2009年9月27日日曜日

週末の動き少々

金曜日

「海辺のカフカ」
「沈まぬ太陽 御巣鷹山編」
「脳がどんどん若返る生活習慣」
「断る力」

ウィスキー三杯
おつまみ少々

土曜日
引き続き読書
夜、嫁と扇屋へ出張る
焼鳥 ボンジリ
せせり うずら卵
ビール ホッピー
サラダ

日曜日
引き続き読書
横浜八景島のアウトレット
何も買わず

さんま塩焼き
しょうが混ぜご飯
具だくさん味噌汁
サラダ

ウォーキング2時間

酒は控える

明日から少々忙しい
上半期〆作業

まあ平和なものである

2009年9月26日土曜日

こまめに

人間の記憶というものは
非常に脆弱なものだと思うことがある

かくとしかりと自分では思い込んでいたことなども
何かのきっかけで
他人と確認し合ってみると
お互いの認識にけっこう大きな隔たりがあったりして
それとてお互いの記憶だけという
客観的に確かめる手立てがないだけに
それ以上進むこともできない


社会的には取り立てて重要でもない
市井の庶子でありながらも
さりとて自分自身にとっては
それこそかけがえのないこの人生行路

できるだけ記憶を形にとどめたいと
思っている

何時も思ってはいるがなかなかできない

といって
何も何時も眼もメモ目もめもと
血走る必要もない

気楽につづっていくにしくはなしと
いつものことながら自分に言い聞かせていることである

そんな意味で
ツイッターも手段としてはいい

時になんとはなしに呟いてみる

それがアーカイブされてゆくから
いつの間にか
自分の何気ないつぶやきが集積されてゆき
それはどのような感情の結果とはいえ
自分のつぶやきには違いない

写真であったり
俳句であったり
詩歌であったり
メロディーであったり
単なるメモであったり

共通するのは
形に残すということだろうか

何とも人間の記憶は
不確かで確認しがたいものだから



Posted by Picasa

伊豆の二日目

伊豆急ホテルで贅沢した翌日は
地元の民宿を選んだ

庶民はそうたやすく贅沢な時間を
過剰に過ごすことは
断じて許されない

贅沢の後は質実
そして贅沢とアクセントのある生活を送ることで
庶民の身であっても
人生を彩りあるものにできるのである

日向荘という民宿は
前日のお宿と違って
一泊6800円という安さである

それでいて夕朝二食付き
おまけに温泉は家族ぶろ2種
使い放題という
これまたピリリと辛いサービスぶりである

どのような夕食にありつけるのか
少し興味本位であったものの
これがまた過剰なサービス・!

握りずし
コイこくの味噌汁
赤魚の煮つけ
刺身
てんぷら
お浸し
ご飯
香のモノ

他に何かあったような

要はそれぐらい豊富であったということである

6800円で
しかも朝もついて!


民宿の窓を少しだけ開けて休んだ

一晩中潮騒の音がささやき続けた

秋の訪れを祝うような
幾多の虫たちの鳴き声も共鳴していた

そんななか
穏やかな夢を逍遥し
休みの2泊目もぐっすりと過ぎゆきた


朝は民宿らしく
炊きたてのご飯に
アジのひもの
海苔に卵焼き
明太子

何ともご飯が進むわい
すっかり食べすぎて
日向荘に感謝のあいさつとともに
お別れをした


Posted by Picasa
Posted by Picasa
Posted by Picasa

2009年9月23日水曜日

Posted by Picasa

伊豆半島

神奈川県の伊豆半島は
関東の人たちが観光にい
くうってつけのエリアである

今回のシルバーWもそりゃーべた混みであった

伊豆半島の最南端は下田である
江戸末期
外国の艦船が恐喝まがいに姿を現した場所の一つである

車で走ると
海べりに道が連なり
太平洋の広大な眺めを望むドライブは
まさに観光というにふさわしく
なんとも心なごませてくれる

そんな下田の一角に白浜という場所がある

名の通りそのあたりの浜辺の砂が
白浜なのである

サーフィンの名所でもあるらしく
わんさと日本人の波乗りさんたちが押し寄せてくる

みなの目当てはジェーンなのである

そんな白浜に今回一泊した

伊豆急ホテルという
マゴうことなきリゾートホテルである
オーシャンビューが
売りである
部屋から白浜海岸が一望でき
その波に日本人の波乗りが
わんさとたむろしている光景を一瞥できた

