当然のことながら
人間という生き物は感情をもっている
感情というものは
時として曲者で
瞬時にそのものに対する
評価を二転三転させてしまう
たとえば込み合った電車の中
出口に出ようとするとき
憮然とわれさきに出ようとする
人間に出会うと
【なんやねん自分勝手に、横柄に!】
などと思ってしまう
その人は急いで出口に向かって
いるだけなのである
たほう
同じ状況で
小声ながらすみませんといいながら
首を上下にさせつつ出口に
向かおうとしている人に遭遇すると
心なしか体をずらして
その人が少しでもスムーズに
出口におもむくことができるようにと
考えてしまう
別に単に出口に行こうとするだけである
悪いことなぞしていないのであるから
すみませんなどと謝る必要など
本来ないのである
しかし
すみませんというだけで
ことはスムーズに進みやすいのである
何とも人間という生き物は
小さいものよと思ったりするのである
こんだ電車の中
お互いに譲り合えばいいものを
先に乗り込んだというだけの特権
【実は特権でも何でもない】
のつもりか
自分の陣地をかたくなに守らんと
必要以上に踏ん張るおじさんがいる
お互いさまなんだから
すこし奥に行ってください
とこちらは思うのであるが
やはりこちらもある意味おっさんと同じで
料簡が小さいので
そんなこと言わずとも分かれ
とばかり口に出さずに体ごと体当たりを敢行する
それに対抗せんと
そのおっさん
かたくなに体を硬直させて
抗おうとする
とまあ
ちいさなちいさな局地戦が
毎日数限りなく行われているのである
人間修養が大切である
時に大事に際しては
鷹揚に対処することができても
実は瑣末な小事に対しては
必要以上にイコジになって
日常の関係性を
不必要にぎくしゃくさせたりするのである
ちっちゃいのう
あたかも私のおしりのようである
感情をもっているが故の
修養の必要なところである
大事も大事
小事も大事である
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