2009年2月22日日曜日

2月22日

2月22日という日は我が家にとっては
特別な日である

特別ゆえに夕べは嫁と二人
近所のすし屋におもむき
食べたい物を間断なく注文し
いつの間にか他のお客さんと意気投合して
時間の過ぎるのも忘れて
楽しい時間を過ごした

2月22日というのは
我が家の家人の誕生日なのである

二人暮しの家族である
最小単位の構成員の
誕生日なのである
それゆえにその重要度は
我が家においては
かなり高い

そんな関係で
私もそのお祝いの恩恵にあずかり
昨夜から本日にかけては
食べたい物をたべ
飲みたい物を飲むという
非常におおらかで幸福な時間を
享受しているわけである


そんな2月22日である

今年の正月来
日本の最後の内戦である
西南戦争に関する書物を読み込んでいる

その本によると
その最後の内戦が勃発するのは
明治10年である

奇跡的な革命である
明治維新から10年の歳月がながれ
その間に急激な革命に伴う
矛盾があまた噴出した

その矛盾の総決算として
旧身分でいうところの武士団と
革命政権である太政官との
闘いという形で歴史は動くのである

その発火元は薩摩である

西南の地の薩摩は本来は暖かな土地である

しかしながらその時は
記録的な大雪だったそうである

その薩摩武士団と太政官側の
熊本鎮台兵の最初の激突が
2月22日なのである

なにかしら奇妙な符合を感じたりもするが
ともあれそんな矛盾の修正の連続で
歴史というものは連なっている

そして現代日本人が続いているのである

そんな2月22日という日は
これからも我が家では
重要な日であることは間違いない

そんな今日の日記である

付け加えておくと
今日も昨日同様区民プールに行って
わが肉体と真摯に向き合ってきた

昨日同様
いろんな人々が
それぞれに運動をしていた

そんな平和な2月22日であった


平和であることが一番である

2009年2月21日土曜日

プールでのいろんな人

プールで歩いていると
いろんな種類の人間を垣間見ることができる

泳ぐという運動は
素人の自分でもある程度は分かっているつもりだ

水面にほぼ水平に体を横たえ
水をかきわけることによって
前方へ進むという運動だ

うまくなればなるほど
その運動率は静粛で
文字通り流れるようであるはずである

しかしながら世の中は広い
そんな常識らしきものが通用しない人も
当然ながらいる

今日おみうけしたのが
そんな一人だろう

件の人物は
非常に大きな体躯の持ち主の男性である

上背もありそれでいて横幅も広い
わたくし同様メタボリックなジャンルに参加しうる感じで
それでいて
黒い水着すがたが
往時のジャンボ鶴田を彷彿とさせた


そんなツルタが
私の前方から決死の形相で
泳いでくる

非常に激しい水しぶきを
ほぼ360度四方にしぶかせながら
迫ってくるのである

彼の肉体は
水面に半分ほども浮いているかんじで

水面に対して水平ではなく
45度ほど傾きながら
迫ってくるのである

さながら仰角45度設定の
往時の28サンチ榴弾砲が
前方から水面を走駆しているがごとくである

そんな不自然な肉体の作業は
当然ながら相当なちからを必要とするらしく
その形相はおよそ人間の表情の中で
ここまで変質するものかと思うほどで

休憩時間に彼が友人らしき人物と
穏やかに談笑しているときなどは
彼が先ほどの28サンチ榴弾砲と同一人物だと
気付くのに結構な時間を要した


そうかと言えば
よく出会う初老の女性のはなし

たしか私が夏にそのプールに行った時も
常にいたはずの人物である

なんでそんな人を覚えているかというと
彼女のスイミングキャップの色が黄金色であるからである
普通でないのは確かで
何かしら異様に目立つともなくハナにつく


自由コースを
アジかサバの如く激しい運動率で
こざかしく泳ぎすり抜けてゆく

静かに歩きながら観察していると
かなりの常連らしく
いろいろなおばさんたちを取り仕切っている感じである

くちゃくちゃべちゃべちゃしゃべりながら
それでいてちょこちょこと
私の歩行方向を斜めに横切ってゆく
交通事故ギリギリである


ほぼ初心者の私のような