ホテルはシルバーWにもかかわらず
リーズナブルであった
価格に見合ったそれなりのサービスを
覚悟していたのであるが
それ以上のおもてなしに
半ば感動した

リゾートホテルの最大の売りは
食事である

それがよかった
夕食朝食ともに
こちらの意よりも上をいく内容で
胃も心も大満足であった

そんな休日はまだ始まったばかりだった

2009年9月21日月曜日

音には大別すると二つの音があるように思う

一つは自然の音で
もうひとつは人間の作製する音
つまり人工の音である

昨夜は自然の音にずーっとたゆたって眠った

海の波が浜辺に押し寄せる音を
一晩中耳にしながら眠った

思えば最近自然の音に囲まれることが少なかった

人間の作製した自動車を
人間が駆動させて走り抜ける人工の音を
まだんなく耳に入れながら
人間が作成したヘッドフォンで
人間が演奏した音楽を
デジタル録音された音を聴きながら
歩いていたりした

人間が話しているのに
テレビを通じてだったり
マイクを通じてだったり・・・

自然の音を生で感じる機会が
実は少なくなっているのでは・・・
と考えて少しぞーっとした

自分は人間であって
それと同時に自然の一部でもある

自然の音に囲まれて
生活が営まれて
しかるべきである

昨夜一晩中波の音を聞いて眠った

一生この音を聞きながら生を過ごす人と
自分のような
人工的な音にほぼ囲まれて
人生を追いかけているものと
どのような影響があって
どのように変わっていくのかと思うと
何かしら恐ろしくなった

末を何に目標を置くかで変わっていくが
それでもできれば
自然に囲まれていたいと単純に思った

ウィスキー2

毎夜とはいかないながら
ときには自分と向き合う時間が必要である

少し強いアルコールを
少しずつ楽しむ

独りの時間である

もちろんいろんな気の合う仲間と
ワイワイと
量に恃む飲み方もある
そんなときは銘柄に頼らずにおいしいひと時である

といえど
独り自分に向き合う時間が必要な時もある

そんなときは
柄にもなく最近は洋酒なのである

お気に入りのグラスに
氷を惜しげもなく入れる
そこに琥珀色のウィスキーを
少しずつ注ぎゆく

それがこれからのひと時の
大切なパートナーとなる

飲む仲間は?

自分自身である

いろんな自分自身と
会話をするのである
そこにウィスキーは大切な潤滑油の役割を
果たしてくれる

もちろん自分だけの時間である

話の内容は?

人さまにお伝えできるシロモノではない

あくまでも独りの時間である

そんな休みの夜の
ひと時なのである

ウィスキー

健康に気をつけているようで
それとこれとは別

最近ウィスキーを
夜にかるく飲るのにはまっている

一人静かにグラスを傾けるとき
日中のいろいろなもやもやが
少し強いアルコールの熱さとともに
スーッと流れ出る気がする

自分と対峙するときの
大切なアイテムの一つなのである

2009年9月15日火曜日

歩くことを繰り返す

意識して歩くようにしている

朝は会社の最寄り駅の2つ手前の
日比谷で降りる

駅を上がると日比谷公園である
秋の朝
地下から地上に上がる瞬間
何とも言えずクオリアを感じる

ふっとさわやかな風が体内を吹き抜ける

ベンチには思い思いの朝を過ごす人々がいる
そんな人を横目に
穏やかな音楽を聴きながら
ゆっくりと過ぎゆく



会社を出ると
夜の街に足を踏み出す

都会の夜は夜景が美しい

明るい時に聴いている音楽も
暗くなると様相を変化させる

きらきらと光る街並みを
ゆっくりと自分のペースで歩く

ただひたすら歩く
そこに二義的な効用なぞ
別段意識して求めるべくもない

新橋を過ぎゆき
銀座をこえる

いろいろなきらびやかな人たちがいる

この人たちが
日本で一番豊かな部類の人たちなのだろうか

そんなこともあるまい

と誰にとがめられることもなく
一人思いながら歩く

体がほのかに火照ってきたとき
日本橋に到着する

地下に降りて
自分の家のある方面へ
今度は地下鉄に乗る

そんな繰り返しの最近の日々である

2009年9月14日月曜日

脳のなかの理解しがたい衝動

調子よく食事制限をしながら
順調に体重を落としつつあるときでも
時に無性に無駄なものを摂取したい
衝動にかられる時がある

油の塊であるスナック菓子なぞ
体にいいものではないと
ある一面の自分は十分理解しているつもりでも
もう一人の自分自身が
どこからともなく忍び寄ってきて
おいしいから食べようよと
甘い誘惑を訴えてくる

