歳月を重ねるということは
いろんな意味を持つが
その中の一つに経験の数が
増えてゆくということがある
経験が増えてゆくということは
それだけ人間の幅が大きくなることで
そのこと自体は大いに結構なことである
しかしそのことは反面
慣れるということでもある
この慣れるということも
いい意味では動じなくなるという
いい面もあろうが
同時に緊張感が欠落し
真剣さが欠けるということにもつながる
人間歳を重ねると
慣れることが多くなり
緊張する機会が
減っていゆくということを
最近感じるのである
緊張するということは
思い出してもハラハラする
ときに自分の自覚する能力が
自分自身で信用できず
ドキドキするのである
しかしながらつたない経験で言うと
極度の緊張の果てに
自らの身を振り返ってみると
その緊張の経験を契機に
実は一皮むけるように
人間として成長していた
ということが少なからずあったように思う
仕事上
何かを他人に説得しなければならないとき
その説得の手段として
何かしらの準備をする
しかしながら
準備は準備の域を出ることはなく
結局は
その切所での
自分のパフォーマンスに負うところが大きい
自分の準備はできている
しかしその時の人間同士の
応酬は、想定外のことが起こりやすい
その想定外の事態に直面したとき
緊張が走る
緊張の末に乗り切ることができ
当初の期待値と比べると
その結果がいかようかは知らねども
それなりに前進することができたとき
その機を境に少しだけ成長するということになる
考えてみると
人生行路上いかなることも
それに通じるように思ったりする
とすれば
生命の根源的な異性を求めるという行動
具体的には合コンなどにおける
自己主張の応酬なども
実はあらゆる緊張の連続体で
その行為を通じて人間は
成長の行為を知らず知らず
実践しているのであるように思われてきた
そんなことを昨日感じた
これも云ってみれば由なしごと
徒然草である
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