愚にもつかないおっさんなぞは
なにかの拍子に目立ったりしないように
静かに体を小さくしたつもりで
歩を進めることに集中した


スイミングを趣味としながら
老後を生きてゆくという道もあるのだなと
一人感じたようなものだ


そうかと思えば
みぎひだりジグザグに
激しく泳ぐ初老のオジサンもいたりした
こちらもちょっとした前方不注意で
事故を起こす可能性は限りなく大である
かれが水中から起き上がり
おもむろに水中眼鏡をはずした

予想に反して
とてもしおっからい下駄のような顔立ちで
ふと自分は昭和の時代に迷い込んだのかと
戸惑ったりもした


何とも常日頃出会うことのない
自分にとっての異種の人物群と
同じ空間で過ごすこともできる

そんな近所のプールなのである

ちなみのそのプールは
区の運営で
一回当たり200円の激安である

単調な作業ながら

最近は生活のなかがことごとく合理的になって
単調な作業というものが
昔と比べると
極端に少なくなったような気がする

確かに光陰矢のごとし
時間は有限だから
単調な作業というものは
効率的ではないから
徐々に排除されてきたのかもしれない


人並み程もないが
久しぶりに近所のプールに行ってきた

最近の不節制の賜物の
己のふくよかな肉体に
少しでも良き血を流さんと
プールにて歩くことにしたのだ

静かにプールのコースを
ただひたすら歩を進める

25mプールだから
行き着いたらすかさずターンをして
逆方向へ歩を踏み出す

そのような単調な作業を
10分のインターバルをはさんで
60分×2本 ただひたすらにしずかに繰り返す


60分も水中を歩いていると
ほのかに体もあたたかくなり
自らの意識もいくばくの間
無の境地に入り込むことになる

顕在意識と潜在意識を
自覚もなく行き来しながら
自らの実在の肉体は
単調に水中を前方方向へ
歩くという作業を繰り返す

そんなとき無の境地に入り込み
いつの間にかほのかに気分が良くなった

常日頃の重要でありながらも
同時に瑣末な
もろもろの不安なことどもが
一瞬ではあるものの
何か霧散消滅してしまったような感じがして
体と同様心もほのかに暖かくなった

運動とは対極にある自分がいうのも
限りなく気恥ずかしいが
適度な運動は
肉体にも精神にもいい作用をするものだと
改めて感じた

なにかしらきれいさっぱり
洗い流されたような気がしたのだ


単調な作業
これも必要なことなのだ

明日も歩こう

ただわが肉体はこれほどのことでは
引き締まるわけもない
継続するということが絶対条件なのだ

2009年2月15日日曜日

春の始動

日本はありがたいことに
季節の変化が比較的明確で
春夏秋冬の四季が人間生活の中に
深く浸透している

春夏秋冬の自然に
抗うことなく寄り添うようにして
生活を継続してきた日本人の
生活文化の中に
季節ごとに心思うことなぞも
静かながら連綿と受け継がれてきている

いまは当然ながらまだ冬である
冬は当然寒い
寒い中自然の木々は
木の葉なぞも丸裸にされ
昆虫なども静かに土の中で
眠っている

別に惰眠をむさぼっているわけではなく
自然に即して生活しているのである

いま不景気である
この原因の正確な究明は
自分は経済学者でも評論家でもないから
当然のことながらわからない

しかしながら
世界の人間の大半は無関係なところで
今回の不景気が発生しているはずだと
なかば確信に似た形で
すこしく腹立たしく思っている

それ自体は
実質的には何の価値も
生みだしはしないマネー経済に
一部の人間の
限りなくかつ見苦しい欲望がのめりこんだ

実際の分に相応もしない
デリバティブな経済行為を
まさに欲望のゲームの如く
猪突猛進
際限もなく画面の数字を見ながらの
マネーゲームを繰り返した


なかば無自覚に見苦しく自己増長し
その挙句のはてに
いわば自らの自己責任において
その見苦しく肥大した欲の塊が
閾値にたっして爆発したにすぎないと思っている


実際の自分の能力なぞは
まったく蚊帳の外で
そんなに深淵でもない
あさはかな知識で
自分の私腹を肥やさんとした結果として
世界中の人々を混乱の中に投ぜしめた責任は
当然のことながら
限りなく重い


