冷静に考えてみると
自分に前提として身についている
能力の豊かさに
時に涙の出るような
有難い想いに駆られることがある
私は目が見えるし
言葉を解するし
言葉を発することもできる
複雑な想念が入り乱れる空間を
空気として察知することができるし
ご飯をおいしく食べることもできる
お水をたらふく飲むこともできるし
読みたい本を
読みたいだけ読むこともできる
しこたま難しい内容は無理としても
たいがいのことは
日本語で書いてあったら
理解することもできる
歩くこともできるし
苦しいけど走ることもできる
階段を登ることもできるし
車を運転することもできる
その気になれば北海道でも
沖縄でも行くことができるし
思いたてば
田舎の母親や兄弟に
会いに行くことだってできる
うれしいときは大きな声で笑うことができるし
悲しい時は涙を流すことができる
くやしい時は歯を食いしばることができるし
眠たいときはぐっすり眠ることもできる
さわやかな朝は
すっきりと目覚めることもできる
そして人生の最大の味方である嫁はんは
常に一番近くにいてくれている
できること
やれること
持てること
挙げていけばきりもなくたくさんある
そんないろんな恩恵が
事前に与えられているのである
そんな自分に与えられた
持前の幾多の力を武器に
この冒険に満ちた人生行路を
しっかりと楽しみながら歩いて行きなさい!
ということであるなら
そこに何の悩みがあるだろう
感謝の気持ちをもって
この世の中を見つめなおしてみると
今まで見えなかったことどもが
観えてくるようだし
その幅は予想もつかないほど
大きなものに
観じ得られたりするはずである
過去の幾多の偉人群が書き記した
いろんな読み物にも
そんなことを感じ得た感慨みたいなことが
その人の言葉で書いてあったりする
少なくとも自分の場合は
ないものより
あるものの数を数えるほうに組しよう
そんな感謝の気持で人生を観じていると
自分が所有する車の数なんて言うものは
それこそ物の数ではないだろう
自分に与えられた従前の恩恵
感謝の気持ちで手を拝みましょう!
すべては自分の中にすでにあるはずである
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