2009年2月11日水曜日

緊張の効用

歳月を重ねるということは
いろんな意味を持つが
その中の一つに経験の数が
増えてゆくということがある

経験が増えてゆくということは
それだけ人間の幅が大きくなることで
そのこと自体は大いに結構なことである

しかしそのことは反面
慣れるということでもある

この慣れるということも
いい意味では動じなくなるという
いい面もあろうが
同時に緊張感が欠落し
真剣さが欠けるということにもつながる

人間歳を重ねると
慣れることが多くなり
緊張する機会が
減っていゆくということを
最近感じるのである

緊張するということは
思い出してもハラハラする
ときに自分の自覚する能力が
自分自身で信用できず
ドキドキするのである

しかしながらつたない経験で言うと
極度の緊張の果てに
自らの身を振り返ってみると
その緊張の経験を契機に
実は一皮むけるように
人間として成長していた
ということが少なからずあったように思う

仕事上
何かを他人に説得しなければならないとき
その説得の手段として
何かしらの準備をする

しかしながら
準備は準備の域を出ることはなく
結局は
その切所での
自分のパフォーマンスに負うところが大きい

自分の準備はできている

しかしその時の人間同士の
応酬は、想定外のことが起こりやすい

その想定外の事態に直面したとき
緊張が走る

緊張の末に乗り切ることができ
当初の期待値と比べると
その結果がいかようかは知らねども
それなりに前進することができたとき
その機を境に少しだけ成長するということになる


考えてみると
人生行路上いかなることも
それに通じるように思ったりする

とすれば
生命の根源的な異性を求めるという行動

具体的には合コンなどにおける
自己主張の応酬なども
実はあらゆる緊張の連続体で
その行為を通じて人間は
成長の行為を知らず知らず
実践しているのであるように思われてきた

そんなことを昨日感じた

これも云ってみれば由なしごと

徒然草である

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