日本には幸いながら四季がある

冬のあとは当然ながら春である

少しずつ暖かくなって
いろいろなことが新たに始動始める季節である

新という字は
立っている木を斤るとかく

立っている木は当然ながら生きていて
切られた断面からは
みずみずしい樹液が流れ出る

まさに生命の躍動で
新という字にはそんな希望のニュアンスがある

自分自身の中にあるのは
今回の不景気には日本は
その原因の当事者には
いるはずがないという確信である

もちろんミクロの世界では
日本にも数限りない無様な行為はある

しかしながら大半の日本人は
おそらく自らの置かれた立場は
それなりに自覚して
生真面目に生産に従事してきたに相違ない

日本は加工貿易国である

日本は持てる自然の資源が少ない代わりに
勤勉で賢いという民族性に由来する
膨大な知的資源を大いに活用し

世界に誇れるもの作り国家として
生真面目に営んできた

これからもそうあるべきだし
そうやって堅実に生成発展するところに
大きな矛盾はないはずである


もうすぐあたたかい春が来る

必ず日本には景気の春も来るはずである

こなければならないのである

2009年2月11日水曜日

緊張の効用

歳月を重ねるということは
いろんな意味を持つが
その中の一つに経験の数が
増えてゆくということがある

経験が増えてゆくということは
それだけ人間の幅が大きくなることで
そのこと自体は大いに結構なことである

しかしそのことは反面
慣れるということでもある

この慣れるということも
いい意味では動じなくなるという
いい面もあろうが
同時に緊張感が欠落し
真剣さが欠けるということにもつながる

人間歳を重ねると
慣れることが多くなり
緊張する機会が
減っていゆくということを
最近感じるのである

緊張するということは
思い出してもハラハラする
ときに自分の自覚する能力が
自分自身で信用できず
ドキドキするのである

しかしながらつたない経験で言うと
極度の緊張の果てに
自らの身を振り返ってみると
その緊張の経験を契機に
実は一皮むけるように
人間として成長していた
ということが少なからずあったように思う

仕事上
何かを他人に説得しなければならないとき
その説得の手段として
何かしらの準備をする

しかしながら
準備は準備の域を出ることはなく
結局は
その切所での
自分のパフォーマンスに負うところが大きい

自分の準備はできている

しかしその時の人間同士の
応酬は、想定外のことが起こりやすい

その想定外の事態に直面したとき
緊張が走る

緊張の末に乗り切ることができ
当初の期待値と比べると
その結果がいかようかは知らねども
それなりに前進することができたとき
その機を境に少しだけ成長するということになる


考えてみると
人生行路上いかなることも
それに通じるように思ったりする

とすれば
生命の根源的な異性を求めるという行動

具体的には合コンなどにおける
自己主張の応酬なども
実はあらゆる緊張の連続体で
その行為を通じて人間は
成長の行為を知らず知らず
実践しているのであるように思われてきた

そんなことを昨日感じた

これも云ってみれば由なしごと

徒然草である

2009年2月10日火曜日

小さなこと

当然のことながら
人間という生き物は感情をもっている

感情というものは
時として曲者で
瞬時にそのものに対する
評価を二転三転させてしまう

たとえば込み合った電車の中
出口に出ようとするとき
憮然とわれさきに出ようとする
人間に出会うと

【なんやねん自分勝手に、横柄に!】
などと思ってしまう


その人は急いで出口に向かって
いるだけなのである

たほう
同じ状況で
小声ながらすみませんといいながら
首を上下にさせつつ出口に
向かおうとしている人に遭遇すると
心なしか体をずらして
その人が少しでもスムーズに
出口におもむくことができるようにと
考えてしまう

