2009年6月7日日曜日

浅草をせめる

生きている中で
けっこう有るようで
そうそうないことを本日挙行した


真新しい靴をおろしたのである


その真っ白で真新しいスニーカーを履いて街に出かけた


久しぶりの陽気で
その真新しい靴の白さが目にまぶしい

なんとなくアスファルトを踏みしめる
自分の足取りも軽やかになる

皆がわたしの足元をうらやんでいるような気がする
当然気のせいであるが
自分としては悪い気でもない


嫁と浅草に出かけた

浅草には2~3カ月に一度は
出かけている

それほど込み入った要件もないし
決まった目的の場所もない

ただぶらりと散策をするのだ

江戸の時代から連綿と続く
庶民が生活に付随する深刻な気持ちを
そのときだけはどこか棚に預けて
笑顔を浮かべてそぞろ歩く場所を
自分たちも
ときどき歩きたくなるのだ

浅草は観光地だけあって
歩いている人間も国際色豊かである

若いのに刺青をしている
西洋の若者がいた
なにも恐れることはないといった目つきで
周りをねめ回している

おいおいここは観光地ですよ

K-1のリングではないんだから
もちっと柔らかい表情をしようよ

そんなかれの入れ墨は
あまりたくましくもない腕に刻まれていて

ネタのためか
完全にだまされたのか

【台所】
【山芋】

という二つも文字が
流麗な毛筆風の文字で
しっかりと入れ墨されていた

笑いとしては
浅すぎるし
さりとて威嚇する文字としては
意味が当てはまらない

まあそんな人もいる浅草である


浅草を散策すると
朝からほっピーをしている
ご機嫌なオヤジどもがたくさんいる

一瞥する間もなく
いつの間にか
嫁と二人気安げな店のシートに
ドカッと座っていた

ほっピー2つと
ボンジリ2本塩で
あと串カツ2本に
そこの煮物!


まだ昼前である

TVの画面はCMなしで競馬中継である

軽くほっピーをあしらって
そのあと店を変えて
ざるうどんにかき揚げ

さらっと臓腑に流し込む


まったくいい休日である


夕刻はいつもの川べりを
サウナスーツで散歩した

篤姫のサウンドトラックは
篤姫の激動の生きざまを音楽で表現している

そんな音色を耳にしながら
夕暮れの街を静かに歩く


体あってもモノだねである

仕事は大切である
当たり前である

それでも仕事は仕事を超えない

前提として
私どもは日々を生活する人間である


生老病死
にんげんというものは
昔から変わらず
うまれ老い病に倒れいつしか死が訪れる

そんな人間の生活である

だから限られた時間は
いつくしむように過ごさねばならない

だから
時間を過ごすのは
仕事だけではいけないのである


血圧が高いため
本日より健康的な食事にフェーズチェンジである

夕食は
サラダとレンコン
きのこのお吸い物

まあいつまで続くやら

それも生活
せいかつ せいかつ・・・・

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