2008年9月15日月曜日

静寂について

人間もある程度年輪を経てくると
どうしても静寂というものが必要になってくるように思う

若いうちは騒音とまでは言わないまでも
ふと静寂に包まれると
なんともいえぬ不安を感じ
即座に身の回りに音を充満させ
あたかも音で自らの身を守るがごとく
いろいろな音で人生を彩ろうとする


しかし、ある程度人生というものを
考えたいと思い始める年齢になると
どうしても静寂というものが
必要になってくるのだ

私の隣人は家族4人だ
非常にうるさい
朝早くから皆が皆大きな声で
自らの主張をさえずりあっている

わざわざベランダに出てきて
ピーチクパーチク喚き合っている

昔 声の大きな人は信頼に値する
などという何の根拠もなく
おそらくその著者の独断と偏見で
勝手に断定しているような本に出会ったことが
あるが、個人的には全く反対だ

普通の和としての日本人なら
公共の場所や、おそらくはこの状況で
これぐらいのボリュームの声を発すると
他者に通じるであろう と
いうことは常識の感覚でわかるはずだし、

わかっていればより慎み深くするだろう。

思うのは私の行き過ぎた考え方だろうか

とにかく静寂を邪魔するという行為は
時に殺人的で
本人らが自覚していないだけに
ことは非常に厄介なのだ

私たち夫婦は静寂を求める

普通の権利を希求すること

誠実に生活をし続けること

そんな中で隣人は今日も五月蠅い【うるさい】

やれやれなのだ

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