別に単に出口に行こうとするだけである
悪いことなぞしていないのであるから
すみませんなどと謝る必要など
本来ないのである

しかし
すみませんというだけで
ことはスムーズに進みやすいのである


何とも人間という生き物は
小さいものよと思ったりするのである

こんだ電車の中
お互いに譲り合えばいいものを
先に乗り込んだというだけの特権
【実は特権でも何でもない】
のつもりか
自分の陣地をかたくなに守らんと
必要以上に踏ん張るおじさんがいる

お互いさまなんだから
すこし奥に行ってください

とこちらは思うのであるが
やはりこちらもある意味おっさんと同じで
料簡が小さいので
そんなこと言わずとも分かれ
とばかり口に出さずに体ごと体当たりを敢行する

それに対抗せんと
そのおっさん
かたくなに体を硬直させて
抗おうとする

とまあ
ちいさなちいさな局地戦が
毎日数限りなく行われているのである

人間修養が大切である

時に大事に際しては
鷹揚に対処することができても
実は瑣末な小事に対しては
必要以上にイコジになって
日常の関係性を
不必要にぎくしゃくさせたりするのである

ちっちゃいのう
あたかも私のおしりのようである

感情をもっているが故の
修養の必要なところである

大事も大事
小事も大事である

2009年2月8日日曜日

兄弟

小さな弟は前を走るお兄ちゃんのあとを
必死についていっている

お兄ちゃんも弟のことが気がかりのようで
弟に追いつかれることはしないが
しきりに後ろを見て確認している
安全に追随してきているか
彼なりに心配なのだろう


近所の公園ではしゃぐ名も知らぬ
男の子の兄弟を見ていた


そういえば自分にも
そんな頃があった

自分の父親は自営業をしていた

父親が創業した木材会社を引き継ぎ
若くして専務として
実際にはその中小企業のかじ取り役をしていた

工場は鹿児島の産業道路沿いにあった

うちの工場はその工場地帯の
一番海寄りに位置していて
二階の窓からは錦江湾越しに
煙を吐く桜島が見えていた

子供のころ日曜日に工場に連れて行ってもらっていた

今思うと父親は日曜日も
ひとり工場におもむき
何かしらの仕事をしていたのだ


兄弟三人にとっては
そんな父の苦労などわかるはずもなく
父親が事務所にこもって仕事をしている時間は
われわれにとっては
とても楽しい珠玉の時間だった


とても高いブロック塀が海をへだてている


どうしても海が見たくて
兄弟でそのブロック塀をよじ登ったものだ

一番下の弟を
上の兄弟二人してまずブロックに登らせる

そのあと2番目を
せいのっという感じで
肩に乗せてよじ登らせる

そのあと私が昇るのだ

すでに上に到達している弟たちは
心配そうに兄である自分を見ている

いち早く海が見たいにもかかわらず
じーっと一番最後のお兄ちゃんが
安全に登り終えるのを上から見ているのだ


何ができるわけでもない
しかしお兄ちゃんが登り終えるのを
心配そうに見つめている


三人でならんでブロックに腰をおろした目の前には
陽光に照り返された紺碧の錦江湾が広がり
その向こうには雄大な桜島が
煙を吐きながらやわらかく微笑みかけている


そんな景色を見ながら
三人で何を語り
何を想ったのか
今になってはなにも覚えていない


弟たちにとっては
すこし体格のおおきい兄は
絶対の存在だったのだと思う

いつも従順に
兄の尊厳を尊重してくれたし

時にわがままな兄としての
権利主張に
おとなしく従ってくれていた

その恩返しとして
私は、長兄は自分であると
非力であるにもかかわらず
この2人の弟を守るのは
自分であると心ひそかに
自覚らしきものをもっていたようにも思う

したの二人の兄弟にも
いつの間にか
上下の厳然たる序列が
権利と義務を伴って発生していたようだし
そのことは長兄から見ても
何の矛盾もないすこぶる自然なものだった

