幼少の頃の積み重ねは
人間の心の奥底に
明確に刻印されるものだとつくづく思った
先日ごくわずかな帰郷の折
朝 往時の通学路をなにげなく歩いてみた
とても小さい田舎道である
軽自動車すら通ることのできない
とてもとても小さな杣道である
かれこれ30年近く昔に通った道である
そんな道を歩いた
ここを曲がった奥に誰それの家がある
彼の幼いあの笑顔・・・・
ここからあえてまがって
近道をしたあの時
心の小さな傷として残っている
友人とけんかをした場所
無視してしばらく口を利かずに
なんとなく釈然とせずに通った道
雨の時の通りにくさ
晴れた日の爽快さ
いろいろなことが克明に
今の心によみがえってくるのである
当然のことながら
記憶というものは
実際の形はない
その人の心の中だけにある
今回の自分の小さな田舎道での記憶も
当然のことながら
自分の中だけの記憶である
しかしながら克明に
映像として
自分の脳裏によぎるのである
そもそも映像や音声
その他人間が実際に知覚できることは
信号である
デジタルだと1と0の組み合わせの
信号である
そんな信号のように
自分自身の中では
明確なように思われながらも
といえど誰に説明し
同意を求めようにも
自分の脳裏の中だけのことで
再現不能のこの記憶
とてもとても短い散歩の時間に
自分の脳内のある部分においては
往時の記憶があまりにも鮮明に蘇り
しばし自分一人
その道の真ん中で
茫然と立ち尽くしていた
すこし照れくさいような
それでいて
なんとなく思い出したくないような
何とも説明のしようもない
そこだけくっきりとくりぬかれたような
形容しようもない体験であった
そんな感じで
幼少の頃の体験は
その人の成長の中に
良し悪しは別として確実に刻印されていると
実感したのである
あの時は何気なく通っていた
そんな道ですらそうである
とすれば
今 このときも
これからの後の人生に
しっかりと刻印されるはずである
とすれば
やはり意識して
精一杯生き抜いていくことに
しくはないはずである
そろそろ寝よう
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