そもそも人間は
脳によって統御されている

切断されてありもしない腕の先の
爪が痛いと訴えてみたり

存在しようもない幽霊のごときものが
見えたりしたり

利きもしない単なるメリケン粉の塊を
胃痛によく効く薬ですと
権威ある医者から言われて
すっかり治ったりするプラシーボ効果があったり
まさに人間は脳のなかの信号のやり取りで
何事もわけもなく
脳のいいなりになってしまう

スナック菓子が食べたい
それもたらふく食べて
おなかを満タンにしたい
なぞという
単なる低俗で理解しがたい欲求をすら
その脳は肉体に強要する

何とも人間というものは
小宇宙とはよく言ったもので
実は何にもわかっていない
未知数の塊であったりする

そうであるならば
翻って考えてみると
何があってもおかしくはないということでもあり
私自身がたとえば
今から20キロもやせてしまって
いわゆる別人のように
生まれ変わり
スターのごとく
おそろしくもてたりするなぞということも
あり得なくもない

そんな低俗なこととは比較しようもないが
マリナーズで頑張っている
イチロー選手のように
同時代に生きる日本人が
歴史的偉業を成し得たりもする
そんなことをし得るのも
同じ人間であったりする

スナック菓子を食べたい欲求と
闘いながら
何ともせん無いことを考えた

ちなみにスナック菓子のなかで
私のなかのトップ3は
1.えびせん
2.カール
3.ポテトチップ塩味

彼らは伝統に裏付けられていて

絶えず生まれる
チャラチャラしたどこぞの若造のごとき
新規の菓子群なぞは
彼ら三強には
及ぶべくもない

くだらないことである・・・

【脳のなかの幽霊】

http://www.amazon.co.jp/脳のなかの幽霊-角川21世紀叢書-V-S-ラマチャンドラン/

2009年9月13日日曜日

秋の散策

日曜日にもかかわらず朝から御成門へ出向く
久しぶりのTOEICテストである

日ごろ勉強らしいこともしていないが
受けることによって少しずつ昇ってゆこうと考えている

2時間のテストが終わって
街中に出るとすがすがしい

日ごろ人込みのオフィス街は
休日は穏やかにたたずんでいる

秋の空が高い

緑揺れる枝葉越しに望む
どこまでも高い青空を見ていると
いつしか心なごみ目頭が熱くなってきた

なんと美しい青色なのだろうか

何ともいえずやさしさあふれる柔らかな空色である

生きている緑の葉の緑色と
薄い雲の白色をまぶした柔らかな空の色を望みながら
人知れず生かされていることに
心から感謝した

生きていてよかった!

首を目いっぱい上に向けて
空を仰いだ時
心なしか体内の何物かが
大いに入れ替わったような感じで
大いなるエネルギーがみなぎってくる感覚にとらわれた

日比谷公園の深緑がそよいでいる

秋の心地よい風に揺られながら
木々が生の喜びを唄っているようだ


若い時分は秋という季節は
どちらかというとあまり好もしく思っていなかった

それがどうであろう
最近は秋の素晴らしさをことごとに感じる次第である

皇居には人がたくさん出向いている
人それぞれに柔らかい笑顔が印象的だ

日本人にとって天皇とはそんな存在なのだ

柔らかな象徴

秋の陽光を浴びて
みながそれぞれに皇居周辺を散策している

足はそのまま伸びゆき
駿河台の方面へ歩いた

ここは19歳の時に
初めて薩摩から出てきた場所である

ニコライ堂の鐘の音が
ひびいてきた
何とも言えず荘厳な響きだ

青春時代の甘酸っぱい空気感と相まって
心地よく街並みを歩いた

秋葉原から上野まで足をのばし
踏ん張り踏ん張りして
茅場町へ

秋の散策は
体調もさることながら
精神的な安定感をもたらすようだ
少なくとも自分にとっては
とても心地よい作業なのである

2009年9月12日土曜日

twitter

みなさん twitterをやってみよう

いまどきのコミュニケーションツールとして
適度なゆるさとそれでいてリアルタイムである点
ひょっとするととても大きな可能性を秘めたツールのような気がする

やってみもんそ

https://twitter.com/

涼しくなってきた

少しずつ涼しくなるねえ

暑い夏がいつの間にか過ぎ去り
すごしやすい秋が訪れる

昔から本棚にある本を久しぶりにひもとき
ゆっくりとした音楽を小さな音でかける

しばらくの時間
その本の世界に逍遥する

現実の世界に座りながら
想念は本のなかをさまよう

そんな時間を過ごしながら
生きていることのありがたさを
かみしめたりしている