こんな三人の兄弟は
とても仲良く育っていったように思う

いまはそれぞれの人生の荒波に
精一杯の努力をして
それぞれにそれぞれの場所で生きている

時々そんな子供の頃の
純粋な彼らのまなざしを思い出して
いまさら何ができるわけでもないが
時にとてもいとおしくなるのである

近所の兄弟をみて
ふと感じ入ってしまったのである

故郷と兄弟
こんなことは今更往時を取り返せるわけでもないが
時に無性に思い出に浸っていとおしくなり
目頭が熱くなることがあるのだ

人生はやはり無常である

菓子が好きなこと

人間で上品なのは
感情の抑制が利いていて
それでいてその人に接すると
あたかも一陣の春風に接するがごとく
心地よくそれでいてさわやかな人だろう

ただそんな人間にはなかなかなれるはずもなく
凡夫である自分は
時に感情の抑制が利かなくなり
そのささやかな一現象として
お菓子を途方もなく大量に
それでいてかなりの速度で摂取するという
何ともばからしいことを
時として人知れずしてしまう


菓子なぞとという
どちらかと言えば軟派で
それでいてどうしても必要というわけでもない
そんなカルモノを
傍目には何かしら修行僧の如く
むしゃむしゃむしゃむしゃと
一途に食っているのである


あたかも心可憐な少女の如く
パクパクパクパク
何の恨みがあるのかは知らねども
何かの腹いせなのか
それとも何かの修行のつもりなのか
せっせとせっせと
継続してわが体内に
健気にも摂取し続ける

そんなことは
実はとても精神的に薄弱な
いやしゴロなんだということも
薄々はわかってはいる

しかしながら
菓子を食いお茶をすすりながら
その時読みたい本をひも解くことが
実は自分にとって一番の居心地のいい
時間の過ごし方なのである



そんな、いつの間にか
老境に達したようなことを
趣味として標榜することに
いささかの口惜しさみたいなものを
感じざるを得ないが
それとても事実であるだけに
致し方もない


先週名古屋にて仕事があった

からりと晴れ上がった東海の街で
少しだけ春を感じた

風は当然ながら冷たいが
それにもまして
太陽の温かさが
少しだけ心をなごましてくれて
春は確実にやってくるのであるな
と当たり前のことながら
やはり自分らが見捨てられた存在ではないのだと
一人静かに感じ入っていたものだ

昨年の秋口から
今に至るまで
季節の寒さ同様に
いろいろなことがとても寒い状況にある

人間の運命などというものは
実は最終的には帳尻が合うものであると
心ひそかに確信はしているものの
昨今の厳しい状況を鑑みると
短期的には心理的に
暴動を起こしてしまいそうになる


勢い菓子を食う速度も
早まってしまうのである


しかし
確実に季節が巡ってくれるごとく
確実に朝が巡ってくるごとく
寒い季節は長続きしないし
暗い夜も長続きなぞしない

そこが神様のとても優しいところで
いってみれば
運命などというものは
そもそもこざかしい一個の人間の力でなど
どだい動かしえるものでもない

そんな風にいわば自分本位に
身勝手に神様を信頼しきって
このいわばきびしい難局を
自分の役割に徹しながら
静かに耐え忍ぶことが実は肝要なのだと
想ったりしている

そんななかやはり自分が
人間として少し欠落していることは
残念ながら認めざるを得ない

だって偉い人はそんなにお菓子は食べないだろうし

それに比較して自分は
少女の如くお菓子がだい好きなんだもん

桜島は死せず

唐突なようだがやはり西郷という人は
こよなく薩摩兵児を愛したがゆえに
あのような愚劣ともとれる陸路戦を断行継続して
みなとともに壮烈に亡きものとなろうと
心に決めたに違いない
そこに勝ち戦の戦略はない


