私なぞが
このようにブログなぞをしていることが
一つの象徴的な事象である

まあいい

少し休もう

夕闇の静寂の音に
耳を傾けながら
何も考えない

静かに休息をする

そんな時間空間の確保は
誰にとっても大切なことだ

2010年1月18日月曜日

単純な生き物

人間というものは
いくつになってもとても単純な生き物のようだ

いくら世間的に風雪に耐えたような風貌をしていても
人に褒められれば悪い気はしないし
いくら金を積まれても首を縦に振らないような
意固地なことでも
プライドを軽くくすぐられると
すぐになびくものらしい

このことは別段幾多の観察の結果導き出された
科学的発見!なぞという大それたことではなく
あくまでも己が身に起こる
ささやかな体験に基づいている

体調管理についてである

私は血圧が高いということで
毎日薬を飲んでいる

処方される薬が
1か月分しかないため
必然的に1カ月に一度薬をもらいに
定期的にお医者さんへ行くことになる

その時のささやかで唯一の約束事として
毎日血圧をはかり
それを日々記録して提出するという
幼稚園児の絵日記のようなことがある


毎日記録している

そして1カ月に一度は
病院のきれいな看護婦さんに
血圧と体重をほぼ正確に測定してもらい
そのあとお医者さんから
ありがたいお言葉をいただき
そして薬を1カ月分処方してもらうという算段である

そんな定期的な拘束事が
ほぼ半年になる

見せてください
いいですね
落ち着いたいい数値になっている

【へへへ うれしいものである】


すこし太りましたか

はい
【ぎくっ そうなのである】


この前測定した血液検査の結果でましたよ


でどうでした??

とても非常にいい数値になっていましたよ

【マジですかっ!!】

いろいろな数値が劇的に改善している
どのような努力をされたのですか??

【わがプライドを軽く柔らかく心地よくくすぐるのう!】

いえいえ
そんな大それたことなどしていませんよ
すこし食事に意識して
あと通勤時2駅ほど歩くことにしています

すごい!
いいですね!
えらいっ!

【そんな大したことでもないし所詮私のことなのに・・・】


といい歳をしたおじさんの軽いプライドを軽妙に叱咤激励してくれる

これだけでがぜんやる気も出るというものである

やせなさいっ!
何をしているのですかっ!
成人病ですよっ!
あなた自身のことですよっ!

なぞと否定的な批難めいたことばかりいわれた日には
 おそらく私は逃避していただろう

【何を小癪な こちらは客だぞ!】

とばかりに・・・・

やはり人間いくつになっても単純なものだ

人はほめてつかわす

このことに限るね

このやさしいお医者さんは私からお金をもらい
定期的に通わしめ
そして喜ばしめ
そして顧客満足も実現している

実際は顧客自身がすべてやっているのである

お医者さんは
ほめて激励しているだけである

なるほどなるほど

2010年1月9日土曜日

朝の富士山

寒い朝は
空気が澄みきっていて
自分の部屋の窓を開けると
遠くに富士の山を望むことができる

何とも秀麗で
普段と変わらぬ一日であってほしいと
望むと同時に
何かしら特別な日になるかもと期待もされ
自然と手を合わせて
拝んでいる


「来てみれば ききしにまさる富士の山 釈迦や孔子もかくやあるらむ」

と誰が詠んだか
知る由もないが
地方から上ってきた身からしてみれば
何ともその感興は
なるほどよく詠ったものだと感じ入るばかりで

やはり日本の誇るべき富士山であって
それは一つの自然の形態にすぎねども
そこに過去幾多の日本人達の
仰ぎ見る信仰のような想いの積み重ねの結晶みたいなものが
厳然としてあるようである



