2009年5月24日日曜日

愛車の洗車

先日 久々にわが愛車を洗った

かなりの久しぶりだった

洗車するときは我々は夫婦で行う

洗車道具を車に積み込み
近所の洗車場に向かう

朝早いのに先客が大勢いる

みなそれぞれの愛車をピカピカにしている
ほとんどの車が最近生まれたような
鼻たれ小僧である

それに比べると
わが愛車は重鎮である

平成6年生まれだから
かれこれ15年のベテラン選手である

体に頑固に付着した汚れを
きれいさっぱり洗い流してあげる

やさしくいたわりながら
背中を流す

そういえば我々だけ毎週立派な銭湯に
赴き気持ちよくなっているのに
わが車に対しては
何ヶ月ぶりだろう・・・

そんなことを嫁と話しながら
車に【ごめんな!】と語りかけるように
ゆっくりと汚れを落としてゆく

仕上げのワックスもしっかりとつける

内装もしっかりと磨き上げる

そんなとき気のせいかもしれないが
その顔が笑顔で嬉しそうに見えたりする

普段は厳しい目つきで
前方の道路をきっかりとねめつけているその目が
なにかしら穏やかに見えた


きれいさっぱりすると
こちらは心がきれいさっぱりになった

車に感謝して
やさしく接すると
車もその気を返してくれているような気がした


極端な夢想だが
人間もこの世のいかなる加工物も
この地球の一員であるということからすると
同胞である

微細な素粒子レベルになると
その構成物も共通である

そうなると
そんな地球にあるものは
すべて生きているのかもしれないと思われてくる

人間の命がどういう仕組みで生き死ぬのか
思念はどのような仕組みで成り立っているのか

科学的に物質の信号の行き来だけでは
しっかりと説明できないことが
いまだあまりにも多すぎるこの世において
極端に言うと
わが愛車がその意思を一切持っているはずがないと
断言できるものでもないような気がする


まあ他人に迷惑をかけない限り
そんな考え方で日々生きていくということも
いいように思う

そんな感じで
机の横にある観葉植物にも
時に話しかけてみる

たとえばこの机やライト
冷蔵庫に洗濯機
テレビにビデオ
このパソコン
わんさかわんさかある
彼らがいて今私の快適な生活があるのだ

そんな彼らにありがとうさんと言ってみる

そんなとき彼らにも生命がある
少なくとも私の想念の中にはあるのである


そんな風に考えると
自分を陰に陽に助けてくれている
幾多のモノたち

幾多の人と同時に幾多のモノや植物たち

本当にいろいろなものに囲まれて
我々は生かされているようだ

感謝して生きよう

ありがとさん


そんな感じで
わが愛車も我が家の家族の一員である

カノジョのおかげで
我々はいろいろな所に行くことができるし
何にも代えがたいのは
故障もなく事故もないということだ

これはわが愛車の
自慢できる功績である


エコの時代である
エコカーにすべきか否か・・・

ときに悩んだりもするが

我が家はもうしばらくは
わが愛車とともにある

そんな気でいる・・・



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