播州赤穂とは大仰な感じがする
たとえば鹿児島のことを
九州薩摩と呼称するようなもので
古格な響きがある
先日仕事の都合で
その播州赤穂へ赴いた
姫路で新幹線をおり
在来線に乗り換える
いつの間にか
時間感覚がまひしたような感じだ
電車は山道を貫き
いつの間にか
遥かなる田園風景に直面した
この風景は
おそらく昭和以前から
ほとんど変わっていないような感じで
日本の原風景は
今の時代でも
そこかしこに残っているのだと思って
何かしらうれしくなった
同時に
そんなことを思ってしまう自分が
何かしら少しいやらしくも感じた
自分も草深い田舎から
出てきた身であるにもかかわらず
少しの間、都会にて居住しただけで
何かしら都会人ぶってとでもいおうか
とても懐かしい感じがしたのだ
と言いつつも
歴史と直結した様な感じで
一瞬戦国の世を
垣間見たような不思議な感覚にとらわれた
赤穂と言えば
当然のことながら赤穂浪士である
日本人の庶民の心情には
何かしら訴えるような
四十七士の秘話は
長年観劇や映画で上演されてきたし、
それは日本人の
心情の琴線に触れ続けてきた
地元の人に聞くと
その播州赤穂地方は
往時四十七士が吉良邸に討ち入った日は
今でも義士の日と呼称し
学校などは公休となるらしい
なんとも歴史が息づいているような感じで
その流れで地場の呼称も
播州赤穂というのかと
一人納得できた気がした
なんとも古格な
歴史の血が脈々と流れる地名なのである
もちろん本当の理由なぞは
私にはわからない
勝手に感じ入っただけである
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