一日は長いようで短い
鹿児島に帰ったとき
母親が言った言葉が少しく心に残っている
80をすぎたおばちゃんは
一日にあれもこれもすることはできない
一日に一つのことをすることで
精一杯なのだ
食事にいくと決めた日は
なんにちも前から心の準備をし
着ていく洋服を丹念に選別し
自分の体力をしっかり調整し
そして当日に臨む
たかが食事と思いがちだが
それはこちらにまだ若い体があってのはなし
歳をとり体が少しずつ衰弱してきている人々にとっては
一日に一つのことをなすことで
精一杯なのだ
事故を起こし
体を壊してしまった弟も
そう言えばそうだ
病院にいく日は
病院にいくことで精一杯で
その日は病院にいくという大きなイベントでもうへとへとになっていた
そして一日は過ぎてゆく
都会に住んで
日々転変する大きな流れの中に身を置いていると
一日にいくつもの事象があまりにもはやく通り過ぎ
何をなすにもスピードが優先されて
克明に何かを刻むようにしっかりと日々を生きる
ということが
なくなってきたような気がする
一日にひとつのこと
それは
一見とても悠長で
なにかしらもったいないような気もしたりもする
といえど
一日に何から何まで右から左に受け流しながら
結局は何をして過ごしたのか
漠として
定かならずというのもなにかしら口惜しい
人生は
そうといいながら日々確実に過ぎてゆき
ある極点にたっしたとき
その人の人生に終局の瞬間が訪れる
一日に一つのこと
自分にはどちらがいいのか
まだ定かに生き方を方向づけることはできない
そうして人生は
その人の人生を描いてゆくのだろう
回答のない
その人なりの人生を描いてゆくのだろう
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