【おはんらにこんいのちあずけもんそ】


この言葉にこそ
西郷の気持ちがあふれんばかりに
凝縮されて入っているような気がするし
このようなある意味
ぼやけた表現しかできなかったのだと思う


おはんらなんちゅうコツをしでかしたとか
じゃっどんわいどんたちをみごろしにはできもはん



新政府を苦労の末に打ち立てた
第一の功労者であるだけに
この新政府を存続することが
この日本国の国益のためだと
心の中では分かっている

この日本を清廉なものにし
また云ってみれば維新の原動力になった
武士という存在が
これからの新しい時代には
無用のものになるということも分かっていた

廃藩置県は西郷が陸軍大将として
皮肉にも薩摩武士団を
後ろの番犬にしながら断行した
明治維新の輝ける奇跡的な改革である

その廃藩置県とは
云ってみれば徳川治世の
武士の世の秩序を
ガラガラポンするようなもので
その延長線上に
士農工商の身分を廃するということも
当然のことながら視野に入っている


その大いなる矛盾が
かれのそのあふれんばかりの
感情においては
溶け合うことができえず
隠遁の形をとって
言い方は適切ではないかもしれないが
ある種現実逃避の形をとった


そうは云いつつも
壮烈ながらも
爽やかで涼やかで潔い
薩摩兵児どもは何とも言えず
愛らしく好もしい存在で
彼らをしてこの世から抹殺することなぞ
理性ではしぶしぶ理解しようと努力しながらも
感情としては到底理解しがたかったものに相違ない


ともあれ今でいえば
自分をしたう
さわやかで正直な若い衆のような存在であり
そんな健気な人間を
現実だからしょうがないとばかりに裏切ることなど
容易にはできるものではない

といえど現実の政治を断行する立場からしたら
そんな情緒論に動かされていたら
地政学的にみて
そんなこと以前に日本という国自体が
列強に飲み込まれ、つぶされるとする
せっぱつまった状況である

やはり西郷という人は
冷厳に現実に対峙する政治家には
向いていないといえるが

翻って考えてみると
そんなあまりにあたたかで人間的な田舎侍を
歴史上の主役としてもったわれわれ日本人は
ある意味まれに見る恵まれた存在なのかもしれない


夕べ【田原坂】を見直していた


里見さん演じる西郷を見ていると
その人間的な温かさが
体温のように伝わってきて
ほの熱い感激のような
血潮のようなものが胸の底から
湧き立つような感じがして

やはり桜島は死せずであるかな
とひとり感じ入っていたのだ

2009年2月2日月曜日

毎日毎日

当然のことながら生きていくということは
継続的な営みである

停止は死である

生きることは
毎日毎日の積み重ねである

これまた当然のことながら
人間は機械ではないので
いつもいつも同じ機能を
果たすということも
そうたやすいものではない

毎日毎日ということは
本当に生易しいことでは
ないのである

人間には喜怒哀楽がある
文字通り感情の起伏があるのである

感情を抑制することはできても
停止することなど
当然ながら不可能である

時として感情が乱高下する時は
誰しもある
上に振れることもあれば
下に触れることもある
右に振れることもあれば
左に振れることもある

子供の時は
そんなことを考えたであろうか
眼前に起こることすべてに
無我夢中で取り組んで
感情が入り込む余地などなかったのだろうか

毎日毎日
この平凡にして不偏的な事実


毎日 毎朝 
有難いことに一日が巡ってくるのである


当然ながら特別な日などというものは
その人が勝手に拵えただけで
実は毎日が特別な日なのである

毎日毎日

継続して歩いてゆくだけである

だから時には休息が必要なのである
道草も必要である

毎日
日に新たである

2009年2月1日日曜日

はらがへった

とても空腹を感じているときの
食品スーパーの徘徊は
ある意味とても危険だ

といえど反面とても楽しい瞬間でもある

空腹という瞬間は
実はとても幸福を感じることのできる瞬間でもある
何を見てもいろいろな幸福感を
容易に想像できるからである


しかしその前提に
自分にその空腹を満たすことができるという
確信に近いものが担保されている場合に
限る


食べるということは
人間にとって素晴らしい瞬間であることは
おそらく間違いない


食べることに興味が少ない人は
わたしのようなくいしん坊からすると
不思議というほかない

といえ来世で
餓鬼道に陥ることは
今の時分からしたら
到底ご遠慮こうむりたいので
やはり腹八分目にすること
心がけることにしよう