私にとって
他府県とは幾分思い入れの度合いが違う
母親の妹が
広島大学に進学したせいで
物思いついた
最初の遠方旅行が広島であった
それ以上に
そのおばちゃんは
我々兄弟にはなんとも理解ある
初めての両親以外の大人で、
いつも甘えさせてもらっていた人であり
そんなその人と直接つながった
イメージがある場所であるだけに
広島という場所は
故郷の鹿児島に次ぐ
愛着ある場所なのである
そんな広島は
いまは仕事上良く行く場所である
先日仕事が幾分速くあがり
広島の町を茫洋と歩いていた
いつとはなしに足は
広島平和公園に赴いていた
砂鉄が巨大な磁石に吸着するように
足はいつの間にか
原爆平和資料館に向いていた
この資料館に赴いたのは初めてではない
しかし
原爆の悲惨さを
資料を通じてとはいえ
改めて目の当たりにした
痛烈である
なんともひどい
こんな大惨事に遭遇することが
単に運命とは片づけられるわけもないし
なんとも心の底を
えぐられるようなかんじで
痛々しいまでの憐憫と同時に
もっていき場のない激しい怒りを感じた
それにしても
広島の人の奥ゆかしさは
その加害の当事国に対し
しっかりと
非難がましい声を
明確には発していないようなところにある
平和公園には
過ちはくりかえませぬから・・・と彫りぬかれた
原爆の碑が建てられている
主語が語られていない
この文言にたいして
誰の過ちなのか、
また過ちとはどういうことを意味するのか・・
主語を明確にせずとも
語りうる日本語だけに
解釈が漠然としていて
歴代の憂国の士が
憤るところはこの辺にあるようである
この大惨事は明らかに人災であり
人災というものは
明確な加害者がいるはずである
それがあたかも天災のごとく
原爆にあいました
という言い方をする
原爆の悲惨さを
また核兵器廃絶を後世に訴えている
その主張は痛いほどわかるが
それにしても
その加害者の釈明を
しっかりと求めないというのは
なんともやりきれないし
その辺に敗戦国という
厳然とした現実があるのか
また国際政治の均衡のためという
なんとも危ういところがあるのか
国際関係と
過去の行動に対する
厳格な主張は別物である
長いもの巻かれんと
その長いものの行動に
おもねって
その非を主張しないのは
何とも痛ましい姿だ
その日は
広島のそんな重みに耐えられず
結局広島に宿泊することにした
夕刻の原爆に悲惨さを
身にしみて感じながらも
今の広島は明るく楽しいはずだし
そんな広島を
身近に感じたくて
いつも行く
お好み焼屋に赴いた
【イカ天 そば入り と
生 ソバはダブルで!】
いかにも
慣れてますよ然として
お好みのお好み焼を発注し
ひとり
広島のおいしさを味わった
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