それと同時に
どちらが本歌どりなのかは
知りもしないが

「来てみれば さほどでもなし富士の山 釈迦や孔子もかくやあるらむ」
というような
一男児としての気概を詠う
気分も同時に必要だと感じたりもする


なにはともあれ
日本のことを
何時になくいとおしくなる瞬間である

そんなときは自然と手を合わせ
こうべを垂れるのである

2010年1月6日水曜日

今年の正月もあけて

新しい年が始まる時は
何かしら気持ちもおごそかになる

そんな気分は
おそらく文化というもので
何とも説明のしようもない
この清らかな気持ちは
日本文化というものだろうか


めでたさも
ちう位也
おらが春

初夢に
故郷を見て
涙哉

春立つや
愚の上に又
愚にかえる

初空の
祝儀や
雪の
ちらちらと

ここまでは
小林一茶


十万の
常備軍あり
国の春

今年はと
思うこと
なきにしもあらず

大みそか
愚なり
元日
なお愚なり

ここまでは
子規


日本にとって
年末から正月にかけては
その物質的な環境は変わるものの
感興としては
昔からあまり変わっていないのかもしれないし
そのことが
風雪に耐える
文化なのかもしれない


そんな感慨は
当然ながら
他国の人なぞには
わかるはずもないし
こちらとて
異国の文化的匂いなぞ
十全にわかるはずもない

そんなそれぞれの独自の文化があって
始めて
普遍化可能な
文明があるはずである


さて
本年も
わが国ですごす平和な正月はいつの間にか過ぎゆき
新しい起動の日を迎えた

とかく暗い話題のみ
いびつに大きな声で
聴こえてきたりするが
何をするにも人であり
故にこそ
文化に根差した元気が大いに必要だと思う

元気に腰を上げてゆこう

2010年1月5日火曜日

手を合わせるということ

私にとって今年は厄年に当たる。

新年の初詣は
近所の深川不動にお参りに行った

そして本年は
厄払いもしてもらった

お堂のなかで
坊さんが護摩を焚く

静かにこうべを垂れ
両手を合わせる

何時しか荘厳な空気に包まれ
とても謙虚な心持がしてくる

手を合わせて
何かに静かにお祈りを捧げるという行為は
日常の生活において
必要な行為のように思われてきた

鹿児島の実家には
仏さんがあるから
何時も朝起きてすぐに
線香を焚き
静かにお祈りを捧げていた

何かしらおごそかな気持ちで
一日を始めていた

今年は手を合わせる一年にしよう

対象は何でも構わない

朝必ず昇ってくれる太陽と
私から厄を払ってくれるお札

静かに手を合わせて
心静かに
一日に感謝してすごしてゆこう

2010年1月1日金曜日

大みそかの行動

記録として

今朝は7時に起床した

おじさんになると朝は存外苦手ではなくなる

新聞に目を通し
しばし読書

腹は減っていたが
それをおして買い出しに出かけた

今年は上野や北砂銀座などの
メジャー級はせめず
地元志向に決断

どう転んでも我が家は二人しかいないのである


本年近所に台頭した
激安スーパーに赴く

予想通り
大混雑である
私のような使い物にならないおじさんが
ワンさかいる

防寒着のせいで
互いにかさばる

客導線上に
意図しない、また使いものにも
それほどならない障害物【=おじさん】が
立ちはだかり
互いに必要以上に殺気立っている

野菜を一通り手に入れ
人並みにぶりの刺身に
ぶりの切り身

いくらにえび
数の子に鶏肉
それからそれから

戦い終えて間髪いれず
次の戦場へ

互いに得手不得手がある
鮮魚に強いお店もあれば
精肉に強い店もある

加工品にはめっぽう強気の店もある

そんな特質を
こまめにチェックしながら
そこへいくさに行く

そんな気分は悪くない

午前のゆっさが終わり
いったん家へピットイン

先ほどの店で
山積み展開さえていた
年越し用カップめんで
小休止

録りためたDVDをしばし眺め
本年最後の銭湯へ
本年最後のアカを落とそう

すごい人である
通常の3倍はいる

湯船は裸天国である
何ともかぶるのう

ゆっくり汗を流し
午前にやり残したいくさの刈り取りに赴く

予想通り
半額のオンパレードである

刈り残した収穫物を獲得し
ようやく家路へ

紅白を見て
ビールとつまみで
大みそかの
時間は過ぎゆきた

気を張らず

来年も楽しくゆこう