最近いたるところで感じている
自分が心地よく感じするような
いわゆる小恍惚体験が
人生にとってとてもいいスパイスになると
実感としてわかってきた
実はそんなことは若い時からもあった
自分にとって心地いいことを
人間は追い求める
それは生まれた時からの
本能みたいなものである
たとえば
マクドナルドを食べる
その行為は自分の食欲を満たすことによる
自分の心地よさを求める具体的な行為である
面白い映画を見る
気持ちよい風呂に入る
おいしいお菓子を食べる
挙げていけばきりがない
そんな小恍惚体験を
飽くなく追及するということは
従来通り変わらないながら
そこにおじさんとしての
塩コショウというか
ちょっとした味付けみたいなものが
おじさんへのフェーズチェンジなのである
それを言葉にあえて表現してみると
【事前に一つ関所を設ける】
というような感じだろうか
たとえば
銭湯の水風呂に入るという行為は
事前にサウナに入るという
関所を通過しなければ
自分にとって心地よい体験にはならない
そんな感じでいろいろな小恍惚体験を
半ば自覚しながら追い求められたらと
考え始めている
たとえば
【おいしいものを食べる】
ではなくて
【おいしく食べる】
を選択したい
おいしく食べるには
事前に適度な運動をして
空腹になるという関所が必要である
単に
【おいしいものを食べる】だと
従来の私である
そのいきつく先はデブである
英語の試験を受けた直後は何ともすがすがしい
それも事前に適度な
緊張と頭脳労働という関所を通過して初めて
感ずることのできる
じぶんなりの達成感と適度な疲労感が
心地いいのである
すっきりとお風呂に入る
前にしっかりと汗を流して
へとへとに疲れる
そのあとのお風呂は
たとえ有名な温泉ではなくとも
よか~という恍惚感をもたらしてくれる
恍惚体験は人生行路で
必要なことである
しかし
おじさんのやり方は
その前に自分なりの関所を設けるというやり方である
そんなことも
実は血圧が上がって考え始めた
今までは
おいしいものはたらふく食べる
気持ちよい風呂は
何時でもゆく
とかとか
自分への制約なしに
快感を追い求めていた
貪婪なデブといわれても
致し方なしである
まあ理想ではある
人間は愚かなアナログである
時に定期航路を外れることもある
しかしながら基本的な考え方は
事前に関所を通過して
心地よい体験をさせていただく
そんな人生で往きたい
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