2008年12月28日日曜日

やっぱり謙虚にしくはなし

目の前のカレンダーを見ると
当然のことながら
本日は12月28日である

ということはこれまた当然のことながら
2008年という今生に一度しかない年も
あと3日を残すのみということになる

平成という日本独自の年号で言うと
今年は平成20年である

ということは今の天皇になって
はや20年の歳月が経たということになる

何とも時間というものは

人間がこざかしく
時に、時の重さをひしひしと感じたり
といって
切所の仕事に没頭している時なぞ
時の移ろうことなぞ
頭の中からすっぽりと忘れているときでさえ

愚直にひとつづつひとつづつ
刻み続けているのである
刻みつづけているのであるなあ~

人間も一つの消耗品だとすると
年限の経過とともに
いろいろな所にガタがくるのは
いたしかたないのかもしれない

人間の幸せの条件

そんなものは
それぞれ人の数だけあるように思うが
本日眺めていた本の中で

第一 自分の生活の基準となる思想
第二 良い家族と友達
第三 意義のある仕事
第四 閑を持つこと

というのがあった

発言者は
戦前の英国の外務大臣
エドワード・グレイ

なぜこんなおっさんの発言などがわかるのかというと
当時の日本人の一部が触発されていたらしい

慶応の元塾長小泉信三が
戦後の自著「読書雑記」に書いている


確かにそうかもしれんなあ

とはいっても自分のつたない考え方を
もわもわとひろげてゆくと

実は
羨むべきまた尊敬すべき人間なんて言うものは
そんなにいるはずもないように思ったりする

なぜといえば

人間の生命を無残にも消し飛ばしてゆく
戦争は間違いなく正しくない行為である

クラウゼビッツが
戦争は政治の延長線上の一行為である
なぞと定義しているといってもである

そんな愚劣な戦争行為は
人間の歴史の言い換えともなるほど
絶え間なく続いている

たとえば
往時から幸せ楽しみの象徴だったはずの
夢の国ディズニーランドを生んだアメリカ

そんなハッピーなディズニーランドの国が
同時に人間を消滅させる兵器を研究製造している

なんともおぞましく
矛盾だらけの人間であることか

この社会には絶対というものはあるはずがないのである
すべては相対の世の中である

ということは何が正しく何が間違いというものは
実はだれにもわからないということである

その時々のいろいろな事情の
刹那の理由にすぎないのである

ディズニーの世界に人にとっては
善なる戦争も
その対者にとっては
不条理極まりない侵略である


経済情勢にしてもそうである

当時は良かれと思って
サブプライムローンを実施したはずである

それがいまでは
諸悪の根源となっているではないか

単なるその時の思いつきと
連綿と増殖する人間の欲望とがかけあわされると
予測不可能な大変なことが起こる典型的な実例である

となると
日日の仕事で直面する
あらゆる判断も
ベストな判断などというものはそもそもなく

まあうまくいったところで
その時点でのベターにすぎないのである

それも万人には正しくなく
その当時の数少ない関係者にのみ
ベターな判断にすぎないのである

ということで
人間は常に謙虚でないといけないと
つくづく考えさせられた

偉そうにさも
【わしの判断は絶対である ワハハ】

なぞとうそぶいている御仁を
目撃した場合は

はかなくもこっけいにして
憐むべき存在であるかな

と少しの憐憫を掛けてあげよう

かの御仁は
世の中のことは何もわかっていないのである

自分と彼の人生とは
まったくもって関係ないはずであるが
ご愁傷様と言ってあげることはしてあげよう


こちとら
世の中のことは
時間的にも空間的にも
360度相対の世の中であり

無常の世ということを
常に想念の中に控えさせ

謙虚に都度つどのことを
臆病ながらも慎重に判断し
その時々の持てる力を
精一杯発揮し
どうなるかわからぬ人の世を渡ってゆくことにしよう


それが人の世のはずである

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