2008年9月26日金曜日

その時の記録

今回の鹿児島への帰郷にさいして
別段特別な準備などというものは
していかなかったが

ひとつだけ意識的に行動したことがあった

それはその時の記録という意味で
写真を撮るということを意識的に行ったのだ

今まで写真は世間一般の人と同じように
別段の関心も持っていなかった

やはり若かったのだ

自分が過ごしている時間は似ているようで
実はすべて違うはずなのに

あたかも無限に時間があるごとく
また会う人会う人が常に健常であるごとく

勘違いしていたのだ

私の母親は父に先立たれてから
ひとりで暮している

その実家に帰る特
いつも目を引くのが
うつるんですで撮った日々の記録だ

笑顔があり、引き締まった顔あり
もう他界した顔あり・・・・

でもその写真をひも解くと
ほのかにその時間がスーッと戻ってきて
心はホノやわらかに思い出に包まれる

母親にはいつも気づかされるし
元気付けられる

60代の人生が毎日とても楽しいという

家事が全く苦痛でないという

人との関係のコツのようなものを
ようやくつかんだという

まったく怒らなくなったという

毎朝起きた時
体に痛いところがなく
すっくと起きれることへの感謝の念で
いっぱいだという

とても前向きな母親は
とても人生を考えている人だと思う

そんな母親とも
延べで言うと少ししか同じ時間を過ごしていない

そして当然のことながら
時間は平等に過ぎていく

この時間を止めてしまいたいと
時としていとおしい時間を
抱きしめてしまいたくなる

しかし人生は不易流行
常に変化
無常なのだ

時間を抱きしめてこの時間をずーっと留めておいてほしい
などと思っても
それは人生の法則ではない

無常であるからこそ
その一瞬の感動を
俳句や短歌にとどめ置く文化が
世界に誇る日本文化だし

絵画や写真も
その一つだと思う

その意味で
写真を撮ることを意識するようにしようと思う

その時の記録

俳句でもいいし
日記でも云い

でも写真はその人の顔が残ってくれるし
その時の楽しい時間までも
その絵の中に少しとはいえ
残してくれるものと思う

ということで写真写真
写真を撮る秋にするぞ!!

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