今回の鹿児島への帰郷にさいして
別段特別な準備などというものは
していかなかったが
ひとつだけ意識的に行動したことがあった
それはその時の記録という意味で
写真を撮るということを意識的に行ったのだ
今まで写真は世間一般の人と同じように
別段の関心も持っていなかった
やはり若かったのだ
自分が過ごしている時間は似ているようで
実はすべて違うはずなのに
あたかも無限に時間があるごとく
また会う人会う人が常に健常であるごとく
勘違いしていたのだ
私の母親は父に先立たれてから
ひとりで暮している
その実家に帰る特
いつも目を引くのが
うつるんですで撮った日々の記録だ
笑顔があり、引き締まった顔あり
もう他界した顔あり・・・・
でもその写真をひも解くと
ほのかにその時間がスーッと戻ってきて
心はホノやわらかに思い出に包まれる
母親にはいつも気づかされるし
元気付けられる
60代の人生が毎日とても楽しいという
家事が全く苦痛でないという
人との関係のコツのようなものを
ようやくつかんだという
まったく怒らなくなったという
毎朝起きた時
体に痛いところがなく
すっくと起きれることへの感謝の念で
いっぱいだという
とても前向きな母親は
とても人生を考えている人だと思う
そんな母親とも
延べで言うと少ししか同じ時間を過ごしていない
そして当然のことながら
時間は平等に過ぎていく
この時間を止めてしまいたいと
時としていとおしい時間を
抱きしめてしまいたくなる
しかし人生は不易流行
常に変化
無常なのだ
時間を抱きしめてこの時間をずーっと留めておいてほしい
などと思っても
それは人生の法則ではない
無常であるからこそ
その一瞬の感動を
俳句や短歌にとどめ置く文化が
世界に誇る日本文化だし
絵画や写真も
その一つだと思う
その意味で
写真を撮ることを意識するようにしようと思う
その時の記録
俳句でもいいし
日記でも云い
でも写真はその人の顔が残ってくれるし
その時の楽しい時間までも
その絵の中に少しとはいえ
残してくれるものと思う
ということで写真写真
写真を撮る秋にするぞ!!
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