2009年12月5日土曜日

風呂のおっさんと哲学

やはりというべきか
環境というのは
絶対というものではあり得ず
どこまでも相対としか言いようがないようだ

鉛色の空気が漂う
どんよりとした冬の昼下がり
こんな何とも中途半端な時間帯は
スカッと風呂につかることに限る

寒さに震えながら
素っ裸になり
向う見ずに野外へと飛び出し
まずは大きな露天風呂へ向かう

その刹那
横に備え付けてある
簡易ベンチには
見ず知らずのおっさんが
体から湯気を立てながら
素っ裸で座っている
何とも涼しげな表情が癇に障る


こちらは寒さに震えているのに
おっさんは涼んでいる

自分とおっさんを取り囲む環境は
おそらく同じである

同じ気温で
同じ空間で
同じような醜いからだの持ち主でもある

しかしこちらは寒さに震え
まずは温かいお風呂に入りたい

それに比して
おっさんは熱いのはもう勘弁とばかりに
涼んでいるのだ

何とも
環境は同じでも
それを受け止める人間の側の状況によって
その同じである環境は
何ともま逆のごとくである

10分も熱い風呂につかる

そのあとは
私も先のおっさん同じく
裸のまんまに
ベンチに座り一息つくのである


自分がある環境に在る時
そのことはあたかも絶対の状況と感じてしまいがちである

といえど
一歩ひいて
懐疑的に感じてみるゆとりのようなものを
身につけたいものだ


おっさんの見苦しい肢体を
見るともなしに眺めながら
そんな事を考えた

風呂とは何とも
哲学的な空間でもある

たしか前もこんなことを感じた気がする

とすると
このことは
少なくとも自分にとっては
事実のようである

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